※この作品はR-18です。

少女X家庭教師X依存   作:霧里

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薄氷の上

 

 

グーでいった。

 

病院で目を覚ましてから、トントン拍子に話は進んでいく。

状況だって上手く飲みこめてはいない。何より悠真が目を疑ったのは、自分の母親が、彩花の父親を殴り飛ばしているシーンだった。

 

何を言っていいかわからない。

 

なまじ死んだと思っていただけに、母親の怒りは当然分かる。

振り上げた拳が、そのまま彩花に向くんじゃないかと気が気じゃなかった。

「あ、はい……」頷くしかないじゃないか。そっちはそっちで話をつけろ。

大の男を引きずりながら、病室を出ていく母親の凄みといったらない。

やるといったらやる。大げさなくらいの効果音が目に見えるようだ。

 

過ぎ去った嵐の後、病室に残されたのは俺と彩花の二人きり。

 

ベッドのそばで俯いたまま動かない。

どうにでもして欲しいと。俯いたその顔は、判決を待つ罪人のもの。そこに断頭台があったなら、進んで首を置きにいってるはずだ。

 

「ごめんな。母さん、いつもはもっと優しいんだけど……あはは」

 

苦笑い。とりあえず母親の暴挙を謝罪する振りをしながら、彩花の顔色を覗き込む。小さく首を振ってはくれた。無反応でないことには安心するけど、そこから会話は生まれない。

 

もういい。顔も見たくない。何処かにいってくれ。

 

そう言えば満足するんだろうな。察するには余りあった。

自分がそうだからよく分かる。揉み合いになった末、包丁の切っ先が彩花の腹に向いてしまっていたら。今思うとゾッとする。迂闊だったとさえ。でも、あそこで飛び出せてよかった。一度死にかけたせいか、いまなら素直に言える。

気持ちを伝えられないまま死ぬより 怖いことなんて何も無い。

 

「好きだ」

 

彩花の肩がビクっと跳ねた。小さく首を振りながら後ずさる。

「いや」「聞きたくない」「そんなこと言わないで」否定の言葉を盾にして、逃げ出そうとする彼女の手を確かに掴んだ。

 

離さない。

 

離しちゃいけない。

 

いま手を離したら彩花は救われない。絶対にだ。

友人を殺しかけた罪悪感は、今度こそ彼女の命を奪うだろう。時間は何も解決しない。これ以上の奇跡に頼ってられない。選択肢の1つも間違うわけにはいかなかった。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめん……んっ。ううん。ありがとう、悠真。

でもね? これ以上……私といたら悠真までダメになっちゃうから。手、離して? ちゃんと「さよなら」しよう? 悠真は普通に幸せにならないと、だから……ね?」

 

普通の幸せか。それもいい。

 

当たり前に恋愛して、当たり前に結婚して、当たり前の家庭を作る。

そして、当たり前に彩花が笑っている幸せ。未練、執着、罪悪感。傲慢だった。

冷静じゃない。彩花を救えたことで、天狗になっていたのかも。頑な彼女の態度がもどかしい。

 

掴んだ手に力を込めた。

 

彩花には俺がついていないとダメなんだ。そんなに自分の事がいらないって言うなら、俺が貰ってやる。逃げ出そうとした彩花は また一歩後ずさって、俺はそれを許さない。

 

揺れる前髪の向こう。目尻に大粒の涙が溜まっていく。

今にも泣き出しそうだ。痛かったかな……。たじろぎそうになる自分を蹴り飛ばす。構うことはない。今の彩花は罪人だ。お白州(ベッド)の上に、引っ立てるくらいでちょうどいい。あるいは俺も同じだった。先生と呼ばれていた あの男や、彼女を凌辱していた連中と。

 

上書きしてしまいたかった。

 

気安い慰めなんかじゃ足りない。優しいだけの言葉じゃ届かない。

助けた責任があった。何もしなかった後悔だって。他にやり方なんて分からない。

ただただ怖い。今の彩花は、今にも消えてしまいそうなくらい揺らいで見える。

どうにかして繋ぎ止めたくて、気持ちがばかりが焦っていた。

 

朝露に濡れる小さな蕾。

 

唇を重ね合わせ、漏れる吐息に蓋をする。

その唇は冷たくて、まだ硬さが残っていた。こんなにも近い。驚いた彩花の目が 丸くなるのがよく見える。

 

縮こまる花弁の一枚を舌で舐めた。滲んだ蜜の味を求めて、更に唇を寄せていく。

柔らかく、何処までも沈んでいきそう。けれど行き止まりだ。

 

コツン……。

 

歯と歯がぶつかって これ以上進めない。もどかしくて、くすぐったくなる。

気恥ずかしさに背中を押されて、舌先を伸ばした。けれど唇を引き結んだ彩花は、顔を背けようとする。好きなだけじゃいられない。乱暴な気持ちは確かにあった。

 

俺じゃダメなのか?

