クリスマスも終わり、学生たちが冬休みを満喫しているころ、陽月は三無道場に来ていた。飛霄と鏡流にあることを報告するために。
「そうか。お前も出るのか。王竜祭に」
王竜祭。大層な名前がついているが、内容は世界最強を決めるというシンプルなもので、これが開催されると世界中から多くの猛者がクロスディアに集う。クロスディアでは毎年多くの大会やイベントが開催されているが、王竜祭はその規模の大きさからか、不定期開催となっている。ただ世界中から人々が集まるほどの催しは目玉と呼ばれるには十分と言えるだろう。ちなみに優勝者には1000万Cro、準優勝者には500万Croが与えられることから、それ目当てで出場する者もいるとか。
「はい。今の僕が世界にどこまで通用するか試すいい機会だと思いまして」
「王竜祭かぁ……あぁ!あたしも出たいわ~!」
「おまえは我と同じで殿堂入りしているだろう」
王竜祭では各選手に優勝ポイントが初出場の際に配布されるカードによって記録される。ポイントは優勝すると2ポイント、準優勝すると1ポイント付与される仕様となっており、上限である10ポイントに達すると殿堂入り。殿堂入りした選手は運営によって開催地であるスタジアムに写真が飾られるとともに2000万の記念賞金が与えられ、選手としては引退となるのである。
「王竜祭には毎年個性的な選手が集う。その者たちと戦うことで得られるものもあるだろう。我も出場していたころは貴重な経験をさせてもらった」
鏡流も鏡流で個性的だと思うが、そこは言わないほうがいいだろう。陽月はそう判断して黙っていることにした。しかも個性的なのは彼女に限ったことじゃない。陽月の周りは個性的な人物であふれている。だからだろう。陽月はその手の話題にはもう慣れてしまっているのだ。
「王竜祭まであと5日。それまではここで鍛錬に励むといい」
「ありがとうございます」
「ならあたしが―――!」
「今のおまえは加減できないからダメだ」
鏡流に止められ、隅でいじけだす飛霄。殿堂入りしている彼女は大会には出られない。それならせめて稽古で闘争心を発散させたい。飛霄はそう考えたのだろうが、そうなると稽古どころではすまなくなる。だから飛霄にはあとで鏡流が相手すると約束して機嫌を直してもらい、陽月は鏡流と稽古することに。相変わらず手も足も出なかった陽月だが、彼女の剣筋は参考になる。飛霄の型に囚われない豪快な戦闘スタイルもいいが、やはり剣を使う者としては剣士の動きが一番勉強になるのだ。
「……ん?」
帰路をたどる途中で城下町の出入り口の前を通ると、男が倒れているのを見つけた。陽月が来た時点でそこにはそれなりの人数が通っていたものの、流石に怪しいと感じたのだろう。誰も近づくようなことはしなかった。
(流石にほうっておけないか)
たしかに怪しくはあるが、このまま帰ったら後味が悪い。そう思った陽月は倒れている男のもとに歩み寄った。うつ伏せになっているので顔は見えないが、髪の色は黒。服装は水色のライダージャケット、両手には黒のフィンガーレスグローブ。そして黒のズボン、茶色のショートブーツを履いていた。
「あの、大丈―――?」
陽月の声をさえぎるように男からうなり声のようなものが聞こえた。ただこれはうなり声ではない。腹の虫が鳴いている音だ。
「はら……へった……」
しぼりだすように男がそう言ったので、陽月は彼を背負って近くのファミレスへ。そこからは陽月は絶句した。男はメニューをひととおり注文するなり、それらを目にもとまらぬ速さで平らげていったのだ。いくら空腹だと言っても20あるメニューを1人で平らげるなんて普通はできない。だが、実際にそれは起こった。陽月の目の前で、確実に。しかもずっと見ていたせいで運ばれたときには温かかったコーヒーもひと口も飲まないまま冷めてしまった。
