白熱していく王竜祭。陽月はカムイ、ソーマとともに準決勝まで勝ち上がっていた。遼河は既に決勝に駒を進めているので、ここを勝てばいよいよ遼河とぶつかるというわけだ。
【さあ、やってまいりました準決勝第2試合!この試合を制し、決勝に駒を進めるのはどちらなのか!?選手の入場です!】
明音の実況とともに陽月は西門からフィールドに現れる。これまでの試合のほとんどが圧勝。遼河同様相棒の力に頼らず、自身だけの力でここまで勝ち進んできたのだ。しかもほぼノーダメという文字通りの快進撃だったこともあり、観客からの期待は高い。その期待を一身に受けながら、陽月はフィールドの中心へと歩く。それを見たアズサたちはもちろんのこと、陽月と縁のある人物もそれぞれの思いを抱いて見守っていることだろう。
【日向選手を迎え撃つは今回が6回目の出場となるベテラン!決勝進出すること4回!勢いづくニューフェイスを止められるか!?リカルド・アラモンド!!】
明音のリングコールとともに東門から現れたリカルド。見た目は細身の長身男で、その右手には刀身が赤く発光している杖を持っている。
「今回はなかなか手ごわいな。まあいい。誰が相手だろうが叩き潰すのは変わらない」
【若きドラゴンボーイ対百戦錬磨の炎術師!まさに世代を超えた激突!この闘いの行方はいかに!?今、ゴングです!】
銅鑼が鳴り響くと同時にリカルドの杖が炎を噴く。それはまるで生きているかのように陽月を囲み、炎の輪を展開する。
「逃げ場はなくなったな」
杖を構えなおしたリカルドが低く呟く。灼熱の輪郭が徐々に狭まっていく。だが──。
「甘い」
陽月の動きは止まらない。炎の輪が閉じる直前、光り輝くレッドサンが弧を描く。刀身が触れた空間だけが歪み、一瞬の虚無が生じる。その隙間へ陽月の身体が滑り込んだ。
【なんとぉ!?炎の壁を物理的に切り裂きました!技術と速度の融合!これが若さの力か!?】
「ならば──」
リカルドが杖を掲げると空中に五芒星の紋様が浮かび上がり、星の各頂点から同時発射された火柱が十字路のように交錯する。まるで火山そのものが爆発したような熱量だ。
「この地獄の星痕を破れるか!?」
陽月は半身を捩るだけで躱し続けながら接近。回避と同時に距離を詰める歩法はすでに完全な形を成していた。レッドサンの切先がリカルドの杖を弾き飛ばすまでのタイムラインが脳内で完璧に計算されている。
「……ッ!」
杖を手放し後退しようとするリカルドの脚を陽月が蹴り払う。バランスを失った彼が尻もちをつくと同時に──。
「これで決める」
刀が走る。斜め上段から降り注ぐ一閃は銀翼の稲妻のごとく空気を割った。赤い杖が真っ二つに切断され、リカルドの眼前で落下音を立てる。術の媒体を破壊されたことで炎は霧散し、焦土は静寂に包まれた。
【勝負ありぃ!!!勝者!日向選手!!】
雷鳴のような喝采がスタジアムを揺るがす。観客席ではライカたちが拳を突き上げ、アズサは無言で拍手を続けながらも唇の端に安堵の笑みを浮かべている。
「ふん……やっぱり若い奴らは厄介だ」
杖を拾い上げながらリカルドが苦笑する。傷ひとつ負わずに完封した陽月に対し、敬意を表するように頭を下げた。
「楽しませてもらったよ。次も頑張ってくれ」
「ありがとう。あなたとの戦いはとても刺激になりました」
たがいの健闘を讃え合い、握手を交わす。それが礼儀であり、伝統なのだ。
「神弥遼河、彼のことはよくわからないが、これまでの相手のようにはいかないのはたしかだろう。だが、私はキミに勝ってほしいと思っている。がんばってくれ」
「はい。その期待に必ず応えてみせます」
リカルドの激励を受け取った陽月はフィールドを後にしようと歩き出す。彼の言うとおり、遼河にはまだ隠された力がある。フェルだ。二神竜と同等の存在だと言われている彼の力を戦う前に拝みたいと思った陽月だったが、決勝に進むまで見せることはなかった。だが、その理由は単純明快。陽月のことを警戒したからだろう。実際、陽月も遼河のことを警戒して二神竜の力を使っていなかったのだから。
【さて、こっからが本番だ。覚悟はいいか?】
(当然)
カムイに答えながら、陽月は口元を吊り上げる。そして、決勝戦当日。控室の硬い椅子に腰掛けた遼河は静かに目を閉じていた。外から漏れる喧騒が心臓の鼓動と共鳴する。決勝戦を前に体内の血液が沸騰するような昂ぶりと奇妙な冷静さが拮抗する中、扉を開ける音が響く。振り向かずとも遼河には気配で誰が訪れたかわかっていた。
