少女X家庭教師X依存 作:霧里
また、一人になった。
彩花の成績が上がるにつれて、玲司は母と「お話し」をする時間を増やしていく。
相変わらずケーキは持ってきてくれた。それを食べながら、お喋りをする時間だけが、彩花の唯一の救いだった。
問題集を全部解き終わっても、隣で褒めてくれる人はいない。
答えを見直している内に、文字が霞んでいく。ノートの罫線は波打ち、ペン先の震えが止まらない。大丈夫。お話しが終われば、先生は戻ってきてくれるから。
今までだってそうだった。そう信じるしかなかった。
今日は……どこだろうか。
リビングで、キッチンで、トイレで、お風呂場で……。
気づけば、家の中のそこら中に、母と先生の匂いがするようになる。
誤魔化すように撒かれた消臭剤の香りが、なおさら白々しい。
知らないと思って……。
バカにされているみたいで悔しかった。だけど、二人の関係を暴く勇気は出ない。
口にしたら、そこで全部が終わってしまう。自分の不貞を棚に上げて、お母さんは私を罵倒するんだろう。怯えた私は何も言い返せない。先生は庇ってくれるかもしれないけれど、きっとその時だけだ。
家での密会が難しくなれば、外で会うようになるかもしれない。
そうなれば、ただの口実でしかない私は邪魔なだけ。片手間でも、私の勉強を見てくれる人はいなくなる。
そうなれば、本当に一人きり。
母は不倫。父は仕事。先生は戻ってこない。
孤独が身につまされた。あんな母親でも、居ないよりはマシだったんだ。
叱責するのは、私を想っての事。期待に応えられない私が悪い。
お母さんの為に、頑張って、頑張ってきて……。ちゃんと出来るようになれば、ちゃんと愛してもらえると信じてた。
けれど、次に浮かんだ光景は、先生に寄り添う女の姿。
だらしない顔で、男に甘えている母を想像すると、喉元に込み上げてくるものがある。
けど、それならもう、母から叱責を受けることもないのかな。
何とか吐き気を飲み込んだ彩花は、少しだけ ほっとしていた。
先生が来るようになってから、母は私を構わなくなる。テストで良い点をとっても、席次が上がっても、100点を見せたって変わらなかった。そんなことより、先生に迷惑を掛けないようにしなさいと。
そんなことって、なに?
私が勉強してる意味って、なに?
勉強をすればするほど、母は無関心になって、先生は見てくれなくなって。
それなのに、今を繋ぎ止めているのは、私が勉強をしているから。口実にもなれない私は、きっと見捨てられる。
もう、どうしていいか分からなかった。
前にも進めない、後ろにも下がれない。不安定な足場は崩れて、真っ暗闇に落ちていく。助けて……。呟いた名前は、母じゃなかった。
どうにかして、先生を引き止められないだろうか?
泣いて、すがって、行かないでって言うだけじゃ、何にもならない。
先生にとっての私の価値は、そこにはないはずだ。まずは、そう、先生が家に来る理由を、母から私に変えないと。
それが、彩花の胸に芽生えた初めての嫉妬だった。
落ち着いてみれば、ただの問題でしかない。
問題であるなら解決できる。どんなに難しい公式だって、結局は四則演算の塊だから。幼稚な手段でも、出来ないなんてことはない。手に馴染んだ考え方は、こんなときにも役立った。
でも、私が先生にしてあげられることって、何があるの?
いや、違う。そもそも先生はどうして母と会っているの? コネになりそうなものは何もない。お金だってそうだ。そうなると、やっぱり母自身の価値になりそうなものは一つだけ。
分かってた……。最初から答えは変わっていない。
ただ、そうじゃない何かがありはしないかと、結局はその正しさを証明しただけ。
簡単な話だ。
先生が、私に夢中になれば良い。
その一点に置いては、私は母に負けないだろう。
だって、母娘だもん。イヤでも外見は似てくる。先生の好みから外れてるって事はない。それに、傍から見てもスタイルは私のほうが良いはずだ。
こんなの目立つだけで、なんにも良いことないと思っていたけど。
彩花はおもむろに、自分の体に手を伸ばした。
***
性交渉。自慰行為。知識にはあっても、それだけだ。
制服に皺がよる。触れた胸の膨らみは、彩花の手に余るほどあった。
こんなのの、何が良いんだろう?