「ふぅ……生き返った。悪いな、ここまで運んでもらって」
「それはいいんだけど……なんであんなところで倒れてたの?」
「王竜祭に出るためにクロスディアに来たまではいいが、途中で食料が底をついてな。それで腹が減って力尽きたってわけだ」
「なるほど。それにしてもよく食べるんだね。ここにあるメニューを1人で食べちゃうなんて」
「俺も相棒も大食いなんでな。これでもまだ腹七分くらいだ」
彼の胃袋はいわゆるブラックホールなのかもしれない。それに彼は気になることを言っていた。先ほど彼は自分も相棒も大食いと言っていたが、陽月の前にいるのは男1人であり、他の者は存在しない。本人からしたらさも当然のようだが、陽月には疑問が残るセリフだったのだ。
「ねぇ、君の言う相棒って誰のことを言ってるの?」
「おまえ、王竜祭には出るのか?」
「え?一応出るつもりだけど……」
「なら今言わなくても知ることになるだろうぜ。それに俺にはわかる。おまえの中にもいるんだろ?2体」
「!?」
たしかにいる。だが、二神竜の魂が宿っていることは見ただけじゃ普通判断はできない。なのになぜわかったのか。陽月の中でまた彼に対する疑問がまた増えた一方、男は図星かと言わんばかりに口元を吊り上げると、レシートを持って立ち上がった。
「大会で会えたら見せてもらいたいな。おまえらの力ってやつを」
男はそう言って席を離れる。だが、途中で思い出したように“そうだ”と言って足を止め、振り返った。
「俺は
「陽月。日向陽月だよ」
「陽月、おまえらと大会で会えるのを楽しみにしてるよ。じゃあな」
そう言って、男あらため遼河は今度こそ席を離れた。もったいぶったような言い方だったが、彼は王竜祭の出場者。加えて陽月も出場者となれば、自分のことを話しすぎるのは手の内をさらすのと同義。そう考えればあのような言い方になるのは当然と言えるだろう。
【あの男の中、たしかにいるな】
(ソーマ、わかるの?)
【ヤツが食欲を満たしたときに感じた。恐らくヤツの言う相棒は僕らと同じ魂だけの存在なのだろう】
【ここからでもビシビシ感じたぜ。あんま言いたかないが、たぶん俺らと同格の存在だ】
二神竜は竜族の頂点に君臨している。ソーマやカムイの言っていることが本当だとしたら……。
【王竜祭、面白くなりそうだ】
「そうだね。でも、僕は負けないよ。相手が誰であっても」
ソーマにそう返すと、陽月は冷え切ったコーヒーを飲み干す。そして、王竜祭当日。出場すべく、開催地であるスタジアムにやってきた陽月。そこにはアズサたちも来ていた。
「みんな、来てくれたんだね」
「そりゃ陽月の晴れ舞台なんだから、来るに決まってるでしょ!」
晴れ舞台というのは大げさな気がするが、応援に来てくれたのはありがたい。
「ここが王竜祭の会場?人多いわね」
「王竜祭はクロスディアの目玉イベントですから。今が年末というのもありそうですけど」
スタジアムの周囲は多くの屋台と人々で賑わっており、あらためてこの大会の人気度が窺える。
「そういえば、フラットルテとハルカラは?」
「フラットルテさんはお肉売ってる屋台を見るなり走ってったよ!」
「ドラゴンは肉に目がない」
食べ物を売っている屋台には惹かれるものがあるので、気持ちはわからないでもない。実際、陽月も子どものころは色々な屋台に目移りしていた。
「フラットルテはあとで私が探しておきます。放っておいたらずっと屋台に入り浸ってると思うので」
「ありがとう。じゃあ、ハルカラは―――」
「陽月さ~ん!」
