SOS はらわた喰いの悪魔(Sadistic-Offal-Succubus) 作:氷菓くん
帰宅後の父は昼までどころか夕方まで眠った。そりゃあそれくらいでなければ睡眠時間の採算が合わないだろう。ぼくはその間にクーラーボックスの中身を撮影してジェスクヤに送った。
『めっちゃ釣れてるじゃん!』
『イカは半分以上人にもらったんですけどね』
『え、じゃあ魚は全部自分たちで釣ったの?』
『そう』
『すごいじゃん。パンパンになってる。楽しかった?』
『楽しいっていうかめっちゃ快適でしたよ。曇ってたおかげでびっくりするほど涼しくて、釣れまくるし』
『最強じゃん』
『いや本当に。何回か船釣りしたことあるけどこんなことなかったです』
その後もぼくはしばらくの間、その釣りがいかに快適だったのかを彼女に熱く語った。
クーラーボックスの掃除を少しでも楽にするため、釣果は種類ごとにビニール袋に入れて持ち帰っている。どの袋もパンパンに詰まっていて、具体的に何匹入っているのか見ただけではとても分からない。そのくらい大漁だった。
道中あれだけ寝たのに、ぼくはジェスクヤとのやり取りを終えたあとまたしても昼寝をした。もちろん意図的に寝たわけではなく、昨日一日の遅れを取り戻すかのようにスマホをいじっていたらなぜか眠気がやってきて、意識を取り戻した頃にはいつの間にか夕方になっていたのだ。
目を覚ました父は急いで魚を捌き始めていた。いくら氷で冷やしても生魚の鮮度が落ちるのは早い。人間の体力に限界がなければ、帰ってきてからすぐにでも調理したいのが本当のところなのだ。ただこの家に、まともに魚を捌ける人は父しかいない。母はグロいのが苦手で、弟は父ほど上手く包丁を扱えず、ぼくはそれより遥か下の戦力外にいる。
だからぼくは結局、起きていてもいなくても、調理中はそこに居ないことと同じだった。しかしそれでも「これではいけない」みたいな気持ちが沸いたりはしない。むしろそういう時にこそリラックスできるぼくの心はニートとしての才能だ。自分以外の人が働いていることの居たたまれなさは、自分が「苦手」に晒されることのストレスに比較すれば無にも等しい。そういう性格だからこんな人間になったのか、こんな人間だからそういう性格になったのか。卵も鶏もどちらも腐っているとなれば、考えることすら馬鹿馬鹿しい。
魚の数がいかんせん多く、食事の準備が整い始める頃には完全に日が沈んでいた。貴重な土日がこれにてほとんど使い果たされたことになるけれど、平日ずっと働いた上でそれが本望だというのだから、父のような人の考えることはよく分からない。
「ご飯食べる準備してー!」
母からの号令がかかって、ニートもようやく動き始める。準備とは箸や取り皿を出したりコップやお茶を出したり、そういう料理以外の諸々の支度のことを指す。当然といえば当然だけど、これへの協力をサボると「お客さんじゃないんだよ!」と怒られるから、それを避けるために協力するというのが子どもの頃からの通例だった。
ぼくは役割として、取り皿とコップとお茶と箸を担当している。出来上がった料理を運ぶ役は特に決まっておらず手の空いた人が適宜行うことになっていて、米をよそうのは弟の役割になっている。……これらの取り決めには理由がある。
誰が何を出すのか決めておかないと、報連相を徹底しない限り「箸を出そうと思って持ってきたらすでに並んでいた」のような非効率が多発する。この非効率は「報連相を徹底すれば防げる」という点が最も厄介で、黙って作業をした誰かのせいで余計な手間をかけさせられた時、人は……というかぼくは、めちゃくちゃにイラッとしてしまう。無用な争いを避けるために、誰が何を運ぶのかは初めから決めておくべきなのだ。
さらに言うと、その中でも取り皿に関しては、絶対にぼくが出さなければならない。父とぼくは白米の上を取り皿代わりに使う性格をしているのだけど、母と弟は違う。すると平日は仕事で疲れ、休日はちょうど今回のような感じでやはり疲れている父にはできるだけ役目を負わせないように配慮すると、ぼく以外の人が取り皿を並べた時、なぜか必ず「ぼくと父のそれという余分な二枚」が並ぶことになってしまう。
向こうからすれば何か本能的に抗いがたい理由があるのだろう。母も弟も、何度言っても、絶対に頑なに全員の取り皿を用意しようとする。ぼくにはそれが許せない。使われなかった皿をそのまま片付けるのは丸きり無駄な労力で、使っていないのにうっかり垂れた汁などで汚してしまったそれを洗うことは更に無駄な労力だからだ。
要するに食事の準備一つとっても、ぼくにとってはストレスの地雷原になっているのである。だから役割分担は絶対に必要だった。さもなくばちょっとした言い合いになるか、いっそ皆にはぼくのことをお客さん扱いしてもらうしかない。ちなみに今日は刺身を食べるから、白米では醤油皿の代用はできない都合で取り皿は人数分必要になる。他の人にこの役割を任せると、こういうことをいちいち言われなければ分かってくれないということ自体、ぼくには許せないことなのだ。
「海鮮丼作るんだけど、卵いる? ちなみに一個しかない」
「あー、いる」
父に聞かれて、卵が特別ほしかったわけではないけれど、無駄な譲り合いが起きると面倒だと思ってぼくはそう答えた。
自分の役目をすべて果たしてから父の手元を見ると、まだ丼への盛りつけを行っている最中だった。ちなみに母は生魚がダメなので海鮮丼は食べない。その分、塩焼きなり唐揚げなりはすでに完成して食卓に並べられている。
手持ち無沙汰に盛りつけの完了を待っていると、はいこれ持って行ってとキッチンカウンターに二つの丼が置かれた。一つには卵が乗っていて、もう一つにはない。ぼくはそれら二つを持って食卓に向かい、当然卵ありの方を自分の席へ、そしてもう片方を父の席へ置いた。
そしてぼくはトイレに離席した。一度食事の席に着いてから再度立ち上がるのは面倒だから、今のうちに済ませておこうと思ったのだ。
トイレから戻ると、ちょうど家族全員が着席しようというタイミングだった。テーブルの上には特に多く釣れたタイの料理が二食分ほど有りそうな勢いで並んでいる。父は一番働いた分人一倍腹が腹が減っていたのか、早々にいただきますと手を合わせて丼をかっこんでいた。
ぼくも自分の席につく。いただきますと手を合わせる。いよいよ「釣り」の一番楽しい部分が始まる。
……そう思った時だった。
「ねぇ、なんでオレの丼がパパの前に置いてあるの」
「あ?」
弟にわけのわからないことを言われて、反射的に凄んでしまった。
よく見ると、たしかに弟の目の前には丼がない。おや? もしや盛りつけ終えた三つ目を台所に忘れてしまったのか? と父の方に目をやると、丼をかっこんでいる最中の父の手元には、もう一つ新品の海鮮丼が置いてあった。
…………は?
