少女X家庭教師X依存 作:霧里
怯えた声。乾ききらない涙。皺の寄った問題用紙。
「お話し」を終えて、部屋に戻った玲司を迎えたのは、彩花の引きつった笑顔だった。
どうしたの? とは聞かない。
そんな事は分かりきっていた。下手な誤魔化しは、余りに健気だ。
もう少し付き合ってもいいか。内心で ほくそ笑んだ玲司は、柔和な笑顔を浮かべて見せた。
ほっとしているのが、手に取るようにわかる。
ちゃんと僕を騙せていると、信じ切っている。
可愛い。あまりに可愛い。
最初はただの遊びだった。いや、それは今も変わっていない。
一夜限りだ。マッチングアプリを使えば、暇を持て余した主婦なんて、いくらでも引っ掛けられる。何一つ不自由のない生活を送っているのに、あたらと不満を撒き散らす女は特に簡単だ。誰にも理解されない自分を、悲劇のヒロインに置いている。そこを認めて、慰めてやればコロリと落ちた。
不甲斐ない夫と、出来の悪い娘。自分の醜さは棚に上げて、よく言えたものだ。
ただ、見てくれは良かった。夫の稼いだ金を、余程自分に注ぎ込んだんだろう。
一夜の相手としては申し分ない。それで終わりのつもりだったが、少し気が変わった。
あまりにも簡単すぎて、物足りなくなったか。
こんな状況に置かれた娘の有り様に、興味が湧いたのかもしれない。
頑張っていると思う。
その日以来。一見すれば、彩花はいつもどおりに見えた。
強いて言うなら、勉強に集中出来ていない。単純なミスが増えている印象だ。
打算じゃないんだろう。僕と違って、彼女は素直だ。見捨てられるのは怖い。
だけど、放って置かれるのにも耐えられない。そんな無意識が、ペン先を鈍らせている。まるで、愛情を求める子供そのままだ。
何かを必死に堪えている。
決して罵倒ではないはずだ。
ここで僕を糾弾できるなら、母に抑圧され続けているわけがない。
彼女にはもう、そんな気力も残っていなかった。日々をやり過ごすのに精一杯。
タイミングも良かったんだろうな。
ただ、当たり前に寄り添ってやった。
今思えば、少し献身的に過ぎたかもしれないか。まぁ、それも、捨てられた子犬に餌をやっているような戯れだ。それは、彼女にとっても同じはず。
敵じゃない。餌をくれる相手なら誰でも良かった。それほどまでに飢えている。
そこに、愛情を刷り込んだ。
それこそ、傷口に塩を塗り込むように。
当たり前に満たされている相手には、むしろ逆効果だったろう。
けれど、抑圧され続けていた彩花には、僕の存在だけが救いだった。
最初にあった警戒心。聡い子だ。それが正解だったのに。思い出した頃にはもう、彼女は僕を突き放せない。
母の不倫に気付いた彩花は、どうするだろうか?
自ら体を投げ出して、母から僕を奪おうとするか。
あるいは、何も見なかったふりをして、関係を維持しようとするか。
おそらくは後者だろうし、結果としてもそうだった。
失うことを恐れた彼女に、選択は出来ない。失敗すれば、親からの関心も、僕からの愛情も失くしてしまう。ならせめてと、物わかりが良い振りをするしかない。
今まで、母親に対してしてきたようにだ。
健気じゃないか。
あまりにいじらしい。
自分に懐いてくる子犬を、蹴飛ばすなんて出来ない。
良い子にしている内は、ご褒美を上げないと。
僕から与えられる愛情はもう、彼女にとっての麻薬だった。
いつも通りだ。
採点の途中、胸元に頭を預けてくる彩花を抱き寄せる。
そこに、少しだけ熱を加えてやった。守られる安心感の中に、求める熱を忍ばせる。ほんのちょっと、いつもよりも強く、彼女を胸元に引き込んで。
甘い匂いがした。
ケーキのように、食欲を唆るでもない。不自然な香水の匂いとも違う。
シャンプーでさえ安物だ。なのに、彼女から香る瑞々しさはなんだ。抱き寄せた指先に、思わず力が入りそうになる。
僕の変化に敏感になっている彩花が、それに気づかないわけがない。
なんのつもりだろう? 戸惑ったように見上げてくる瞳は、微かな期待で揺れていた。
「どうしたの、彩花ちゃん?」
それに気づかない振りをして笑顔を向けると、彼女は慌てて顔をうつむかせる。
とくん、とくん……
小さな心音が聞こえてくるようだ。
きっと頭の中では、少女漫画の主人公にでもなっている頃だろう。
僕は先生で、彼女は生徒で。何より親の不倫相手だ。
こんなドラマティックな話はない。きっと、奪うことが出来たらさぞかし気持ちがいいだろう。僕からの愛情を独り占めに出来たなら、今までの苦悩でさえ報われる。母は圧制者ではなくなり、女としての自分が上に立つ。
その可能性があると、信じ込ませればいい。
採点の手を止めた玲司は、彩花の小さな手の甲を そっと撫でた。
親から子へ注ぐ愛情じゃない。もっと異性を意識させるようにだ。
今まで、庇護者として引いてきた一線を踏み越える。頼りにしていた異性から、性的な気配を感じた時、彼女は一体どうするのか?
