SOS はらわた喰いの悪魔(Sadistic-Offal-Succubus) 作:氷菓くん
なんとなくジェスクヤの価値観が分かってきた気がする。
プレイの中でとはいえ彼女をお姉ちゃんと呼んだ次の日。家で会うなり彼女の方から振ってきた話題のベクトルは、イチャラブ方面には明らかに背を向けていた。
「私の見た目ってさ、高校の一度も話さなかった同級生に似てるんでしょ?」
「えっ。……あぁ、まぁ」
「その子とはなんで話さなかったの?」
「…………」
「気が強そうで怖かったんでしょ」
心を読む魔法の悪用はやめてほしいと思った。
確かにぼくは、初めて駅で待ち合わせをして彼女と会った時、素朴にそのような感想を持った。その同級生に当時の自分がびびっていたことも、ひいてはジェスクヤに対しても最初の一瞬だけ若干びびっていたことも図星だ。
それで、ジェスクヤがなぜ今になってそんな話を掘り返すのかといえば、その理由は決まっている。彼女はよくそうやって、ぼくの嗜虐心を煽るから。
「サディストのくせにびびり〜。だっさ〜い。ていうか会ってすぐ他の女のこと考えるとか失礼だし〜、爪詰くん最低〜」
にやにやしながらそんな言葉を並べ立てる彼女の手は、敵意がないことの印として、こちらの下半身に伸びてくる。
当然数分後には、ぼくは彼女を性的にボコボコにしている。ベッドも使わずに床にそのまま押し倒して。
「ご、ごめんっ、怒らないでっ。冗談じゃん。……わ、分かったから、脱ぐから、そんな怖い顔……う゛っ!?」
仰向けのまま脱衣中の無防備な腹部に、軽いパンチを入れると、彼女は大袈裟に悶え苦しんだ。
彼女の言う通りぼくはびびりだ。不死身のサキュバス相手でも、漠然とおそろしくて本気で殴るようなことはできない。向こうはそれが分かっているから、少しでも暴力を振るわれると大袈裟な反応をして見せてくれる。ぼくが本気を出さなくてもいいように。
彼女の行動の全てがそれと同じように、ぼくに対する優しさによって構成されていることを、ぼくは知っている。彼女は初対面のぼくがびびっていたことや、他の女性に関連付けてしまうこと。性癖に反して小心者であることを、プレイのネタとして扱うことで許容してくれる。「全然気にしてないよ」と、こちらが苦に思う前に先回りして肯定してくれる。
ジェスクヤの行動は全て優しさで出来ている。……が、しかしその反面、彼女の優しさは全て、彼女の性癖から湧いて来ている。そういった仕組みのことが、ぼくにもなんとなく分かってきた。
「ど、どうせびびりの爪詰くんだもん。私のこと怖くて大したことできな……お゛っ!?♡ ぐっあっ♡ お゛っごぉっ♡ ……なっ、何して……があ゛っ♡」
「こわいなー。こわくてなんにも出来ないなー」
白々しく言いながら、あらかじめ洗面台からくすねておいた制汗スプレーの缶を彼女のアナルに押し込む。腕が入るならこれも入るだろうと思って持ってきた物だけど、試してみると思っていたよりもあっさりと缶の半分ほどが姿を隠した。そしてぼくはそのまま彼女とセックスしながら、パンパンになったお腹に拳を振り下ろす。
彼女がぼくの行動を見てから「何してんの!?」とか「やめて!」と叫ぶところを見ると、興奮すると共に安心する。こちらの心を読んでいる彼女が、行動を見てから反応しているという時点で茶番が確定しているから。本当にやめてほしいなら行動に移される前に叫ぶはず、手だって出るはず。なのに彼女は決してそれをしない。やめてほしいどころか、ぼくのサディズムを煽ることでもっともっと……とプレイを促進している。
ぼくは最近、彼女の涙を見ることにも慣れてきた。条件反射で起きる良心の痛みが、かなり小さくなったように思う。
