少女X家庭教師X依存 作:霧里
スタンドライトの灯りが、彩花を仄暗く浮かび上がらせる。
静かだった。ペンの走る音すらも途切れに途切れて、勉強も手につかない。
机に向かうのですら苦痛に感じる。文字が震えて、シャーペンの芯が何度も折れた。白かった問題用紙は黒く滲んで、もう何が書いてあるのかも分からない。
先生のことだって……。
キスをしてくれた。思い出しただけで頬の熱がぶり返す。
私を選んでくれたんだ。そう、思ったのに。母との「お話し」を止めてくれるわけじゃない。
どうして、そんな風に触れるんだろう?
どうして、強く抱き寄せたんだろう?
どうして、キスをしてくれたんだろう?
それなのに……
自分の中で、嫌な熱が渦巻いていた。
嫉妬じゃない。お母さんのことは、もうどうでもいい。
邪魔だと言えばそうだけど、これはもうそうじゃない。
気づけば彩花は、自分の指を食んでいた。
人差し指を折り曲げて歯を立てる。先生の唇とは似つかない。もはや、キスの真似事ですらなかった。自分を傷つけてもいないと、やりきれない。
指の隙間から、シャーペンが転がり落ちた。カラカラと乾いた音が耳に障る。
苛立ち混じりに払いのけると、問題用紙までバラバラになって部屋に散っていった。
こんな事して欲しいんじゃない。ケーキだってもういらない。誕生日の分ってなに? もうとっくに、今の年齢を追い越してる。私はただ、先生が欲しいだけ。
一緒に居てほしいだけなのに。
触るなら、ちゃんと触ってよ……
キスするなら、ちゃんとキスしてよ……
ぎゅっと、握りつぶすように胸を掴んだ。
こんなのあったって、先生が見てくれないんじゃ意味がない。
どれだけ自分を慰めても、話に聞く快感なんて感じなかった。そこにあるのは、胸を掻き毟りたくなるような衝動だけ。
「せん、せい……ぃっ」
呟く名前に胸が震える。細い指に歯が食い込んだ。
鈍い痛みに、ようやく自分を取り戻す。憑き物が落ちたように、胸を掴んでいた手から力が抜けていった。
何をやってるんだろう?
唇から離した指には、すっかりと歯型ついてしまっていた。
こんな事しても、何にもならないのに。触れる先生の指を思い返して、自分の頬を撫でる。
太い指。大きな手のひら。キスをくれた唇は柔らかく、頬に刻まれたその熱は、まるで呪いだ。唾を付けるって、言葉のままに。期待してしまう。
私は、先生のことが好きなんだって。先生も、私のことが好きなんだって……。
そんなつもりじゃなかった。自覚はある。利用してただけ。
保護者として都合が良かった。母から関心を奪えれば、少しは仕返しにもなるだろう。それすらも言い訳だ。本当は、一人になりたくなかっただけ。
なんとしても、先生を私に繋ぎ止めておきたい。私を見てくれる人は、先生意外に誰もいないから。その為なら、なんだっていい。自分の体を使う覚悟だって……。
こうしろって、ことなの?
たまたま触れただけ、なのかもしれない。先生だって、それ以上には踏み込んでこなかった。自意識過剰。私の願望がみせた都合のいい幻。
ちょっと嫌がって見せたら「ごめん」と慌てて、手を離してくれるんじゃないか。
多分、きっと、そうじゃない。
「嫌だった?」耳元で囁く声が聞こえた気がした。小さく首を振る私が見える。
ブラウスの上から、その形を確かめるように、胸の縁をなぞられた。
一度だけなら事故かもしれない。でも、2度目、3度目と繰り返されると、流石に気づく。
ただ触れるだけじゃない。乱暴に掴むのとも違う。誘うようなその動きは、刺激なんて無いにも等しかった。なのに、今までのどんな触れ合いよりも、性的な気配に引き込まれる。
「はぁ……はぁ……んっ」
息が震えていた。だんだんと熱が絡んで、喉が乾く。
先生と母との「お話し」に気づいてからずっと。最初は気のせいだと思ってた。
いつもより強く抱き寄せられて、手の甲を撫でる指先にすら熱が灯る。
見られてる。服の隙間を覗き込むようだ。首筋から、胸元へ、舐めるような視線の動きに、肌が熱くなった。
左手は、掴まれて動かせなかった。恥じらいを隠すように、胸元へと右手を押し当てる。ドキドキ、ドキドキ……。鼓動の音が響いてた。
母に詰られた時と同じ音がする。だんだんと、抵抗する気も失せてきて、先生にされるがまま。あの時、あのまま、求められていたら……。
きっと、拒まなかった。拒めなかった。
今日こそは、そう思うのに。触れる指も、見つめる視線も、私の女を探るようだった。嬉しい。思う反面、それ以上はしてくれない。曖昧な先生の態度に不満が募る。
私は、どうしたらいいの?