身内のあまりの奇行に、脳が混乱する。……つまり父は三つ目の丼を自らの手で運んだあと、すでに自分の席に丼が置かれているにも関わらずそれを無視・放置して、自分の持ってきた丼を食べ始めたというのか?
いや、まさか意図的にそんな狂った行為には及ばないだろう。きっと父は、自分の席にすでに丼が置かれていることにうっかり気がつかなかったのだ。それで今、こんな薄ら寒い状況が出来上がってしまっている。
…………いやしかし、だとすればなぜ弟は父ではなくぼくに対して、嫌味な言い方で抗議をしたのだろう? 父のとった行動が結果として奇行なら、それを受けて弟がとった行動もまた奇行だ。後者の奇行は、別の呼び方を「お門違い」という。
ぼくにはこのような非合理的なトラブルに対して、異様に沸点が低いことの自覚がある。……ただ問題として、自覚があっても基本的にそれを抑えることはできない。
「いや、俺が先にそこへ置いたんじゃ。あとのことなんか知るかい」
苛立ちをそのままに弟へ言い返したその時、父が丼を置いた。そして新品の方を弟の前に押し出しながら、こちらを見てドスの効いた声で言う。
「お前なんや今の言い方」
「あ?」
「お前が弟の分をここに置いたんやろうが。なんやねんその言い方」
「あ……?」
父の頭がついに狂ったのかと思った。もうすぐ六十代にもなろうという父は最近、昔に比べて少しだけれど明らかに呼びかけへのレスポンスが悪くなっている。十年後にボケていない保証はないと思っていたけれど、まさか今、こんなに早く狂うものなのか? あまりにズレた物言いに本気でそう思った。
が、それと同時に、ぼくの目には衝撃的な光景が飛び込んでくる。
……父の丼には大葉が乗っていた。他二つの丼にはない大葉が。
それを見た瞬間、頭の中でパズルのピースがはまる感覚がした。ぼくと弟は大葉が苦手で、父は好きだ。自分の丼にだけ無言で大葉を乗せることは大いに考えられる。しかし、そうなると一気に話の前提が変わってくる。
ぼくは卵乗せの海鮮丼だけが特別で、残り二つのプレーンに差はないと思っていたから、とりあえず一つ目のそれを父の席に置いた。しかし実際に用意されていた海鮮丼が卵・大葉・素の三種類だったなら? 当然それぞれは、ぼくの物・父の物・弟の物だと決まっている。その場合は当然、素の海鮮丼は必ず、弟の席に置かなければならない。
つまり今何が起こっているのか? その全容を理解した時、ぼくは完全にキレた。
この、それで社会人をやれているとはにわかには信じられないクソ間抜けのボケ親父は、丼が三人それぞれ専用にカスタマイズされていることを、配膳させたぼくに全く伝えなかったのだ。すると当然、確率で今のような状況にだって陥る。父が報連相を怠らなければ、たった一言だけそれを言ってくれれば、こんな余計かつややこしい軋轢は起こらなかったのに。
父は昔からずっとこういう人だった。洗車をする時、濡れ拭きと乾拭きがあるのにも関わらず、どっちの作業をしているのだか見えやしない脚立の上から「雑巾取って」とぬかす。いちいちこちらから「濡れたやつ?」とか聞かなきゃいけないことに毎度イライラしていた。冷蔵庫の中にあったと思しきマヨネーズを母がないないと言って探していた時、父は「棚にあるよ」と言った。母は当然冷蔵庫内の棚と呼べそうな場所を探す。しかし見つからない。すると痺れをきらした父が振り返り、母の方を見て言った。「違う違う、冷蔵庫じゃなくて、物置きの方!」。……じゃあ最初からそう言えやボケ!!
