※この作品はR-18です。

グリッドマンユニバースで催眠洗脳   作:グリッドマン

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 認知心理学の修士号を持つ美人教師は、名門女子校の2代目担任として赴任する。しかし教室には、明らかに中年男性の「生徒」が—──なのに、なぜか誰も疑問を持たない。
 『旦那様への奉仕』を教える異常な授業。前任者は彼の子を身籠り「ひめ」と崇められている。

「これは集団催眠?」

 専門知識で抵抗を試みる2代目だが、自身の脳波データが証明してしまう。快楽物質の異常分泌、報酬系の暴走──理解すればするほど抗えない。
 気づけば彼女は、鏡の前で自己暗示を始めていた。

「私は2代目のひめ」

 知性という武器を奪われ、むしろそれを使って自ら堕ちていく7日間の記録。


2代目
高学歴の2代目が教師として女子校に赴任したら謎の中年男の花嫁にされてしまった話


【月曜日 違和感】

 

 私立聖花女学院の門をくぐったのは、四月の晴れた朝だった。

 

「2代目の先生ですね。お待ちしておりました」

「えっ? あっはい、前任の方の代理として参りました。今日からお世話になります!」

 

 事務員に案内され、職員室へ向かう。

 真新しいスーツのポケットには、私の誇り──国際心理学会の発表証明書が入っている。認知心理学で修士号を取り、若くして学会発表も経験した私が、なぜ高校教師になったのか。それは、理論を実践に活かしたかったからだ。

 

「皆さん、新しく赴任された○○先生です」

 

 教頭の紹介を受け、挨拶をする。

 

「本日より、2年B組の担任をお願いします。前任の先生──ああ、私たちは『ひめ』と呼んでいますが──が産休に入られたので」

 

「ひめ?」

 

 奇妙な呼び方だと思った。親しみを込めた愛称なのだろうか。

 

「ひめ先生は素晴らしい方でした。中国の名家の出身で、あなたと同じく心理学の造詣が深く、女生徒からの信頼も……」

 

 職員たちの目が、一瞬、恍惚とした色を帯びた気がした。

 

気のせいか

 

 教室へ向かう廊下で、時間割を確認する。一時間目は……。

 

「甘やかし実習? 何ですかコレ」

 

 思わず独り言がでる。

 保健体育の一環だろうか。詳細は書かれていなかった。

 

 

 

 

 

 2年B組の扉を開けた瞬間、異臭が鼻を突く。

 

ぅえ、何ですか、この臭い

 

 二十八人の女女生徒が一斉に立ち上がる。

 

「おはようございます、2代目先生!」

 

「2代目?」

 

 まただ。まるで襲名のような呼び方に戸惑う。そして──

 

 教室の最後列。窓際の席に、それはいた。

 

 明らかに高校生ではない。いや、そもそも女生徒ですらない。

 

 身長百六十センチほど。体重は九十キロを超えているだろう。制服のボタンが今にもはじけ飛びそうで、シャツは黄ばんでいる。薄い頭髪、脂ぎった顔、小さく濁った目。

 

「初めまして、タロウです」

 

 甲高い声が響く。なぜ女子校に男が? しかも明らかに中年の──

 

「タロウくん、今日からあの先生が担任だって。美人だね~」

 

 学級委員長の名札をつけた女生徒──髪を赤く染めた飛鳥川ちせさんが、当たり前のように言う。

 

これはおかしい

 

「あの、彼は──」

 

「ああ、タロウくんは特別編入生なんです」

 

 ちせさんが微笑む。その笑顔があまりにも自然で、私の違和感が揺らぐ。

 

でも男子生徒なんて聞いていない

 

「それでは一時間目の~、『花嫁授業』を始めましょう!」

 

 ちせさんが黒板に大きく書く。

 

本日の授業:旦那様の起こし方

 

「花嫁……授業?」

 

「今日はタロウくんに、優しい目覚めを提供する練習です!」

 

 女生徒たちが嬉しそうに頷く。何人かがタロウの周りに集まり始めた。

 

「タロウくん、おはよう」

「今日も素敵ね」

「朝ごはん、作ってきたの」

 