「ごめなさっ、ごめんなさいっ……! もう許してくださ……ひぃっ……! いたい! こわいぃ……」
殴られた腹を庇えば首を絞められ、死んじゃうと抗議すれば、引きちぎらんばかりに乳首や頬を抓られ。ひたすら暴力を振るわれながら(擬似的に)レイプされた彼女は、最後にはめそめそと泣き出してしまった。「私のこと怖いんでしょ」から始まったそのプレイは、それで綺麗にオチが付いたことになる。
実際、ぼくもそのあたりで満足したのだろう。性欲の昂りがピークに達したことで、それがサキュバスの力よって吸われていく。血を吸われるように干からびたサディズムは姿を消して、開いた空洞に罪悪感が流れ込んでくる。
昨日みたいにイチャラブしながらセックスしていればいいのに、どうしてこんなひどいことをするの? これはどうしてもしなきゃいけないことだった? 彼女はこんなにぼくに寄り添ってくれたのに、同じような暴力を繰り返してるんだから好奇心ですらないよね? 女の子を痛めつけることの何がそんなに楽しいの? ……ぼくはどれにも反論できない。
ジェスクヤのことを見下ろしたまま、視界に映るものをロクに認識できないほど呆然としていると、突然ものすごい力で腕を引かれた。それで倒れ込むようになったぼくは、そのまま彼女に抱きしめられる。
「よしよ〜し。大丈夫だからね。爪詰くんはひどいことしてないよ。私がしたいこと分かってて、ちゃんと全部分かった上でしてくれたんだもんね。えらいえらいだよ」
そうやって、今日もぼくは彼女に頭を撫でられる。ぎゅうーっと抱きしめられて、幼稚で面倒くさいところまで全てを肯定される。
ジェスクヤがSMプレイをしたいと思うのは、元を正せばぼくの趣味に合わせてのことじゃないか……と心の中で思えば、「ん、私元々SM好きだよ?」と耳元に返事が来る。本当かな……と疑えば、「あ、疑ってる。ひどいんだ〜」とからかうような声で、猜疑心すら肯定される。
最近分かったけれど、これは、ここまでを含めて「ジェスクヤ好みのプレイ」なのだ。
ぼくはずっと不安というか、不思議だった。彼女が屈折した趣味のSMプレイを好んでいるのだとして……それがなかなか叶えられない物なのだとして、しかしいくらなんでも、ぼくみたいな人間の精神に対するアフターケアを毎回毎回、こんなに丁寧にしてくれるほどの価値が、本当にそこにあるのだろうか? 彼女視点から見てわりに合わなくないか……と。
けれど考えてみれば彼女は、初対面の頃からずっと答えを言ってくれていた。「屈折した性格の男が好き」。これは、単に異性の好みという話ではなくて、性癖の話だったのだ。ジェスクヤはぼくに人としての好意を向けてくれているだとか、その好意のよしみでアフターケアをしてくれている……というのではなく、断じてそんなことはなく。ただ「アフターケアまでを含めた一連の流れの全て」が、彼女にとっての好ましいプレイになっていたのだ。
最近そのことが察せてきて、元々救われていた心がさらに楽になった。じゃあいいか、奇跡的なレベルで相性のいい相手がいてよかった……と、素直に幸運を噛みしめることが出来るようになった。
少し前までは、激しめの一回戦を経た二回戦で彼女を虐めることにいくらかの罪悪感があった。さっきあんなに優しくしてもらったのに、嬉しかったのに、加虐に対してあんなに罪悪感を持ったのに、全部全部嘘だったの……? ……頭の中にそんな声なき声がして、ジェスクヤならそれも全部受け入れてくれるからと己に言い聞かせてサディズムの本能に従っても、頭の片隅にはずっとその声があった。でも最近はそれすら克服しつつある。