「調子はどうだ?」
凛とした声が控室に響く。冷静で無駄のない声。ゆっくりと遼河が瞼を開くと、そこには美しい女性が立っていた。頭には大きな狐耳。白と黒の制服の上にサザンクロスが背中に描かれた上着を羽織る彼女の名は星見雅。主である彩禍の護衛を役目とした精鋭部隊“ナイツ・オブ・キング”の1人―――ナイツ・オブ・フォースであり、遼河に抜刀術を教えた師匠でもある。その凛とした佇まいは研ぎ澄まされており、まさに剣のようだった。ちなみにリーダーであるナイツ・オブ・ファーストはエレン、ナイツ・オブ・セカンドは飛霄、ナイツ・オブ・サードは鏡流となっている。
「師匠……来てくださったんですね」
椅子から立ち上がり、深々と一礼。幼少期から叩き込まれた師への礼節は骨の髄まで染み込んでいた。星見雅はわずかに頷くと、無造作にパイプ椅子を引き寄せ腰を下ろす。長い黒髪が静かに揺れる。部屋にはしばらく沈黙が続いたが、やがて雅が口を開いた。
「あれからどれくらい経った?」
「7年になります。そしてあの時、俺に生きる道を示してくれたのが師匠でした」
遼河には両親がいない。ある者によって故郷とともに滅ぼされたからだ。その者は雅によって追い払われたが、唯一生き残ったのは自分だけ。故郷も両親も失い、どうすればいいかわからなくなったとき、手を差し伸べたのが雅だったのだ。遼河は憧れた。臆することなく立ち向かう彼女の姿に。そして、自分もそんな人になりたいと強く思うようになったことで、雅に弟子入りを志願。今は師事を終え、彼女の元を離れているものの、教えを忘れたことは一度だってない。むしろ今でも感謝し続けているくらいだ。
「私はただ可能性を見いだしただけだ。おまえ自身の才能と努力があってこそ──」
「俺の人生において、師匠に教えられたこと以上に価値のあるものは存在しません」
断言すると、雅はわずかに眉をひそめるが、すぐに視線を逸らした。
「……過去の話を続けるつもりはない。今日は決勝のことについてだ。ここまでフェルの力を使わなかったのは陽月に手の内を晒さないためだけじゃない。自分の力だけでも決勝に行けることを証明したかったのもあるのだろう?」
「気づいてたんですね」
「7年いっしょにいたんだ。おまえが考えていることは大体察しがつく」
実際、雅に隠し事ができことは一度もない。どんなに隠していてもほんのわずかな仕草から感情を読み取り、見抜く。その鋭い観察眼と洞察力はナイツ・オブ・キングでも重宝されている。
「だが、次の相手はあの陽月だ。彼の場合、出し惜しみはできないだろう。使えるものは使ったほうがいい」
それは遼河にも理解していることだ。次は今大会の覇者を決める決勝戦。陽月も出し惜しみなしで挑んでくるだろう。しかも相手が二神竜という大物を抱えている以上、こちらが出し惜しむのはありえない。そもそも陽月もそれで勝てるほど甘い相手ではないことは彼のこれまでの試合で理解しているなら、尚更だろう。
「わかってます。あっちも出し惜しみはしないでしょうから、俺もそれに応えるつもりです」
「そうか。ならばもう私から言うことはなにもない。おまえと陽月の試合、楽しみにしている」
「はい。必ず勝利を収めてきます」
「勝敗は重要じゃない。ただおまえ自身がすべてを出し切れればそれでいい。師として私はそれを望んでいる」
勝利はそれに付属されるものに過ぎない。勝利を目指すにあたってなにをしたか。雅は結果よりもそこを重要視しているのだ。
「わかりました。すべてを出し切ってきます」
「その意気だ。いい戦いを期待しているぞ」
「はい!」
弟子の返答に満足したのか、雅は廊下に出たタイミングで手を挙げ、部屋を後にした。1人になったことで、再び控室は静寂に包まれる。
「試合まであと1時間。イメージトレーニングでもするか」
そう言って、遼河は静かに瞼を閉じる。一方、控室を出た雅はひとり廊下を歩いていた。かつての教え子の成長ぶりに感慨深げだ。
「あの子もずいぶん大きくなった」
陽月との戦いを前にして不安があるのではないかと思ったが、彼にその様子はなかった。自分と離れている内に弟子は力だけじゃない。心まで成長したのだと思うと、自然と頬が緩む。