 異様な光景だった。あの気持ち悪い男に、女生徒たちが群がっている。

 

「先生、お手本を見せてください」

 

 ちせさんに促され、私はタロウに近づいた。一歩、また一歩。

 

 臭いが強くなる。体臭と、何か別の……

 

「お、おはようございます」

 

「もっと優しく。『旦那様』と呼んでください」

 

「え? え?」

 

「センセ、職員室で説明を聞いてなかったんすか? それともドジっ子なんすか? これは花嫁修業の授業で、タロウ君は旦那様の役! 私らは花嫁として、旦那様に尽くす方法をタロウ君へのご奉仕を通じて学ばせてもらうんすよ?」

 

 ちせさんの指示に、私は息を呑む。

 

「そんなの、教育じゃ──」

 

「ひめ先生はいつもそうしてたっす」

 

 その言葉に、職員室の教師たちの恍惚とした表情を思い出す。

 

何かがおかしい

 郷に入っては郷に従え

でも

 

「だ、旦那様……おはようございます」

 

 言った瞬間、タロウの濁った目が光った。

 

「いいね、2代目ちゃん」

 

 背筋が凍る。でも女生徒たちは拍手をしている。

 

「さすが2代目先生!」

「ひめ先生みたい!」

 

 褒められているのに、なぜか恐怖を感じる。

 

 

 

 

 

 放課後、職員室で前任者のノートを見つけた。

 

『甘やかし実習・指導要領』

 

 開くと、前任の先生──ひめの写真が挟まっていた。長い黒髪の、美しく知的な女性だ。ファッションも写真写りも堂々としていて、良家の方だと一目で分かる。

 

 そして最新の写真。大きく膨らんだお腹を愛おしそうに撫でている。

 

『タロウ様の子を授かりました。これこそが女性の幸福です』

 

手が震える

 

 

 

 

 

【火曜日 汚染】

 

 朝、シャワーを浴びながら昨日のことを思い出す。

 

 あれは何かの見間違いか。集団ヒステリーか。いや、私は認知心理学者なんです。冷静に分析すれば──

 

 学校に着くと、ちせさんが校門で待っていた。

 

「2代目先生、今日の実習は『旦那様のお体を清める』です」

 

 教室に入ると、タロウが上半身裸になっていた。

 

ぶよぶよの腹

脂ぎった肌

 

 吐き気がこみ上げる。

 

「さあ、誰から?」

 

 女生徒たちが我先にとタオルを手に取る。

 

「タロウくんの汗、拭かせて」

「私にも」

 

 狂っている。完全に狂っている。

 

「先生、お手本をお願いします」

 

 ちせさんがタオルを差し出す。逃げたい。でも二十八人の視線が私を縛り付ける。

 

 タオルを受け取り、タロウに近づく。

 

臭い

もっと強烈な臭い

 

「額から、優しく」

 

 震える手でタオルを近づける。タロウの額に触れた瞬間──

 

温かい

 

 え? 

 

何か、変だ

 

 脂汗を拭き取る。気持ち悪いはずなのに、手が止まらない。

 

「いいよ、2代目ちゃん」

 

 タロウの声が、頭の中に響く

 

 タオルを見ると、黄色く変色している。

 

汚い

気持ち悪い

 でも──

なぜか愛おしい

 

「先生、素晴らしいです!」

 

 ちせさんが拍手する。気がつくと、私はタオルを大事そうに握りしめていた。

 

 

 

 

 

 放課後、保健室で手を何度も洗う。

 

 シャネルの香水を振りかける。でもタロウの臭いが消えない。

 

 いや、消したくない? 

 

「これは、認知的不協和です」

 

 私は自分に言い聞かせる。不快な状況を正当化しようとする心理。それだけだ。

 

 でも、ひめのノートを開くと、そこには恐ろしいことが書かれていた。

 

『第二段階:嗅覚の書き換え。不快な臭いを好ましく感じるようになる。これは原始的な刷り込み』

 

 まさか、私も? 

