SOS はらわた喰いの悪魔(Sadistic-Offal-Succubus) 作:氷菓くん
人の心を読めるということは、その人の喜怒哀楽の詳細な形まで分かるということだ。ただ喜んでいる・怒っている……ということを察知するのでなく、この人はこれこれこういうことで喜ぶのだ・怒るのだということを、発露された感情だけをただ眺める場合よりもずっと正確に把握することができる。
ジェスクヤは、ぼくの喜びを一緒に喜んでくれる。たとえそれがどんなに醜い形をしていても。
ぼくは彼女の全肯定のおかげで、賢者タイムの鬱に克服の兆しを見出していた。鬱自体が消える気配はまだ微かにすら無いけれど、初めて浴室で(それも一際陰湿に)彼女を虐げた時のような強烈な鬱は、あれ以来二度と訪れなくなったのだ。ぼくはそれが嬉しかった。「また今日もあんな風にはならなかった」と確かめることが心地よかった。
ぼくの喜びに寄り添ってくれるジェスクヤは、そんな風にぼくが日々克服の第一歩を噛み締めることに対して積極的だった。……別の言い方をすると、あの手この手で彼女の尊厳を傷つけることに、彼女自身がいつでも積極的でいてくれた。
ぼくは毎日、救世主であり恩人である彼女を、奴隷のように扱った。
「ごぼぼっ……ごぼっ! ぶはっ! はっ、はっ、はっ、はっ……! ま、しっ、しぬっ、まっ……んぐぅっ!! お゛ぇっ……む゛うぅ゛〜!!」
何かの拍子に会話の流れで、ぼくがニートの家庭内の役目として、平日は毎日洗濯物を干していることを彼女に話した日があった。節水のために風呂の残り湯を吸い上げて使うのだけど、残り湯の利用は「洗い・濯ぎ」ののうち前者だけに留めておかないと色々と支障がある。でもなぜか、たとえばググれば普通にその通りの話が出てくるのに、洗濯機の機能自体にはわざわざ濯ぎにも残り湯を吸い上げる選択肢がある。これはどうしてなんだろう? さぁなんでだろう、分からないね。……と、そんな何気ない会話をしたことが、思いつきのきっかけだった。
洗濯に使ってもまだ少量余る湯船の水に彼女の頭を突っ込んで、酸欠になったところでイラマチオを強いる。えずいてちんぽを吐き出したら、また水責めにする。彼女が息継ぎをすることに必死になって、抗議や懇願の声すら上げられなくなるまで、ひたすらそれを繰り返した。
当然サキュバスは、その気になれば首の力だけでもぼくの横暴を跳ね除けられるだろうし、魔力がある限りそもそも本来なら窒息もえずきもしないはず。全ては彼女がわざとやっていること、演技で、それ自体が常に行為への同意を表している。……と頭では分かっているのだけれど、それだけではどうにも心が慣れきらない。
ぼくは拷問の最中、何度か彼女に確認した。
「つらい?」
頷きが返される。
「やめたい?」
より強い頷きが返される。
けれどその表情は、目は、口元は。明らかに笑っている。まるでこちらの内心を映す鏡であるかのように。
ぼくは彼女の笑みを確認することで安心して、「つらい。やめて」という彼女の意思表示を無視することができる。なにせそれはいつ見ても、全ての辻褄を合わせるような淫靡な物だったから。
ぼくの性欲の昂りを彼女は何より求めている。そうでなければ、ぼくにこんなことを許す理由がない。そう確信できれば、もう怖いものはなかった。
そうして虐め続けていると、そのうち彼女が泣き始める。サキュバスは嘘泣きが得意だから、構わずに奉仕を強いる。水責めの際に飲んでしまっていたのか、乱暴に喉を突かれた彼女は透明なゲロを吐いたけれど、それでも構わず咥えさせた。
大体そのあたりで性欲を吸われて、その日のプレイは終了となった。余った時間は丸々、ピロートークと呼ぶにはあまりにも一方的で情けない慰めの時間と、その情けなさを中和するような普通の雑談に費やされた。