私に、どうしてほしいの?
一つ……。指先が、パジャマのボタンを弾いていた。
あの時、こうしていたら。もしかしてと思ってしまう。「いいよ……」と、小さくても口にできていたら。頬にじゃない、唇を奪ってくれたかもしれない。
後悔、なのかな?
何も出来なかった。しなかった自分が悔しい。
先生に見て欲しいって思いながら、自分からは何もしないのは、あまりに甘えすぎている。子供扱いされたって仕方がなかった。頬にキスをされるだけがお似合いだ。
開けたパジャマの胸元から、手を忍ばせる。
先生の触り方の真似をして、そっと肌を撫でた。
触れるか、触れないか、くすぐったさから逃れるように身を捩る。
こんなので、気持ちよくなるんだろうか? やっぱり、からかわれていただけなんじゃ……。
それでも、なんだろう?
指が止まらなかった。
不安とはまた別のモヤモヤが、そこにはあった。
くすぐったいんじゃない。かゆい所に触れたくなるような、そういうもどかしさだ。酷く、誘われるような感覚。触っちゃダメと思うのに、触らないでもいられない。躊躇いがちに肌を撫でると、少しだけ気が紛れる。
もう少し、後ちょっとだけ……
自分に言い訳をしながら繰り返していると、くすぐったさが薄れていく。
「はぁ……」重たく沈んだ吐息と共に、肩から力が抜けた。
自身に触れる指は、頼りなく震えて、すぐにでも折れてしまいそう。小指の先ですら、先生の指はたくましかったのに。
もっと触って欲しかった。
言いたかった言葉が胸に渦巻く。
「せんせい……せんせい……。れいじ……先生」
初めて彼の名前を口にした。保護者の延長じゃない。確かな異性として、先生の事を求める自分に気づく。
「また一緒に遊ぼうね?」小さいときに、仲の良かった男の子がいた。
思い出そうとした名前が言葉にならず、一抹の寂しさを覚えてしまう。
恋だなんて、思いもしない。その時はまだ、気にもとめてなかった。
簡単に手を繋いだり、抱きついたり出来ていたのは、男の子の事をそう思っていなかったからだ。
あの子は今、どうしてるだろうか?
好きな人、出来たりしたのかな?
私は、今ね? こんなになっちゃった……
受験を勧める母の言葉に、首を振っていれば何か違ったんだろうか?