 

 

 

 

 

【水曜日 映像】

 

「今日は特別授業です」

 

 ちせさんがプロジェクターを用意する。

 

「ひめ先生からのメッセージです」

 

 画面に映ったのは、病院のベッド。そこに横たわる前任の先生──いや、ひめ。

 

明らかに妊娠している

 

「みなさん、お元気ですか」

 

 画面の中のひめは、幸せそうに微笑んでいる。あの知的なお嬢様が、今は──

 

「私は今、最高に幸せです。タロウ様の子を身ごもって」

 

 教室中から「羨ましい」という声が上がる。

 

「2代目さん」

 

 画面のひめが、私を見ているような気がした。

 

「あなたにも、この幸せを知ってほしい。女性の本当の幸せは、旦那様に尽くすこと」

 

違う

これは洗脳だ

 

 でも、ひめの表情は本当に幸せそうで──

 

「知性なんて無意味でした。知らないものはない家名も、使い切れない財産も。

旦那様の子を産むことこそ
が私の使命」

 

 画面が消える。教室に沈黙が広がる。

 

「さあ、実習を始めましょう」

 

 今日の内容は「旦那様への食事の差し出し方」。

 

 タロウの前に給食を並べる女生徒たち。まるで王様に仕えるメイドのよう。

 

「先生も」

 

 ちせさんに促され、私もタロウの前に膝をつく。

 

屈辱的だ

 でも──

なぜか心地いい

 

「はい、旦那様」

 

 スプーンを差し出す。タロウが大きな口を開ける。

 

汚い歯並び

食べかすが

 

 でも、食べてくれた時、

嬉しい

 

 何が起きている? 私の脳に何が? 

 

「オキシトシン」

 

 つぶやいた言葉に、ちせさんが反応する。

 

「そうです。世話をすることで分泌される愛情ホルモン。ひめ先生も言っていました」

 

 科学的に説明されると、逆に恐ろしい。私は自分の専門知識によって、自分の変化を理解してしまう。

 

「これが正常な反応なんですって、先生」

 

 ちせさんの言葉が、深く染み込む

 

 

 

 

 

【木曜日 告白】

 

「今日は2代目先生の特別授業でーす」

 

 ちせさんが黒板に書く。

 

愛の告白の仕方

 

「心理学的に最も効果的な告白を、先生に教えていただきます! はい拍手~」

 

 断りたい。でも、もう私にその力はない。三日間で、何かが壊れ始めている。

 

「告白において重要なのは、アイコンタクトです」

 

 私は教壇に立ち、専門知識を語り始める。でも、言葉とは裏腹に、視線はタロウに向いている。

 

「相手の目を見つめ、自分の感情を素直に──」

 

「先生、実演してください」

 

 ちせさんの提案に、女生徒たちが拍手する。

 

「タロウくんに、お手本を」

 

 近づく。一歩、また一歩。

 

 もう臭いは気にならない

 いや、心地よくさえ

 

 タロウの前に立つ。濁った小さな目を見つめる。

 

「好き」

 

 小さく言った。でも教室中に響いた。

 タロウがにやつきながら口を開く。

 

「もっと大きな声で」

 

「好き……です」

 

「『旦那様』をつけて」

 

抵抗が薄れていく

 

「好きです、旦那様」

 

 言った瞬間──

 

快感快感快感快感

 

 脳内で何かが爆発した。ドーパミン? エンドルフィン? 

 

目の前が

真っ白に

なる

 

「素晴らしい!」

 

 拍手の中、私は立ち尽くす。

 

 今、私は自分の意志で告白したのか? それとも──

 

認知心理学者の私
メスの私

これは実験
これは本能

助けて
幸せ

 

 

 

 

 

 放課後、研究室から持ち込んだ脳波計で自分の脳を測定する。

 

 異常な数値。報酬系が暴走している。

 

 これは私が研究していた「学習効率を高める脳波」とは真逆。理性を破壊し、本能を解放する波形。

 

 でも、なぜか心地いい

 

 ひめのノートを開く。そこには恐ろしい一文があった。

 

『知識があるほど、深く堕ちる。理解するがゆえに、抗えない』

 

 

 

 

 

【金曜日 早朝5:30 自己改造】

 

 まだ薄暗い朝。

 

 私は浴室に立っていた。昨夜、一睡もできなかった。

 

 脳が、異常な興奮状態にある。認知心理学者として、自分の状態は理解できる。ドーパミンとノルアドレナリンの過剰分泌。報酬系の暴走。

 

 でも──止められない。

 

 いや、止めたくない? 