養っておいてもらってなんだけど、父は本当にそんな調子で仕事が出来ているのだろうか? 物事を正確に伝える能力は社会において、ぼくが思っているよりもずっとどうでもいい物なのだろうか? つくづく謎だけれど、とにかくそういうことの積み重ねが、今日のプッツンに繋がった。といってもまさか、ちゃぶ台をひっくり返すわけではないけれど。
ぼくはコップの中の茶を一息に飲み干してから、言った。
「……あー、三人それぞれに違う丼があったのね。卵、大葉、なんもなしって。けど知らんやんそんなん、なんも言われてへんねんから。そういうことなら確かに分かるわ、なんで俺の分が変なところに置いてあるのってなるのも。……けどなんで最初に丼は三種類あるよってことを伝えへんかなぁ? 腹立つわぁ〜……」
思っていることは、口に出すとすっきりする。
そういえばジェスクヤに教わるまでもなく、ぼくはそのことをずっと昔から知っていたのだった。ぼくは昔からよく、口が悪すぎると言われて育ってきた。しかしぼくだって大人になったから、ボケとかクソがとか殺すぞを雑に語尾につけることは我慢できるようになった。ただ「腹立つ」と正直な感想を漏らすだけで、それなりにすっきり出来るようになったのだ。
けれど気持ちがすっきりしたとしても、それはフラットな状態にリセットされたという意味ではない。刺身と米をガッと箸で持ち上げて口まで運んでみても、いくら咀嚼したところで、なんだか思っているほどにはおいしく感じられなかった。……食事の前や最中にイライラしたくない理由の一番はこれだ。何にせよ苛立つと味が落ちる。そのことを改めて実感すると、一度すっきりしたはずの気持ちに早くも「よくもやってくれたな」という怨嗟の色が少しずつ戻ってきてしまう。
ぼくはお茶のおかわりをコップに注いだ。怨嗟ごと飲み込もうと思っていた。
「お前、何様じゃ」
気づいた時には父のまとう雰囲気が、日常のそれとは違っていた。
「なんや、腹立つって。お前がここに丼を置いたんやろが。そりゃ俺も伝えてなかったな。けど、分かってなかったのは弟も一緒やろうに、なんやねん初っ端からあの口の利き方。んで謝りもせずに「腹立つ」だ? ……お前何様じゃボケ!!!!」
窓の外まで響くような声。六秒待つことを選ばなかった、団欒から外れて引き返さないことを選んだ怒れる男の声。ぼくは久しぶりにそれを聞いた。高校卒業以来だろうか。
骨が振動する感覚に、元カノは人の怒鳴り声が苦手だったなぁ……と思い出す。それから、直近で最後に親子喧嘩をした時、ぼくから「自分だけは子どもに刺されないとでも思ってるのか?」と言われて、「なんなんだよぉ……!」と泣きじゃくり母に抱きついていた父の姿も。
コップの中のお茶を父の顔面にぶっかけようかと思った。それで少しは冷静になってくれるんじゃないかと。けど少し考えて、きっと逆効果だと気づいてやめた。
そしてその次には、もっと早く殺しておかなければならなかったのかもしれない、と思った。父は、ちょっと長く生きすぎたのかもしれない。こういう人間は、こんな出来栄えになる前にもっと早く殺しておかなきゃいけなかったのかもしれない。
もちろんこれまでのぼくにそんな大層なことが出来やしなかったことは分かっている。けれど、わりと本当にそう思ったのだ。……だって彼が今やっていることは、煙草を番号で言わずに店員を怒鳴りつける老害のそれと同じじゃないか。
ぼくはコップの中身をすぐに飲み干しきった。
「何様ってなんじゃ」
「あ?」
「儂はなんも言われんと運んで言われたから運んだんじゃ。卵は自分、残りは誰のってことないから、ランダムでなんも考えずにオトンの方に置いた。そしたら「なんでそんなことすんだ」って言われて、やることやっただけなのにハァ?ってなるやろそりゃ。で、ハァ?ってなったらああいう答え方にもなるし、腹が立ちもするわ。なんや謝れへんって、俺がどこで悪いことしたん? それがなにをずっとわけのわからんこと言うて。俺には理不尽なことに腹立てる権利もないんか?」
「腹立てるななんて言うてへんやろ。言い方が悪い言うとんじゃ。さっきのあれはないやろどう考えても」
「どこがじゃ。こっち視点ではのっけから理不尽なこと言われとんねん。誰のせいで言うたら丼のこと黙っとったオトンのせいやろ。なんでそれで俺がキレたらあかんって話になんねん。無茶苦茶言うなよ」
「はぁ……? なんで全部がオトンのせいになんねんな? おい。丼をここに置いたのはお前やろって。なんで置いたかなんてのはその次の話やろ」
「なんじゃ次って。そりゃ置くやろ、こっち視点から考えたら普通に、当たり前に。当たり前のことして、それで文句つけられたから口調も悪ぅなっとるんやろ。どうせいっちゅうねん俺に」
「もっとマシな言い方すればええやろうが」
「我慢してか? やって当然のことやって、なぜか怒られて、それで俺だけ我慢したら解決か? アホちゃう? 最初っから報連相ちゃんとして丼渡しとったらよかったんとちゃうん? 雑な仕事した人がどの立場から人の言葉遣いに文句つけとんのよ。わけわからんこと言わんといてくれ」
「…………お前、親のこと本っっ当に舐めとんねんな」
「あ?」
「何が雑な仕事じゃ。お前がどんだけ立派な仕事しとんねんな。なぁ? ここに丼置いたことなんか誰も責めてへんわ。そのあとの言い方の話しとんねん」
「だ、か、ら。俺はそこに「置いた」んとちゃうねん、「置かされ」とんねん。それでなんで俺が文句つけられとんじゃって話をしとるんやろ? ちゃんと話聞いてる? 置いたことにしても言葉遣いにしても一緒や。なんで、俺が、今の状況で、文句つけられとんねん、おかしいやろって話を、ず〜っとしとんねん。置いたこと責めてへんってなに? 当たり前じゃんなもん」