ジェスクヤにとってはきっと、便宜上以外の意味では、一回戦や二回戦などという区切りはないのだろう。彼女は「セックスというプレイ」と「鬱への慰めというプレイ」を交互に行っているだけで、おそらく気持ち的には区切りがない。……いや、そうであってほしい。そうであることで、「さっきの反省はなんだったの?」みたいな感覚とは無縁であってほしい。射精後のペニスを見て「さっきの勃起はなんだったの」と思う人がいないように、単なる繰り返しの当然としてぼくのことを見ていてほしい。
……そう願ううちにも、時間経過によって鬱は薄れていく。そしてそれを察知した彼女が、ずっと挿入されたままになっていたスプレー缶を抜き出して手に取る。
「……ねぇ〜爪詰くん。こんな物を私の中に押し込んで、どんな気持ちだった?」
「…………」
「生意気な女の子をボッコボコにいじめるの、楽しかった?」
「…………」
言っていいんだよ……と促してもらうのを待つことも、そろそろ成長がなさすぎる気がして。ぼくは無言ながら、彼女の胸の中で素直に頷いた。
見えなくとも頭上に、いつもの彼女らしい笑みが浮かんだ気がした。
「そうなんだ〜? ……でもさ〜爪詰くん、ディルドじゃなくてこれを使ったのって、お金がなくて買えなかったからだよね? だっさいな〜、働きたくないのに女の子をいじめるのだけはしたいんだ? ほらこれ、私の体液でべっとべとだし。私がサキュバスだからってローションも使ってくれないもんねー? しかもこれまだ中身あるじゃんかー。ママにバレたら怒られちゃうよ?」
「……うるさい」
彼女がそうやってぼくを煽る時、ぼくに何をさせようとしているのかは決まっている。
理不尽もスパイスになると自分に言い聞かせながら、ぼくはそのまま乱暴に彼女を押し倒した。
平穏が崩れるのは突然だ。あの海鮮丼事件と同じように。
木曜日。仕事から帰ってきた父が体調不良を訴えた。熱っぽいという本人が計ったところ、その体温はなんと38度を超えていた。
考えてみれば父は、前の土曜を丸一日釣りと移動に費やし、日曜は半日以上寝たとはいえ、その後に大量の調理とエグさ全開の親子喧嘩を経ている。そこから週が明けて毎日朝から夜まで仕事となれば、身体にしろ精神にしろどこかにボロが出てもおかしくはない……。
と、家族の誰しもがその時は思ったはず。しかし翌朝になっても熱が下がらなかった父が病院に行ったところ、原因はもっとシンプルであることが判明した。
コロナウイルス。2020年オリンピックを潰したその感染症は、まだ人類に猛威を振るい続けている。父はこれで人生二度目の感染を記録してしまった。
我が家の人間は全員一度コロナを経験している。一度目の時の最初の感染者は弟だった。そこから瞬く間に家族全員へ感染が広がり一家全滅、一週間ほどかけて回復しながら「二度とかかりたくない」という強い気持ちを四人で共有することになった。
しかし父がコロナの診断を受けた時点で、その強い気持ちとやらが病に対して何ら無力であることが、どうせ今後数日にかけて証明されるのだと、みんな口には出さないだけで確信していたはず。そして実際、その日のうちに母と、仕事から帰った弟が熱を出した。父の診断が出るまでの時間と弟の出勤時間の都合から仕方がないといえば仕方がなかったのだけれど、結果として弟は職場にテロ行為を敢行してきたことになってしまった。
ただそんな中なぜなのか、ぼくだけは発症しなかった。一番どうでもいいやつが一番の幸運を引いてしまったのかもしれない。平熱のぼくはのんきにも、現在のコロナの自宅謹慎期間を調べては、次にジェスクヤに会えるのは五日後か……と欲求不満な気持ちを積もらせていた。自宅が療養所と化している今、たとえ向こうが感染症をものともしない不死身の怪物だったとしても、会える道理はないのである。