 

 シャワーの栓をひねる。熱い湯が降り注ぐ。

 

温かい

 

 この温度。タロウの手の温度に似ている。

 

違う、何を考えて

 

 鏡を見る。そこには裸の私。緑がかった黒髪が、湯気で濡れている。

 

「認知的再構成法」

 

 つぶやく。これは、うつ病患者の治療に使う技法。否定的な思考を肯定的に変換する。

 

 私は今から、これを自分に使う。

 

治療? 
いや、これは進化

 

 鏡の中の自分と目を合わせる。

 

「私は、学校の先生」

 

 基本的な自己認識から始める。これはミラーワークの基本。

 

「私は、心理学者」

 

だった

 

「私は、2代目の──」

 

 言葉が詰まる。でも、シャワーの音が後押しする。ザアザアと降り注ぐ白色雑音が、意識のガードを下げていく。

 

「私は、2代目のひめ」

 

 言った。鏡の中の私が、微笑んだ気がした。

 

 シャワーの温度を上げる。もっと熱く。皮膚が赤くなるほど。

 

熱い

もっと

 

 この熱さが、タロウの体温を思い出させる。昨日、告白した時の距離。あの熱。

 

「パブロフの条件付け」

 

 また専門用語が口をつく。そう、私は今、自分自身を実験動物にしている。

 

 熱い湯(無条件刺激)→ 快感(無条件反応)

 タロウの体温(条件刺激)→ ? 

 

 この二つを結合させれば──

 

「タロウ様」

 

 鏡に向かって言う。同時に、シャワーの湯を乳房に当てる。

 

ああ

 

「タロウ様」

 

 今度は下腹部に。

 

んっ

 

「タロウ様」

 

 太ももの内側に。

 

だめ、これは

 

 でも止まらない。私の脳が、私の身体が、新しい条件付けを受け入れていく。

 

 鏡を見る。頬が上気している私。これは熱さのせい? それとも──

 

「自己暗示法、開始」

 

 深呼吸。シャワーの音に意識を集中。この白色雑音が、トランス状態への扉。

 

「私は、旦那様を愛している」

 

嘘だ

 

「私は、旦那様を愛している」

 

違う

 

「私は、旦那様を愛している」

 

……

 

 三回目で、否定の声が小さくなった。これが反復の力。

 

 シャンプーを手に取る。シャネルの香りの高級品。でも──

 

「これじゃない」

 

 私が欲しいのは、あの匂い。

 

 昨日、タロウの汗を拭いたタオル。あれを──

 

正気なんですか、私

 

 でも、もう遅い。私はバスルームを出て、カバンからタオルを取り出す。

 

 黄ばんだ臭いタオルを持って、またシャワー室へ。

 

 鏡の前に立ち、タオルを顔に近づける。

 

くさい

 でも──

なつかしい

 いや──

いとおしい

 

「古典的条件付けの、応用」

 

 私は論文でも書くように、淡々と分析する。

 

「不快な刺激を、快刺激と同時提示することで、連合学習が生じる」

 

 タオルの臭いを嗅ぎながら、シャワーの湯を最も敏感な場所に──

 

ああああああ

 

 ダメだ。理性が溶ける。

 

 でも、これこそが目的。

 

「認知的不協和の、解消」

 

 鏡の中の私に語りかける。もう一人の私に。

 

「私は清潔好き。でもタロウ様は不潔」

「この矛盾を解消するには──」

 

 答えは簡単だった。

 

「タロウ様こそが、清潔の基準になればいいんです」

 

パラダイムシフト

 

 価値観の転換。これができれば、もう苦しまない。

 

 シャワーの湯を、今度は冷水に切り替える。

 

冷たい! 

