少女X家庭教師X依存 作:霧里
聞き慣れたチャイムの音。
美術室に集まった生徒たちに、二人組を作れという教師の声が響く。
大抵は男女で分かれる中、異性とペアを作ってみたり。少し騒がしくしながらも、そこには確かな青春があった。
「ねぇねぇ、一緒にやろうよ?」
隣に座っていた女の子が、誰かに呼ばれて席を立つ。
それを横目に見ながらも、彩花は俯いたまま動けなかった。クラスの人数は ちょうど偶数。余りなんて出るわけもない。それでも余ってる自分は確かに残り物なんだ。
特別、いじめられている わけじゃない。
ただ、友人がいないだけ。最初の内は、声を掛けられることもあった。
けれど、勉強ばかりの生活に、誰かと関係を築く余裕なんてない。
違う。家の中ではそうかも知れない。放課後だって自由にならない。
でも、学校の中だけなら、上手いやりようもあったんじゃないか。そう出来なかったのは、そうしなかったのは……。
これで席次が一番だったなら、まだ言い訳も出来たんだろうな。
多少成績が上がったところで、何が変わった訳じゃない。
いつも上位に名前を連ねてる人たちに比べれば、足元に居る私の変化なんて些細なものだ。キラキラと輝くあの子達の影の下。このまま授業を抜け出したってきっと、誰も気づかないんだろう。
いつものことだ。
虚しいのか、寂しいのか、胸が苦しくなる。
早く、先生に会いたいな。最近はもう、そればかりだ。時間が過ぎるに任せていた。どうせ、そのうち 誰かが声を掛けてくるだろう。二人組みを作りきれなかった、私よりマシな余り物。嫌々ながら ため息をついて、貧乏くじを引かされたみたいに。
「一緒にやらないか?」
最初は、その言葉の意味が分からなかった。
そもそも、私に話しかけているなんて思いもしない。同じ言葉を隣で繰り返されて、ようやく顔を上げることができた。
「え? わたし……?」
「そうだよ。回りもほとんど決まってるし、早く決めないと変な空気になるだろ?」
「それは……でも」
言われなくても分かってる。その変な空気を、一番に吸ってきたのは私だ。
どうして? とは思う。女の子が相手でも、渋々と言った具合なのに。
どうして男の子の方から、声を掛けて来たのかわからない。さっきまで私を見向きもしなかった子たちが、好奇の視線を向けてくるのもイヤだった。
「ダメか?」念を押されて、断れる訳もない。
どうせ、余りで組まされるのなら同じこと。余計に変な空気を作るよりは良い。
私が頷いてみせると、彼はホッとしたように微笑んだ。
男の子と向かい合って座る。
授業とは言え、少しだけ気恥ずかしくなった。
それも、お互いの似顔絵を描こうだなんて、どうしたって顔を覗き込まないといけない。
美術の歴史ならともかく、実技となるとからっきし。
なんとなく輪郭は描けたつもりでも、それがどうしても彼には見えなかった。
そこに、幼さの影はない。むしろ、私がなぞっている線の一本一本は、大人びて見える。
「なぁ、篠宮?」
「ぇ、ぁ……なに?」
声を掛けられて、ドキッとした。
ちょっと見せてと言われたらどうしよう。上手いとか下手とかよりも、彼の顔を見ながら別の人を想っていたのには気が引けた。「君が見せてくれるなら」そう言えば、引き下がってくれるだろうか?