 

彩花が意固地に なればなるほど奪いたくなった。

他の男の跡を消し去りたい。受け入れてもらえない事実に苛立ちが募る。

ここが病室じゃなかったら、このまま押し倒していたかもしれない。

 

逃げようとする彩花の手を、ベッドの上に押さえつける。

頭に手を回して、無理矢理に抱き寄せた。軋むベッドの音が、自分の心に重なるみたいだ。鼻先を撫でる汗臭さに、今にも感情が爆発しそうになった。

ろくにお風呂にも入れてないんだろう。近くで見れば髪はボサボサだ。サビ臭さもまだ少し。決していい匂いではないはずなのに、不思議と嗅ぎたくなる。

 

見せつけるように大きく息を吸い込むと、彩花の頬は露骨に赤くなった。

夢中だった。病みつきになりそうだ。ただ唇を重ねるだけ。キスなんてそんな大げさなものじゃないだろう。自分に言い聞かせることで、なんとか理性を繋ぎ止める。

 

上唇をついばんだ。

 

下唇をついばんだ。

 

一枚、一枚、花弁を剥ぎ取るようにキスを繰り返す。

吸い付いた唇が離れがたい。ふっくらとした柔らかさに溺れてしまいそう。

抵抗を続けていた彩花の体から、ふっと力が抜けていく。あんなに拒んでいたのが嘘のよう。誘われるまま、綻んだ隙間に舌先が入り込む。

 

わざとやってるんだろうか?

 

多少の抵抗も、突然諦めたように大人しくなるのも。

震える唇の艶めかしさに、心が掻き乱された。ついには目を閉じて、自分を差し出してくる。胸を寄せる仕草の一つにも、他の男の影がチラついて仕方がない。

 

頭の中が真っ赤に染まる。

 

鼓動が煩い。愛情とも衝動とも付かない。

細い体に指が食い込んでも、彩花は悲鳴の1つも上げなかった。「好きだ」自分で吐いた言葉でさえ嘘みたいだ。本当は彩花を滅茶苦茶にしたいだけなんじゃ__。

 

分からない。

 

全身の毛が逆だった。

 

ここが何処なのかも忘れて、事に及ぼうとした瞬間。

俺を現実に引き戻したのは、ズキリっ……! 腹を裂くような痛みだった。

 

「いぃぃっ……っ!!」

 

悲鳴が喉に詰まる。血の気が引いて脂汗も滲んできた。

「え、あ、悠真っ!」慌てた彩花に介抱されて、なんとかベッドに戻される。

なんとも言えない口惜しさ。気まずい沈黙が俺達を引き剥がした。続きをしようなんて空気は、消毒薬の匂いに消されていく。

 

コンコンコンっ……

 

響くノックの音に、彩花は大げさなくらいに縮こまった。

反射的に俺の手を掴み、艶を失くした唇は色褪せていく。ただ一点と俯いて、扉から顔を背けてしまう。

 

「入るよ、悠真」

 

いうやいなや。返事も待たずに病室の扉が開いた。

顔を覗かせた母さんは、俺と彩花の顔を見比べる。何かあったのだろうと察しはしても、それ以上には踏み込んでこない。ありがたいと言うべきか、あとが怖いと思うべきか。

 

「あのっ! 私、今日は……その、帰るから。お大事に、悠真くん。ごめんなさいっ……」

 

突然だった。

 

声を上げた彩花は急に立ち上がると、母さんの横をすり抜けていく。

 

「あらら。逃げられちゃった」

「そりゃ、自分の父親をぶん殴った女だぞ? 逃げるだろ?」

「殴って悪いか? 自分の娘も守れないで。アンタも死にかけてんだ」

「それは……心配かけて悪かったけど」

 

おどけてみせた母親に、つられて軽口を返す。

そう、逃げた。俺からじゃない、まして母さんからでも。居た堪れなくなったのは分かるけど、それ以前の怯えようといったらなかった。

 

