無口な幼馴染の「お店ごっこ」で身も心も搾り取られる話 作:松木ユキ
「……ん?」
お昼までぐっすり眠っていたところ、枕元から着信音が響いた。誰だ、俺に電話なんてかけてくるのは。怪訝に思いながら身を起こして、置いてあったスマホの画面に目をやると――
「!?」
おびただしい数の着信履歴があり、寝ぼけていた頭が一瞬で覚めた。なんだなんだ、いったい何が起こっている!?
「ま、真衣!?」
大量の着信履歴も真衣からだし、今電話をかけてきているのも真衣だ。マジでどうしたんだ!? 慌てて画面をタップして、電話に出る俺。
「も、もしもし?」
「カズ、なんで出てくれなかったの?」
「そりゃ、寝てたから……」
「そう。……良かった」
何が良かったの!? こっちはもう今の状況すら分かっていないんだが!?
「で、何か用?」
「ごっこ遊びするって、言ったでしょ」
「……あ、ああっ!」
そういやそんなこと言ってたな! ……本気でやるつもりなのかよ!? 冗談か間違いだと思ってた!
「私、ずっと待ってたから。今すぐ来て」
「えっ、せめて朝飯とか」
「だめ。それに、もう朝じゃない」
ふと、壁に掛けてある時計を見る。……たしかに。
「いいから来て。早く」
「わ、分かったよ」
「じゃ、待ってるからね」
そこで電話は切れた。プー、プーと鳴るスマホを耳につけながら、思わずその場で固まってしまう。
朝から待ってたのか? 俺と「ごっこ遊び」をするために? ……そこまでして俺とやりたい「ごっこ遊び」ってなんだ? 本当になんなんだ?
とにかく行ってみるしかない。真衣は俺の家によく来るけど、俺が真衣の家に行くのは久しぶりだな。いったい何が待ち受けているのやら……。
***
真衣:鍵は開いてる 親もいないから、私の部屋まで上がってきて
玄関の前で呼び鈴を押そうとしたところ、ちょうどスマホにメッセージが届いた。どうやら部屋まで直接来い、と言いたいらしい。
「お、お邪魔しまーす……」
扉に手をかけ、ゆっくりと開く。綺麗に掃除されたフローリングの廊下と、すぐ横にあるじゅうたん敷きの居間が目に入った。たしかに電気がついておらず、誰もいない様子。
「真衣、来たよー……」
少し大きめの声で呼びかけてみたが、返事はない。やっぱり上の部屋にいるみたいだし、上がらせてもらうか。
履いてきたスニーカーを脱いで、真衣のサンダルの隣にそっと並べる。エアコンも効いておらず、廊下はかなり蒸し暑い。
廊下を進み、階段の前にたどり着いた。タンタンという足音を立てて、ゆっくり上の階に登っていく。なんだか緊張するな。女の子の部屋に行くから……というより、好きな子の部屋に行くから落ち着かないって感じだ。
二階に上がると、暗い廊下の奥に、扉の隙間から光が漏れている部屋があった。あそこが真衣の部屋だけど……昼なのに電気をつけているのかな、珍しい。
廊下を進んでいき、扉の前に立つ。それにしても「ごっこ遊び」って何なんだろうなあ、本当に。首をかしげつつ、ノックした。
「真衣、来たよ」
「……」
「真衣?」
「い、いらっしゃいませ。ご予約の
「!?」
何事!? 予約って何!?
「よ、予約なんてした覚えないんだけど」
「……カズ、『ごっこ遊び』って言った」
「へっ?」
「カズはお客さん、なの」
も、もう「ごっこ遊び」が始まってるって言いたいのか!? 何の店なのかも分からないのに!?
「えっと……ここは何をする店なの?」
「入れば、分かるから」
「……?」
何も分からない。真衣は何を考えているのか昔から分からなかったけど、こういうベクトルで分からなかったことは初めてかもしれないな……。
「わ、分かったよ。俺がお客さんな」
「うん」
「はい、予約した寺北ですけど」
「お待ちしておりました、お入りください」
真衣の丁寧な案内に、頭の中にいくつもの疑問符が湧き出てくる。居酒屋か何か? それともレストラン? 病院? 予約が必要な店(というかサービス業)なんて、いくらでもあるしなあ。
「し、失礼します」
とにかく入ってみよう。ドアハンドルを掴み、ゆっくりと扉を押し開く。見えてきたのは、綺麗に掃除されてほとんど物が置かれていない床、整理整頓された学習机、そして本や教科書が並んだ本棚。ってあれ、脱衣かごみたいなのが置いてあるな。何のためだろう。
肝心の真衣は、真っ白なTシャツと黒いズボンに身を包み、中央の座布団に正座していた。
「いらっしゃいませ」
真衣は膝に手をついて、深々と頭を下げた。ポニーテールが揺れる様にドキッとしながら、思わず俺も礼をしてしまう。……ってあれ、俺の分の座布団がない。
「えっと、俺はどこに座ればいいの?」
「そ、そちらのベッドにおかけください」
妙に緊張した表情で、俺のすぐ横を指さす真衣。そうだっ、死角になっていたから忘れていたけどベッドがあるんだったな。部屋に二、三歩だけ足を踏み入れ、真衣の指さす方向に顔を向けると――
「……!?」
そこにあったのは、真っ白なシーツの上にバスタオルが敷かれたベッドだった。これ……なんかいかがわしい店で見るやつじゃないの!? 行ったことないけど!
