※この作品はR-18です。

グリッドマンユニバースで催眠洗脳   作:グリッドマン

5 / 17
 全国優勝を目指す合唱部員の夢芽。ある日、醜い容姿のボイストレーナーが赴任してくる。

 彼の指導は異常だった。深呼吸を繰り返させ、舌を出させ、唇に触れる。気持ち悪いと思いながらも、確かに声は美しくなっていく。
 
 やがて姉も同じ男に「指導」され、逃げようとして事故死したことを知る。抵抗しようとするが、もう男なしでは声が出ない体になっていた。
 
 やがて夢芽は完全に男の「楽器」となり、新入生を同じ地獄へ誘い込む側になっていた。


南夢芽
合唱部の夢芽が舌フェチの中年ボイストレーナーに楽器として調律されてしまう話


【4月15日(月)放課後・音楽室】

 

おっす夢芽という同級生の声に、私は生返事を返した。

手鏡を見ながら、発声練習を始める。

 

「あー、あー」

 

唇の動きを確認。ちゃんと開いてるかな。香乃(かの)──姉はいつも「口の形が大事」って言ってたけど。

 

 ……香乃さ、なんで死んじゃったの。ちゃんと卒業してくれてたら、コンクールで歌ってる私を見せられたかもしれないのにさ。

 

「ドレミファソラシド──」

 

 私は南夢芽。フジヨキ台高校の一年生。

 合唱部所属。事故で死んだ姉が果たせなかったコンクール出場を目指してる。

 鏡の中の私はまあまあ整った顔。姉と同じで唇は薄めだけど、形は悪くないと思う。

 

ガチャリ

 

 突然ドアが開いて、顧問のおじいちゃん先生が入ってきた。その後ろに、見慣れない男の人が立ってる。

 

「みなさん、紹介します。新しいボイストレーナーの──」

 

先生の声、なんか変。額に脂汗かいてるし、目がおびえてる?

 

トレーナーだという男の人は、ひどい見た目だった。

 

私より背が低くて、お腹が出てる。髪の毛薄いのに無理やり横に流してて、襟元に黄色いシミ。近づいてきただけで、うわ、くさい。

 

「初めまして、夢芽ちゃん」

 

え、いきなりちゃん付け? 黄ばんだ歯を見せて笑って、太くて短い指を差し出してきた。

 

「あ、握手はちょっと……」

 

「いや、いいよ。君の手は大切にしないと。でも、その唇は……ふふ、実に形がいい」

 

視線が私の口元に張り付く。なめまわすような目つき。

 

「今、リップ塗ってる? ダメだよ、生まれたままのの唇じゃないと本当の声は出ない」

 

きもちわるい……

 

おじいちゃん先生が震え声で言う。

 

「彼は、その、実績のある指導者だから……」

 

「理事長のお孫さんも、私が指導しましたからね」

 

男がにやりと笑う。先生の顔が真っ青になった。

 

「よろしくね、夢芽ちゃん。君もお姉さんみたいになれるよ」

 

え?

 

「姉を……知ってるんですか?」

 

「ああ、とても素直な良い子だった」

 

 なんか、言い方がやだ。……でも、香乃のことが知りたい。私は、キモいのを我慢して、男と少しだけ話をした。

 

 

 

 

 

【次の日・放課後・音楽室】

 

「男子は外で基礎練習。彼らの汚い声を聞いてると、女子の繊細な声帯が傷つく」

 

トレーナーのひどい言い方に、男子たちがキレそうになってる。

 

「はあ? なんで俺らだけ──」

 

「黙れ。君たちの濁った息を嗅ぐだけで吐き気がする。女子は清潔で美しい。特に──」

 

トレーナーの目が、部長の唇をじーっと見てる。

 

「君の唇は芸術品だ」

 

部長の顔が真っ赤。褒められて困ってるのか、それとも──。

 

男子たちは諦めて出てった。

 

残された私たち女子部員は、半円形に並ばされる。

 

「まず、基本から。深呼吸しんこきゅうを10回」

 

みんなで深呼吸。

 

「吸って──」

 

すーーーー

 

「吐いて──」

 

はーーーー

 

