SOS はらわた喰いの悪魔(Sadistic-Offal-Succubus) 作:氷菓くん
平日は毎日ジェスクヤを呼び出した。
「今日もいっぱいいじめてください♡」
跪いた彼女はそう言って大きく口を開き、目を閉じたままだらしなく舌を垂らして服従を表現する。彼女がただのマゾなら「いじめて=気持ちよくして」を意味する場合もあるからこちらも気を遣わなければならないけど、彼女の目当てはこちらの歪んだ性欲一つだと分かっているおかげでそんな心配もない。賢者タイムを避ける自由を捧げることと引き換えに、ぼくはジェスクヤに何をしてもいい。
イラマはもちろん毎日した。セックスは大体の体位を試したし、アナルも犯した。ジェスクヤは茶番が好きなようで、「えっ!? そこは違う!」と言葉の上でだけ抵抗していたけど、サキュバスなんだから挿れられて当然だろと軽く尻を叩きながら犯すと、「ひどいっ♡ いっだっ♡ い゛っ♡ ひどい゛ぃっ♡」と喜んでいた。
その後本人から聞いた話、サキュバスのアナルは半ば本当に「陰茎を挿入されるために付いている器官」になっているらしい。彼女らは通常の食物から栄養を得ることが出来ず、他人の性欲から精製される魔力によってのみ栄養を摂取するけれど、魔力の摂取は人間の食事と違って、排泄とセットになっている物ではないらしい。実際の彼女らは趣味や付き合いで人間と同じ食事を摂ることが多く、そうなれば排泄もするのだけど、ただ生きていくだけなら魔力だけ摂って排泄と無縁の生活を送ることも出来る。だからサキュバスのアナルはちんぽを突っ込んで楽しむことの方がメインの機能なのだと、ジェスクヤは言っていた。
ぼくは彼女を散々手酷く犯したあと、彼女の胸の中で勝手に落ち込みながら、励まされるついでにその話を聞いた。「だからあなたがしたことは何も間違ってないんだよ」という慰めの意図が言外にあった。
ぼくはその話を聞いて、元々そのためにある器官なら、人間のそれとは違って、たとえば初めての挿入を慣らし無しで行っても苦痛は伴わないものなのかな? と気になった。するとそのタイミングで、ジェスクヤがぼくの頭を撫でながら言う。
「サキュバスの体のこと、もっと知りたい?」
ぼくは頷いた。言葉にすることと沈黙することの間にある
それから彼女はいろいろなことを教えてくれた。サキュバスは自分の体に関することなら、魔力を使うことで結構あれこれ出来てしまうこと。身体能力を飛躍的に上げたり、怪我ってレベルじゃない怪我まで治せたり、風呂に入らなくても清潔でいられたり、苦痛の類を感じなく出来たり、性的快感を感じる力を引き上げたり、その他諸々いろいろなことを。
サキュバスはあらゆる病気にかからないし、逆にサキュバスから人間が何かに感染することもない。意思一つで避妊が出来て、生理がない。下腹部にある淫紋は人によって模様が違う。汗や唾液のような体液からはいい匂いがするけど、その匂いの種類も人によって違う。
「私のはどんな匂いがする?」
そう聞かれる頃には、彼女の体が不自然に熱を持っていた。それに伴って発汗も起きる。魔力を使えば体に関することを大体なんでも出来るとは、きっとそういうことも含むのだろう。
ぼくは「キモいんじゃないか」と思いつつ、本人が言外にそうしろと言っているのだから構わないはずだと内心で言い訳して、彼女の汗の匂いをかいだ。
「……お日様の匂い?」
「あはっ、よく言われる」
どこか誇らしげに笑う彼女の声を頭上に聞きながら、いろいろな話を聞いているうちにぼくは、すっかり罪悪感を忘れて立ち直っていた。
ベッドに押し倒した彼女の首に手を添える。いつでも絞められるようにしたまま、まだ力は込めずに聞く。
「サキュバスは魔力さえあれば、何をされても苦しくないの?」
「うん。そうだよ?」
「じゃあイラマの時えずくのは演技?」