聞き覚えのある声に視線をむけると、声の主であるハルカラがこちらに手を振っていた。
「ハルカラ、あなた家にいないと思ったらこんなところでなにを……」
「見てのとおり、屋台を出してるに決まってるじゃないですか~。年末は稼ぎどきなので!」
ハルカラが経営するハルカラ工場はかの有名なハッスルドリンクを販売している。そんな工場が販売しているものなんて嫌な予感しかしない陽月だったが、1つ気になるものがあった。
「この福袋はなに?」
商品棚には1つだけ残っている福袋を指さす。クエスチョンマークで彩られているその中心にはデフォルメされたハルカラがプリントされている。
「陽月さん、お目が高いですね!今は年末ということで、ウチの工場でも福袋を販売してるんですよ!」
福袋は今の時期にピッタリなものだが、陽月は知っている。中にはそれに乗じて在庫処分を企てる会社が存在することを。
「よかったら買っていきません?中身は言えませんが、いいものである保証はするので!」
福袋の値段は1万Cro。決して安くはない買い物ではあるが、今はお祭りどき。記念になにか買っていくのも悪くはないだろう。もしハッスルドリンクのようなものでもなんとかなるだろうと考え、陽月は1万Croをハルカラに差し出した。
「わかった。その福袋買うよ」
「ありがとうございます!大会応援に行きますからがんばってくださいね!」
「陽月の兄貴!あたしも全力で応援します!」
「ああ、がんばってくるよ」
大会への期待。これから始まる戦いへの高揚感。それらに胸を膨らませながら、アズサらと別れた陽月は会場内へ。外は寒いがそこは熱気に包まれており、観客席にはすでに満員の観客が詰めかけていた。選手控室へと続く通路は出場者たちの独特なオーラで満ちている影響だろう。剣呑な表情を浮かべる者。自信満々で高笑いをしている者。静かに集中力を高めている者と、多種多様な雰囲気が入り乱れている。
【いいねいいねぇ、どいつも闘争心で満ちてやがる】
「うん、どの選手も勝ちに来てるって感じがするね」
カムイとそんな感想を言い合いながら入った控室には既に他の選手たちが各々の準備を進めていた。武器を磨く者。瞑想する者。軽く体を動かす者と様々な姿があるが、全員が一様に鋭い眼差しをしている。
「よう、とうとうこのときが来たな」
そんな中、気さくに声をかけてくる者が1人。遼河だ。
「そうだね。他の選手も手ごわそうだし」
「世界中から集まってるだけにな。まあなにはともあれ、お互いベストを尽くそうぜ」
「言われなくてもそのつもりだよ」
そう言い合って別れる。遼河は控室の外に出ると壁に背を預けた。
【アレが二神竜か。まさか俺みたいなヤツがまだいたとはな】
(ヤツらは竜族の頂点に立つ存在だ。さすがのおまえでも苦戦は避けられないだろうな)
【随分後ろ向きだな。今になって恐れをなしたか?】
(恐れてる?むしろ逆だな)
口元を吊り上げながら、遼河は右拳を握り締める。
(生まれて初めて神と対峙できるんだぜ?こんなにワクワクすることが他にあるか?)
遼河が王竜祭に参加したのは強い者と戦うため。だから彼が恐れることはない。それどころか相手が強ければ強いほど燃え上がり、闘争心が湧いてくるのだ。
(それに俺にはフェンリル―――フェルがいる。だから恐れる要素なんかないって)
フェンリル。北欧の最高神オーディンを喰らったことから
【愚問だったか。そうでなくては俺の宿主に相応しくない】
(だが、まずは予選だ。他のヤツに勝たないことにはあいつらと戦えないからな)
【俺がいて予選敗退は許さんぞ?】
(わかってるって。阻むヤツは誰であろうがぶっ潰す。いつだって俺たちはそうしてきただろ?)