「演技って分かってても不安になっちゃうんだ? 優しいんだから〜もう〜。……でもじっくり表情を確認したら安心してくれるっていうのは嬉しいなぁ。ちゃんと通じ合えてるって感じがするから。今日もちゃんと見ててくれたの気づいてたよ? ありがとうね」
そんな風にぼくの罪悪感を苦しくない方向へ、手馴れた言葉遣いでほぐしては、
「ジェスクヤさんって、自分は呼び捨て推奨するわりに、ぼくのことはずっと苗字にくん付けですよね」
「え、優真って呼ばれたい?」
「…………なんか性的な意味でドキッとするんですけど」
「優真♡ 優真っ♡」
「やめません!?」
「ほら〜。ドギマギさせたい時のために温存してるんだよ私は」
とサキュバスらしい冗談で笑ったり。彼女はぼくの扱いがどこまでも上手かった。
そしてその翌日にはまた、醜い喜びの確認作業が行われる。単純に酷すぎる暴力の他に、安全圏だったはずの話題まで尊厳破壊に引きずり込むようなプレイも平気で実践する。
「ねぇ優真〜♡ 次のエッチは名前呼び捨てでしてほしいなぁ♡」
一度目の賢者タイムから復活した直後、ぼくの指を舐めながら彼女はそんなことを言う。プレイとしてなら呼び捨てをしてくれるだろうと、そういう魂胆が透けて見えていた。
淫らな素振りを見せなければ望んだ通りに名前も呼んでもらえないとは、考えてみれば、相手側はどんな気持ちなのだろう。そんなことを思いながら「ジェスクヤ」と彼女の名を呼ぶと、罠にはまった獲物でも見つけたかのように、指を咥えたままの彼女の目が細められる。
「爪詰くん、そっちの名前あんまりピンと来てないでしょ」
「え……?」
「アイカ、って呼んでもいいよ」
「……あ」
菅野愛佳。人間社会に紛れて暮らす彼女の偽名。本名を知った今はもう呼ぶ必要のなくなった、偽物の名前。
ぼくの男としての性は単純で馬鹿だ。胸が大きければ女らしいと感じ、髪が長ければ女らしいと感じ、声が高ければ女らしいと感じ、そして、名前がそれっぽければ女らしいと感じる。……あげくの果てに、そういったすべての「女らしさ」に性的興奮を覚える。
アイカは女らしい。ジェスクヤは、いかにも異界の名前っぽくてかっこいいし好きだけど、女っぽいかと言われると、分からない。
そういった感覚のすべてが、ジェスクヤには筒抜けになっている。
「ほら、呼んでみて。アイカって」
「……あ、アイカ」
「ふふっ。……ひどいよ優真、偽名の時の方が興奮してるなんて。私の名前、女としてそんなに魅力ない?」
「う……」
「……思ってること言っていいよ?」
言いながら人の指先に舌を伸ばして、彼女はまた笑っていた。先日の彼女いわく、ぼくがそれを見て安心すると、彼女の方も嬉しくなるらしい。
思ってることを言っていいと言われただけなのに。ぼくはその指を彼女の喉に突っ込んで、苦しむようにわざと乱暴に、ぐちゃぐちゃにかき混ぜた。そうした方がプレイに勢いが出るから。そうした方が、ぼくの気持ちが伝わる気がするから。
「人の感性にいちいち文句つけてんじゃねぇぞ! このクソ女ッ!」
……毎日ジェスクヤを玩具扱いするうちに、ぼくはそういう振る舞いをすることに慣れつつあった。それはその手のプレイで口にする台詞が、しばしば本心だったせいかもしれない。クソ女とまでは思っていないつもりだけど、ぼくはジェスクヤの本名を「かっこいい」と、それはそれで好意的に捉えているのに。それを悪いこととして否定されるのは、本気で嫌だった。
心を読んだ上であえて彼女がおちょくる。ぼくがそれにキレるフリをして虐める。びびったフリをした彼女が謝罪と共に服従する。それをさらに虐めているうちに性欲を吸い取られて一連の流れが終わる。……もうぼくたちの間にはそういうお決まりのパターンが出来ている。逆に言えば、彼女は決して素でぼくの神経を逆撫ですることはしないし、ぼくも決して素でキレることはない。彼女が本当に怯えることはないし、ぼくは本当に怯えている相手には、ひどいことなんてしないし言わない。