「ふふっ。だって爪詰くん、おえってなってる女の子見るの好きでしょ?」
「演技上手いんだね」
「……コツがあるんだよ」
「コツ?」
「そう。……苦痛を感じなくさせる機能をね、ちょうどいい塩梅で使うの。本気で苦しくならないように、でも、苦しさ自体は感じるように」
「……へぇー」
じゃあ、彼女が「痛い」と言った時、それは丸きりの嘘ではないんだ。本気の拳とデコピンを同列に並べて「痛い」と表現したらそれはほとんど嘘だけれど、でも、「ほとんど」の域を抜けることはないんだ。
我ながら醜い性癖だと思う。ぼくは彼女の答えを聞いてから、今までの彼女のリアクションを振り返り、それで興奮していた。
そのまま彼女を犯しながら、ぼくは徐々に両手に込める力を強めていく。初めはポーズとして行っていたような首絞めが、次第に殺意を錯覚させる物になっていく。……するとある時、ずっと無抵抗を貫いていたはずのジェスクヤが、ぼくの腕をタップした。
「くっ、くるっ……し……。し……んじゃ……」
窒息しても、魔力で酸素を代用できるくせに。彼女はまた茶番としてそんなことを言って、ぼくを楽しませてくれる。そうした方がぼくの性欲が濃くなることを知ってるから。
だからぼくは、少なくともその意図に応える範囲でなら、何をしてもいい。
「少しでも抵抗したら、ハメ撮りばらまくから」
もちろん本気じゃないけれど。そう告げて脅すと、首を絞める力をより強めたところで、ギブアップを示すタップが行われることは二度となくなった。そのかわり彼女は時々四肢をバタつかせて、もがき苦しむフリをするようになる。
しかしそこまでしてもらっても、今日二度目のセックスということもあり、射精感の訪れは遅く、こちらの握力の限界の方が先に来た。首絞めを打ち切ると、首筋にうっすらと痕をつけた彼女が激しく咳き込む。ひゅーひゅーという音を喉から鳴らして、しばらくは咳への対処と呼吸に必死になる。
そしてそれがようやく落ち着くと、彼女はめそめそと泣きだしてしまった。
「うぅっ……うっ……。うぅ……うわぁぁん……」
心のどこかでは、それも茶番だと理解していたはずなのに。ぼくはその光景を見た瞬間、心臓がギュッとなって、思わず腰の動きを止めてしまった。
すると、ピタリと泣き止んだジェスクヤが「べぇっ」と舌を出す。キャパを超えた被虐の涙にはとても似合わない、あからさまにおどけたジェスチャーだった。無言ながら表情だけで「うそぴょーん」というアフレコが聞こえてきそうなくらい、彼女の中から悲痛さが瞬く間に消え失せていた。
ぼくはそれを見てハッと気付く。そうだ、サキュバスは「自分の体に関すること」なら大体なんでも出来る。たとえば、涙を流すことだって。
「あはははっ」
ぼくが彼女の嘘泣きを改めて確信した瞬間、それを察した本人が演技を放り出して笑った。首の絞め痕はもう消えていて、なんだか仲の良い恋人同士が和やかなエッチをしているような空気感すら漂った気がした。
「もう〜爪詰くん、サディストなのにメンタルよわ〜。ざ〜こ、小心者〜、意気地なし〜」
「…………」
「あ、結構ちゃんとむかついてる。ごめんって〜」
心を読まれても、それ以外の面でも。ぼくは彼女の手のひらの上だった。
その後ぼくは体位をバックに変えて、彼女のアナルに腕を突っ込みながら犯した。
「あっ、待ってごめん! それはさすがにきっ、まっ、ごめんなさい! 謝る! おちょくってごめっ、まっ、ほんとにっ、あ゛ぁ゛ぁ゛っ!! 無理っ!! ごめんなさい!! 許しっ、ゆっ、うぎぃ゛ぃぃぃ!?!?」
あとで聞いた話、ちゃんと魔力を使えば腕一本くらいそれなりに余裕で入るものだったらしい。じゃあ毎回同じことしていい? と聞いたところ、笑顔かつ即答の「いいよ〜」が返ってきたから、たぶん本当に余裕なのだと思う。