しかしぼくは、正直なところ事態を甘く見ていた。あと五日で会えるだとか、いくらなんでもそんな見立ては楽観が過ぎたというのに、自分の心を蝕む不安に耳を傾けないために、現実から逃避していた。
結果、ぼくは日曜の朝に発症した。全身の関節なのか筋肉なのかに痺れるような感覚があって、嫌な予感どころか嫌な確信を持ちながら熱を計ってみると、37度後半を記録してしまった。そろそろ元気になり始めた家族から「あー、出始めだね」と言われた。そして実際その熱は、その日のうちに当たり前のように38度台まで上がっていった。
ぼくがジェスクヤに会えるまでの日数は、当然そこからの数え直しになる。……人間の精神は「やり直し」に対して脆い。ぼくは、いったい何に対してなのか、とにかく「許せない」と思った。
会えない間、ジェスクヤとはずっとLINEで連絡を取っていた。彼女は真っ当にぼくやその家族のことを心配してくれて、ぼくが欲求不満を訴えると、「正直私も」とか言って、次に会った時にどんなエッチをするのかをいくらでも熱心に語り合ってくれた。……だからこそ、カウントのリセットを告げる時は心苦しかった。
絶対安静にしてね、水分とってたくさん寝て、やばそうならすぐ病院に行って。とにかく絶対に死なないでね……と、発症後は過剰に容態を心配された。不死身の彼女からすれば、か弱い人間が高熱に苦しむ様は見ていられないのかもしれない。健康な若者がこれくらいで死ぬはずはない、なんなら一度目の時より全然症状が軽いんだ……と。ぼくは彼女にそう伝えつつも、一日でも早く完治させて安心させたいとも思った。もしかするとそれは、早く会ってエッチしたいという気持ちの、道徳的なカモフラージュだったのかもしれないけれど。
発症から丸一日が経った月曜の朝。謹慎という名の祝日をエンジョイする家族を横目に熱を計ってみると、37度台前半まで落ち着いていた。体のだるさは依然として濃かったけれど、その数値を見るとなんだか元気が湧いて来た気がした。ぼくは朝ご飯を食べて、昼間は家族でゲームをして、夜には昨日入れなかった風呂にも入った。
そしてその後自室のベッドの上で、我慢ならなくてオナニーをした。本当なら先週の金曜も今日も、ジェスクヤに会えていたはずだったから。ただでさえ我慢の期間である土日を挟んで、もう四日。行き場のない欲求は、きっとウイルスよりもさらに力強く体の中を暴れ回っていたはずだ。
初めのうちはジェスクヤのハメ撮りを見ながらシコっていた。けれどその内容は、思えばそれなりに古い物になってしまっている。彼女を信頼したことでハメ撮りから「弱みを握る」という動機は失われて、また毎日好き放題なエッチが出来るせいで、その一つ一つを貴重に思う心はどうしても色褪せていってしまった。その結果、最新の映像が充実しているとは言い難い状況が出来上がってしまったのである。
死ぬほど見返したそれらにはさすがに飽きて、ぼくは直近で最も印象に残っているプレイを記憶に振り返ることにした。それはあの日、スプレー缶を片手にぼくを煽ったジェスクヤの末路その物のこと。
たぶん彼女のことだから、全て予想していたことだったのだと思う。
「……うるさい」
「え? なに? 聞こえなかったかも」
「……そういえば濡らしたタオルは鞭のかわりになるらしいんですけど、ジェスクヤさんで試してもいいですか?」
「……ふ〜ん? どうぞご自由に? どうせ私には効かないけどね」
「じゃあお風呂場行きましょうか」
「えっ……」
「え?」