「なにが当たり前じゃボケ。お前が弟の席に置いといたらなんも揉めへんかったんやろ。そりゃ知らずに置いたのは分かるわ。でも実際置いたんやから、あぁごめんで済む話やん。なんでそれが出来へんのよ? そんで「腹立つわ」っていうのもなんなん……? 偉っそうになぁ? お前はそんなこと言えるくらい働いとんのか?」
「あ?」
「丼運んだだけやろうが。食べる準備はみんなでしとんねん。それでなんでお前一人がそんな偉そうな態度とれるんじゃ。おかしいやろって。言い方のこと言うとんねんこっちは」
「…………あぁ?」
これが本当に同じ知性をもった人間なのか? と、ぼくは疑ってしまう。
まるで話が通用しない。日本語が通じないというよりは、それ以前に、会話に論理が適用されていない。壊れたラジオを少しだけ複雑にした物が発する音と、会話のフリをしているみたいだ。
その上、そもそも事実すら誤認するとあっては、いよいよ耄碌の域に入っている。
「丼運んだだけ? コップと茶出してついでに注いだのは儂じゃ、小皿と箸を出したのも儂じゃ。料理も半分くらい運んどるわ」
「そら今日たまたまの話やろ」
「あぁ?」
「普段は弟と母ちゃんの方がよっぽど働いとる。あれくらい働いてて物言うならまだええわ。お前はちゃうやろ」
「……なに言うてんの? 働くってなんやねん。そりゃ俺は料理手伝ってへんし、それ手伝ってる弟とかメインでやってる母ちゃんの方がすごいよ。……で? だから? 料理手伝ってないと発言権ないんかこの家は?」
「茶碗運ぶのとかも全部そうじゃ!! お前より弟の方がよっぽどようやっとるわ!!」
「…………マジで言ってんの?」
耳を疑う。
コイツは、ここ数年の生活で何を見てきたんだ?
……が、ぼくはある程度賢いので、父の言い分も大体分かった。たしかに父の言う通り、ぼくは「必ずしも」食事の準備に熱心なわけではない。昼寝で意識を手放して、気がついた時には食卓に必要な物がすべて並んでいるということがしばしば起こる。インターネットに手の離せない用事がある時もあるし、料理が完成する前にコップと小皿と箸あたりを出して安心していたら、いつの間にかその他のすべてが並べ終えられていて、ぼくが出してきて注ぐべきお茶を別の誰かがすでに注いでいることだってある。たしかにぼくの仕事は完璧には程遠い、それは一理ある。
しかしぼくはそこそこの頻度で、食事の準備が滞っているにも関わらず雑談を優先しようとした弟が「喋るよりまず動いて!」と母に叱責されている様を見ている。米をよそう係である弟にそれだけは任せて、そこ以外のすべての配膳をぼくが終わらせた日もある。完璧じゃないのは弟も同じだ。そして料理に忙しい母はそもそも配膳にあまり絡まない。最後の一皿を持ってきてそのまま着席することがあるくらいのもので。
にも関わらず、なぜ父はぼくだけが働いていないと言うのか? それも断言するのか? ……答えはおそらく、配膳中にかなりの頻度で、父が眠っているからだ。
仕事から疲れて帰ってきた父は、録画していたドラマを見るという名目で早々に寝落ちすることが多々ある。むしろそうでない日の方が少ないと言ってもいい。父が寝ている間に夕食の準備は整って、「ご飯ができたよ」と誰かしらが起こすのだ。それ自体は全然いい。むしろそれが正しい家庭の風景だとすら思う。
しかし事実として、つまるところ父は時々しか配膳の様子を見ていない。もしその時々の間にぼくの下振れがあったなら、父の中での印象は至極当然に、本人が語った通りのものになるだろう。
……それにぼくは思うのだけど。残念ながらうちの父には、「家のことをすべてやってくれる妻」や「最近社会人デビューした弟」と、「最後のバイトを辞めたきり三年近く何もせずにいるニート」の配膳における働きぶりを、公正に評価できるほど高度な知性は搭載されていないように思う。
仮に父の目の前でぼくと弟が同じくらい配膳で活躍したとしても、きっとそれで「二人とも同じくらいよく働いている」という結論には至らない。今しがたの口論の論理性の欠如もしかり、それ以外の点でだって、ぼくがこれまで見てきた父の人物像は、大体そんな感じだった。なにせ彼は軽度の発達障害の弟がテストで10点を40点に成長させた時、それを見て「もっと頑張れ」と言ったのだから。彼は間違いなく「公正な評価ができる人物」ではない。父の中で「取るべき点数」があるように、「働くべき量」がある。それは完全に人物単位でカウントされる物であって、場面単位でのカウントは無い。ぼくには人物単位の「働くべき量の負債」がある。
つまり結論としては、「今日この瞬間の父に尊敬できる部分は一つもない」ということ。彼は自分が眠りこくっている間にも世界が回っていることや、自分が色眼鏡をかけていることに気づいてすらいない。「自分には気づいていないことがあるかもしれない」という意識すらないから、尊大な態度で無茶苦茶なことを言う。しかもそもそも発言に論理性がまったくない。言いたいことを言うだけの、ちょっと賢いオウムみたいなものになってしまっている。
父をこんな人間にしてしまった責任がぼくにもあるというのか……? と、ぼくは殺意に似た感情で思ってしまう。自分の親の現状がこれだと思うと、中々の絶望感があった。
この手の人間とは、真剣に会話するに値しない。
その上、ぼくはこれでも大人になったから、「ささやかな頑張りを認めてよ!」と激昂するほどの可愛げは持ち合わせていなかった。
「……あー、そう。オトンはそう思っとんのね、弟の方が大体のことやってるって。そうですか。……で、だから怠け者にはもっとふさわしい口の利き方があるやろってこと?」
「だから、そういう言い方をなぁ……!」
「そんなこと言い出したらなぁ! じゃあどうすんだよ、母ちゃんは主婦やって、天理の活動も頑張っとるし、弟はちゃんと働いてるし。それで? なんもしてへん俺が仮に毎日欠かさず皿全部並べられたとしたらなんなん? お前よう働いとるな〜!って思うか?」