ぼくとジェスクヤは特別睦まじくLINEでやり取りをするようなことはなかったけれど、別れ際の慌ただしさが会話の心残りを起こした日には夜に感想戦をすることもあるし、何より、土日は朝から連絡していた。呼び出すのではなく、二日も連絡しない期間が続けば彼女はそれで消えてしまう気がしたから。
ニートである自分は土日の方が忙しい。土曜は祖父母との昼食・買い出しで日中の時間がほとんど潰れるし、残った日曜にはその分押し出された家族の用事が入ることが多い。それに我が家は、これで結構家族仲が良い。ぼくどころか弟もとっくに成人しているけれど、未だに週末は家族みんなでゲームをする。ゆえに忙しくて、セックスどころかお喋りをする暇も日によってはない。
ジェスクヤにその旨を伝えると、その件にどうリアクションされるかずっと気を揉んでいたこちらの心境はとっくに察されていたらしく、
『わかってるよ〜、大丈夫。また暇な時にいつでも呼んで? 心読まれてるのに報告してくれるの可愛いね』
と、こちらを安心させるためか、また茶番の雰囲気がする一言を添えて返信があった。
何が可愛いもんか……と、それを一度は鼻で笑ったけれど。昼食に回転寿司を食べていた時、六人分の注文を備え付けのタブレットで管理するわずらわしさにイライラし始めたあたりで、ふと思った。
『ジェスクヤって、離れてる時も心が読めたりする?』
返信が来るまでの十数分の間、なんだか寿司の味が少し落ちたような気がした。
『それはさすがに無理だよ〜。読んでほしかった?』
『いや、プライバシーがあって安心した』
『ふーん。読まれちゃいけないこと考えてるんだ』
『夜中ハメ撮り見ながらオナニーしてますからね』
『昼間ずっとエッチしてるのに! いいね〜』
それからはなんとなく、移動時間の間はずっとやり取りをしていた。向こうの返信ペースはまちまちで、言葉にせずとも、ジェスクヤにはジェスクヤの生活があることを伺わせた。
ぼくだって疲れてしまうから、毎日そんな風に隙間時間を縫って連絡することはできないだろう。それに食事中にスマホをいじることだって、本来褒められた行為ではない。多少のそれを口うるさく咎められることがないのはきっと、ぼくも親も歳をとってしまったからだ。叱られているうちが華……という言葉を思い出す。
しかしそれでいえば、ぼくはジェスクヤに叱られたことどころか、文句の一つすら付けられた記憶がない。自分が彼女に対してそんなに立派な振る舞いをできているとは到底思えないのに。……彼女と付き合っていると、叱られているうちが華なんて言葉は欺瞞なのではないかと思えてくる。あるいは、欺瞞であってくれた方が自分は生きやすいのだということを、そうやって思い出させてくれる。
週明けの月曜日の昼間、ぼくはさっそくジェスクヤを呼び出した。
そしてぼくはその日、彼女の「やめてください」だとか「許してください」だとか「本当に無理です」という言葉を、すべて足蹴にして捨ておいた。
きっかけは生理現象だった。
ジェスクヤが家の前まで来て、万が一家族がすでに帰ってきていた場合に備えてLINEで『家の前着いたよ』と報告する。ぼくが扉を開けて彼女を自室まで招き入れ、いつもなら「さて何をする?」と聞かれるところで、その日の彼女は無言で膝を折った。
部屋の真ん中で跪き、大きく口を開ける。心が読める魔法がなくても、先週五日間ずっと「来たらとりあえずイラマチオ」をやらされていたのだから、誰だってそういう風になるのかもしれない。
ちんぽを突きつけながら彼女の頭を撫でると、これからその手で苦痛に押さえつけられるというのに、お構いなしで嬉しそうに微笑んでくれた。