戸惑いはわかる。驚きに体が強張るのも。
息を飲む気配がした。肩が跳ねる。緊張は解けないまま、恐る恐る体を預けてきた彩花の柔らかさが、玲司の胸をくすぐった。
抱き寄せた肩から手を滑らせ、胸の縁へと触れる。
膨らみがたわみ、薄いブラウスの向こうから、熱気が染み出してくる。
沈み込んだ指先が、彼女の体温に埋もれていった。
夕日に染まる細い首筋。深くなっていく陰は、危うげな少女の輪郭を映し出す。
肩が震えているのは拒絶じゃない。抵抗しないのは許容じゃない。
自分の価値を知っている。いや、理解はしていないか。若い女の体というだけ。
これなら母親にも勝てると思い込んだ、些細な意地に見えた。
実際、こうなってしまえば、正気で居られる男もそういないだろう。
そもそも、まともな大人なら、とっくに距離をおいて、しかるべき対応をしているはずだ。
恋人たちがするように、指を絡ませ合う。
撫でていた手の甲から食指を伸ばし、指の股へと差し込んだ。
小指の先に押されたペンが、机の上を転がった。二人の空気に煽られた様に、問題用紙が机の上から滑り落ちていく。
「ぁ……」
小さな声を漏らした彩花は、反射的に手を伸ばそうとした。
逃さない。言外の意思を込めて、その手を引き寄せた。彼女の指先を すり抜けた問題用紙は、机の下に吸い込まれていく。
沈黙が部屋を包んでいた。
背徳感と、熱情とが入り交ざった、後ろ暗い静けさ。
外の小路を歩く子どもの達の声は、まるで別世界のようだ。楽しげに駆けていく足音が遠ざかる。賑やかに聞こえていた分だけ、より一層と静けさが際立った。
机の下に視線を落としたまま、彩花は動かない。
アレは確かに彼女の大切なものだった。僕との思い出。繋がりの全部。
拾い上げるべきだった。拾い上げて、勉強の邪魔をした僕を咎めるべきだった。
男を引き止めたいのなら、簡単に肌を許すべきじゃない。
戸惑いながらも彩花は、僕を受け入れた。
「どうしたらいいの?」決めて欲しい。見上げてくる瞳は、問いかけてくるようだ。
流石に、息苦しくなってきたな。
このまま押せばいけるだろう。
その意味もわからないまま。僕に求められることを至上として、彼女は肌を許すはず。ブラウスを開き、直接胸を弄んでも良い。掴んだ手を強引に引きずり込んで、手淫を強制するのも楽しいはずだ。
あるいは、このまま……
股ぐらが熱り立つ。保護者として、恋人として。彼女にとっての理想を演じているのも楽じゃない。ここまでの授業料としては安いくらいだが、一度精算するのも悪くはなかった。
だが、まだ……
玲司は、その衝動をぐっと飲み込んだ。
いい加減、あの母親の相手をするのも面倒ではあったが、それをしてでも彩花は得難かった。何も知らない少女を、染め上げる。掛けてきた手間を思えば、全部を台無しにするにはまだ早い。
「彩花ちゃん……」
「……はい」
耳元で名前を囁いた。
熱く欲するように、抱き寄せる手に力を込めた。
涙で揺れる彩花の瞳に、正気は残っていなかった。そこにあるのは強欲だ。
母親から僕を奪えたことへの歓喜。自分の女で、僕を虜に出来た信じ切っている。
コンコンコンっ……
扉を叩くその音が、魔法を解いた。
はっと、正気を取り戻した顔は青ざめると、彩花は玲司の胸元に縋り付く。
そこに女の面影は何処にもない。すっかりと、母に怯える幼子に戻ってしまっていた。
「大丈夫だよ、彩花ちゃん。僕がいるから。ごめんね、お母さんと「お話し」してこないと」
「……うん」
頷いても、彼女は僕を離さなかった。
そこで、何が行われているのかを知っている。
僕を奪い返されるのを恐れている。
「ちゃんと、戻って来るから。良い子で待っていて?」
解けた魔法の代わりに、彼女の頬に口づけた。