「さあ、おかけください」
「おかけくださいって……えっ、えっ?」
「どうぞ、遠慮なさらず」
「そうじゃなくて……って、えええっ!?」
よく見れば、奥に置いてある枕のそばに……ティッシュとローション!? しかも小さくて薄い袋が何個かあるけど、あれって……ゴムだよな? なんで、なんで真衣があんなもの……。
「ちょっ、どういうこと!?」
「よ、『夜のお店ごっこ』だから。カズ、行きたがってたでしょ?」
真衣はそっぽを向いて、淡々とそう呟いた。行きたがってたわけじゃないし、だいいち「夜のお店ごっこ」ってなんだよ!?
「い、行きたがってたわけじゃねえって!」
「あの、どうぞおかけください。時間が決まっておりますので」
「うえっ!?」
よく見ると、真衣の手元にはキッチンタイマーが用意されており、既に「30」の文字が記されていた。30分コースってこと!? だとすると、ソープでもヘルスでもなくて……
「当店はオナクラとなっております」
「そこまで合わせなくていいってば!!」
真衣のやつ、俺がオナクラのページを見てたからってこんな凝った遊びを計画してたのかよ!? なに!? そういういじり!? こいつ風俗のページ見やがってクスクス……ってこと!?
なんだよ、昨日は妙な態度だったから「案外気にしてないのかな」とか思ってたのに!! 蓋を開けてみれば滅茶苦茶気にしてるんじゃねえか! やっぱり怒ってるのか!? 手の込んだ仕返し!?
ちくしょう、真衣って意外と遊び心のあるやつなんだな。ここは大人しく従っておくとするか。
観念してベッドに腰かけると、真衣も立ち上がって俺の隣に座った。ぴったり膝がくっつくくらいの距離だから、柔軟剤の匂いか何かが漂ってくる。
「ち、近くない?」
「これもサービスですので」
いざこうしてみると……なんだか心が落ち着かない。普段は意識しないのに、「夜のお店」だと思うと妙に緊張してしまう。
「ではお客様、こちらをどうぞ」
「これって……」
どこから取り出したのか、真衣は一枚の紙を手渡してきた。A4サイズだけど、ご丁寧にラミネート加工までされている。……ん? なんか付箋だらけで何も見えないぞ?
「ちょっ、何も見えないじゃん」
「ああ、今お剝がしします」
「えっ?」
そう言うと、真衣は左端の付箋とその一個右の付箋をペリペリと剥がした。そこに見えてきたのは――「コース」「オプション」という文字。ちょっ、これって……
「料金表かよ!?」
「どうぞ、お選びください」
真衣に言われるまま、再び紙に目を落とす俺。まずは「コース」からだ。えっと……付箋で隠されていないのは「30分」のコースしかない。なんだこれ、レベルが上がれば上のコースが解禁されるってこと? RPGじゃないんだから。
さて、次は「オプション」か。と言っても、こちらも一個だけしか見えておらず、それ以外は全て付箋で隠されている。なんだろ、唯一のオプションは――
「『ランジェリー姿』ってなんだよ!?」
「その名の通り、私が下着姿でサービスさせていただきます」
「!!!?!!?!?」
ま、真衣が脱ぐのか!? 本当に!? ……嘘だろ!?
ちょっと心の整理が追い付かない。てっきりただの冗談か何かだと思っていたのに……真衣は本気で俺に「サービス」しようとしているのか。
「いかがなさいますか?」
「えっと、さ……」
「何でございましょう?」
「『タメ口』ってオプションはないの? 敬語だとなんか……」
「そのようなオプションはありませんが、対応させていただきます。……これでいい?」
無機質な敬語から、真衣らしい言葉遣いに戻り、それに伴って声色も温かくなった。よかった、ちょっと違和感があったんだよな。……いや、そもそもこの状況に違和感があるんだけど!
「な、なあ。本気なのか? 『ごっこ遊び』なんだよな?」
「『ごっこ遊び』だけど、サービスは本気。私、カズのために一生懸命用意したから……」
「えぇ……」
ど、どうしよう。まさかこんなことになるなんて思わなかった。真衣とは……幼馴染ではあるけど、付き合ってはない。だから「こういうこと」をするような関係になるなんて思わなかったんだ。
でも……いいんだよな? 真衣が「本気」って言っているんだから、そういうことだよな? 真衣も、俺になら「そういうこと」をしてもいいって思ってるんだよな? ……じゃあ、断る理由はないよな。
「じゃあ、30分コースで頼む」
「分かった。料金は先払いだから」
「えっ?」
「先払いだから」
「お代とるの?」
「夜のお店なんだから、当たり前でしょ」
……!!!?!!!? 何!? 真衣の奴、エロいことして幼馴染から金を巻き上げようとしてるの!?
「えっ、ちょっ、どういうこと? 俺、いくら払うの?」
「そこに書いてある」
真衣に言われるがまま、さっきの料金表を見てみると……たしかに書いてある! オプションとコースの下の欄に! ……って、これ「時価」って書いてあるじゃねえか! そんな寿司屋みたいな風俗なんて聞いたことねえぞ!
「ちょっ、『時価』っていくらなんだよ!?」
「私が決める。私がオーナーだから」
「いくら巻き上げるんだよ!?」
「お金は取らない。その代わり、
「ぶ、物々交換?」
「えっと……」
真衣は少し俯いて、上目遣いで俺の顔を見た。逡巡するかのように、何かを言いよどんでいる。
「ま、真衣?」
「あのね、30分コースの料金はね……」
そっと俺の耳元に顔を寄せる真衣。吐息が耳たぶにかかって、身体がゾクッと震える。その状態で、数秒間の沈黙が流れたあと――絞り出すように、真衣はある一言を紡いだ。
「カズが『好き』って私に言ってくれること、だよ」