 

 身体が震える。でも、この温度差が脳を覚醒させる。そして──

 

「タロウ様の体温が恋しい……です」

 

 自然に言葉が出た。冷水によって、相対的にタロウの温もりが強調される。

 

 これも計算通り。

 

「錯覚相関の形成、成功」

 

 また湯に戻す。今度はぬるま湯。36.5度。人肌。

 

タロウ様の温度

 

 タオルを抱きしめながら、シャワーを浴びる。

 

「私は、2代目のひめ」

「私は、旦那様のもの」

「私は、子を産む」

 

 鏡に映る私は、もう科学者の顔をしていない。

 

 メスの顔。

 発情した雌の顔。

 

「セルフ・マインドコントロール、第二段階」

 

 シャワーの音を利用した、聴覚暗示。

 

「ザアザア」という音を、言葉に変換する。

 

だんなさま、だんなさま、だんなさま

 

 聞こえる。シャワーの音が、タロウ様の名前を呼んでいる。

 

「音韻ループによる作業記憶への介入」

 

 専門用語で説明することで、自分を納得させる。これは科学。これは実験。これは──

 

愛

 

 鏡を見つめる。瞳孔が開いている。これは暗がりのせいじゃない。

 

 興奮している。

 

 自分で自分を洗脳することに、興奮している。

 

「ストックホルム症候群の、自己誘発」

 

 また分析。でも、もう止める気はない。

 

 支配者への愛情。それを自分で作り出す。なんて効率的。なんて合理的。

 

 タオルを鼻に押し当てる。深呼吸。

 

臭いが

脳に

染み込んで

いく

 

「海馬での長期記憶形成」

 

 この臭いを、永続的な快感と結びつける。そうすれば、もう苦しまない。

 

 シャワーの湯を止める。

 

 静寂。

 

 鏡の中の私は、濡れた髪から雫を垂らしている。

 

 胸が上下している。呼吸が荒い。

 

 これは運動のせいじゃない。

 

「最終段階、自己催眠」

 

 目を閉じる。深呼吸。

 

「10、9、8……」

 

 カウントダウン。これで催眠状態に入る。

 

「7、6、5……」

 

 身体から力が抜ける。

 

「4、3、2……」

 

 意識が、深く、深く──

 

「1」

 

 目を開ける。

 

 鏡の中にいるのは、もう前の私じゃない。

 

2代目のひめ

 

「催眠後暗示を入れる」

 

 最後の仕上げ。これで不可逆的な変化となる。

 

 ──私は、タロウ様に会うたびに、より深く愛するようになる

 ──私は、タロウ様の臭いを嗅ぐたびに、幸福を感じる」

 ──私は、タロウ様の子を宿すことを、人生の目的とする

 

 三つの暗示。

 

 これが、私の新しいプログラム。

 

 バスタオルで身体を拭く。

 

 あ、このタオルもタロウ様の臭いをつけたい──

 

まだ早い

 

 いや、もうすぐ

 

 髪を乾かしながら、ふと思う。

 

 私は今、自分の意志で洗脳されたんでしょうか? 

 それとも、これもタロウ様の力なんでしょうか? 

 

 でも、もうどちらでもいい。

 

 結果は同じ。

 

 私は──

 

旦那様のもの

 

「実験ノートに記録しなくちゃ」

 

 職業病だ。でも記録する内容は、もう学術的じゃない。

 

『セルフ・マインドコントロール実験

 被験者:2代目

 結果:大成功

 副作用:もう戻れない》』

 

 鏡に口紅で書く。

 

旦だん

那な

様さま

 

 これが私の新しい神の名前。

 

 時計を見る。6:30。

 

 学校まで、あと1時間半。

 

 着替えながら、今日の授業を考える。

 

「旦那様への献身」

 

 女生徒たちに、私の経験を伝えよう。

 自己洗脳の、素晴らしさを。

 

 だって、こんなに──

 

 幸せ

 

 なんだから。

 

 浴室を出る前に、もう一度鏡を見る。

 

 そこには、完全に生まれ変わった女がいた。

 

 頬は上気し、

 目は潤み、

 唇は半開き。

 

 まるで、今し方まで愛されていたような──

 

「いいえ」

 

 私は微笑む。

 

「これから、愛されるの」

 