濡れタオルを使うのだから、当然部屋では試せない。至極当然の流れでぼくは立ち上がったつもりだったけれど、彼女はそれについてこなかった。
それどころか彼女はもごもごと、何やら言い訳のようなことを呟きはじめる。
「……あー、お風呂はちょっと。その、やだ……嫌かなぁ、みたいな。気が進まないかもっていうか……」
「……え、どうしたんですか急に」
「どうしたってわけじゃないんだけどね! 鞭ならここでも試せるでしょ? お風呂は行かなくてもいいじゃん」
「いや部屋びっしょびしょになるでしょ。早く行きますよ」
寝転がったままの彼女に手を差し伸べる。……今にして思えば、これから鞭で打って傷つけようという相手に対して、ぼくはなんて気軽にそんな振る舞いをしていたのだろう。
油断していたぼくの手を、彼女はぴしゃりと払い除けた。
「い、嫌だって言ってるでしょ!」
「え……」
はたかれた自分の手を見てぼくは呆然とする。ジェスクヤから拒否されるだなんて、夢にも思っていなかった。何かの間違いなんじゃないかと思った。
そうして呆気にとられたまま彼女の方を見ると、拒絶の言葉と裏腹に、そこにはいつも通りの期待と興奮の笑みが待ち構えていた。ぼくはそれを見て反射的に安堵する反面、何が何やら分からずに混乱もする。
そのまましばらくフリーズしているうちに、不意にひらめきを得て、ぼくは彼女の考えていることを完璧に理解した。
全体的な態度としてはやはり拒否されていない。しかし言葉と表面的な態度だけはぼくを拒絶している。……いや違う、正確には、「ぼくと風呂場に行くこと」を拒絶している。鞭打ち自体は容認していたくらい、ただその一点だけを拒絶している。……ということは!
さすが心が読めるだけあって、彼女はサディストの生態をよく理解しているようだった。
「逆らうの?」
「え……。……あ、あっ、ちがっ」
棒読みで凄むと、見下ろした先の彼女が言葉の上だけで怯えていた。浮かぶ表情はむしろ嬉しそうなものだった。
今の彼女は「風呂場でのプレイがトラウマになってる子」を演じている。ぼくはそう理解した。なんてことを思いつくんだと、興奮してもいる。
仰向けに寝たままの彼女の髪に、ぼくは手を伸ばす。根元から指を絡ませて、心の中で「いくよ」と言ってから、思い切り引っ張る。
「ほら、行くよ」
「いたいっ! いやっ、やっ、やだ! ごめんなさい! いやだ! やだぁ!!」
まるで風船を持ち上げたかのように軽い手応えで、彼女の体はあっさりと立ち上がって、言葉だけでぼくを拒否しながらおとなしく風呂場までついてきた。人の体一つを引きずって歩く腕力が自分にあるんだろうか……とか、サキュバスだしたぶん大丈夫なんだろうけど髪のことが心配……とか、そういう不安を全部向こうで払拭してくれたのだと思う。ぼくが行った「髪を引っ張って無理やり連れていく」という行為の実態は、ほとんどパントマイムだった。
近所迷惑にならない範囲の声量できゃーきゃー喚いていた彼女が、風呂のタイルを踏んだ瞬間にピタリとおとなしくなる。それから「壁に手ついて、お尻こっちに向けて」と指示すると、消え入りそうな声で「……はい」とだけ言って、素直に従ってくれた。
水道からお湯を出してタオルを濡らす。試しにそれで壁を叩いてみると、なるほど中々の音がした。こちらに背を向けたままのジェスクヤから「ひっ」と悲鳴が上がる。
ぼくも気分が乗ってきた。元々乗っていたのかもしれないけど。
「……じゃあ今からこれでお尻叩くけど、何回くらいがいい?」
「えっ……。あ、え……? ……じ、十回……くらい、とか……?」
「少なくない?」
「あっ、ご、ごめんなさっ」
「ジェスクヤがお風呂場に来るまでに「嫌だ」って言った回数と同じにしようか」