「む」
見知った人が目に移り、足を止める。陽月だ。いつもより少し緊張した表情だが、瞳には闘志が漲っている。
「お疲れ様です。雅さん」
親密さと尊敬が混じった声。ちなみに陽月は雅と遼河が師弟関係にあることを知っている。雅から聞かされていたからだ。
「遼河と会ってきたんですよね?」
「ああ。最後の忠告をな」
その言葉に陽月の表情が微かに曇る。恋人である陽月には勝ってほしい。だが、その相手は弟子である遼河。雅は師として彼を差し置いて他の人を応援することなどできなかった。
「陽月、すまないが―――」
「遼河を応援するんですよね?わかってます」
「……っ」
思わぬ言葉に雅が目を見開く。対して陽月は穏やかに微笑んでいた。
「雅さんは厳しいけど優しい。そして絶対に嘘をつかない。だから遼河のために私情を挟まない覚悟を決めたんでしょう?」
「おまえ……」
「勝負は公平じゃないと面白くありませんし。それに僕も遼河との戦いを楽しみにしてますから」
迷いのない声。恋人を応援できない申し訳なさが胸を刺すが、同時に信頼されている嬉しさも込み上げる。雅は小さく息を吐いた。
「わかった。私は師匠として遼河を全力で応援する。だが――」
「だが?」
「後日、埋め合わせをさせてくれ」
その言葉に陽月は満面の笑みを浮かべた。
「もちろんです。楽しみにしてます」
「私もだ」
和らいだ空気が2人を包む。恋人としての想いと師弟としての責任。それぞれを大切にするためにも――決勝戦は最高の舞台にしなければならない。それは陽月、遼河共通の認識だった。
【決勝戦開始まであと5分です。日向選手は東門、神弥選手は西門に待機をお願いします】
スピーカーから陽月と遼河を呼ぶ声がする。そろそろ行かなければ。
「では、行ってきます」
「ああ」
雅に見送られながら東門にへむかう。そのときの顔には迷いの一片もなく、ただ確かな決意だけが宿っていた。
―――――
スタジアムを揺るがすほどの歓声が響き渡る。王竜祭も残すは決勝戦のみ。その対戦カードが前大会覇者、準優勝者を下した新人ということで、観客の期待はこれまで以上に高まっていた。
【さあ、ついにこの時がやってまいりました!王竜祭決勝戦!これまで多くの強豪を打ち破ってきた2人がついに激突!観客席からも期待の声が聞こえてきております!実況は今までと同じく私、櫻井明音がお送りします!】
スピーカーから明音の実況が聞こえてくる。試合前の選手を呼ぶアナウンスも彼女の担当だ。
【東門から入場したのは日向選手!初出場ながら破竹の勢いで決勝に進出した期待のダークホース!新人潰しのジャック選手をはじめ、準優勝者のリカルド選手を圧倒的スピードと剣技でねじ伏せてきました!】
明音のリングコールとともにフィールドに出る陽月。割れんばかりの歓声と熱気を受けながら、フィールドの中央に立つ。
【西門からは入場したのは神弥遼河選手!こちらもまた初出場ながら勢いそのまま決勝に進出してきました!前回の覇者であるマーシャル選手をあっという間に倒し、ここまでわずか5分と圧倒的な強さで勝ち上がってきました!】
陽月と同じ明音のリングコールとともに遼河がフィールドに出る。そして彼に負けず劣らずの歓声と熱気に迎えられながら、陽月の前に立つ。
「よう、おまえならここまで来てくれると信じてたぜ」
「その言葉、ラッピングして送り返してあげるよ」
「フッ。ありがたいね」
言葉を交わしながら互いの闘志をぶつけ合う。まさにお互い好敵手になる相手だと思っていたからだ。だが、決勝という晴れ舞台を用意された以上、容赦はしない。だからこれ以上の言葉など不要なのだ。それを示すように陽月はレッドサン、遼河は魔牙刀を召喚する。
【さあ、泣いても笑ってもこれがラスト!この試合を制し、覇者となるのは日向選手か!?神弥選手か!?今、ラストゴングです!】
銅鑼が鳴ると陽月が踏み出す。対する遼河は魔牙刀を鞘に収めたまま静かに立っている。
「はああぁあっ!」
魔力をまとった右腕を伝って、レッドサンの刃に炎をまとわせる。だが遼河は半歩後退し、刃の軌道を見切るように足を捌く。そのまま返しの袈裟斬りが飛んでくる。
「っ!」
陽月は咄嗟に盾代わりの刃を滑らせ、角度を変えた。火花が散り、空気が焼ける匂いが漂う。
「速いな!でも──!