「もっとゆっくり。息を吸うときに、体の力を抜いて」

 

5回目くらいから、頭がぼんやりしてくる。

 

「そう、リラックス。10回目──」

 

みんなの目がとろんとしてる。

 

「じゃあ、唇を見せて。全員、口紅くちべには落として」

 

みんな戸惑いながらティッシュで唇をふきふき。

 

「素晴らしい。生まれたままの唇こそ美しい。さあ、舌を出してごらん」

 

は? やだ。

でもみんな小さく舌を出してる……しょうがないか。

 

「違う違う! もっと大胆に! 恥ずかしがってたら声なんて出ないよ」

 

トレーナーが部長の前にしゃがむ。下から顔を覗き込む角度。

 

「君から手本を見せて。舌を、べーっと」

 

部長がためらいながら舌を出す。

 

「もっと! 根元から全部!」

 

部長が真っ赤になりながら、言われた通りにする。

 

「ああ、美しい。ピンク色で、つやつやして……舌苔もない。日頃からお手入れしてるんだね」

 

きっっっっっっも。

でも部長、なんか嬉しそう?

 

トレーナーが立ち上がって、今度は私の前に。

 

「夢芽ちゃんの番だ」

 

ちかい。

 

顔を下から覗き込まれる。息がくさい。

 

「恥ずかしがらないで。お姉さんも最初は恥ずかしがってたけど、最後には自分から見せてくれるようになった」

 

「姉が……そんなこと……」

 

「舌を出して」

 

いやだけど、香乃のこともっと知りたい。

 

ゆっくり舌を出すと、トレーナーの目がギラギラ光った。

 

「素晴らしい……姉妹は似るんだね。同じ味がしそうだ」

 

は? なに言ってんの、このおじさん。

 

「じゃあみんな、もう一度深呼吸から」

 

また10回。

吸って 吐いて 吸って 吐いて 意識が とろける

 

「舌を出して」

 

今度は少し大きく出せた。

 

「まだまだ。もう一度」

 

また深呼吸10回。もうフラフラ。

 

「舌を──」

 

みんな、言われる前に舌を出してる。

 

「そう! それだ!」

 

 

 

 

 

【1週間目・放課後・音楽室】

 

毎日おなじ練習。

 

深呼吸10回→舌を出す→また深呼吸→もっと舌を出す。

 

もう慣れちゃった

深呼吸すると

自然に舌が出る

 

「今日は次のステップ。舌を出したまま『あー』」

 

舌を出したまま声を出すのって、むずかしい。

 

「できるまで繰り返し」

 

1回目「あ゛ー」

5回目「あぁー」

10回目「あーーー」

 

「部長、すばらしい! みんなも部長を見習って」

 

部長がうれしそう。もっとほめられたくて、何度も何度も──

 

20回目「あーーーー」

 

きれいな声。でも、舌を出したままだから、なんかえっちな感じ。

 

「夢芽ちゃんも」

 

私も繰り返す。

 

10回、20回、30回──

 

舌がしびれてくる

 

でも、声はどんどんきれいになる。

 

「もっと!」

 

40回、50回──

 

意識がもうろう

 

でも、やめられない。

 

「よし、いいだろう。次は座学だ。ホワイトボードの前に集まって」

 

 トレーナーが白板に唇の断面図を描く。きもい絵。

 

「君たちの唇は硬すぎる。もっと柔らかく、しなやかに」

 

部長を指名。

 

「個別指導室で特訓だ。他の子は自主練」

 

部長が連れてかれる。防音室のドア、バタン。

 

三十分後、部長が戻ってきた。

 

唇がはれぼったくなってる。

 

「部長、だいじょぶ?」

 

「う、うん……先生が唇のマッサージしてくれたの。ほら、やわらかくなったでしょ?」

 

部長が自分の唇をさわる仕草が、なんかえっち。

 

「声も出しやすくなった。聴いて」

 

部長が歌い始める。たしかに前よりきれいな声。

 

「わたしも……」

 

一年生のソプラノの子が手をあげる。

 

「お、積極的だね。そういう子は伸びる」

 

トレーナーがうれしそうに一年生を連れてく。

 

戻ってきたとき、その子も唇はれてた。目がトロンとして、

 