頬が熱くなるのに気づいても、傾いた思考は止まらない。
まるで、倒れたボトルから水が溢れるようだ。胸を掠める先生の視線を思い出し、じっとりと肌が汗ばんでくる。
最初は、どう受け止めていいか分からなかった。
異性から性的に見られること。からかうだけだった男の子たちの声が、次第に小さくなっていく理由。胸元に注がれる視線の意味。自意識過剰だ。誰も私のことなんて見てくれるわけがない。羞恥心が重たく感じるのは、そんな自分に恥ずかしくなったから。
手のひらから伝わってくる鼓動は、痛いくらいに高鳴っていた。
あの時と同じ胸の音だ。異性に見られる自分に恥じ入る音。その意味を、ようやく理解する。お母さんも、お父さんも、私のことを見てくれないのに、コレにはそれだけの価値があるんだ。
大人だと思っていた先生の視線さえ奪える。
時折、胸元に落ちる視線は、クラスの男の子たちとそう変わるものじゃない。
もしかしたら、先生との関係にすら主導権を握れるかもしれなかった。
いつにない自信が、彩花の体を昂らせていく。
首筋がくすぐったくなるような感覚。問題集を解く傍らで、先生の視線は確かに私を見つめていた。手が触れ合ったのだって、一度や二度じゃない。採点の途中に頭を預けてみても、先生はそれを拒まなかった。
無言のまま、けれど優しく、小さな肩を抱き寄せられる。それが大人の余裕に見えた。大切にされてるみたいで嬉しい。その反面、どこか物足りなく思う。
ペンを走らせる指先。問題集を見つめる横顔に、見惚れていた。
異性を感じる大きな手。胸板から伝わる玲司の心音を、彩花の鼓動は追い越していく。
それで良かった。それだけで良いと、思い込もうとしていた。
これ以上は贅沢だ。先生と一緒にいると、安心できる。求めて止まなかった愛情が、乾いた心に染み渡ると同時に、独占欲を生んでいた。
もう、気まぐれな愛情じゃ足りない。先生を失う恐怖に耐えられない。
私にだって、愛される価値があるんだ。それを、先生にも分かってほしい。
夕暮れの淡いオレンジが、彩花の頬を染めていた。
窓から忍び込む微風がカーテンを揺らし、乱れた吐息と一つになる。
微かなケーキの残り香が、鼻腔をくすぐった。静まり返った部屋に、鼓動の音だけが響く。汗ばんだ肌に触れる空気は重くなり、彩花の高ぶる思いを色濃く映す。
一人きりの部屋で、熱を持った体を止める術なんて知らなかった。
こうでもしないと、苦し紛れの想いを慰められない。私にだって出来るんだ。
自身の女性を確かめながら、先生に求められる自分を強く思い描く。
目を閉じた彩花は、リビングから漏れ聞こえた母の嬌声を思い返していた。
あの甲高い声、絡み合う肉の音。触れた壁越しに伝わってくる熱っぽい振動。
胸の奥で何かが締め付けられた。喉元に熱い塊が込み上げてくる。
それでも、彩花は何かを求めるように、想像の向こう側へと手を伸ばし続けた。
リビングの薄明かりの下、母は先生の腕に身を預けている。
汗で濡れた髪が頬に張り付き、普段は厳格な母の顔が、だらしないほどに蕩けていた。先生の大きな手が、母の細い腰を抱き寄せ、柔らかな肌をなぞる。
指先は、彩花の知らない秘密を探るように、ゆっくりと母の曲線を這っていた。
女の甘い吐息と、唸るような男の吐息が絡み合う。
獲物を捉えた先生の瞳は、妖しく輝いて熱を帯びる。ブラジャー滑り落ちた。晒された素肌は夕暮れよりも赤くそまり、母はそれを隠しもしない。
嫉妬だった。
胸を締め付ける痛みの正体に気づいてなお、彩花の体は熱くなる。
指先が無意識に唇を撫で、キスの真似をするように甘く食んだ。
ブラウスの襟元に触れ、スカーフを解く。ボタンを一つ外すと、冷えた空気が首筋から入り込み、鳥肌が立った。
「私、だって……」
呟く声は、震えながらも切実だった。乱れた母の姿を想像するたび、彩花の心はぐらついた。鏡に映る自分が、母と重なってみえる。同じ黒髪、似通った輪郭。震える唇でさえ、きっと。唯一の違いは、鮮やかに張り詰めた胸の曲線と、若々しい肌。母が失ってしまった魅力が、彩花にはあった。
「私じゃ……だめかな?」
そう思うだけで、下腹部に熱が広がり、膝が小さく震えだす。
甘い吐息を漏らして、先生に甘える女の姿は、いつしか自分に置き換わっていた。
想像が、より深くなる。玲司の指は、母ではなく彩花の肌をなぞっていた。
首筋から鎖骨へ、ゆっくりと降りていく感触を思い描くと、熱を帯びた吐息が、部屋の静寂かき乱す。
チクリ……自己嫌悪が胸を刺した。
母と同じだなんて、イヤ……。嫉妬が消えない。
その思いは、焦りとなって鼓動を逸らせる。母の姿が脳裏に揺らめば、揺らむほど、それを追い越そうと躍起になった。
もっと私を見てほしい。私の方がお母さんよりずっと……。
汗で湿った肌に、白いブラウスが張り付いた。薄く肌色が浮かび上がると、胸の陰影を色濃く映す。
快感なんて何一つ生み出さない行為だった。
ただ嫉妬と、虚栄心に振り回されているだけ。悪戯に自分を傷つけていた。
でも、ここで止めてしまったら母に負けた気がする。肌をまさぐる指が、ますます乱暴になっていた。鏡に映らない所まで母と同じ。そんな自分が嫌になる。
「やだ……でも……はぁっ……はぁっ……!」
胸に詰まる想いを吐き出すと、窓から風が吹き込んだ。
シャーペンが転がり、消しゴムにぶつかり止まる。パラパラと散らばった問題集は、今の彩花の心そのままだった。
ふと、目に留まった問題が、間違っていることに気づく。
すぅっと、頭が冷えた。無意識に答えを探してる内に、意識が現実へと引き戻される。早く直さないと。でも、指が動かない。母と先生の姿が、頭から消えてくれなかった
本当はもう、勉強なんてどうでも良かったんだ。
先生が見てくれるから勉強をしている。今までの私と同じ、母のための勉強が、先生のために変わっていた。先生が私を求めてくれるのなら、こんなのいらないのに。
誰かが階段を上がってくる音が聞こえて、彩花は はっとなる。
行為の残響は、まだ胸に響いたままだ。慌てて問題集を纏めて直して、思い出す。
まだ、間違った所直してない。服だって、乱れたままだ。どうしよう。どれから始めたら。
コンコンコンっ……
響くノックの音に、彩花の心臓は跳ね上がった。
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