「俺のこと、覚えてる?」
「え?」
けれど、問いかけは意外なものだった。
自分の事を覚えているか。言われて、初めてハッキリと彼を見たのかもしれない。
思えば、何処か見覚えのある面影だ。けれど、どう首を傾げたって思い出すまでには至らなかった。「ごめんなさい」口癖のように謝罪した私は、恐る恐ると彼に問いかける。
「……その、昔、あったことある?」
「うん」
「そっか……ごめんなさい」
「あははっ。やっぱり忘れてるか」
「その……名前、教えてもらっても? もしかしたら……思い出せるかもしれないし?」
「うーん……秘密。似顔絵、どうせ後で貼られるだろ? その時に答え合わせな?」
良かった。気分を害してはいないみたい。
悪戯に笑う彼の顔を見て、ふいに唇が動きそうになった。それが彼の名前だったんだと思う。けれど、呟く先から言葉は掻き消えて声にはならない。
「どうかした?」不思議そうな表情を浮かべる彼に、少しだけ気が緩んでしまった。
「……意地悪?」
「ちがうって。思い出してくれたほうが嬉しいからさ」
「そう、なんだ……?」
すねたように唇を尖らせる自分が信じられなかった。
まるで、いつもそうしているかのような声色に戸惑ってしまう。
嫌悪感も、警戒心もない。こう言っても許される。自然と私は彼に甘えることが出来ていた。
***
放課後の帰り道。伸びる影が、今よりもっと短かった頃。私は誰かと歩いていた。
「私、来年から違う学校に行くの……ごめんね?」
「なんで謝るんだよ? いい学校なんだろ?」
「うん。お母さんは……そう言ってたけど。でも今みたいに遊べなくなるし」
「それはっ……」
「それは?」
覗き込んだ顔が霞んで見える。名前だって出てこない。
大切な思い出。大切な誰かだったはずなのに。
「学校が違ったって、いつでも遊べるだろ? その……友達っ、なんだから俺達」
友達……友達か。言われて嬉しい反面、少し寂しくなった。
自分でも分からない感情が揺れている。何か、もっと、別の言葉を期待していたんだ。
受験の日が近づくにつれて、母の言葉は厳しくなる一方だった。
放課後に彼と遊ぶ時間も減っていく。休日さえも家から出られない。
それも、受験が終われば開放されると思ってた。もうちょっとだけ、あとちょっと頑張れば……。また、二人でいつも通り遊べるんじゃないかって……。
「彩花ちゃん」
ああ、どうしてかな。顔も、名前も、思い出せない。
落ち着いた声音が深く響いた。私を呼ぶ声だ。でもそれは、授業中に聞いた彼の声とは違っていた。うつら、うつらと、肩が揺すられ、差し込む光に瞼をこじ開けられる。
「おはよう、彩花ちゃん」
「あ、はい……。おはよう……ございます、先生。その……私」
「あははっ。大丈夫だよ、ちょっと疲れてたのかな?」
気づけば、私は自室にいた。
ううん、それは最初から。さっきまで、夢の中にいたという方が正しい。
頬杖が崩れたんだろうか? 突っ伏した机の上は滅茶苦茶だ。散らばった問題用紙には、シワさえ寄っているものもある。目覚めたばかりのせいか、頭が酷く重たい。唇の端に水気を感じて、顔から火が出そうになった。
でも……どうして、今になって。ずっと忘れてたのに。
今更 思い出してどうしようっていうの? 名前はまだ……。でも、たしかに私は彼の事を知っている。仲が良かった。何かきっかけでもあれば、その先に進めていたほどには。
少し、申し訳なくなった。
思い出してくれた方が嬉しい。私だってそうしたい。
旧友の事を忘れたままにしているのは、やっぱり薄情だ。心が揺れていた。
この感情はなんだろう? 期待というのか、打算と呼ぶべきか。私は、あの子をなんて呼んでいただろう? 記憶の中よりも大人びていた彼を、なんて呼んだら良いんだろう? おぼろげな記憶の中、何か温かいものに触れようとして……。
「彩花ちゃん?」
「あ、はい……」
先生の声に引き止められた。指先に触れていた感覚は、するりと逃げて、それが何だったのかもう分からない。
「大丈夫かい? まだ、ぼぅっとしてるみたいだけど?」
「いえ、ちょっと……気になることがあって、だから」
寝起きのせいかな。まるで水の中にいるみたい。
意識を揺り起こそうと頭を振っても、グラグラと目が回ってしまう。
叱られるんじゃないか?