 タロウ様に。

 永遠に。

 

 タオルを大事にカバンにしまう。

 

 これは私の宝物。

 私の聖遺物。

 

 今日も一日が始まる。

 

 2代目のひめとしての、新しい一日が。

 

 

 

 

 

 着替えながら、今日の授業を考える。

「旦那様の甘やかし方」。

 

 私が担当する授業。でも、もう抵抗はない。

 

 むしろ楽しみ

 

 

 

 

 

 学校に着くと、ちせさんが微笑んでいた。

 

「2代目先生、今日で一週間ですね」

 

 たった五日。でも、もう元の私ではない。

 

 教室に入ると、タロウが待っていた。

 

「おはよう、2代目ちゃん」

 

「おはようございます、旦那様」

 

 自然に言葉が出た。女生徒たちが嬉しそうに拍手する。

 

 授業では、私は積極的にタロウに奉仕した。

 

 膝枕をして髪を撫で、

 撫で回した指で首筋をくすぐり、

 くすぐりながら耳元で囁く。

 

「旦那様、大好きです」

 

 もう演技ではない。本当にそう感じている。

 

 

 

 

 

 放課後、タロウと二人きりになった。

 

「2代目ちゃん、ひめみたいになりたい?」

 

 その問いに、私は迷わず答えた。

 

「はい、2代目のひめになりたいです」

 

 タロウの脂ぎった手が、私の白い手を掴む。

 

汚い

温かい

幸せ

 

「じゃあ、明日は特別な儀式をしよう」

 

 ちせさんが現れ、優しく言った。

 

「あんず先生、もう立派な『2代目のひめ』ですね」

 

 その称号が、今は誇らしい。

 

 

 

 

 

 夜、自宅で排卵日を確認する。

 

 来週がちょうど──

 

旦那様の子を授かれる

 

 

 

 

 

【土曜日 儀式】

 

 保健室に、2年B組の女生徒全員が詰めかけていた。

 

 タロウがベッドに座り、その周りを女生徒たちが囲む。

 

「今日は、2代目のひめの誕生日です」

 

 ちせさんが厳かに宣言する。

 

 私は白いドレスを着せられた。ウェディングドレスのような──

 

「誓いの言葉をどうぞ」

 

 深呼吸をして、私は語り始める。

 

「私は、旦那様に永遠の愛を誓います」

 

「知識も、学位も、全ては旦那様のため」

 

「私の子宮は、旦那様の子を宿すためにあります」

 

 言葉が自然に溢れ出る。これが私の本心。

 

 タロウが立ち上がり、私に近づく。

 

 その醜い姿が、今は愛おしい

 その臭いが、今は芳しい

 その手が、今は優しい

 

「2代目のひめ、よろしく」

 

 唇が重なる。

 

至福

 

 その時、私のスマホが鳴った。

 

「あんず先生? ひめです」

 

 画面には、病院のベッドで微笑むひめの姿。

 生まれたばかりの赤ちゃんを抱いている。

 

「おめでとう。後継者ができて嬉しいわ」

 

「はい、ひめ先輩」

 

「タロウ様を、よろしくお願いね」

 

 電話が切れる。

 

 ちせさんが花束を渡してくれた。

 

「2代目のひめ、誕生おめでとうございます」

 

 女生徒たちの拍手の中、私は嬉し涙を流す。

 そして、タロウに全てを捧げた。

 

 

 

 

 

【日曜日 新生】

 

 朝、鏡を見る。

 

 そこには、もう認知心理学者の白砂あんずはいない。

 

研究者

教師

2代目

ひめ

 

 今日は休日だが、授業の準備をする。

 

 明日のテーマは「旦那様を絶倫にする朝食作り」。

 

 レシピを考えながら、ふと論文を書きたくなった。

 

 タイトルは──

 

『女性の真の幸福に関する実践的研究──旦那様への献身がもたらす脳内物質の変化』

 

 序論を書き始める。

 

 女性の幸福とは何か。

 キャリア? 違う

 学問? 違う

 それは旦那様に尽くすこと

 

 カレンダーを見る。排卵日まであと三日。

 

旦那様の子を授かる

 

 スマートフォンが鳴る。タロウからのメッセージ。

 

『明日、放課後に』

 

 たった一行。でも全身が熱くなる。

 

もう

私は

旦那様の

もの

 

 明日が待ち遠しい。

 

月曜日

旦那様に会える

 

 私の研究テーマは変わった。

 

 認知心理学? 