左手に集めた魔力から光り輝く槍を形成し、一直線に飛ばす。遼河はわずかに身を捻って躱すと、再び鞘走りの構え。
【最初の一撃は双方回避!しかし緊張感のある立ち上がり!】
観客の興奮をよそに、戦況は膠着していた。陽月が先に動いたのは正解だったか──否、遼河もまた狙いがあった。しかしながら戦法を読む戦いでは互角。ならば力量で決めるしかないだろう。
【小競り合いしててもキリがねぇ!火力で押すぞ!】
「やってみるか。
陽月のかけ声と同時に赤い粒子が全身を取り囲む。至るところに埋め込まれた宝玉が煌めき、竜の如き装甲が姿を現す。加えて
【さあ、行くぜ!】
カムイのその声が合図となり、陽月は巨大化させた金色に輝く陽天竜斧カムイを思い切り地面に振り下ろす。
「
金色の衝撃波が遼河に迫る。しかし彼は臆せず一歩を踏み出し、呟く。
「──
全身を灰色の光で包んだ瞬間、遼河の周囲が轟音に包まれる。だが、手ごたえがない。放った一撃は空ぶったと陽月は直感で理解した。確かにそこにいたはずなのに忽然と消えたのだ。
【陽月後ろだ!】
カムイが警告したころにはもう遅く、陽月は背後から蹴飛ばされた。地面を転がっていく体をカムイの刃を地面に刺してブレーキをかける。
「……あれが」
顔をあげて目にした遼河の姿は先ほどとは別人のように変わっていた。顔は狼の頭部を模した毛皮つきの灰色のマスクに覆われ、体全身には黒のアンダースーツの上に灰色の鎧。首に巻いている白いマフラーが風の動きに合わせてたなびいていた。
【あっちも相棒の力を解放したみてぇだな。ハンパねぇオーラがビンビン伝わってくるぜ】
「ああ、それは僕にもわかるよ」
カムイに答えながら立ち上がり、再び遼河に向かって突撃する。そして陽天竜斧カムイが遼河に当たる直前、彼は消えた。まるで瞬間移動でもしたかのように。
「くっ!」
横からのストレートを陽天竜斧カムイでガード。トラックがぶつかってきたかのような重い一撃。しかもそれだけじゃない。先ほどより速度が上がっているのだ。
「まさか、これは……」
「
言葉と同時に灰の残像が空に伸びる。凄まじい加速。一瞬で間合いを詰められ、視界の端で刃が煌いた。陽月の左肩が裂け、鮮血が宙に踊る。
「っ!」
痛みよりも早く反撃しようと振るった斧が空を切る。遼河の姿はすでに数メートル離れた場所にあった。
【チッ、すばしっこくなりやがって……ああいうヤツ苦手なんだよ】
陽月の竜装は発動すればとてつもないパワーと防御力を得ることができる。だが、防御の上昇は重い装甲をみにまとうことで実現したもの。重い装甲をまとえばその分体が重くなる。体が重くなればスピードが落ちる。したがって、今の遼河のようにスピードで相手を翻弄するタイプの相手はカムイにとって天敵だと言えるのだ。
【ソーマ!交代だ!俺じゃ分が悪ぃからな!】
【脳筋のおまえにしては賢い選択だ。いいだろう。ここは僕にまかせてもらおう】
陽天竜斧カムイと入れ替えるようにブルームーンを召喚する。このままでは一方的な試合になるだけ。その点、
「月魔の竜装!」
叫びと同時に青い粒子が陽月の体を包み、竜を思わせる青い鎧をみにまとう。この形態の固有能力である
「
これは陽月の持つスキル―――
【魔法で対抗してきたか】
「状況に合わせて形態を使い分ける。無難な戦略だな。だが、それでどこまで俺たちに追いつけるかな!」
灰色の閃光と青色の閃光がフィールドでぶつかりあう。互角の戦い……ではない。陽月はなんとか食らいついているものの、遼河はまだ余裕だ。魔力消費を抑えるために連発していないとはいえ、スピードはほぼ互角のはず。それでも押される要因は他にある。
「おまえのその魔法、どうやら上昇幅に限界があるみたいだな」
そう。いくら月魔竜法で効果をあげているとはいえ、限界があることには変わりない。対して遼河は……。
【あの男、どこまで上がるんだ……?】
【魔狼疾駆に上限はない。発動している限り、際限なくあがり続けるのさ】
【どこぞの脳筋のスピードverというところか】
【おいてめぇ!今なんつった!?】
カムイが食いついてきたが、スルー。月魔竜銃剣ソーマをブレードモードからバスターモードに切り替え、エネルギー弾を発砲する。風を切り裂いて遼河の死角へ迫るが、一瞬早く体を入れ替えられて躱された。
「速すぎて当たらないか」