ジェスクヤいわく、自分が本当にムカついていることに対して演技で「キレるフリ」をすると、心のデトックスになるのだという。それで彼女はデトックスを推奨してくる。性欲も罪悪感もイライラも、全部ぴゅっぴゅしちゃおうね……とか言って。
愛佳が偽名でジェスクヤが本名。それについて自分が思うことと、相手から思われることに、罪悪感を持ったり不服を感じたり。それとは別だけど同時進行で性欲があったり。……そんなゴチャついた心の中を完璧に把握してくれて、しかもそれをケアしてくれる人なんて、この世にジェスクヤただ一人しかいない。考えるまでもなくそれは明白だった。
事が済んだら「おいで」と言われる前に、自分から彼女の胸に顔をうずめることが増えた気がする。
「思ったこと言うの気持ちよかった?」
「……うん」
「怯える女の子を犯すのは?」
「……ジェスクヤは怯えてない」
「えー? 頑張って演技してるんだけどなぁ」
「…………」
「興奮してくれた?」
「……うん」
「ならよかったぁ。爪詰くんが気持ちよくなれるのが一番だからね」
「……うん」
本気で怯えてるわけじゃないことが見て分かるからこそ、興奮する。本気でキレてるわけじゃないからこそ、スカッとする。全部ジェスクヤの言う通りだった。……ただ、興奮してもスカッとしても、それで罪悪感自体が消えることはなかった。
賢者タイムは鬱になる。どれだけすっきりしても気持ちよくなっても、必ず最後はそうなってしまう。最近はその重さが落ち着いたかわりに、落ち着くばかりでいつまでたってもゼロにならないことに対して、情けなさを感じるようになってきた。
ぼくがそれを感じるたびに、彼女はまじないをかけるみたいに、ぼくの頭を撫でてくれる。
「今、どんなこと思ってる?」
「……言ったら、どの口が言うんだって思われること」
「言っていいよ」
「…………ジェスクヤが、かわいそう」
「かわいそうなの。どうして?」
「ひどいことばっかりされてるから」
「たしかに。でも私はそれが楽しいよ。マゾだから」
「でも」
「マゾなのはおかしい? かわいそうじゃないと変?」
「そうじゃないけど……」
彼女はいつもそうやって善悪を煙に巻く。善悪の定義を上手くずらす。罪悪感を出口に誘導する。ぼくは、彼女のマゾ性癖を満たすために彼女を虐めているわけではないのに。上手く収まっているのは結果論なのに。
「違うよ。爪詰くんは私がみつけたの」
心を先回りして、彼女が言う。
思考を言葉にすることを重要視する彼女だけれど、言葉にしなければ必ずしも取り合ってくれないというわけではなくて、時と場合によってこんな風に先回りをされることもある。
たぶん最近のぼくはその先回りを、いつもどこかで期待している。
「私のことを満たしてくれる男の子を、私がみつけて、私が声をかけたの。だから結果論じゃないよ」
「……でも」
「それに、爪詰くんもそういうの嫌いじゃないでしょ? WinWinの関係なんだし、素直になっていいんだよ?」
「…………」
「……オナホサンドバッグの愛佳を、これからもいっぱい可愛がってください♡」
「……っ」
耳元でそんなことを言って、彼女はこちらのへそよりもっともっと下の方へと手を伸ばしてくる。
「……ほら、元気になった。ね?」
「…………ごめん」
「いいよ〜♡」
その許しの一言は、恋人みたいなキスと共にあった。
ぼくたちはその日、三回戦目に及んだ。軽率に腹を殴ると、彼女はいつもの恍惚とした笑みを浮かべて頬を赤らめながら、「サンドバッグ扱い嬉しい♡」と喜んでいた。
毎日がそんな感じだった。……それを素直に「薔薇色」と呼べないことすら、ジェスクヤは受け入れてくれた。いろいろ抱えててつらいもんね、分かるよ……と。
ぼくはまだ一度も、彼女に射精したことがない。