「もっと練習したい」

 

なにこれ、おかしくない? でも、みんなの声はたしかに良くなってる。

 

「夢芽ちゃん、君はまだ抵抗があるみたいだね」

 

トレーナーが私のあごをつかむ。指が冷たい。

 

「でも大丈夫。お姉さんも最初はそうだったから」

 

とうとう私の番がきた。

 

「夢芽ちゃん、力を抜いて」

 

防音室で二人きり。逃げ場がない。

 

「まず、唇を触らせて」

 

「え、さわる……?」

 

「発声器官の状態を確認するんだよ。医者が診察するのと同じ」

 

そう言われると、断れない。

 

トレーナーの太い指が私の唇にふれる。

 

ひっ

 

「敏感だね。いい傾向だ」

 

指が唇をなぞる。上唇から下唇へ、ゆっくりと。

 

「力を抜いてぬいて」

 

指の腹で

円を描くように

唇をマッサージされる

 

あ……

 

へんな感じ。きもちわるいのに、声は出しやすくなってる。

 

「じゃあ、舌も見せて」

 

もう逆らえない。舌を出す。

 

「指で触るよ」

 

「ちょ、ちょっと──」

 

でも、もう指が舌先にふれてる。

 

ぬるっとした感触

 

「舌の筋肉が固い。ほぐさないと」

 

指が舌をマッサージする。きもちわるい。でも──

 

「あー」って声を出すと、すごくきれいな音が出た。

 

「ほら、効果があるでしょ?」

 

 

 

 

 

【2週間目・個別指導室】

 

二週間がすぎて、私は自分の変化に気づいてた。

 

朝、鏡を見る。かならず唇をチェックしてる。

 

今日はちょっとカサカサ……

 

リップぬろうとして、やめる。

 

「素の唇じゃないと本当の声は出ない」

 

トレーナーの言葉が頭にこびりついてる。

 

授業中も、舌の位置ばっか気にしちゃう。

 

舌先は下の歯のうら

力をぬいて

先生の言うとおり

 

「南さん、聞いてる?」

 

数学の先生の声でハッとする。またボーッとしてた。

 

放課後、音楽室に行く足がかってに早くなる。

 

「お、夢芽ちゃん。今日は早いね」

 

トレーナーがにやにや。

 

「待ちきれなかった?」

 

ちがう、って言いたいのに、なぜかうなずいちゃう。

 

「じゃあ夢芽ちゃん、個別指導してあげる」

 

防音室で二人きり。

 

「今日は唇の柔軟性をチェック」

 

トレーナーが私の前にすわる。顔が近い。

 

「『う』の形を10回」

 

唇をすぼめる。

 

「う、う、う、う、う──」

 

「もっと突き出して」

 

「う、う、う、う、う──」

 

10回終わると、唇がじんじんする。

 

「『い』の形を10回」

 

唇を横に引く。

 

「い、い、い、い──」

 

「もっと横に!」

 

くりかえすうちに、唇が熱くなってくる。

 

「じゃあ、『う』と『い』を交互に30回」

 

「う、い、う、い、う、い──」

 

はやくやると、唇がぴくぴくする。

 

「もっとはやく!」

 

「ういういういういうい──」

 

もう唇の感覚がおかしい。

 

「すばらしい。じゃあ、唇に触れるよ」

 

「え……」

 

「筋肉の状態を確認するだけ」

 

太い指が唇にふれる。

 

「10回、円を描く」

 

指が唇の上をゆっくりまわる。

 

1回、2回、3回──

 

きもちわるい

 

5回、6回、7回──

 

でも声が出しやすくなってる

 

9回、10回──

 

「もう10回」

 

まだやるの? でも、さからえない。

 

11回、12回、13回──

 

唇の感覚がへんになってくる。

 

18回、19回、20回──

 

「きもちいいでしょ?」

 

ちがう でも、ちょっと──

 

 

 

 

 

【3週間目・放課後・音楽室】

 

みんなで円になってすわる。

 

「まず、舌を思いっきり前に」

 

みんなが舌を出す。前なら恥ずかしかったはずなのに、今はふつう。

 

「そのまま、右回りにまわして」

 

舌をまわす。つばが糸をひく。

 

「いいね、つやつやしてきた。じゃあ次は、お互いの舌を見せ合って」

 

えっ?