月魔竜銃剣ソーマを逆手持ちに切り替え、遼河に突きを放つ。しかしやはりというべきか、またしても空振り。ただ前後の動きだけでなく左右にも動き回っているので、非常に当てにくい。そんな状況が続く中、遼河が突如として止まった。ちょうど正面にいるため絶好のチャンスだ。
「
刃の先端から放たれた一筋の銀色の光線。スピードが緩んだこのタイミングなら当たるはず。そう確信していた陽月だったが、遼河は最小限の動きで光線を回避。かと思いきや次の瞬間、一瞬だけ影が濃くなった。
【……っ!陽月避けろ!】
ソーマの叫び声が聞こえた刹那。全身に電撃のような冷たい衝撃が走り、脳裏で何かが“危険だ”と警告を鳴らす。考える暇もないまま反射的に体を反転させると、背中側の空間に鋭い熱を感じた。遼河の飛び蹴りだ。それを皮切りに始まったのは猛攻という名の追撃だった。地面を蹴り上げる度に重なる残像。乱れ飛ぶ斬撃。音速のごときそれを陽月は月魔竜銃剣ソーマで懸命に防ぐが、ダメージは徐々に蓄積されていく。
【抜刀術と速度上昇の併用……相性が良すぎるな】
抜刀術において重要なのは速度。なので速度を上げれば脅威になるのは必然だ。本当なら直進する月光で一気に決めたいところだが、闇雲に使っても魔力を消耗するだけ。そうなれば魔力が枯渇し、一気に追い込まれる状況になりかねない。
「この程度で倒れてもらっちゃ困るな」
魔狼疾駆により、速度がさらに引き上がる。もはや視認さえ困難なほどの速度でフィールドを駆け巡り、残像が幾重にも重なり合う。陽月は月魔竜銃剣ソーマを構えて防御に徹するが、全方位から襲い来る刃の雨を凌ぎ切るのは不可能に近かった。
「……っ!」
左腕を裂かれ、脇腹に鈍痛が走る。鮮血がフィールドに飛び散り、視界がわずかに霞んだ。それでも必死に踏み止まり月魔竜銃剣ソーマを構え直す。だが、その瞬間―――。
「終わりだ」
背後から冷徹な声。振り向く間もなく、背中の装甲が轟音と共に砕け散る。致命的な一撃が肩甲骨から貫通し、陽月の身体は宙を舞った。なにが起きたのか理解するよりも先に、膝から崩れ落ちる。呼吸が浅くなり、意識が遠のく寸前――
【【陽月!!】】
カムイとソーマの声が重なり、脳裏に響いた。
―――――
「……」
目を開けると、陽月は朝と夜が半々になっている。こんなの普通はあり得ない異質な光景だが、なぜ自分がここにいるかはもちろん本人にはわからない。
「目ぇ覚めたか?」
声がしたほうに視線をむけると、朝のエリアに巨大な竜がいた。頭部に前向きに曲がった角を生やし、背中には一対の翼。全身を赤い鱗で覆い、金色の瞳を持ったそれは陽天の竜装を思わせた。そう、彼は陽月の中に存在する二神竜の片割れ―――陽天竜カムイである。
「カムイ……」
「おまえは
精神世界。アニメに何度も見た光景ではあるが、自分が体験することになるとは正直思っていなかった。加えて前世で自分がデザインしたドラゴンが動いているというおまけつき。作者としては自分の作った作品のアニメ化が決定したくらいの喜びを示したいところだが、今はそんなことしてる場合じゃないので自粛した。
「ようやく目覚めたか。このまま寝たきりが続くなら実力行使に出るところだった」
夜エリアに視線をむけると、そこには巨大な竜がいた。頭部に後ろ向きに曲がった角を2本生やし、蛇のような体を青い鱗で包んだその姿はまさに中国の竜そのもの。彼もまた陽月の中に存在する二神竜の片割れ―――月魔竜ソーマである。
「今
「幸いこっちでの時間の流れとあっちの時間の流れは違う。だから俺たちは聞きたい。おまえがどうするのかをな」
カムイとソーマがなにを聞きたいのか、陽月にはすでにわかっていた。この空気で察せられないほど鈍くないと自負しているから。
「負けるつもりはないよ。遼河はたしかに強い。でも、それが降参する理由にはならないから」
しかし、今のまま戦っても遼河には勝てない。だが、理由はもう陽月の中ではわかっている。ズバリ理由は、陽月たちがバラバラに戦っているからだ。
「なら、おまえはこの状況をどう崩す?」
「できるかわからないけど、2人とも、次は3人でいっしょに戦うんだ」
カムイとソーマの頭上に疑問符が浮かぶ。そんな2人に応えるように陽月は続ける。
「僕が作った魔法―――