あの子と違う学校に行くのは嫌だったけど。それでも、お母さんが喜んでくれるならと、頷いてしまった。
初恋だった。
名前を呟き、顔を思い浮かべながら、自分に触れる。
あの子にじゃない。胸を占める恋心の全部は、先生だ。思い出は、何一つ助けてくれない。後悔は苦しいだけ。今私を助けてくれるのは、他の誰でもない先生だけだ。彼のためなら何でも出来る。湧いてくる自信は、胸の鼓動に裏打ちされていた。その危うさにも気づかない。
手のひらが汗ばむ。肌が熱くなる。
指先を伸ばして、手を開いた。でも、届かない。手のひらを胸に押し付けても、指先は胸元に触れないまま。膨らみは形を変えるばかりで、指の隙間から溢れてしまいそう。いくら触り方を真似したって、先生の大きな手には全然届かない。
物足りなかった。
でも、触れずにはいられない。
自分が、自分じゃないみたい。止めなきゃって思うのに、もう少しだけと言い訳をして。こんな所、お母さんに見つかったら……。見つかったら、なんだっていうの? 自分はもっと酷いことしてるくせに。私から、玲司先生まで取り上げようとして。
芽生えた感情の萌芽は、少女を女に変えていく。
嫉妬も、恋心も、彩花が抱えるには、まだ大きすぎた。夜毎、毎晩、気持ちは膨らんで、些細なことで振り回される。ただ眠ることさえ難しかった。
勉強さえも手につかない。自分に触れている時だけが、唯一気が紛れる時間だった。
少女の影が、息を殺すように震えていた。胸をまさぐる衣擦れの音に、静けさが深くなる。飲み込みきれなかった溜息が、部屋の空気を震わせた。行為に気づいたエアコンに冷やかされても、彩花の指は止まらない。
胸を弄びながら、肌を撫で回す。
でも、そこからどうしていいか分からない。
先生が触れてくれたのは、手と、肩と、胸の縁をなぞるだけ。
それもブラウスの上からだ。少し指を伸ばせば胸に触れられるのに、そうしない。
私が抵抗しないのは、きっと先生にも分かっていたはずだ。
頭がおかしくなりそう。
好奇心に負けて直接肌に触れると、余計にもどかしくなった。
気持ちがいいと、気づいてしまえば楽になれたのに。素直に快感を受け入れられない。体に熱だけが溜まっていく。
ガタッ……
椅子の揺れる音に心臓が跳ねた。静かな部屋の中に、その音がイヤに響く。
お母さんに気づかれた……? 鼓動が胸を打つ。暗闇の中、鈍く光る取っ手を見つめたまま、彩花は動けない。
1秒、2秒……時間は過ぎても、足音は聞こえてこなかった。
「んっ……」
堪らなくなった彩花は、吐息を漏らす。
ここで止めるべきだった。胸に触れた手のひらに、鼓動が強く打ち付けられる。
焦りと、恐怖と、背筋を撫でる刺激に、身震いがした。つぅっと、流れた汗が首筋を冷やす。火照りが収まらない。お風呂上がりの肌に残った石鹸の香りが、パジャマの隙間から匂い立つようだった。
お母さん、来ないよね?
チク、タクと、動く時計に視線を投げれば、もうとっくに寝入ってる時間だろう。
だから、大丈夫。もう少し、もう少し落ち着いたら、止めにするから。
身動ぎをした拍子に、背中が擦れた。背もたれに包まれるような感触は、ほんの少しだけ、先生の胸板を思わせる。
さざ波のような痺れが、彩花の肌を伝っていった。
鼓動が脈打ち、背筋が伸びる。頭にモヤが掛かったみたい。意識が解けて、背中を擦り付けるのがやめられない。頭の天辺から、つま先まで、熱に浮かされていた。まるで、風邪を引いた時の様な熱っぽさだ。
体が重たい。
なんだか、ジンジンして、ビリビリして、そこまでは一緒だった。
触れるたびに、胸がすく。気持ちが軽くなって、もっと楽になりたくなった。
なのに、触れれば触れるほど、物足りなさが募る。さっきまで気持ちよかったのに、次の瞬間には、それを不満に感じて刺激を求める。
もう、どうしていいか分からない。
いつのまにか、パジャマのボタンが外れていた。
2つ、3つと、おヘソの上まで開いた胸元から、胸の膨らみがこぼれ出る。
拙く動く指先に、膨らみが形を変えられていく。パジャマの下で行われていた痴態を目の当たりにして、息を飲む。知らず、柔らかい横腹に指が立った。
引っ掻く様にお腹を撫でると、指の通った道筋が熱くなる。
何をしても、どこに触れても満たされない。
それじゃない。そうじゃない。自分の体にすら否定されているみたいで、気ばかりが焦りだす。じゃあ、どうしろっていうの。母からの叱責に耐えるように、身を縮こまらせた。つま先を丸めて、足を擦り合わせた その瞬間。
「ぁっ……」
気づいてしまった。もしかしたら、無意識に避けてしまっていたのかも。
私の一番熱いところ。揉みしだいた胸じゃない。早鐘を打つ鼓動でもない。
さざ波のような痺れが背筋を伝い、下腹を包む。そこには、気づかないほどの小さな疼きが生まれていた。だんだんと熱を持ったそれは、無視出来ないほどの熱感を放つ。
くちゅ……
太ももの内側に水気が伝う。それは下着にまでも染み込んで、冷えた肌がゾクリとした。ダメだ……と思う。何が、多分、分からないけど。
そこに触れてしまったら、もう、ダメ。女の子の大事な所。好きな人と赤ちゃんを作る所。流石に、そんな覚悟までは持てていない。でも、濡れてるってことは……私、先生と。
先生は……どう、なんだろう?