「えっ……?」
「何回くらいだっけ?」
「……あ、えっと、え、わ、分かんない……」
「百回くらいだっけ?」
「そ、そんなわけなっ……ぎゃあっっ!?!?」
バチーンと、本当にいい音がした。狙った位置に鞭が飛んだことが我ながら意外だった。
SMプレイが元々好きだというジェスクヤの話はたぶん本当で、サキュバスらしくこれまでに豊富な経験を積んできたのだろう。そしてきっとそのたびに相手の心を読んで、どうすればサディストが喜ぶのかをたっぷり学んできたのだ。
彼女のリアクションは、いちいち全部が百点満点だった。
「ごっごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「百回くらい「嫌だ」って言ってたよね?」
「言いましたごめんなさい、言いました。逆らってすみませんでした。申し訳ありま……ぎぃっひ!? あぎゃっ!? 待っ、ひぎぃ!?」
打てばちゃんと悲鳴を上げる。やめてほしそうにもする。悲鳴にはちゃんと怯えや恐怖の色が伴っていて、嬉しそうに被虐を受け入れるモードとは明らかに雰囲気が違う。達者なものだった。
……なんて冷静に解析している素振りで、ぼくの物はすでにギンギンに天を向いているのだけど。鞭を扱うというのは存外狙いをつけることに神経を使うもので、それが薄皮一枚分の理性に繋がっていた気がする。
だけどある時、そんな努力もむなしく。濡れタオルの鞭の先は、狙いが逸れて彼女の腰を思い切り叩いてしまった。
「がっ……は……!?」
ほとんど肉がない部分に当たってしまったことで、リアクションも明らかに緊急性のある物になる。尻を真っ赤にしながら、何度打たれても従順に姿勢を維持していた彼女の体が、ガタガタ震えながら崩れ落ちていった。
相手が不死身じゃなかったら本気で心配しているところだ。……けれど不死身である彼女はチラりとこちらを振り返って、「今のミスでしょ、ひどいんだ〜」とでも言う風に、無言で目を細めた。
そして役に戻る。
「あっ……、あ、あ、ごめんなさい。勝手に姿勢くずして……ごめんなさい……っ」
「……ダメ、おしおき」
「っ……! は、はい」
「こっち来て、これ舐めて」
振り返った彼女に、硬くなったものを指さして命じる。おしおきとは名ばかりの、ただ自分が気持ちよくなりたくて適当に言ったことだった。
正直その時は、鞭打ちに怯えている(という設定の)彼女なら喜んで奉仕しに来るものだと思っていたのだけど。予想と裏腹に、ぼくの指さす先を見た彼女は、死刑宣告を受けたかのように一瞬フリーズした。
そしてその静止が解けると、跪いたまますぐさま足元まで這い寄ってきて、両手で腰を掴み、必死の眼差しでこちらを見上げてくる。
「あっ、あのっ、あの! せいいっぱい舐めますから! 満足してもらえるまで、奥までいっぱいおえおえってしながら、頑張りますから! 鞭打ちも、続きを百回でも二百回でも、私ちゃんと耐えます! だから、……あの、だから、お願いしますっ。どうか、お願いします……! …………吐いた物を飲むことだけは、勘弁してもらえないでしょうか……?」
媚びへつらった笑みを口元に貼り付けて、頬にちんぽをこすりつけて。彼女は、大粒の涙を滝のようにボロボロこぼしながら、そう懇願してきた。
あぁ、それが一番のトラウマだったんだなぁ……と。単なる設定のはずなのに、しみじみ思ってしまう。それだけの迫力があった。
それでつい心配になって、ぼくは彼女に耳打ちする。
「……飲むのマジでつらかった?」
……すると彼女は、寄せられた唇をぺろりと舐めることで返事としてきた。
