※この作品はR-18です。

転生先は日本の軍人一族でした。   作:白狼悠

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9話 最悪の事態

あれから数週間。

放課後の校舎は、いつもどこか静まり返っているのに、俺の心はざわついていた。

理由は明白だ。実と寝鳥が、以前にも増して二人きりで過ごす時間が多くなっていたからだ。

 

――あの甘い笑顔の裏に潜むものが、気づかぬうちに実の心を侵食している。

俺は何度も注意した。

「実に近づくな」

だが、実はいつも優しい笑みを浮かべるだけで、言葉を聞いてくれない。

――ああ、どうしてこんなに守りたいのに、理解してもらえないのか。

 

そしてある日、俺はクラスメイトから耳を疑う情報を耳にした。

 

「敬一、聞いたか? 空き教室で、あの二人、キスしてたらしいぜ」

 

その瞬間、理性は音を立てて崩れた。

胸の奥で怒りが沸騰し、視界が赤く染まる。

――夢か幻か? いや、現実だ。あの二人は、俺の目の前で……

 

無意識のうちに足が教室へ向かう。廊下を駆け抜ける感覚は、時間をも飛ばすように早かった。

心臓の鼓動が耳の奥で鳴り響く。

――この怒りは、誰も止められない。

 

空き教室の扉に手をかけ、音を立てずに覗き込む。

そこには確かに、寝鳥と実が、甘い雰囲気の中で唇を重ねている。

 

――目の前で繰り広げられる光景は、まるで世界の均衡を崩すかのような重さがあった。

俺は息を詰め、拳を握りしめる。

理性は後回しだ。ただ、怒りだけが先行する。

 

「……くそっ!」

 

――この瞬間、俺は完全に理性を失った。

無数の警告や注意、忠告は意味を持たない。

目の前の二人に、ただ一つ、俺の感情だけがぶつかる。

 

その後どうなるかは、教室の静寂が知っている。

俺の怒りは、誰にも止められない。

――だが、心の奥底では、一抹の恐怖も混じっている。

守ろうとしたはずの存在が、手の届かない場所に行こうとしている。

この不安と怒りが、今後どんな嵐を呼ぶのか、まだ俺には分からない。

 

空き教室の扉を勢いよく押し開けると、目に飛び込んできた光景に、胸の奥が締めつけられた。

 

そこには、ニヤニヤと余裕顔の寝鳥と、泣き崩れる実の姿があった。

 

「……実!」

声が裏返る。涙で顔をぐしゃぐしゃにした実を見て、怒りと焦りが混じった感情が、胸の中で爆発しそうになる。

 

――俺はただ、守りたい。守るためなら、何だってする。

理性? そんなものは今の俺には存在しない。

 

「寝鳥! 何してる!」

拳を握りしめ、寝鳥に詰め寄る。

 

寝鳥はふふ、と嘲るように笑う。

「……別に、キスしようとしただけだよ」

 

――その一言が、俺の逆鱗に触れる。

甘ったるい声、軽薄な態度、そして俺の実を弄ぶその存在。

もう、黙ってはいられない。

 

「キスしただけだと? ふざけんな!」

怒りは理性を飲み込み、全身の力がみなぎる。

拳は自然に動き、言葉ではなく行動で感情をぶつけるしかないことを、俺は理解していた。

 

――ああ、これが戦闘の感覚だ。

目の前の敵を、ただ殴るだけの純粋な衝動。

生きるか死ぬかではない。だが、守るべきものを前にして、人間は本能的に牙を剥く。

 

寝鳥の顔が歪む。笑みは消え、薄ら血の気のない表情になる。

「ぐ、うっ……な、なに……」

 

そして、そのまま俺の怒りが体を駆け抜け、寝鳥はフルボッコにされる。

殴打の一発一発に、俺の怒りと焦燥が混ざる。

――この行為が正しいとか、間違っているとか、そんな理屈は今の俺には不要だ。

 

床に転がる寝鳥の姿を確認すると、少しだけ息を整える。

そして、涙で顔を濡らした実に近づく。

 