フェルがそれに“そうだな”と返すと、スピーカー越しに選手を呼ぶアナウンスが流れる。いよいよ王竜祭の開幕だ。
「さて、行くか」
壁から背中を離し、遼河はフィールドのほうへ歩いていくのだった。
―――――
スタジアム内のフィールド。オーケストラ楽団による演奏の元、雰囲気を盛り上げる“序曲”が流れる中、そこにはアナウンスに導かれて陽月を含めた全選手が集まっていた。観客席にも満席になるほどの人が集まっており、開会式の始まりを今か今かと待ち構えている。
【レディースアーンド、ジェントルメン!皆様、心の準備はいいですか?本日よりここ、ミクススタジアムには世界中から多くの戦士たちが集まっております!戦士たちが目指すのは1つ!最強!この大会を制した者がその称号を手にできるのです!実況は私、駒皇学園高等部2年、櫻井明音がお送りいたします!】
彼女はスポンサーである彩禍直々のスカウトでこの大会の実況をまかされた。キッカケは駒王祭で彼女の放送を聞いたこと。基本王竜祭のような大きなイベントのスタッフに未成年を採用することはないのだが、彼女の類稀な実況力をここで使わないのはもったいない。そう感じた彩禍は特例として今回の実況アナウンサーとして採用したというわけだ。
【ではスポンサーである国王陛下に開会宣言を賜りたいと思います。国王陛下、お願いします!】
明音が言い終わった瞬間、空より現れた魔法陣から彩禍が登場。陽色の髪をたなびかせながら演説台に降り立つ彼女の姿はまさに神。一代でクロスディアを築き上げ、立国から現在に至るまで守護女神とともにクロスディアを守り続けていることを知っている選手や観客にはそう見えていることだろう。
「やあみんな、まず観客には遠路はるばる足を運んでくれたことに心からの感謝を。王竜祭は先ほど説明があったとおり、最強を決める大会だ。フィールドは私と高原の魔女アズサが共同で製作した結界で覆われているから観客は安心して観戦を、選手は存分に力を振るってくれて構わない」
結界は王竜祭が開催されるたびに張り直されるので、開催中は常に最高の強度が保たれている。しかも製作者が彩禍とアズサである関係上、その強度は折り紙つき。実際、王竜祭では毎度激しい戦いが繰り広げられているにもかかわらず、観客から死亡者はおろか、ケガ人が1人も出ていないのがそれを裏付けている。
「キミたちから王者が生まれるときを楽しみにしているよ。王竜祭、開幕だ」
彩禍の宣言が終わるや否や、スタジアム全体を揺るがすような凄まじい歓声が巻き起こる。天井から吊るされた巨大な垂れ幕が風圧で揺れ、地面が微かに震えるほどだ。最前列では若者が飛び跳ねながら拳を突き上げ、中央ブロックではベテランファンらしき男性が双眼鏡を掲げて興奮した表情を見せている。後方席では家族連れが手を取り合って喜びを分かち合い、子どもたちが小さな旗を振り回していた。
「相変わらずすごい熱気だね」
「そうですね。売り子のほうも盛り上がっているようですし」
言いながら、ライカが横に視線を移す。そこではハルカラが商魂たくましく、“スペシャル限定版!王竜祭観戦セット”と書かれた袋を売りさばいていた。ちなみに中身はパンフレットと謎の液体が入った小瓶。本人曰く飲むと元気になるんだとか。
「姐さん!あそこに映ってるの陽月の兄貴じゃないですか!?」
「ほんとだ!お兄ちゃんだ!」
ロザリーが指差す先を見ると、巨大モニターに選手紹介の映像が流れ始め、その最後列に立つ陽月の姿が大きく映し出されていた。画面は次々と切り替わり、緊張した面持ちの新米選手から不敵な笑みを浮かべる古参まで様々。その中にあって陽月の落ち着いた佇まいが一際目を引く。
「陽月、やけに落ち着いてるね」
「余裕が見える」
初出場にもかかわらず陽月が緊張した様子を見せていない理由は彼の普段の生活にある。陽月は多くの人と親交があるのは誰もが知っているが、そうして友好関係を増やしている内にコミュニケーション能力が身につき、学校でも大勢の前でスピーチをまかされることも何度かあった。だから、こういう状況には慣れているのだ。
「お兄ちゃ~ん!頑張って~!」
「陽月~!フラットルテも応援してるのだ~!」
「陽月さん!ハッスルドリンクいりますか~!?」