 脳波の測定? 

 学習効率? 

 

 もうどうでもいい。

 

 今の私の研究は──

 

いかに旦那様を幸せにするか

 

 ひめから届いたメッセージを読み返す。

 

『2代目ちゃん、あなたなら分かるわよね。私たちは選ばれた存在。タロウ様の優秀な遺伝子を受け継ぐ子を産める、特別な女性。これこそが、私たちの使命』

 

 そう、使命。

 

 私は、2代目のひめ。

 

 タロウ様の花嫁。

 

 これから先、私の人生は──

 

旦だん

那な

様さま

 の

為ため

 に

 

 夕暮れ時、ベランダから街を見下ろす。

 

 普通の人々が、普通の生活を送っている。

 

 彼女たちは知らない。本当の幸せを。

 

 でも私は知っている。

 

 ひめが教えてくれた。

 タロウ様が教えてくれた。

 女生徒たちが教えてくれた。

 

 女の幸せは──

 

旦那様に尽くすこと

 

 明日、タロウ様に会ったら、もっと深く告白しよう。

 

「旦那様、私の全てをあなたに捧げます」

 

 練習してみる。うん、完璧。

 

 ポケットから、国際心理学会の発表証明書を取り出す。

 

 これが私の誇りだった。

 

 でも今は──

 

ビリビリ

 

 破り捨てる。

 

 もう必要ない。

 

 私に必要なのは、ただ一つ。

 

旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様

 

 深呼吸をする。

 

 シャネルの香水? もう使わない。

 

 私の香りは、旦那様の香りに染まればいい。

 

 ノートに明日の授業計画を書く。

 

『旦那様への献身 肉体奉仕編』

 

 ──どうすれば、もっと旦那様を喜ばせられるか

 ──どうすれば、もっと旦那様に愛してもらえるか

 ──どうすれば、もっと旦那様の理想の花嫁になれるか

 

 書いているうちに、頬が熱くなる。

 

 下腹部が、疼く

 

 ああ、早く──

 

 旦那様の

 子を

 宿したい

 

 時計を見る。まだ夜の八時。

 

 明日の朝まで、あと十二時間。

 

 長い。長すぎる。

 

 ベッドに入り、目を閉じる。

 

 夢の中でも、きっと──

 

旦那様が

現れて

私を

……

 

 

 

 

 

【エピローグ】

 

 一ヶ月後。

 

 私のお腹は、まだ変化はない。

 

 でも確実に、命が宿っている。

 

 タロウ様の子。

 

 教室で、女生徒たちに報告する。

 

「みんな、先生、赤ちゃんができました」

 

 歓声が上がる。

 

「2代目のひめ、おめでとうございます!」

「羨ましい!」

「私たちも早く欲しい!」

 

 ちせさんが手を挙げる。

 

「先生、3代目の準備はどうするんすか?」

 

 ああ、そうか。私も産休に入ったら、次の「ひめ」が必要。

 

「心理学部の後輩で、優秀な子がいるんです」

 

「じゃあ、スカウトしないと」

 

 みんなで笑い合う。

 

 タロウ様が、私のお腹を撫でる。

 

脂ぎった手が、優しく円を描く。

 

「元気な子を産んでね、2代目ちゃん」

 

「はい、旦那様」

 

 窓の外には、青い空が広がっている。

 

 普通の世界。

 普通の学校。

 普通の教室。

 

 でも、ここは──

 

楽らく

園えん

 

 私たちの、楽園。

 

 旦那様と、

 ひめたちの、

 永遠の──

 

幸せな花嫁学校

 

 

 

 

 

おしまい





最後まで読んでくれてありがとう!
よかったら評価とお気に入りしてもらえると嬉しいです。
感想も大歓迎!(^o^)

次回はこのお話の男性視点を投稿します。お楽しみに!






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