融合は加速同様、陽月が魔法創造で生み出したもの。使用することで融合元の特性を引き継ぎつつ、融合前とは比較にならないほどの力を得ることができる。ただし、これには1つだけ問題点がある。それは一度この魔法で合体した者たちは二度と元にもどれないことだ。メリットがあれば当然デメリットがある。これはどんなものにも存在するというのは共通の認識だろう。
「一度合体したら元に戻れない……つまり僕らは―――」
「別の存在になって人格も変わるから、当然融合元の存在は消える。だから実行するかはキミたちの判断に委ねるよ」
「なに言ってんだ。別の存在になろうが人格が変わろうが俺たちのなにかが変わるわけじゃねぇだろ?」
「こいつと同じなのは少々シャクだが、元が僕たちである以上、それは揺るがない。だから僕らは受け入れよう。君の提案を」
難色を示すと思っていたが、陽月のその予想に反してカムイもソーマも肯定的だった。そう、なにも変わらない。合体しようが2人が陽月の相棒であることは変わらない。これからも、ずっと。
「わかった、始めよう」
2人が覚悟を決めている以上、言い出しっぺの自分が躊躇するわけにはいかない。陽月はカムイとソーマを並べ、その下に魔法陣を展開した。
「ソーマ、最後になるから言うけどよ……俺はおまえのこと嫌いじゃなかったぜ」
「なんだあらたまって。気持ち悪いな」
「うるせぇ!いいだろ最後なんだからよ!!」
「そうか」
最後まで変わらない。2人の関係はずっと平行線のまま終わるかと思われた。だけど……。
「僕もだ」
初めてソーマが素直な感情を吐露。そんな彼にカムイは驚いた表情を浮かべながらもどこか嬉しそうな顔を浮かべる。
「始めるよ。融合!!」
陽月のかけ声とともに魔法陣が光りだし、カムイとソーマの身体が粒子に変わっていく。その粒子が混ざり合うとともに太陽と月が重なり、空を宇宙空間へと変える。そして―――。
「……」
一対の金色の角と瞳。漆黒の鱗に身を包み、背中には一対の翼を生やしたその姿はファンタジー世界の誰もが想像する竜そのものだった。だが、懸念点が1つある。合体後の記憶がどうなっているかだ。
「えっと、僕のことわかる?」
「カムイとソーマだったころの記憶はすべて引き継いでいる。だが1つの存在となった今、俺はもうカムイでもソーマでもない。だから主であるおまえに頼みたい。俺に名前をつけてくれ。それを契約の証としよう」
名前ならすでに決まっている。前世では出せなかったが、投稿していた小説でカムイとソーマを融合させる案がすでにあったからだ。
「キミの名はアマツキ。太陽と月を司る神竜王―――日蝕竜アマツキだ」
「その名、しかと受け取った。その名のもとにあらためて主であるおまえとともに戦うことを誓おう」
そう言って、アマツキが握った拳を差し出してくる。
「勝ちに行くぞ相棒―――否、日向陽月!!」
「おう!!」
アマツキに答えると同時に陽月はアマツキと拳を突き合わせた。
―――――
場所をもどし、フィールド。そこでは判定により、遼河の勝利が目前にまで迫っているところだった。
【残り5カウント!5カウント以内に日向選手が起きなければ神弥選手の勝利となります!】
6、7とモニターがカウントを刻んでいく。そして9カウントとなり、もう勝利確定かと観客が思い始めたとき、陽月は起きあがった。
【おっと日向選手立ち上がりました!ギリギリとなりましたが、試合続行です!】
明音の実況とともに歓声がわきあがる。そうじゃなきゃと言わんばかりに。
「やっと起きたか。このまま寝たきりだったら拍子抜けもいいところだった」
「そんな期待を裏切る真似はしないよ。準備してたんだよ。この試合に勝つ準備をね」
「準備か、面白い。見せてみろ」
「ああ。行くよ、アマツキ」
【すでに準備はできている。存分に放て!】
指先で軽く宙をなぞると、足元に巨大な魔法陣が展開される。漆黒の円環がフィールド全体を照らし出し、空気が震えだす。
【あいつら、この時間になにをした……?さっきとは比べ物にならない】
「俺も感じる。さあ、なにが出てくるのか」
遼河が期待を寄せる中、陽月の姿が影に包まれる。そして光とともに現れたのは——漆黒の竜騎士。頭部のマスクについた一対の黄金の角が天を突き、肩や胸には竜の顔を模した強固な鎧。背中には金竜の紋章が縫い込まれた黒のマントが風に流されるように翻った。
「