「……もう、大丈夫だ」

手を差し伸べると、実はまだ震えながらも、その手を取る。

 

――この瞬間、俺の心は安堵と、しかし同時に警戒で満ちている。

世の中は甘くない。

 

数日後の教室。

窓から差し込む光は穏やかで、何事もないように見えるが、空気は妙に重かった。

 

「ねぇ、知ってる?」

誰かの小さな声が耳に入る。

 

――次の瞬間、教室中の視線が俺と実に向けられた。

どうやらクラスメイトの間で、俺たちが付き合っていることが既にバレてしまったらしい。

 

実は顔を真っ赤にし、俯いている。

しかし、少しだけ笑みを浮かべるその姿に、俺は胸を打たれる。

 

――ああ、守るべき存在だ。

これからも、どんな嵐が来ようとも、俺は君を守る。

 

しかし、驚くべきことはそれだけではなかった。

校長室から教官まで、なぜかこの件を知っているらしい。

顔を上げると、教師陣の視線が温かくも、少し冷静に俺たちを見ていた。

 

――こういう時、世界は意外と小さい。

秘密はすぐに広まり、そして時には想像もしないところまで届く。

 

一方、寝鳥の方はというと――。

クラスでの一件と、彼の親に知られたことが原因で、家で厳しい処置を受けたらしい。

「去勢された」などという噂が、教室の片隅でひそひそと囁かれる。

 

――正直、心のどこかでざまあみろ、と思ってしまった。

人を弄び、下心だけで近づいた者に対する当然の報いだろう。

 

実はまだ俺の隣で小さく震えている。

しかし、今回の一件で少しだけ心が軽くなった様子だ。

俺も、肩の力を少しだけ緩め、深く息を吐く。

 

――人の運命は時に残酷だ。だが、悪意には必ず報いがある。

守るべき存在を守り抜くためには、こうした些細な勝利も、心の支えになるのだ。

 

俺は実の手を握り、目を合わせる。

「大丈夫だ、これからも一緒だ」

小さく頷く実の姿に、胸の奥が温かくなる。

 

――世界は甘くない。だが、守るべきものがある限り、俺は立ち向かう。

そして、実はその中で最も大切な存在だ。

俺たちの間にも、常に試練はやってくる。

だが、守るべき存在を守れる力を、俺は信じたい。

 

教室の空気は重く、まるで時間が止まったかのようだった。

床に転がる寝鳥を見下ろしながら、俺は実に目を向ける。

 

実はまだ涙で濡れた頬を押さえ、怯えた表情を浮かべている。

だが、そこには決意の光も宿っていた。

 

「……敬一、私……やっと分かった」

震える声で、実は言った。

「あなたが、私に何をしてほしいのか……やっと理解できた」

 

――そうだ、実。君はただ守られるだけの存在ではない。

その言葉に胸の奥が熱くなる。だが同時に、心に小さな怒りも生まれる。

自分を大切にしてくれる人の言葉を、やっと理解した瞬間の清々しさと、

寝鳥のような下衆の存在に対する嫌悪が、入り混じる感覚。

 

「寝鳥……あなた、下心だけで接していたんだね」

実の声は冷たく、鋭い刃のようだ。

「キスしようとしたなんて……気持ち悪い」

 

――その一言で、空気は一変する。

寝鳥の目が見開かれ、笑みは消え、血の気が引いていく。

言葉だけで、ここまで人を押し潰す力があるのか、と俺は少し驚いた。

 

床に膝をついたまま、寝鳥は小さく震えている。

メンタルが完全にブレイクしたのだ。

 

――なるほど。人間は、力だけで支配されるわけではない。

正しい言葉、鋭い指摘、そして心からの拒絶――

これらが、人を打ちのめすこともある。

 

俺は実にそっと手を差し伸べる。

「もう大丈夫だ。君が悪いんじゃない」

 

実は小さく頷き、まだ震える手で俺の手を握った。

その瞬間、胸の奥に深い安堵と、守りたいという決意が渦巻く。

 

――世界は残酷だ。だが、守るべきものがある限り、俺は戦える。

そして実は、俺にとって守るべき最も大切な存在だ。

 

 

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