本当に、俺は何も知らないんだな。

 

今まで見て見ぬふりをしてきたツケが、今になって回ってくる。

 

「同情で付き合うなら止めときなよ? 助けた責任なんてさ、それこそ無責任だ」

 

完全に見透かされていた。もし、訂正する部分があるのなら1つだけだ。

 

「本気だって言ったら?」

「……」

 

反対されるだろうか? 母さんからしてみれば 息子を刺した相手だ。

漏れ聞こえた範囲でも 彼女の家庭環境は酷い。昔馴染みってだけで付き合うのは あまりに重い。たとえ事故だったとしても、遠ざけておきたい気持ちはわかる。

 

沈黙が威圧に変わった。

 

何も言われないし、何も言い返さない。

 

チク、タク……。時計の音が響くだけ。

 

「はぁっ……」小さなため息の後、張り詰めていた緊張の糸が解けていった。

 

「花嫁修業、させないとねぇ……」

「嫁いびりかよ……。やめてくれ、みっともない」

「あははははっ!!」

 

豪快に笑った母さんは、躊躇うこと無く俺の腹を指さしてきた。

 

痛い。

 

 

****

 

 

失敗したな。

 

病室から逃げ出してしまった。もう私には関係のないはずなのに、未だにあの人の存在が深くにまで根付いてる。扉を叩くノックの音。母親という存在。

 

悪い人じゃないんだろう。そう思う。

 

一度頬を叩かれたきりだ。文字通り、それで手打ちにしてもらえた。

むしろ、ボンボコ殴られていたお父さんの方が可哀そうになるくらい。

止めに入った私まで巻き込まれそうになった。「アンタも一発殴っとけ」って、そんなの無茶苦茶だ。無理矢理に手首を掴まれて、引きずり込まれてしまう。

 

力、強かったな……。

 

肌に残る赤みと、僅かな痺れ。やっぱり親子なんだ。二人して、あんなに強く私の手を掴んで。

 

どうしよう?

 

どうしたら、いいんだろう……

 

「好きだ」悠真の声が、ずっと心に響いてる。

浮かれてなんていられない。悠真に抱き寄せられた私の視界は、すぐに色褪せた。

求められるまま、自分から唇を差し出してしまう。

 

受け入れたんじゃない。

 

応じただけ。

 

何も考えない。そういう風に躾けられてきた。

私は親鳥の前で口を開く雛鳥で、ほとんど反射的に体は動く。

もしもあの時、悠真が体を痛めていなければ……。想像しただけで、下腹が重くなる。もう誰でもいいんだ。私にとっては誰であっても変わらない。

 

使い捨てでよかった。

 

たとえ一時でも愛してもらえるなら、それでいい。使われている内は、何も考えないですむ。この瞬間にも先生に呼び出されたら、私はきっとついていくんだろう。あんなに酷く使い捨てられたのに、まるで懲りないんだな。思い悩むことにさえ疲れ果てていた。

 

どうして?

 

今になって涙が溢れてくるの。

 

転がり込んできた幸運の重さに耐えられない。

悠真もそうなんだろうか。私を使うだけ使ったら、きっと捨ててしまうんだ。

彼にはその権利があった。それで少しの慰めになるのなら、私なんていくらでも使えばいい。

 

大げさだな。

 

家の中は すっかりと片付けられていた。

台所には 包丁の一本だって残ってない。刃物と名前の付くものは、家の何処にも見つからなかった。

 

シャーペン……。

 

これならまだ使えそうだけど。

カチ……カチ……。伸ばした芯を首筋に当ててみる。チクリと痛みが走って、それ以上は手が止まってしまった。二度目の勇気は中々出ない。躊躇い傷を作ったシャーペンが、指の隙間から押し出された。机の上で跳ねると同時に、飛び出た芯が欠け落ちる。

 

弱虫。

 

自嘲気味に笑みをこぼす。いっそ、彼を言い訳に使ってしまおうか。

彼だって私を使うんだから、お互い様だ。それでも、いいのかな? 唇に残る温もりが、少しだけ鼓動の音を強くした。せめて悠真が元気になる間だけ、彼女の振りをしてみよう。

 

自己満足の罪滅ぼしでいい。

 

それで納得できたなら、またここに戻ってこれるはずだから。

 




前回までの選択肢とダイスロール、QTEイベントを全てクリアしたら入れる救済ルート。寄り添い合い、支え合う。共依存って素敵ですよね?

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