渡されていた問題集は、途中からまったくの白紙で終わっていた。体が強張り、縮こまる。授業中に居眠りをしてしまった。正確には、先生が「お話し」から戻ってくるまでの間に、うたた寝をしてしまっただけ。そんなつもりなんか全然なかったのに、気づけば意識が途切れていた。
「なにか悩み事? 良ければ話してみない?」
けれど先生は、いつもの柔和な笑顔を浮かべてくれていた。
ホッとする。緊張が解けて、肩から力が抜けていくようだ。安心しきった私は、ぽつり悩みを吐き出していた。いつものように。甘えるんじゃない、縋るように。
言うべきじゃなかった。
これじゃあ、まるで恋愛相談だ。誤解されたくない。
昔よく遊んでいた男の子の話。それが、胸に引っかかっているだけ。
「ごめんなさい」そういって、強引に話を切り上げようした。だって、私はこの感情を口にする気はなかった。決して叶うことのない気持ち。今になってそうだと思う。話している内に、そうなんだと分かる。
なのに、先生に先を促されると、考えるよりも前に口が動いていた。
信頼からじゃない。むしろ、誘導されているような違和感さえあるのに、抗えない。まだ夢の中に居るみたいだ。起き抜けの重い頭は、考えるのも億劫で、先生に言われるまま答えてしまう。
「好きだったの? その子のこと?」
「……そう、何だと思います」
口にしてはっとする。心臓が きゅぅと締め付けられて、顔から血が引くみたいだ。
「あ、ちがっ……」慌てて取り繕っても遅かった。先生の笑顔は変わらないけれど、それが大人の対応に思えてならない。
「違うのっ。違うんですっ、せんせいっ……私はっ!」
「落ち着いて、彩花ちゃん」
その続きさえ、言わせてもらえなかった。
振り返った私の目の前に、指が一つ。たったそれだけで、私は何も言えなくなってしまう。「しー」と、内緒話をするようだった。自身の唇に、人差し指を当てた先生は、その指先を私の方へと差し向ける。まるで、秘密を共有するように。
間接キス。
違う。
先生の唇が触れていたのは、指先の向こう側だ。
それでも、意識しないでいられない。思い出しかけていた彼の事なんて忘れて、私の全部は指先一つに奪われた。
薄く開いたままの唇から、先生の指へと湿り気が移る。
漏らした吐息に熱を感じて、先生の顔をまともに見られない。
鼓動の音が強く響いていた。
手を重ねられたときよりも。胸の縁に触れられた時よりも。
たった一つ、指先から目が離せない。今までの、どんな触れ合いよりも先生を近くに感じる。ゴクリ……喉を鳴らすと、流れ込んできた涎に息が詰まった。
まるで、口紅でも塗り拡げるように、先生の指先がヌルリと滑った。
もう少し。
あと少し。
先生が力を入れるか。私が唇を開いたら。指が中へと入ってきてしまう。
胸が苦しい。まだ、何もされていないのに体が熱を帯びていく。指先が唇に触れているだけ。キスをしているわけでもないのに、性の予感を無視できない。
ああ、でも、想像が止まなかった。
熱く濡れた私の中に、先生を受け入れる。
その行為は、思い描いた何かと酷く似通っていた。「彩花ちゃん」優しく名前を呼ばれて、視線が泳ぐ。どこを見ていいかわからない。差し出された手から伸びる指先は、見えないほど近くにあった。唇がなぞられ、摘まれ、弾かれる。
こつっと、硬い音がした。驚いて肩が跳ねる。
爪と前歯が擦れる音。唾液に濡れた先生の指先が、モゾリと動く。薄く開いた唇の奥へ。下アゴを押し下げられて、歯の隙間へと潜り込んでくる。
「噛んじゃダメだよ?」
頷いた私は、閉じかけていたアゴから力を抜いた。
「いい子だね?」先生の笑顔が、歪んで映る。不意に持ち上がった口角が、欲望を映すようだった。嬉しい。鼓動が弾んでしまう。まるで、キスでもしてるみたい。先生にとって、私はなんでもないんじゃないか。いつもどこかにあった不安が溶けていく。