 

「恥ずかしがらない。これも練習。向かい合って、舌を出し合うんだ」

 

部長と向かい合う。お互いに舌を出す。

 

部長の舌、きれいなピンクで、見とれちゃう。

 

「夢芽ちゃん、部長の舌、どう思う?」

 

「きれい……かも」

 

「部長は?」

 

「夢芽の舌も……すてき」

 

なに言ってんだろ、私たち。

 

「よし、じゃあ今度は俺に見せて」

 

トレーナーが私たちの間に顔をつっこんでくる。

 

二人の舌をじろじろ見比べる。

 

「ああ、たまらないな。若い女の子の舌は蜜みつの味がしそうだ」

 

きもい発言。でも部長はうれしそうに笑ってる。

 

私も……なんか、認められた気がして……。

 

「右回りに10回」

 

ぐるぐるぐる──

 

「左回りに10回」

 

ぐるぐるぐる──

 

「もっとはやく、右10回、左10回」

 

目がまわる。でも、やめられない。

 

「上下に30回」

 

舌を上下に動かす。ぺろぺろぺろ──

 

「もっと大きく!」

 

おおきく動かすと、つばがたれそう。

 

「すばらしい。じゃあ、全部つなげて」

 

右10回→左10回→上下30回→また右10回──

 

エンドレス。

 

舌が かってに うごく とまらない きもちいい? いや でも

 

部長はもう、恍惚としてる。

 

私も──うっとり。

 

 

 

 

 

【1ヶ月目・音楽室】

 

「ペアを組んで」

 

また部長とペアになる。

 

「向かい合って、同時に舌を出す」

 

お互いに舌を出す。

 

「もっと近づいて」

 

顔を近づける。舌と舌が触れそう。

 

「そのまま、同じリズムで上下」

 

二人で同じように舌を動かす。

 

「もっとシンクロして!」

 

息が合ってくる。部長の舌がきれい。

 

「20回!」

 

1、2、3、4──

 

だんだんトランス状態に。

 

15、16、17──

 

もう、自分の舌か部長の舌かわからない。

 

19、20!

 

「はい、今度は全員で円になって」

 

6人で円になる。

 

「全員、中心に向かって舌を出す」

 

みんなの舌が中心に集まる。へんな光景。

 

「そのまま、右回り」

 

全員で舌を回す。シンクロしてる。

 

「50回!」

 

何回目なのか、もう数えられない。ただ、みんなと同じように動く。

 

一体感

みんなとつながってる

きもちいい

 

 

 

 

 

《big》【1ヶ月と1週間目・朝・姉の部屋】

 

香乃の部屋で、隠してあった日記を見つけた。

 

4月10日

新しいトレーナーきた。

見た目まじ最悪w

でも指導はすごい。

 

4月25日

やばい。

深呼吸のたびに舌出したくなる。

もう50回とか普通にやってる。

どうしよう。

 

5月8日

今日100回やった。

舌がしびれて最高。

先生にもっとさわってほしい。

 

5月20日

もう数えられない。

ずっと舌だしてる。

先生の指示がないと不安。

明日、先生の家いく。

特別な練習だって。

たのしみ。

 

 

5月21日の日記はない。

 

その日、香乃は──。

 

遺品のケータイを確認。パスワードを破って、姉の最後の動画を見る。

 

画面の中で、香乃が

ゆっくり舌を出してる
。

 

カメラのむこうから、トレーナーの声。

 

「いい子だ、香乃。もっと根元から」

 

姉がしたがう。舌を全部出して、とろーんとした目でカメラ見てる。

 

「そのまま、口を開けたまま『あー』」

 

香乃が声を出す。すごくきれいな声。でも、なんか機械みたい。

 

「今の気分は?」

 

「さいこうです、先生」

 

香乃の声。でも、もう香乃じゃない。

 

動画の時刻。5月20日、23時47分。

香乃が事故ったのは、5月21日、0時15分。

 

場所は、トレーナーの家から200メートル。

 

《shake:》逃げようとしたんだ《/shake》。

 