口々に叫ぶ声が一斉に響く。それを受けた陽月が片手を上げて応える姿をカメラが捉え、モニターにアップ。観客からさらなる歓声が上がる。
「あれ?隣にいる人ってたしか……」
モニターには陽月だけじゃなく、遼河も映っていた。アズサは陽月から彼のことは聞いていたのだが、彼女が気になったのは遼河の肩。そこには淡く光る狼の頭部のような輪郭がかすかに漂っていた。一瞬のことだったので気づいた者は少ないかもしれないが、アズサはその瞬間をしっかり捉えていたのである。
「ご主人、どうしたのだ?」
「ううん、ちょっと珍しいものを見かけただけ。それより試合見ないと見逃しちゃうよ!」
「あ!お兄ちゃんの試合が始まるよ!」
スクリーンには試合開始を告げるカウントダウンが表示され、観客のボルテージは更に高まっていく。ちなみに本大会の試合ルールは以下のとおり。
① 試合時間は無制限。
② 武器、能力、魔法、魔術の使用はあり(ただし、一部例外あり)。
③ 以下を行った場合は反則とみなされ、負けとなる。
・ドーピングアイテムを使用する行為。
・人の心を操る行為。
・相手を殺す行為。
・戦闘不能あるいは戦闘続行の意志のない相手を攻撃する行為。
【さあやってまいりました!王竜祭予選第1試合!選手の入場です!】
明音の実況に導かれるように陽月が西門から姿を現す。
【西門から現れたるは期待のニューフェイス!その身に宿す相棒とともにやってきたドラゴンボーイ!日向陽月ぃ!】
この日のために練習していたのだろう。プロ顔負けのリングコールで歓声が沸きあがる。彩禍直々のスカウトだからか、明音も気合い十分のようだ。
【それを迎え撃つは王竜祭の常連!彼によってフィールドを去った者は数知れず!王竜祭の新人潰し!予選の鬼門!ジャック・オーウェン!!】
東門から相手選手―――ジャックが入場するとともに歓声が沸きあがる。見た目は筋骨隆々とした戦士タイプといった感じで、肩には巨大なバトルアックスを担いでいた。新人潰しということは、彼は出場者の中でも実績を持つ者のようだ。
【新人潰しだってよ。大層な肩書きだな】
(こういう大会だったらそういう人がいても不思議じゃないよ)
心の中で言いながら、陽月はレッドサンを召喚。その刀身が陽月から送られた魔力によって太陽のように輝き始める。
「ふん……光属性か、珍しいな」
戦士が嘲笑を浮かべる。大した事ないとでも言うかのように。
【期待値上昇の第1戦!ニューフェイスは鬼門を崩せるのか!?今、ゴングです!】
試合開始の合図である銅鑼が係員によって鳴らされると、ジャックが斧を振り下ろす。轟音とともに地面が砕けたが──。陽月は既にその背後に立っていた。振り向きざまに繰り出された横薙ぎの一閃。光の刃が敵の左腕を正確に撫で切り、鮮血が舞う。
「ぐ……ッ!?」
痛みよりも衝撃に困惑した表情の戦士。その隙に陽月は疾風のように間合いを詰め、喉元へ剣先を突きつける。
「ここまでにしよう。次に戦うときはもっと良い勝負になるといいね」
ジャックが呆然と膝をつく。審判が即座に判定を下し、係員が銅鑼を鳴らす。観客席から驚嘆の声が上がった。
【試合終了!勝者!日向選手!さすが期待のニューフェイス!予選の鬼門を難なく突破!予想を上回る実力に期待が高まります!】
明音の実況と歓声を受けながら、陽月はフィールドを後にする。そして控室に戻る道中、通りすがりの選手──遼河が軽く肩を叩いてきた。
「新人潰しを潰し返すなんてな。あいつも初戦で敗退するなんて思ってなかっただろうぜ」
「なにが起こるかわからない。試合というのはそういうものでしょ?」
「違いない。俺もかましてくるとするか」
東門にむかっていく遼河を見送る。だんだん小さくなっていく彼の背中から陽月は感じ取った。アズサが感じたフェルの気配を。彼の試合を見ればそのフェルの力を見ることができるかもしれない。そう思った陽月がモニターから試合を観戦すべく控室にむかう一方、フィールドでは予選第2試合が行われようとしていた。遼河が出る最初の試合だ。
【さあ、続いて予選第2試合!日向選手に続くのはどちらなのか!?選手の入場です!】
明音の実況に導かれるように西門から遼河が入場する。
【西門から現れたるは日向選手と同じく王竜祭初出場の新人!旅人である彼は強者を求めてやってきたようです!謎のニューフェイス!神弥遼河ぁ!】