驚いて思わず彼女の目を見ると、余裕綽々ないつもとは違う媚びた笑みがその視線を出迎える。……つまりとにかく、彼女が嫌がっていないことは確実だった。
だからぼくは彼女に、風呂桶を渡す。
「吐いた物でそれがいっぱいになるくらい頑張ったら、許してあげる」
「……あぁ」
ジェスクヤは、人を信用していない目の演技も上手かった。
どうせ最後には飲まされるんだ……、いや、それどころか、もっとひどいことをされるのかもしれない……。無言の中に、明確にそういう絶望が漂っていた。
その上で彼女は、にへらっ……と口元に笑みを貼り付ける。
「……あ、あはっ。えへへっ、えへっ。あ、ありがとうございます。じゃあ、いっぱい頑張りますね……?」
……結果としては、その桶に彼女の吐瀉物が満タンに溜まることはなかった。濁音まみれの悲惨なえずき声を連発させる必死の奉仕に、ぼくの方が耐えられなかったのだ。性欲は昂るところまで昂り、抵抗むなしく吸収された。
抜け殻になったぼくは立っていられなかった。見下ろす視点が申し訳なく感じたのか、それともいち早く救いを求めたのか。やわらかくなった物を舌の上から手放して口を拭っていたジェスクヤに、ぼくは自ら抱きついた。ひどいことしてごめんねと抱きしめる……のではなく、ただ何も考えたくなくて、彼女の胸に顔をうずめるように。
「ん〜よしよし、どしたの〜? 怖くなっちゃったの?」
「……ごめん」
「いいよ〜。……全部大丈夫だからね? もし私が本当に親から虐待されてて、何かトラウマを持ってても、爪詰くんはそれを玩具にしちゃっていいんだよ? お姉ちゃんはそういうの余裕で受け入れちゃうからね」
「……虐待されてたの?」
「ううん、されてないけどさ。爪詰くんが今まで知り合った女の子ってそういう子多かったから、トラウマをえぐるってことに現実感が出ちゃってるんでしょ? なのにこういうプレイに興奮しちゃうっていうのも分かってるから。それでも私なら大丈夫だよ〜って、爪詰くんはそのままでいいんだよ〜って、教えてあげたかったの」
「…………うん」
「ありがとう」が、重くて、言うべきだと思ったのに口に出せなかった。ジェスクヤの性格を考えたら……というかこれまでの文脈を考えたら、間違いなく今は「ありがとう」を言うべき場面なのに、分かっていても言えなかった。
……でも、そう、卑怯にも心のどこかで期待していた通りに。彼女はそれを見逃さないでいてくれる。
「……あ〜。「そこはありがとうじゃないよね」ってミームがトラウマになっちゃってるんだ? それでそれを馬鹿馬鹿しいって自分で思っちゃって、誰にも相談できなかったんだ?」
「…………」
「ほら、爪詰くん。お姉ちゃんに何か言うことあるでしょ? ごめんなさいじゃない方」
「…………いっぱいひどいことさせてくれて、ありがとう」
「ん〜♡ よく言えました〜♡ しかも丁寧に言えてえらいね〜♡ よしよしよし〜♡」
撫でられるついでに、頭に頬ずりされていることが感触で分かった。ここまでを含めてプレイとして認識している彼女が、きっちり喜んでいることも。
本当に本当に、自分の全てを肯定されている気分だった。
……今日のぼくはその記憶を何度も振り返る。エロ動画を見る時みたいに、お気に入りの部分は特に何度も再生して。しかも、ぼくもジェスクヤと似た者同士ということなのか、自分を肯定してもらえた場面ですら、性的な興奮の対象になった。
そろそろ疲れたから寝ようと思った頃には、ベッドに入ってから一時間以上が経過していた。それだけオナニーに没頭できるということは、きっと体も回復してきたということだろう。ジェスクヤとの再会に向けて、なんだか少し気持ちを持ち直せたような気がした。
……翌朝、ぼくの体温は再び38度を超えた。