それからしばらく咥えさせているうちに射精感が込み上げ、否応なしに性欲を吸われる。どうせ賢者タイムに入ることが確定しているならいっそ射精してしまえばいいじゃないか……と、心の中に客観性の声なき声がするけれど。ぼくにとって射精時の強すぎる快楽はすでに、鬱の始まりの象徴として脳に焼き付いてしまっている。……チープな損得勘定だけでは、怖くて射精できなかった。
そんなぼくを、ジェスクヤは「おいで」と手を広げ招いて、いつも通り抱きしめてくれる。
「大丈夫。怖いことはしなくていいからね。私のためにいつもありがとう、ごめんね。よしよし……」
そんな風に彼女に励まされて、いつしかメンタルが復活しかけた時のことだった。
元気になった? と股間に手を伸ばしてくるジェスクヤを、ぼくは咄嗟に制する。
「あの、ごめん。先トイレ」
「あ、はーい」
座ったまま抱きしめられていたので、このままでは下を穿き直しづらい。性行為のためでもなくちんちんを相手の顔の前に近づけるのはなんだか顰蹙な気もするけれど、とにかくぼくはその場で立ち上がった。
するとジェスクヤは、まるで一秒前のやり取りの記憶が飛んでしまったかのように、その場で大きく口を開ける。
トイレから戻るまでずっとそうしている気だろうか……? 服従のポーズとしては嫌いではないけれど、待たせるのが悪い気がしてくるな……。と、ぼくが思った矢先。
「はい、おふひほいえおーお」
……口を開いたままの不自由な舌で、彼女はそう言った。勘が間違っていなければ、「お口トイレどうぞ」と言われた気がした。
彼女の魔法に対しては、ほんの一瞬でも脳裏によぎるとダメらしい。ぼくはサディストだから、飲尿プレイのAVくらい当然のように見たことがある。そこに憧れがないかといえば嘘にもなる。けれどべつに、今それをここで実行したいなぁと思ったわけではないのに、ほんの少しその連想が頭をよぎっただけで、ジェスクヤは跪いたまま何のためらいもなく口を開けて見せたのだ。
けれども、ぼくは至極単純な理由で、そんな彼女の誘いに乗ることはできない。おそらく口を開いたコンマ数秒後には、彼女自身もそれを察知したはず。
「いや、人前だと出せないんで。脳のストッパー的なのが働いて」
「え、常識人」
「いいことでしょ」
そのやり取りをもって、今度こそぼくはちゃんとトイレに向かった。
そして部屋に戻った時。まだ床にぺたんと座ったままのジェスクヤと目が合って、その瞬間「まずい」と思った。
彼女はぼくの目を見て微笑んだ。それは一人きりの時間を寂しく待った恋人が、戻ってきた彼氏に向けるパッと華やぐような笑顔…………ではなかった。
いいよ、今考えたことして。
魔法なんかないのに、彼女の心の中からそんな声が音もなく聞こえた気がした。けれど実際、ぼくは魔法を使えないのだから、そういう直感は単なる勘違いかもしれない。勘違いをしたまま非道な振る舞いをすれば、さすがのジェスクヤも怒るなり引くなりするのでは……。
……という考えまで含めて読まれているのだということをぼくが思い出した時、全肯定のサキュバスは、立ち尽くしたこちらに向けて一層つよく微笑む。それどころか口パクまでして、限りなく明確に伝えてくる。「いいんだよ?」と。
それを断ったら逆に失礼になる気がしたのは、たぶん、ぼくの言い訳なのだろうけど……。
「…………舐めて」
彼女の顔の前で再び下を脱ぎ捨て、そう命じた。
すると、まるでぼくのことを裏切るかのように、彼女が眉をひそめる。
「えっ……。…………洗った?」
「いや」
「トイレ行ったあとだよね……?」
「うん」
「…………え、爪詰くんさ、私のことなんだと思ってるの?」
その台詞を言い終えると同時に、矛盾じみて、彼女の表情から険しさが失われた。かわりに淫らな紅潮がそこに宿って、彼女がぺちぺちと自分の頬を手のひらではたき始める。
