実は小さく唸りながら目を開けた。
頭が少し重そうに揺れ、頬はまだ赤い。
「……あれ、わ、私……寝て……?」
ふと自分が敬一の腕に体を預けていたことに気づいた瞬間――。
「~~っっ!!!」
バチンッ!!
乾いた音とともに、敬一の頬に鋭いチョップが飛んだ。
「いったぁ!? お、お前なんで殴るんだよ!」
「ち、ちがっ……! だって! なんか、恥ずかしいじゃんっ!」
――酔いがさめた実は、羞恥心で理性が吹き飛んでいた。
(※ちなみに、こういう時に飛び出す平手やチョップは、たとえ避けられたとしても心のダメージは避けられない。男子諸君は心得ておこう)
敬一は頬をさすりつつ、怒るよりも泣きそうな顔の実を見て、ただ「まぁいいか」と飲み込むしかなかった。
***
少し時間が経ち、夕暮れの気配が濃くなる頃。
二人はリビングで並んで座っていた。だが、空気は重い。
――さっきまでの距離感が嘘みたいに遠い。
俺も実も、互いに何も言わないまま沈黙が続く。
カーテンが揺れる音と、時計の針の音だけがやけに響く。
そんな中で、実がふいに口を開いた。
「……敬一」
「ん?」
「さっきは……ごめん。殴ったの」
俯きながら小さな声で謝る実。その声は夕暮れの色に溶けるように儚かった。
そして一呼吸置いて、さらに続ける。
「……あのね、私……敬一のこと、ずっと好きだったの」
静かな声だったが、その一言は確かに俺の胸に突き刺さった。
「え……」
「今日だってね……一緒にいたいって思ったのは、無意識とか酔ってただけじゃないんだよ。私、本当に敬一と一緒にいたくて……近くにいたくて……」
涙ぐみながらも、実は勇気を振り絞るように言葉を紡ぐ。
「だから……恥ずかしくて逃げちゃったけど、本当は……大好きなんだ」
――ああ、なるほど。
これが世に言う“ツンデレの告白”というやつか。
普段は無防備で、時には拳骨を振るう。だが本音は真っ直ぐで、逃げ場がない。
俺はその瞬間、改めて思い知らされた。
――実は俺を惑わせる天才だ。そして俺は、その惑いを甘んじて受け入れるしかない。
***
さて、ここからどう返すべきか。
読者諸君、この状況で「俺も好きだ」と即答するのは正解だろうか?
いや、それとも焦らして雰囲気を盛り上げるのがセオリーなのか?
……まぁ、少なくとも殴られた仕返しに「俺も好きだ、でもさっきのは痛かった」くらい言うのが、関西的なオチの付け方だろう。
実はしばらくうつむいたまま、胸の奥にしまい込んでいた想いを必死に掻き集めるようにして言葉を探していた。
「……それにね、敬一」
彼女の声は震え、目尻にはまた新しい涙が浮かんでいた。
「森田に胸を……あんなふうに触られた時、本当に怖かった。身体が固まって、声も出せなくて……『もうダメだ』って思ったの」
唇を噛みしめ、涙が頬をつたう。
「でも……敬一が現れて、私を庇ってくれて……あの時のことが、頭から離れないの。どれだけ泣いても、震えても……敬一が『大丈夫だ』って顔してくれたことばっかり、思い出しちゃうの」
その光景がまるで昨日のことのように、彼女の中では鮮明に焼き付いているのだろう。
「……怖さも、悲しさも……全部その瞬間に溶けていった。敬一が、私を守ってくれたから」
実は目をぎゅっと閉じ、声を震わせながら続けた。
「だから……敬一のこと、もう忘れられない。思い出すたびに、胸が苦しくなる。でもそれって、嫌じゃないの。……好きだから、仕方ないんだよ」
――なるほど。
助けた時は「そりゃ男なら当然の行動だろ」くらいに思っていたが、彼女にとっては一生ものの記憶になっていたらしい。
俺は思った。
……やばい。こんなこと言われたら、さすがの俺でもグラっと来る。
(※読者の皆様。女の子が涙を浮かべて「忘れられない」と言ってくる時、それはだいたい“逃げ場ゼロ”の告白である。紳士諸君は腹を括るべし)
涙で濡れた目をこちらに向け、実ははっきりと言った。
「だから……敬一が大好き。守ってくれて、ありがとう。私、一生……敬一と一緒にいたい」
その声は掠れていたけど、どんな叫びよりも胸に響いた。
実の言葉が終わった瞬間、俺は気づけば手を伸ばしていた。
その華奢な肩を引き寄せて、ぐっと抱きしめる。
「……バカだな。そんなに泣くなよ。俺はお前を守るの、当たり前だろ」
震える身体を抱え込みながら、自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。
――でもまあ、内心は心臓が爆発しそうなくらいドキドキしていたんだけどな。
実は俺の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で答える。
「……でも、本当に嬉しかったの。敬一がいてくれて」
「……そうか。なら、もう泣くな。俺まで泣きたくなる」
そう言ったくせに、俺は少しだけ茶化さずにはいられなかった。
「……まあでもさ、実に“好き”とか真顔で言われると……正直、頭おかしくなりそうだわ。なにせ俺、中学の時からお前の胸で何度か妄想した男だからな」
「け、敬一っ!?」
実は顔を真っ赤にして、俺の胸をポカポカ叩いてくる。泣いていたはずなのに、その反応が妙に可愛くて仕方ない。
――ああ、やっべ。
これ、完全に俺の負けだわ。
「……ごめん。茶化した。でも、本気だぞ。俺もお前が好きだ。大好きだ」
真剣な声で言い直すと、実の瞳が涙に濡れながらもぱっと開かれた。
そして――
「……っ、敬一」
実は再び俺の胸に顔を埋め、腕をぎゅっと回してきた。
その温もりが、言葉よりも雄弁に伝えてくる。
――はい、決まり。
俺の人生、もうこの子からは逃げられません。
(※ここで逃げる男はだいたいラブコメの主人公失格。素直に腹を括った俺を褒めてくれ、読者諸君
今日いとこが生まれたんすよね
18歳差らしいです