※この作品はR-18です。

転生先は日本の軍人一族でした。   作:白狼悠

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16話 彼女

二年後・佐世保軍港

 

桟橋に繋がれた時雨の甲板に、夏の光が差していた。

潮風は相変わらず鉄と油の匂いを混ぜ込み、軍港特有の重さを孕んでいる。

 

その日、敬一は新たに着任する「艦長補佐官」の迎えに出ていた。

正直言うと、補佐官なんて便利な役職がいつの間にか新設されていたこと自体、つい先日まで知らなかった。

――まあ軍組織とはそういうものだ。トップの気まぐれで新ポストが生まれ、現場はその処理に追われる。

要するに上層部はRPGのプレイヤーで、俺たちはNPCである。

 

そして現れた人影を見た瞬間、敬一は目を疑った。

 

「……実、なのか?」

 

白い制服に身を包んだ少女が、ゆっくりと敬一に歩み寄る。

以前より少し大人び、髪は艦内で邪魔にならないよう短く切られていたが、その瞳の光は変わらない。

敬一の名を呼ぶ代わりに、彼女は笑って両腕を広げた。

 

気づけば敬一も走り寄り、彼女を抱きしめていた。

――はい、ここ。重要ポイント。

二年ぶりに再会した男女が抱き合うという展開は、まるで安っぽい恋愛ドラマのワンシーンだが、残念ながら現実でもわりと普通にあるのだ。

問題は、この艦にすでに「好意を寄せている女性たち」がいるということ。

つまり、波乱の幕開けである。

 

案の定、甲板に集まっていた乗員たちが一斉に凍りついた。

美月、副長である。沙耶、航海長である。さらに数名の士官たち。

全員の視線が、「おい艦長、説明しろ」という圧力に変換されて突き刺さる。

 

艦内に静寂が落ちた。

……いや、静寂というより「拷問前の空気」と言った方が正しい。

 

やがて、美月が一歩前に出た。

「艦長。……事情の説明を、お願いできますか」

 

声は冷静だが、頬が微妙に引きつっている。

怒っているのか、泣きたいのか、自分でも分かっていない表情だ。

副長としての職務と、一人の女性としての感情がせめぎ合っているのだろう。

 

敬一は観念した。

このまま押し黙っていたら、後で艦内が修羅場と化すのは目に見えている。

――男には、覚悟を決めて口を開かなければならない瞬間がある。

逃げても無駄。説明しても地獄。どちらにせよ詰み。人生とは将棋である。

 

「……彼女は、俺の……かつての恋人だ」

 

その一言に、甲板がざわついた。

あえて「今も恋人」とは言わなかった。

だが「かつて」と言っても、そこに特別な意味があるのは誰でも分かる。

 

「隠していて、すまなかった」

 

敬一は深く頭を下げた。

艦長としてではなく、一人の男として。

その背中に、長年の海風が重くのしかかるようだった。

 

美月は黙り込んだまま、しばらく敬一を見つめていた。

やがて小さくため息をつき、呟く。

 

「……ずるいです、艦長」

 

沙耶は相変わらず無表情で、ただ「ふむ」と首を傾げただけ。

しかしその目はどこか楽しんでいるようにも見えた。

――ダウナー系女子、恐るべし。人の不幸すら観察対象にしているのだから。

 

実は、敬一の腕を離そうとしなかった。

その姿は「この人を譲る気はありません」と無言で宣言しているようだった。

 

さて、ここからが問題である。

恋人がいると知りながら、すでに敬一に心を寄せていた美月や、他の乗員たちはどうするのか。

三角関係? いや、四角関係? もしかして艦長ハーレム?

作者の腹黒さ次第で、この艦はラブコメ艦か地獄艦に早変わりする。

 

「……ずるいです、艦長」

 

そう呟いた美月は、敬一の目を真っすぐに見据えていた。

副長としての冷静な眼差しではない。女として、彼を欲する眼差しだった。

 

沈黙が数秒、いや、数十秒に感じられる時間が流れた。

甲板にいる全員が固唾を飲み、次の言葉を待つ。

 

敬一は深く息を吸い、決断を下した。

いや、正直に言おう。これは決断というより「逃げ道のない状況での開き直り」だった。

 

「美月……。お前の気持ちは分かっている。俺は、実を想っている。だが……お前のことも、放っておけない」

 

――はい、出ました。必殺の二股宣言。

通常のラブコメなら大炎上、軍隊なら即懲戒。だがここはフィクションである。都合の悪い現実は、作者の力でねじ曲がる。

要するに、この世界では艦長のモテ過ぎは罪にはならない。むしろ勲章扱いだ。

 

美月は驚いたように目を瞬かせた後、かすかに笑った。

「……それってつまり、私も彼女にしてくれる、ということですか?」

 

「……ああ」

敬一は頷いた。

美月の頬に、赤が差す。

その瞬間、彼女は副長ではなく、一人の女に戻った。

 

周囲の乗組員たちが、ざわざわと声をあげ始める。

「おい艦長、やるなぁ……!」

「よく責任を取った!」

「二人を泣かせずに済ませるなんて、さすがだ」

 

――そう、ここは常識が若干ズレている世界だ。

軍人であっても、恋愛事情は「男気」で評価される。

「お前、それは懲戒対象だろ」と突っ込む理性の声は、今この場には存在しない。

 

だが、全員が祝福していたわけではない。

 

実は敬一の腕の中で、小さく肩を震わせていた。

顔は笑っていた。だがその笑みは、どこか無理をしているように見える。

「……わたし、分かってます。美月さんも大事にしたいんですよね」

そう言いながらも、その声の奥には、僅かな不満が滲んでいた。

 

――まあ当然だ。二年間待ち続けて、ようやく再会した恋人が、自分だけを選んでくれると思っていたのに、目の前で新しい彼女が増えるのだから。

これを受け入れられる女の方が珍しい。

しかし、彼女は艦長の隣にいることを選んだ。

愛ゆえに、である。

 

沙耶航海長は相変わらず感情の読めない顔で、その様子を観察していた。

「ふむ……艦長、これでバランスが取れたのでは?」

彼女の口調は事務的だが、その目はほんの少しだけ愉快そうに細められている。

 

敬一は、二人の手をそれぞれ取った。

実の温もり、美月の温もり――。

重さは違えど、どちらも確かに存在していた。

 

「俺は……二人とも、大事にする」

 

――うん、ここで言い切るのは勇気というより無謀だ。

だが、物語の主人公は大抵無謀でできている。

そして、その無謀に人が惹かれるのだ。

 

実はまだ少し不満げに唇を噛んでいたが、それでも敬一の手を離さなかった。

美月はそんな実の横顔を見て、複雑な笑みを浮かべる。

「……私たち、これから忙しくなりますね」

 

「……ああ。航海よりもな」

 

――そうして時雨は、新たな航路へと進む。

敵艦隊でも嵐でもなく、艦長の恋愛模様という、もっとも厄介な海へ。

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