リングコールとともに歓声が沸きあがる。大勢の前で戦うのは初めてだが、こうして迎えられるのは気分がいい。遼河がそう思っていると、対戦相手が入場してきた。
【東門から現れたるは前回の覇者!多くの選手を葬ってきた彼の前には幾人もの屍が積み重なっています!今年もその再現となるのか!?マーシャル・ドレイク!!】
対戦相手の男が不敵な笑みを浮かべる。ジャックよりも若い印象があるが油断は禁物だ。ちなみに明音は彼の紹介で多くの選手を葬ったと言っているが、これは試合で負かしたことに対する比喩表現であり、本当に葬ったわけではない。そもそも本当に葬っていたら覇者にはなれないので当たり前といえば当たり前なのだが……。
【前回の覇者か。初っ端からこんなカードを引くとはな】
「誰が来ても関係ない。やることは変わらないからな」
そう言って、遼河が召喚したのは鞘に収められた日本刀ーーー
【謎の新人対現王者!新人が王者を下すのか!王者が新人に力の差を見せつけるのか!注目の一戦!今、ゴングです!】
開戦のブザーが鳴り響く。同時にマーシャルの拳が唸った。空気を裂く打突。しかしその速度に遼河は眉ひとつ動かさない。
「──遅いな」
低い呟きとともに刃が滑り出す。抜刀──いや、抜剣という表現の方が適当だ。遼河の指が柄を掴むその一瞬すら捕捉できず、観客席からはただ眩い煌めきが走っただけ。刹那の後、マーシャルの鎧袖が火花と共に断ち切れ、皮膚まで薄く抉られる。
「……!? なんだ!?なにを──」
驚愕の声を遮り、第2の抜刀。今度は胴。革鎧の中央を垂直に貫く白銀の線が走り、戦闘服が引き裂かれ血飛沫が昇る。マーシャルは反射的にバックステップを踏むが、その行動自体が遼河の狙い通りだった。
「そこだ」
影のように縮地。踏み込みと同時に3度目の抜刀。肘から手首へ水平に走る剣筋は寸分違わず防御の隙間を穿つ。鉄甲の端を砕かれながら手首の腱が切断され──マーシャルの動きが止まった。
「まだ……戦える!」
血を撒き散らしながら拳を振り上げるマーシャル。だが、その瞳に映った遼河は微笑みすら浮かべていない。まるで作業の続きをするかのような冷静さで、遼河は刃を一度納刀。呼吸を整える動作すら芸術的だった。
【神弥選手!超高速の抜刀術!一体何秒間に何回の斬撃を──!?】
目まぐるしく繰り出される斬撃に解説が追いつかない。観衆のどよめきが波のように押し寄せ、拍手と悲鳴が混ざり合う。
「終わりだ」
カチリ。刀が再び鞘走る。見えない斬撃が首筋を掠め、マーシャルの意識が途切れた。前のめりに崩れる巨体。審判が慌てて駆け寄るが、判定は明らかだった。
【試合終了!勝者!神弥選手!!信じられません!前回の覇者を1分未満で下しました!これはとんでもない伏兵の出現です!!】
歓声と驚嘆が渦巻く中、遼河は何事もなかったように刀を納めた。勝ったというのに遼河の顔に勝利に対する喜びは見られなかった。つまらない。今彼の顔から見られるのはそんな感想だけだった。
【これが覇者か。あっけなかったな】
「こいつが出てた当時は大した選手がいなかったんだろうな。これじゃやりがいがない」
沸きあがる歓声を背に受け、遼河は西門にもどっていく。一方、控室のモニターから試合を見ていた陽月は額に汗をにじませていた。抜刀の速度。一刀の精度。どれも尋常ではない。そして──フェルの気配も確かに感じていた。しかし直接的な介入ではなく、“助けていない”といった感じだ。つまり、遼河自身の実力のみでマーシャルを圧倒したということ。その事実に陽月は改めて驚かされていた。
【アレがあいつの実力か。チャンピオンを子ども扱いとは】
【こりゃ相当のバケモンだな。戦うのが楽しみだぜ】
ソーマとカムイも遼河の強さに舌を巻いていたが、彼に臆するような様子は一切ない。むしろ心の底から楽しんでいるようだ。これだけ強い相手であれば戦う価値があるとカムイが思うのも無理はない。
【おまえはどう思う?】
(確かにすごい。でも、勝つのは僕だ)
陽月は静かにレッドサンを手に取り、柄を握りしめる。熱を帯びた金属の感触が指先へ伝わっていく。
「楽しみが増えた」
自分に言い聞かせるように呟き、陽月は次の試合に備えるべく立ち上がった。王竜祭の熱狂はさらに加速していく。彼がこの後どんな激戦を繰り広げるのか。それはまだ、誰にも分からない。