「そりゃ本当にそうなったらな?」
「なんでやねん。母ちゃんと弟の方がよっぽど働いとるやろ」
「そう思うんやったらなんでお前は頑張らへんねん!」
「嫌だからじゃ! 頑張りたくないからじゃ! 頑張ってもええことないからじゃ! そんでそうやって家にいる俺がちょくちょく若干家の手伝いをするのとかを見て? オトンは毎日どう思っとんねん?」
「どうって何を」
「ずーっと家にいた俺がちょろっとだけ手伝いしてるのを見て、どう思っとるんですかって、聞いとるんやけど。そのまんまの意味」
「…………じゃあ何、お前はもう働く気はないの?」
「……はっ」
鼻から出た笑いが、思ったより大きく聞こえた。
ジェスクヤは「思ってることを言葉にするのが大事」とぼくに教えてくれた。そして今、それは本当にそうなんだなぁということが身に染みて分かった。ただし彼女はその理由を「気持ちいいから」と言っていたけれど、ぼくが思うのは違う。
心を言葉にすることとは、心を認めることなのだ。言葉にすることを避けるのは、自分自身の心から逃げることを意味する。
父はぼくの質問に少しもまともに答えなかった。二度もゆっくりと聞いたのに。彼は自分の本心から逃げた。ひいては、「言えないような本心があること」をぼくに教えた。どうせ心にある物は同じなのに、卑怯さだけをこちらに寄越した。
いや、分かる。父は卑怯さからそれを選んだわけではないのだろう。父のような陽キャの真人間にとって、それを口にすることは本当に決別を意味するのだ。「引きこもって当然って顔のお前を見ると毎日はらわたが煮えくり返ってるよ」と、そう口にしてしまったが最後、この家族の仲は二度と元に戻れないと思っているのだ。
戻れないのではなく、自分にはそれを戻す能力がないのだと。そう自覚することが出来ないから、彼のコミュニケーション能力はそこで頭打ちになる。自分の本心から逃げた人間に成長はない。ぼくは父の人としての限界を見た。
口論の最中、やけに茶を飲んでしまった。半分ない程度に残っていた2Lのペットボトルの中身が空になりつつある。手元を見ると食事はほとんど手つかずで、ぼくはとりあえず海鮮丼をいくらかかっこみ、味噌汁で流し込む。……水分を取りすぎたからか腹が痛くなってきた。
が、それでもまた茶を飲んで口の中をすっきりさせてから、答えない理由がないから、聞かれたことに答えてみる。
「働く気があるかないか? ないよ」
……父は、意外にもそこでは激昂しなかった。
「じゃあどうすんねんお前、この先。父ちゃんたちはいつまでもおらんねんぞ」
「そりゃそうやろ。どうなるかは俺も分からん」
「分からんって、生きていけなくなるに決まっとるやろ」
「そうやろな。で? そうなった時にどうなるのかは俺にも分からん」
「なんやねん分からんって。どうするつもりなんよ、ほんまに……」
「……逆に聞きたいんだけど。仮に俺が働いて自立して、一人で生きていけそうな雰囲気出てきたら、オトンはそれで満足なん?」
「はぁ……?」
「オトンはなんで俺に自立してほしいの?」
「そんなもん、生きていってほしいからに決まっとるやろ」
「なんで俺に生きてほしいん?」
「あぁ? お前な、子どもに生きてほしくない親がいるか? どこにおんねんそんなやつ」
その昔、子どもの虐待被害の話を聞いた父が、「けど何も理由がなければ親かて殴らんやろ」と言っていたことを思い出す。
ぼくは、六十近くにもなってまともに会話も成立させられない大人の出来損ないに向かって、もう一度ゆっくりと聞く。
「知らんけども。あのね、俺は、なんで俺に生きてほしいのかって聞いたんだ。親は子どもに生きてほしいものなら、なんでそうなのかを教えてくれる?」
「そんなもん、幸せになってほしいからに決まっとる」
「生きてたら自動的に幸せになれんのか?」
「…………じゃあなんやお前、死にたいんか?」
「言うてへんやろそんなこと。幸せになりたいよ俺だって。で、幸せになるには前提として生きてることが必要っていうのは分かる。でも生きてたら自動的に幸せになるわけとちゃうやろ? オトンはそこのところどう考えてんの」
「どうって、まず生きなきゃ話にならないから、お前の将来を心配しとんねん親は」
「じゃあ生きてた方が不幸になるって分かったらどうする? 俺が死んだ方が本人にとってもまだマシな人間やって分かったら、自殺にでも協力してくれんのかい?」
「…………なんやねんお前。なにがそんなにつらい?」
「働けないことがつらい。働いても幸せになられへんことがつらい。バイトしてもいいことなんか何一つなかった」
「なんでやねん。給料もらえたやろ。そりゃつらかったのかもしらんけど、いいことがなくはないやろ」
「ねーよ。給料なんかもらってもなんも嬉しくないわ。たしかにそれでゲーム買ったけど、楽しんだけど、だからなんやねん。バイトしてそんな楽しさ得るくらいなら初めからない方がマシじゃったわ。仮に金額が多少増えたって同じじゃ。働いとる限りな、心から楽しいって思えることなんて何一つないねん」
「……じゃあお前にとっての幸せってなんなん?」
コップが空になった。味噌汁を飲み干す。
「今じゃ。今のこの生活が俺の幸せ。何も頑張らずに遊んで、美味いもん食って、寝て。それが俺の幸せ。それにしか俺の幸せはないの。他はありえない」
「…………あぁそう、幸せなんだ?」
「おう」
「でも続かへんよ? 父ちゃんたち先に死ぬんやから」
「だからって今働いたら、今ある幸せまでなくなるでしょうに。せめてギリギリまで楽しむしかないでしょ」
……父がため息を吐く。またそのうち泣き出すんじゃないだろうか? 今日の母はテーブルを挟んだ向かいにしかいないけれど大丈夫だろうか?