指先と舌先が触れ合った。
驚いて舌を逃がすと、先生の指は無防備になった口内を弄り始めた。
舌の内側、歯茎の裏側を指でなぞられる。「んっ……」奥に入り込んでくる指に喉を押されて、えづいてしまう。視界が滲んで、涙が溢れた。反射的に押し返しそうと、動く舌を止められない。
息苦しい。柔らかな肉を捕らえるように、伸ばした舌が絡め取られた。
自分でも触れたことのない場所への刺激。口を強引に開かされているのに、ゾクゾクしていた。指で舌を愛撫されて、背筋が甘く痺れだす。
今、私は先生から与えられている。一人で慰めるばかりの日々に、ようやく希望が見えた。苦しいのは、私が慣れていないせい。このまま何もしないでいると、呆れた先生はやめてしまうかもしれない。
それは、イヤだった。
クチュリ……音がした。ほんの小さな水音に導かれるように、舌を伸ばす。
先生の指は、私の指よりも太かった。自分で食んでいた時よりも、口を開いていないと咥え込めない。口を開いた分だけ、涎が溢れて、首筋を汚していった。
くすぐったい、恥ずかしい。雫が肌を撫で落ちる感触に、興奮が重なっていく。
舌って柔らかいんだな。それとも先生の指が固いのかな?
思うほど力を入れていないのに、指を受け止めた舌は、包み込むように形を変えていった。それに、自分で思った以上に敏感だった。
舌を押し返す異物感に、ザラリとしたものを感じる。
角張った関節、指紋の凸凹、硬い爪に引っかかれるような その感触。乾いていた肌が、唾液でふやけていくのさえ分かってしまう。
どうしたらいいの?
指を咥えた私は、何にも言えない。けれど、何も言わなくても舐めた指先から先生が伝わってくる。それが嬉しかった。いまのは、くすぐったかったのかな?
こうした方が気持ちがいいのかな? 些細な指の震えは、曖昧な言葉よりも雄弁だった。
「んちゅ……んっ、ちゅっ……ぱっ、はぁっ、ぁっ、あ、あっ……んんぅ♥」
夢中になっていた。夢中で先生の指を吸っていた。
丁寧に、丹念に、指紋のヒダを伸ばす。爪の間にも、舌先を潜り込ませた。
吸って、舐めて、ちゅっと音がするたび、胸が苦しくなる。恥ずかしさで頭が煮えたぎってしまいそう。
ぽたり……
アゴから涎が滴り落ちる。白いブラウスが黒く染まって、下着の色が浮き出てくる。先生の視線が、胸元を撫でた。指先に力が入って、舌が押し込まれる。
触りたいんだ、私に。いつも、隠していたのかな? いつも大人びて見える先生が素直に見えた。
可愛いって言ったら怒るかな?
さり気なく胸を寄せて、彩花は身を捩る。
ブラウスの内側に溜まった熱気が押し出され、汗の匂いが立ち昇った。
その匂いは甘く、男を誘うようだ。堪らなくなった玲司は指を伸ばすと、ブラウスの上から彩花の胸を包み込む。
「はぁ……」
思わず息が漏れた。重苦しいため息。衝動を必死に抑え込む男の吐息。
支配欲が満たされる一方で、征服欲が湧き上がる。これでは物足りない。
もっと、この少女を貶めたい。でも、まだだ……。
誘惑に抗いきれず、胸に触れてしまったのが少し悔しかった。
されるがままだった少女が、自分の女を理解し始める。色づく変化に口元が緩んでしまいそうだ。その意味も深くは知らないまま、男を繋ぎ止めるために女を使う。何とも健気で、憐れで、だからこそ愛らしい。
薄いブラウスと下着程度では、彼女の存在感を誤魔化せなかった。
手のひらに乗る確かな感触。男の指を受け入れながらも、形を保つ柔らかな胸の膨らみ。これだけのものがあれば、誰もが放っておかないだろう。今になって話しかけてきた昔なじみだって、一体何が目的だったのかもわからない。
玲司は一人ほくそ笑む。
その笑顔の意味に、彩花は気づけなかった。
指舐め。思ったより……えろいな