【音楽室】

 

真実を確かめなきゃ。登校してすぐ、音楽室へ怒鳴り込む。

 

「姉に何をしたんで、す……か……ぁ……?」

 

でも叫んだ瞬間、体がかたまった。

 

「夢芽ちゃん、待ってたよ」

 

トレーナーが、香乃の写真をもってる。

 

「お姉さんのこと、全部知ったんだね」

 

「あなたが……姉を……」

 

「殺してないよ。彼女が勝手に逃げようとしたから、事故っただけ」

 

トレーナーが近づいてくる。

 

「でも君は違う。君はかしこいから、逃げたりしない。だって──」

 

あごをつかまれる。

 

「もう、俺なしじゃ声が出ないでしょ?」

 

図星。ここ数日、トレーナーの指導なしだと、ほんとに声が出ない。

 

「試してみようか。俺の指示なしで、歌ってごらん」

 

口をあける。でも、声が出ない。

 

「ほらね。じゃあ、俺の言うとおりにして」

 

いやだ、と思いながら、体はしたがっちゃう。

 

「唇くちびるをなめて」

 

舌で唇をぺろり。

 

「舌を、ゆっくり前に」

 

舌を出す。もうなれちゃった動き。

 

「そう、いい子だ」

 

姉とおなじほめ方。

 

でも──。

 

きもちいい

 

だめ。でも、トレーナーにほめられると、ゾクゾクする。

 

【個別指導室】

 

「特別な練習をしよう」

 

防音室につれてかれる。

 

「ここで、お姉さんも最高の声を手に入れた」

 

部屋にビデオカメラ。

 

「成長の記録を残そう」

 

カメラの前にすわらされる。

 

「まず、カメラに向かって、ゆっくり口を開けて」

 

もう抵抗できない。口をあける。

 

「舌を、少しずつ出して」

 

舌が 前に もっと 前に 全部 だして

 

「今度は、舌を上下に動かして」

 

言われたとおりに動かす。

 

「横にも」

 

ぺろぺろと動かす。カメラが全部撮ってる。

 

「夢芽ちゃん、どんな気持ち?」

 

「……はずかしい」

 

「でも?」

 

「でも……声が出したい」

 

「じゃあ、もっと練習しよう。今度は俺の指を──」

 

トレーナーが指を私の口元に近づける。

 

「なめて」

 

《shake:2》!!《/shake》

 

「これも練習。お姉さんもやった」

 

姉も……?

 

ゆっくり、トレーナーの指をなめる。

 

しょっぱい

きもちわるい

でも

声が

 

「歌って」

 

口がかってにひらく。

 

今までで一番きれいな声が出る。

 

でも、もう私の声じゃない。

 

 

 

 

 

【1ヶ月と2週間目・放課後・音楽室】

 

 トレーナーが来てから50日が経つと、私たち女子部員は完全に「調律」されてた。

 

練習が始まると、みんな自然に舌を出す。

 

お互いの舌を見せ合って、ほめあう。

 

「夢芽の舌、今日もつやつや」

 

「部長の唇、ぷるぷるしてる」

 

へんな光景。でも、私たちにはあたりまえ。

 

トレーナーが入ってくると、みんなの目がきらきら。

 

「今日は誰を個別指導しよっかな〜」

 

みんなそわそわ。えらばれたい。

 

「夢芽ちゃん」

 

やった! うれしくてふるえる。

 

他の子たちのうらやましそうな目。それもきもちいい。

 

防音室で二人きり。

 

「夢芽ちゃん、今日は特別メニュー」

 

防音室。トレーナーと二人。

 

「まず、いつもの」

 

深呼吸10回。もう条件反射で舌が出る。

 

「舌を出したまま、う、い、う、い」

 

「ういういういうい──」

 

「100回」

 

え、100回!?