ぼくは意地で米を一口食らう。食べ物を残してはいけない。そんな一般的な教えは我が家にも浸透していて、ぼくもそれに賛同している。
それに、釣りの一番楽しい部分は今なのだ。……今になるはずだったのだ。
「……仕事の何がそんなにつらい?」
「ん?」
「そこまで言うからには、働いてみて何か嫌なことがあったんやろ? 何があったん?」
「何もないよ。シンプルに仕事できへんかっただけ」
「それで嫌になったん?」
「そう」
「なら、他の仕事を試してみたらええやろ……?」
「どの仕事でもダメだわこりゃって思えるレベルで出来へんかったし、ストレスがすごかったから、試すまでもないわ。そのストレスを受けるのがもったいない」
「なんでやねん。お前が試したバイトなんかほんの数個やろ。なんでそれでどの仕事でもダメやって言えるん? ……話してくれや。何があったねん」
「…………」
話せというなら、やぶさかではないけれど。しかし父は「なぜぼくが話さないのか」を、一度でも真剣に考えたことはあるのだろうか? ……一度どころではなくあったのかもしれない。それで、致命的に知性が足りていないから、分からなかったのかもしれない。
息子は何かを隠している。父がそう感じたなら、彼は次にこう思うべきだった。「自分は話すに値する存在だと思われていないのかもしれない」。そしてさらに、こうも考えるべきだった。「しかしその要因は、家族仲にはないはずだ」。なにせぼくたち家族は、そこらの家庭よりよほど仲が良いのだから。毎週家族四人でゲームをして、祖父母と出かけて、旅行だの釣りだのにも出かけておきながら、それが分からないということはないだろう。
そうすると消去法で、真実に近いところまではたどり着けるはず。……ぼくがなぜ父に、断固としてニートを続けたがる理由のクリティカルな部分を話さないのか? それは父に、その話を聞くに値する知性があるようには見えないからだ。……父はそれを察して、聞き手としての態度をせめて「改めようとする姿勢」くらいは見せるべきだった。試行錯誤するべきだった。上手くいかないうちは、とにかくそれが足りないのだと思うべきだった。
知性のない人間とは、真剣に話す価値がない。でも、一緒に笑いあって暮らす価値はある。少なくともそれが、努力なしで手に入るうちは。
いろいろな職種を試してみればいいとは、ぼくが高校を卒業して以来両親がずっと呪文のように、ぼくに繰り返してきたアドバイスの一つだった。
「……正解かどうかがその場で分からないのがストレスなんだよ」
「……なに?」
「働いてたらさ、ミスすることもあるでしょ。前にした仕分けのバイトなんか特に分かりやすいけどさ。……で、ミスして怒られることに耐えられないとかではないのよ。でも働いてる最中ってさ、そもそもミスしてるかどうか自体が分からないじゃない。あとで発覚して怒られて初めてミスしたんだなって分かるし、そういうのがなかったら、なんかぬるぅーっと、怒られてないってことはたぶんミスはしてなかったんだろうな……みたいな、すっきりしない感じで、自分がちゃんと出来てたっぽいことが分かるじゃん。そういうのがもうすっごく、すっっっごくめちゃくちゃ嫌なの」
「……えぇどういうこと?」
一発で理解してもらえるとは元々思ってなかった。それ自体はたぶん、語っている内容がナイーブすぎて、きっとどんな賢い人にとっても難しい。
だから、ぼくが父の知性を見下しているのは、そういうところからではない。
「だから、マリオパーティで仕分けのミニゲームがあったらさ。てかあるじゃん、ゲッソーとプクプクを分けるやつ。あれって正しい分け方したらピコンッみたいな音がして、その場でポイントになるでしょ。で、間違えたらブッブ-って感じでその逆になる。あれすっごい分かりやすくていいじゃん。でも現実の仕事にそういうのってあり得なくない?」
「…………あー。あー、はいはいはい」
「え、じゃあさ、内職するのはどう? 袋に小物詰めるやつとかさ。ちゃんと出来てるか母ちゃんが最終確認したるよ」
「内職……?」
ずっと黙っていた母が、見計らったにしては情けないにもほどがある形で話に入ってきた。配膳の働きが云々のタイミングでは入ってこなかった時点で、この人の思考回路も父と大差ないことが濃厚になっているけれど、その上さらに今の話を聞いて「内職」とは、聞き手としてあんまりだ。
意外なことに、これには父が即座に反応した。
「いやママ、その最終確認をするまでの間に「出来てるのかどうか」が分からないっていうのが嫌だって話をしてるんでしょ、コイツは。違う?」
父がぼくの方を見る。ぼくは「意外なほど理解力が高い」と驚きながらも「合ってる」と頷く。
父はそれからしばらく腕組みをして、うーん……と唸っていた。そしてひとしきり考え込んだあとに、悟ったような調子で言う。
「……それは確かに、それを避けられる仕事はないかもしれないな」