日蝕の神竜装を纏った陽月の周囲に異常な重圧が広がる。フィールド全体が彼を中心に歪んでいるかのようだ。
【このプレッシャー、あの短い時間にヤツらはなにをした……?】
「あっちがなにをしようが関係ない。ヤツを倒して俺が勝つ。それだけのことだ」
闘争心の遼河が衰えない一報、陽月は右手に日蝕竜剣ブラックサンを召喚する。黒き刀身が妖しく輝き、その表面を金色の稲妻が這う。刀身を軽く振ると風圧だけで砂塵が爆ぜた。
「さあ、本番だ」
宣告と同時に動き出す。先ほどまでの接近戦とは全く異なる――文字通り時が止まったかのような神速の踏み込み。遼河が反応する前に剣先が喉元に届いていた。
「!?」
咄嗟に首を傾げて回避する遼河。頬を掠めた刃跡から紫煙が立ちのぼる。
「おもしれぇ……!」
即座に斬りかかる遼河だが、陽月の左手から放たれた日蝕竜銃ブラックムーンの弾丸がその進路を遮る。1発1発が魔力密度を凝縮した必殺の弾丸は遼河の足元で炸裂し、土埃を巻き上げた。
「小細工か……いや、違う」
土煙から空中に移動した陽月が右手を高く掲げる。すると空中に複数の魔法陣が浮かび上がり――。
「
命令一下、巨大な炎の塊が放射状に降り注ぐ。遼河は魔狼装醒の機動力で回避を試みるが、炎塊は予測不能な軌道を描いて追随する。
「何っ……!?」
1つが左腕を灼き、もう1つが右足に直撃する。ダメージこそ防具で耐えるものの、明らかに動きが鈍り始めた。
「この距離だと面倒だな」
スピードをさらに倍加させて突進。視界から消えるほどのスピードで陽月の懐へ肉薄する。しかし――。
「
陽月の掌から放たれた魔法陣がフィールド一面に拡がり、遼河が足を踏み入れた瞬間、氷の華が咲いた。吹き出した冷気が足首を拘束し、遼河の動きを完全に封じる。
「チッ……!」
無理やり氷を打ち破るが、その隙を逃す陽月ではない。ブラックサンを担ぐような構えから一気に振り下ろす。
「
渦巻く暴風が刃に乗って遼河を飲み込む。台風の中心にいるような猛烈な風圧に押され、フィールド端まで押し飛ばされる。
【こいつ……一体どれだけの火力を……!?】
「まだだ。これはまだほんの小手調べに過ぎない」
そう。これはほんの小手調べ。ウォーミングアップに過ぎないのだ。
「
天空に金色の魔法陣が浮かび上がり、轟音とともに稲妻が直撃。遼河は魔狼疾駆で回避を試みるが、雷は意志を持っているかのように執拗に追跡する。
「くっ!」
辛うじて紙一重で躱すものの、エネルギーが足元を焦がし、靴底から焼ける匂いが漂う。
「まだだ!」
魔牙刀の刃を構え突撃。しかし陽月は冷静に右手を掲げた。
「
すると目の前に巨大な土壁が出現。壁を駆け上がり越える遼河だが、上空には既に陽月の姿があった。
「刃よ―――まとえ」
ブラックサンに灼熱の炎と氷結の冷気を同時に纏わせ、急降下。炎と氷が激しくぶつかり合い、白く発光した一閃が遼河の胸部に命中する。
「ぐぁああ!!」
魔狼装醒の装甲が大きくひしゃげ、遼河は10メートル以上も吹き飛ばされた。その体はフィールドの中心で仰向けに倒れる。
「ぐ、ぐっ……」
魔牙刀を杖に傷ついた体に鞭を打つ。腹の虫が空腹を訴えるようにうなり声をあげる。代償として支払えるものがなくなった今、もう魔狼装醒を維持することはできない。だが、それでも遼河は退かない。そんなの、遼河のプライドが許さないからだ。
(遼河、キミは本当にすごいよ。本当に強かった。だから―――)
両手を天に掲げ、新たに光と影のエネルギーを集束させる。
「
全身が眩い金色のオーラに包まれ、パワーを底上げ。続けて黒き影が陽月の傍に広げる。
「
つぶやきとともに影の中から現れたのはもう1人の陽月。姿形こそ本体と同じではあるものの、それはシルエットのようになっているのが特徴的だった。そんな分身が先行し、ブラックムーンを連射。本体の陽月はブラックサンを振りかぶりながら接近する。
「ハァッ!」
2人分の攻撃が怒涛となって遼河に叩き付けられる。完全に追いつかない魔狼装醒の装甲が悲鳴を上げる。そしてとうとう限界が来たのだろう。魔狼装醒が強制解除され、遼河はその場に片膝をつく。だが、陽月にはわかる。意識がある限り、彼が降参することはないと。だから陽月はこの形態の持つ固有能力を持ってこの試合に終止符を打つことにした。
「