ほら、この生意気な女にビンタして? したいんでしょ? していいよ? ……そんな声ならぬ声が視覚から飛び込んでくる、脳みそを駆け巡る。そうだ、本気で嫌なら、不愉快なら、ぼくが口に出す前に、彼女は「ごめんそれはマジでNG」と言えたはずなのだ。
……それでもまだ不安で、ぼくは手のひらを振り上げてから、口パクで彼女に「いい……?」と尋ねた。
ノータイムで頷いた彼女が、頬を張られた勢いで床に倒れ込む。そしてそのまま上半身を支えつつ俯いた姿勢で、並々ならぬ感情の処理をしているかのように動かなくなってしまう。
だけど怒るなら、ぼくが次に動き出すよりも早く、彼女は怒れるはず。あの時ぼくの手を掴みとった彼女の動きは、肉眼で追える速度ではなかったのだから。
「…………い、いいから、しゃぶら、……しゃぶれ」
「…………はい」
どうしよう台詞噛んじゃったという気持ちが、一瞬だけどの感情よりも強くなった。
ジェスクヤは俯いたまま、こんなことをしながら勃っている陰茎に顔を寄せる。その表情は影になって見えない。……見えないせいで、あらゆる負の感情がそこに宿っているように思えてくる。
それでも彼女は、おとなしく口を開いた。そして先端を口に含んだところで、
「おえぇっ……!」
と、喉奥を突かれた時かそれ以上の嘔吐感に遭い、反射的にそっぽを向いた。
……そのまま無言で見下ろしていると、息を整えた彼女が再びそこに口をつける。おえっ、おえぇっ……、とえずきはするけれど、もう口を離したりはしない。
一方で、汚辱に悶える様子とは裏腹に、彼女は何も命じられていないのに、陰茎の裏筋に残っているかもしれない尿を搾り出すように指でしごき、明らかに余裕の奉仕を見せていた。
……数分後。彼女がちゅぽんと口を離して、震えた声で言う。
「……き、きれいに、出来ました」
こちらを見上げる彼女の目に映っていたのは、怯えでも誇らしさでもなく、期待であるように見えた。
ぼくにはまだもっとこれ以上に、彼女の尊厳を踏みにじることが許されているというのか……?
「……感想は?」
「あ。……あ、お、おいしかった、です」
「おしっこ飲むの好き?」
「えっ、き、きら」
言い終える前に、さっきと同じ側の頬にビンタを見舞った。
吹っ飛ぶようにして倒れ込んだ彼女が、今度は慌てて起き上がる。そして媚びた目でこちらを見上げてくる。
「あっ、だ、だいすき、だいすきです。おしっこをお口でお掃除させていただいて、すっごく幸せでした」
「そっか。飲尿大好きなんだね」
「は、はいっ。はいっ」
「……じゃあ自分のも飲める?」
「…………えっ?」
聞き返す声に乗せられた絶望感に反して、彼女の口元はニヤけている。
「サキュバスって自分の体なら融通きくんでしょ? 今から風呂桶にでもおしっこして、それ全部飲んでよ」
「……あ、あぁ。そんな……、あの、それだけは」
またビンタをくらわせる。吹き飛んだ先で、彼女は頭を守るための姿勢に丸まって「ひぃぃ」とうずくまった。
ビンタをすればとりあえず話が前に進むと思っていたぼくは、それを受けて「あれ、どうすればいいんだ……?」と戸惑ったけれど、その戸惑いから一秒もしないうちにジェスクヤの手が、ガードの甘い脇腹をちょんちょんと指さしていた。
カカトでそこを軽く蹴ると、蹴りの強さに対して明らかに大袈裟な「かはっ……!」という声が鳴った。
「ま、まっへ、まっへ、ごめんあさい、やめて……。飲むから、暴力はやめ、やめてくださ…………ひっ!」
一歩歩み寄るだけで、怯えた彼女が床の上に縮こまる。ぼくはその震える背中をさすって、「本人にいいと言われているからやっているだけで、決して悪意はありません」という意思を少しでも表現した。彼女の魔法に頼るだけではまだ不安だった。
「大丈夫、もう殴らないから。……お風呂場行こっか?」
ふふ……と、うずくまりながら漏れ出た笑みをきっかけに、彼女はしばらく抵抗しなくなった。