「でしょ?」
「あぁ。…………でも、そうかぁ」
「ちなみに、今のストレスの話はあくまでも仕事の嫌な部分のうちの一つだからね。お察しの通りぼくは人付き合いが嫌いだし。言っとくけど「苦手」じゃなくて「嫌い」だから、出来るようになれば安心とかそういう話じゃなくて、どう転んでもストレスになるし。色々な職種を試せっていうけど、まだ見ぬ仕事にはまだ見ぬストレスがある可能性も当然あるよね。なのに最初の一つの解決方法も分からないで、これでどうやって頑張ろうって気になるんだって話でしょ」
「うーん……」
父はそれきり黙りこくってしまう。母も同様に。弟には、そもそもこの状況で発言権があるはずもない。彼は彼で気の毒だ。今頃自分の何気ない発言を後悔しているかもしれない。
長い沈黙の中で、ぼくはまた一口飯を口に運んだ。味噌汁の器ももう空になった一方で、丼は半分以上残っているのに、胃がキリキリと痛む。
「でも実際問題、働かなきゃ生きていけないからな……」
また壊れたラジオのように、父が同じことを言い始めた。
しかし彼は後にこうも続ける。
「けど一つ気になるんだけど。仮にお前が自分は死んだ方がマシだと思うとして、その時に弟のことは考えたりせんの?」
「弟のことって?」
「言っても障害があるからさ。この先いろいろ困難なことがあるだろうし、俺は、それをお前が支えてやれればいいと思ってた。……そういうことは考えてへんの?」
「考えはしてるよ。でも、生きる意味にはならないかな。今すぐ死ぬって意味じゃないけど」
「…………そうか」
「私は」
また母が話を切り出す。
「おじいちゃんおばあちゃんに介護が必要になる日が近いうちに来るかもしれないから、その時になったらあんたに手伝ってもらうのがいいかなって。それなら社会に出て働かなくても、ひとまず立派な意味があるから、いいかなって思ってたんだけど。それはどうなの」
「それなぁ」
両親は、この手の話にぼくがノータイムで回答できることを、どう思っているのだろう。どうとも思わないのだろうか。
「俺もずっと考えてたんだけどさ。やっぱり無理だなって。早々にばっくれると思うわ、介護。バイトみたいに。で、そうしたら家にも帰りづらくなるから、家出するんちゃう」
「それはなんで……? おじいちゃんたちに恩を返したいとかは、思わない?」
「思わない。「返したい」とは、思わないね。ただ、返すべきなんだろうな、返した方がいいんだろうな……とは思う。働いた方がいいんだろうなっていうのと同じで。……けど、したいとは思わないな、全く」
「……そっか」
「しゃあないよ。コイツは自分のことで必死なんや」
父が、分かった風にそう補足する。
ぼくはべつに今日の会話で、父が何かを十分に理解したとは思っていない。むしろ、悪意からではないのだろうけど、その配慮に欠けた言い回しが、この人の限界をよく表していると思う。
「そう、必死よ。俺が毎日何も考えずに、アホみたいに遊び呆けてるとでも思ってた?」
そのように見えたからつい腹も立って、言葉遣いの一つも許せなくなったのか? だとしたら舐められたものだ。父の落ち度は、ぼくの内心を見抜けなかったことではない。そんな無理難題をぼくも求めたりしない。ただ、父は、浅慮であるがゆえに、ぼくという人間を完全に舐めてかかっている。だからこうなる。
その後も父は、「そうやなぁ、お前もつらかったんか……」などと独り言をぬかしていたけれど、彼の想像力でぼくの感じている物を察することなど出来るはずもない。想像力の足りない同情とは、砂漠に舞い落ちる金銭だ。どれだけ費やしても遭難者は渇いて死ぬ。ぼくにそれをありがたがれというのは、無理な話だった。
「……もういい? ごめんだけどお腹いっぱいになっちゃったから風呂行くわ」
言って、ぼくは席を立つ。空いた食器類は水につけておく。普段は風呂に入ると考え事をしてしまって、出るまでに一時間以上かかるから、なるべく順番を後の方にして入ることにしているのだけど。今日のぼくには、人を待たせる権利があると思った。
湯船の中で、ぼくは何度も何度も念入りに考える。あの海鮮丼の口論の件に、ぼくに論理的な落ち度はあっただろうか? 口論の以前にしろ以後にしろ、ぼくにも明確に「こうするべきだった」と言える部分があっただろうか? もしもそれがあったなら、一方的にキレすぎたと反省して、父のあの無茶苦茶な発言に対する心底からの軽蔑も、一旦その矛を下ろすことができると思った。
……しかし考えても考えても、ぼくには自分に落ち度があるとは思えなかった。客観的に見ても、父はぼくにレスバで負けたのではないかと思う。そして醜くもそれを最後まで認めなかったのではないかと。
ぼくの人生設計についての話も同じだった。父はぼくにレスバで負けた。それも取り返しのつかない負け方をした。彼はぼくの高校卒業以来、八年近くにわたって「いろいろな仕事を試せ」と言い続けてきたけれど、その論が「爪詰優真という人間に対する助言」としてまったくの見当違いであったことを、ついに今日認めてしまったのだ。