 

でも、もう体がかってに動く。

 

50回すぎると、口全体がしびれる。

 

80回で、意識がとぶ。

 

100回──

 

「すばらしい。じゃあ、舌に触れる」

 

もう抵抗できない。

 

トレーナーの指が舌にふれる。

 

「そのまま、あー」

 

指が舌にふれたまま、声を出す。

 

へんな感覚

でも

すごくきれいな声

 

「これを50回」

 

1回、2回、3回──

 

もう数えるのもめんどう。

 

ただ、指の感触と、自分の声だけ。

 

「完璧だ。君はお姉さんを超えた」

 

ほめられて、うれしい。

 

もっとほめられたい。

 

「先生、もっと──」

 

自分で言っちゃった。

 

トレーナーがにやりと笑う。

 

「いい子だ。じゃあ、次は──ぜんぶだ。舌、ぜんぶ出して」

 

もうためらいなく、おもいっきり突き出す。

 

「ほんとに素直すなおになったね」

 

ほめられて、しあわせ。

 

「今日は、新しい練習。俺の舌と、君の舌を──」

 

「せんせい、それは……」

 

「声のために必要なんだよ」

 

 トレーナーが顔を近づけてくる。

 

いやだ

でも

声が──

 

 

 

 

 

きす、きもちいい。

 

 

 

 

 

【1ヶ月と3週間目・放課後・音楽室】

 

もう、練習じゃなくて儀式みたい。

 

全員で円になって、深呼吸10回。

 

すーーー、はーーー

 

自然に舌が出る。

 

「今日は新しいチャレンジ。連続運動」

 

右10回 → 左10回 → 上下30回

う、い、う、い50回 → また右10回──

 

これを5セット。

 

1セット目、まだ余裕。

 

2セット目、舌がぴくぴく。

 

3セット目、よだれがたれる。

 

4セット目、意識がとぶ。

 

5セット目──

 

もう なにも わからない ただ うごく うごく うごく

 

終わったとき、全員ぐったり。

 

でも、顔はしあわせそう。

 

「すばらしい! 君たちは成長してる」

 

ほめられて、またゾクゾク。

 

もっとやりたい。もっと──

 

 

 

 

 

【2ヶ月目・深夜・音楽室】

 

「特別強化練習」

 

夜10時。女子部員だけの秘密練習。

 

暗い音楽室。ろうそくの明かりだけ。

 

「今日は限界げんかいに挑戦」

 

全員、もう舌を出してる。

 

「連続で、数えるのをやめるまで」

 

え? 終わりがない?

 

でも、みんなもうはじめてる。

 

右、左、上、下、う、い、う、い──

 

10分経過。

 

まだつづく

 

20分経過。

 

《vib:2》舌がけいれん《/vib》

 

30分経過。

 

いしきが

 

40分──

 

部長が泡をふいてたおれた。

 

でも、トレーナーは止めない。

 

「つづけて」

 

50分──

 

ソプラノの子も《shake:2》ガクガク《/shake》してる。

 

私も、もう──

 

「ストップ」

 

やっと終わった。

 

全員、はあはあ言ってる。

 

「今の感覚を覚えて。これが極限の快感」

 

たしかに、なんかすごい。

 

頭の中、真っ白。

 

でも、きもちいい。

 

 

 

 

 

【2ヶ月と1週間目・夜・個別指導室】

 

「夢芽ちゃん、最終段階だ」

 

最終?

 

「お姉さんもここまでは来れなかった。他の誰も。君だけだ」

 

私だけ……。

 

「じゃあ、始めよう」

 

いつもの儀式。でも、今日はちがう。

 

「目を閉じて」

 

目を閉じる。

 

「深呼吸しながら、私の声だけを聞いて」

 

すーーー、はーーー

 

「舌を出して」

 

もう、かってに出る。

 

「私の指を感じて」

 

指が舌にふれる。

 

「そのまま、私の言葉をくりかえして」

 

「私は」

 

「わたしは」

 

「従順な」

 

「じゅうじゅんな」

 

「良い子」

 

「いいこ」

 

「私は従順な良い子」

 

「わたしはじゅうじゅんないいこ」

 

これを100回。

 

50回目で、自分の声じゃなくなる。

 

80回目で、本当にそう思えてくる。

 

100回目──

 

「わたしはじゅうじゅんないいこ」

 

もう、完全に信じてる。

 

「目を開けて」

 

目を開けると、鏡がある。

 

そこに映ってるのは──

 

舌を出して、とろんとした目の私。

 