吸い込まれるようだった。
吸い込まれるように、指が動く。
そう、なったらいいと。そう、出来たらいいと。
胸を揉む手が止まっていた。震える指先を視線で追いかけるだけで、引き止められない。机の下の暗がり。閉じた太ももの隙間。身動ぎをするたびに、濡れた肌の感触が広がった。影になって見えないはずなのに、水気を含んだパジャマが、黒ずんでいるのがわかってしまう。
心臓がドキドキと高鳴るなら、下腹に抱えた熱は、きゅんっと疼くようだ。
触れたら気持ちがいいよ? 思い浮かべた先生の横顔が、耳元で囁いた。
「大丈夫、これも勉強だから」「そのときのための、練習をしよう」言い訳がいくつも浮かんで、先生の声で再生される。
触って……いいの?
先生は、触りたいの?
私のこと、大切にしてくれるなら、私は……。
快感が、芽吹いた。
好奇心、興味本位、性的な衝動。罪悪感ですら、背中を押していた。
彩花の指先が自身に触れた途端、頭が真っ白になる。下腹に生まれた熱は膨らんで、背筋が伸びた。がたっ、がたっ、椅子が揺れて、心臓が止まりそうになっても止められない。
「ふぅっ……ふぅっ……! はっ、あっ、ゃっ、んっ……♥」
慌てて口元を塞いで、飛び出しそうになる嬌声を抑え込む。
ダメ、このままじゃ。でも……。指の隙間から漏れる嬌声が、温度を上げていく。
もう、何も考えずに声を上げたら、どれだけ気持ちがいいだろう。
欲望を否定するように首を振る。サラサラと流れる髪先に首筋を撫でられ、変な声が上がりそうになった。
もう、限界……。
甘い痺れが、彩花を包んだ。意識が遠のき、視界が霞む。
指先が頬を滑り、いよいよ声を上げてしまいそうになった時。
一瞬、明滅する視界に、はっと意識が戻る。
外の小路を車が走り抜け、ヘッドライトが部屋を横切った。
エンジンの音が遠ざかるにつれ、全身を満たしていた熱感が引いていく。
「んぁ、はぁっ……! はぁっ……はぁっ……んっ」
身を投げ出すように、彩花は机の上に倒れ込んだ。
胸の膨らみが潰されて、少し息苦しい。チク、タク、耳の端に時計の音が聞こえてくる。暴れる呼吸を押さえつけ、なんとか息を整えた。
何を、やってるんだろう……
何で、こんなに寂しいんだろう……
知りたくもなかった。母の気持ちが、少し分かってしまうのも悔しい。
好きな人に、こんな事をされたら……と。先生に抱かれる母の声を思い出して、また頬が熱くなる。足の隙間から引き抜いた指先は、こんなにもヌラヌラと濡れそぼって……。下腹で疼く熱は冷めやらず、鼓動に合わせて興奮を煽ってくる。
分からない。
想うだけでもこうなんだ。好きな人に愛されるのは、きっと気持ちがいい。
でも、それなら、母にとって父とは一体何だったんだろう? 母にとっての先生って一体何なんだろう? 父は今も、母を愛しているんだろうか?
分からない。
人を好きになるって、どういうことなの?
「……せんせい。れいじ、せんせい」
もっと、触れたいな。触れてほしいな……。
胸に灯った恋心は、一度達した後も消えてくれなかった。