ぼくが父の知性について最も軽蔑している点はそこだ。彼はその話題において、ぼくの言葉を理解する力が低かったわけではない。ぼくの内心を読み取るというエスパーな所業は、そもそも期待していない。では何がいけなかったのかといえば、彼は、「自分の価値観は当然、息子にも通用する」と信じて疑わなかった。それが軽蔑に値するのだ。
父が八年かけてぼくに突きつけてきたのは、「お前は普通の人間とは悪い意味で違う」ということ。もし彼が途中で「息子には何か、働くという行為全てに共通する苦手があるのかもしれない」と立ち止まって考えられていれば、話は違っていたかもしれない。けれど彼にはそれが出来なかった。彼は、「どんな仕事も合わない人間なんてこの世にいるはずがない」という自分の感覚を最後まで信じた。そして今日、それがおよそ間違いであったことを認めて、「息子はまともな人間ではない」ということを、自身の真人間臭い価値観を経由して、自らの口で、本人の目の前で、証明してしまった。
ぼくは自分の息子にそんな残酷なことを突きつける父親を軽蔑する。彼はクソだ。何せ自分の間違いを認めながら、それをぼくに謝りもしなかった。八年続けた間違いにだ。「お前もつらかったんだな」だぁ? そのつらさの何割かの根源は誰にあると思っている。あの親父の辞書には恥の一文字が載っていないのか……?
この後に及んでも、謝罪しないことと同様に、父はぼくを精神系の病院に連れて行こうとはしない。まだ自力でなんとか出来ると思っているのだろうか? そんな人間の脛に実にかじり甲斐があることが、幸いなことながら本当にまったく不思議でならない。
…………あぁでも実際、ぼくは食事の準備を全然手伝っていないのかもしれないな。それなりにやっているというのはぼくの思い込みだったのかもしれない。何せ眠りこけている父はともかく、母はもう少し正確にぼくのことを見ていたはずだ。けれど彼女も特にぼくを庇うことはしなかった。単純に、喧嘩の火に油を注ぎたくなかったのかもしれない。でもそれ以外の理由がある可能性もある。
しかし、では仮にぼくが怠け者だったとして。すると両親は二人とも、怠け者には理不尽に対して怒る権利がなくてしかるべきだと考えているのだろうか。
昔は両親を恨んでいた。ぼくがこの世に生まれたことから数えて、ぼくのパーソナリティにまつわる全ての不幸の要因・責任は両親にあると、一時期は思っていた。けれどある日、ぼくの不出来の責任が親にあるなら、親の不出来の責任は親の親に、親の親の不出来の責任は親の親の親に……という無限ループが家系図をどこまでも遡ることに気づいた。責任の追求とその取り立てにおいて、それは尽くナンセンスなことであると悟ったぼくは、両親を恨むことをやめた。
その上で、今日の出来事を念入りに振り返って思う。
父が今日ぼくにしたことは、死んで詫びても足りない無礼だ。……なにせ父が死んだところで、ぼくは幸せになれない。そういう意味でもはや、彼に責任能力はない。母も似たようなものだ。
絡まった糸をほどく時、これは本当にほどけているのか? より絡まらせてしまっているのではないか? と不安になることがある。けれどぼくはあの時船上で、そんな不安には襲われなかった。仕分けのバイトには常に不安がつきまとったのになぜだろう? 「正解・不正解の分からなさ」から来る不安には、何かまだ見えていない条件があるのではないか……?
自分の両親が、その「なぜ」を追求する際のパートナーとして全く値しないことが、単純に悲しかった。どうして六十年近く生きている彼らが、ロクな社会経験もないこの青二才よりも知性で劣るのだろう。二人はよく「優真は馬鹿じゃないからやれば出来る」とのたまうけれど、馬鹿かどうかが問題ではないのだということを、自分たちが証明してしまっていることになぜ気づきもしないのか? 本当にため息が出る。
子どもにレスバで負けないでほしい。……あるいはせめて人生で一度くらい、ぼくにそれで勝ってくれたらよかったのに。「人の気持ちも考えろって「俺の身にもなれ」ってこと?」と、小学生のぼくが聞いた時、父は「お前が何を言っているのかが分からない」と答えた。
親は我が子に知性を舐められたら終わりだ。その子はロクな人間に育たない。
風呂から出るまでに二時間近くかかった。いつもはジェスクヤにおやすみを言ってからシコって寝るのだけど、今日はどちらもする気になれなかった。
ぼくが風呂から出た頃には食卓の上が綺麗に片付いていて、半分残った海鮮丼がどこへ消えたのか、少し気になりつつも無視して寝床についた。
布団の中でもう一度考えてみても、やはり父は、ぼくの人生に意見する権利の全てを今日で失ったように思う。金でそれを買えると思うなら、話は別だけれど。