香乃とおなじ顔。

 

 

 

 

 

【コンクール当日・ステージ袖】

 

「全員、最後の調整」

 

トレーナーが私たちの唇を一人ずつチェック。

 

「夢芽ちゃん、ちょっと乾いてる」

 

トレーナーが自分の指をなめて、その指で私の唇をなでる。

 

ぬるっとした感触。

 

「これで完璧」

 

ステージへ。

 

スポットライト。

 

観客席には、審査員、保護者、そして──。

 

他校の女子生徒たち。

 

トレーナーが彼女たちをじろじろ見てる。

 

次のえもの。

 

にげて

 

心の奥でさけぶ。でも──。

 

完璧な ハーモニー

 

私たちの歌声が会場をつつむ。

 

観客はうっとり。

 

審査員も息をのんでる。

 

優勝、まちがいなし。

 

でも、なにも感じない。

 

歌いおわって、拍手。

 

トレーナーが客席で舌なめずり。

 

彼の視線の先には、目をキラキラさせた女子高生たち。

 

また あたらしい 声が ふえる また ひとり また ひとり

 

 

 

 

 

【次の年、春 放課後・音楽室】

 

もう、トレーナーなしじゃ生きられない。

 

朝起きて、最初にすることは舌の運動。

 

右10、左10、上下30──

 

学校でも、授業中に舌を動かしてる。

 

友達に「なにそれ?」って聞かれて、

 

「発声練習」

 

って答える。

 

放課後は、音楽室に走っていく。

 

「先輩、練習はじめましょう!」

 

「うん、じゃあ基本から」

 

深呼吸10回。

 

新入生たちもまねする。

 

すーーー、はーーー

 

「舌を出して」

 

ちょっとためらう子もいる。

 

「だいじょうぶ、すぐ気持ちよくなるから」

 

私がやってみせる。

 

右10、左10、上下30──

 

もう1500回できる舌。

 

新入生たちがすごいって顔してる。

 

「先輩みたいになりたい!」

 

その言葉に、心の奥でなにかが痛む。

 

でも、もう止められない。

 

「じゃあ、がんばろうね」

 

やさしくウソをつく。

 

音楽室のドアが開く。

 

トレーナーが入ってくる。

 

新入生たちを見る目がギラギラ。

 

「新鮮な顔ぶれだね」

 

一人の子に近づく。

 

「君、唇くちびるの形がすばらしい」

 

その子が戸惑ってる。

 

去年の私とおなじ。

 

「先生、きもちわるい……」

 

小声でつぶやく。

 

わかる。最初はそう。

 

でも──

 

なれて もとめて おぼれて きえて わたしみたいに

 

「さあ、練習をはじめよう」

 

トレーナーが指揮をとる。

 

「全員、深呼吸」

 

新入生もしぶしぶ従う。

 

10回おわると、目が少しとろん。

 

「舌を──」

 

もう始まってる。

 

逃げられない。

 

私は窓の外を見る。

 

空に、姉の顔が浮かんでる気がした。

 

泣いてる。

 

いや、ちがう。

 

笑ってる。

 

私とおなじ、壊れた笑顔で。

 

「夢芽ちゃん、手本を見せて」

 

トレーナーの声で我に返る。

 

「はい、先生」

 

新入生の前で、舌を出す。

 

そして、始める。

 

右10、左10、上下30、う、い、う、い50──

 

新入生たちが見とれてる。

 

「すごい……」

 

「きれい……」

 

もう、彼女たちも落ちはじめてる。

 

私の後にくりかえす。

 

たどたどしいけど、いっしょうけんめい。

 

1ヶ月後には、100回。

 

2ヶ月後には、500回。

 

3ヶ月後には──

 

みんな おなじ

みんな しあわせ

みんな 先生のもの

 

鏡を見る。

 

舌を出した私。

 

もう、しまい方を忘れた。

 

ずっと、少し出したまま。

 

それが普通。

 

トレーナーが後ろから抱きしめる。

 

「いい子だ」

 

「はい、先生」

 

もう、これ以外の言葉は──

 

いらない

 

 

 

 

おしまい





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次回はこのお話の男性視点を投稿します。お楽しみに!






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