つぶやきとともに陽月は身体から大量の魔力を放出。それが彼の身を包み、形作ったのは漆黒の巨竜。その姿は精神世界で見えたアマツキそのものだった。
「これで、終わりだ」
アマツキが大きく口を開け、魔力を集約。それは徐々に漆黒の玉となって大きくなっていく。
(ここまでか……)
心の中で遼河がつぶやく。だがこれは全力で戦ったうえでの結果だ。だから、遼河に悔いなどなかった。
「
巨大な黒い玉が遼河めがけて放つ。それは遼河に当たると爆発し、ドームを形成。そしてそれが消えて観客らが目にしたのはうつ伏せに倒れる遼河の姿だった。これによってダウンと反対され、モニターはカウント開始。しかし10カウント経過しても遼河が起きることはなかった。つまり―――。
【試合終了おおおぉおおおおぉっ!!勝者日向選手!両者一歩も譲らない激闘を制し、日向選手が王竜祭新王者となりました!!】
明音の宣言と同時に会場が喝采で沸き上がる。陽月も安堵と喜びが入り交じる表情で天を仰ぐ。勝者と敗者、両方のドラマを刻んで王竜祭は幕を閉じた。
―――――
歓声と喝采で賑わっていたスタジアムも静まり返って日も沈んできたころ、雅は遼河のいる控室に来ていた。完膚なきまでにたたきのめされたので、心配になって様子を見に来たのだ。
「……よし」
意を決してにドアに入る。中に入ってまず目に入ったのは窓際にもたれ掛かる遼河の姿。普段の姿なら落ち着いて見えるが、今回の結果を考えるとその光景は意外に写った。でも安心はしていない。それどころか不安まで感じている。過去に何度も見てきたから。勝利を求めすぎて自暴自棄になり、孤立していく姿を。それに今回に関しては前回と違い、完全に格上の相手に負けた。心が折れていない保証がないのだ。なのでまずは慎重に話をしないといけない。
「遼河……その……」
「師匠、どうかしたんですか?」
雅の存在に気づいた遼河がほほ笑む。顔から涙の痕跡は見られない。悔し涙を流していると思っていたが、そういうわけではなかったようだ。加えて控室も綺麗な状態になっていることから、自暴自棄になってもいないようだった。それが確認できたことで、雅は一旦安堵する。
「まさか、慰めにでも来てくれたんですか?だったらいりませんよ。悔しくはありますけど」
ほかの人から見ればそれは強がりに思えたかもしれない。だが、実際は違う。これはまぎれもない遼河の本心だ。
「あいつ、すごいですね。あんなにコテンパンにされたの師匠以来です。さすが師匠が惚れただけあります」
「ああ、そうだな……」
顔を赤くしながらも肯定する。惚れたとあらためて言われるのは照れ臭いが、事実ではあるので否定のしようがない。
「ずいぶん冷静なのだな。てっきり落ち込んでいると思っていたが」
「悔しいのは事実ですけど、落ち込んではいませんよ。むしろ俺はうれしいんです。目標がまた1つできましたから」
「目標?」
1つは雅も知っている。自分を超えること。ただそれはいまだ達成できていないが……。
「あいつにリベンジする。それが俺が新たな目標です。これからはそれもモチベーションにして修行しますよ」
「……いつ発つんだ?」
「今日は休んで明日発つつもりです。王竜祭も終わりましたしね」
そしてまた修行の旅にもどる。それに終わりなどない。遼河がそう思っているのだ。
「そうか。もう少しゆっくりすればいいものを」
「俺は渡り鳥なので。それにこれは永遠の別れじゃない。会おうと思えばいつでも会えます。旅の途中で死ぬなんてこと、俺にはありえないですから」
遼河は不老不死だ。陽月のように神様から付与されたわけではなく、後天的に得たものではあるが。
「それにここには陽月がいる。だから俺はなにも心配してませんよ」
そう言うと、遼河は窓から離れ、ドアノブに手をかける。
「あなたに初の敗北を味合わせるのは俺です。それまであなたは誰にも負けないでください。陽月に勝ったら次の獲物はあなたです」
ドアノブを回し、ドアを開ける。
「では師匠、お元気で」
一瞥もしないまま、遼河は控室を出ていった。1人残された雅は腰に収めた妖刀“骸打ち・無尾”に視線をむける。
「おまえに言われなくても、わかっている」
いつまで刀を振り続けられるかは自分でもわからない。だが、それまでは振るい続けよう。弟子の目標であり続けるために。
本格的なバトルシーンはしばらく書きません_( _´ω`)_