無口な幼馴染の「お店ごっこ」で身も心も搾り取られる話 作:松木ユキ
自分の部屋に戻ってきて、ベッドに横たわっている。さっきまで起きていたことがまるで夢のようで、ギャグ漫画のように自分の頬をつねってみたけど、不愉快な痛みに今俺がいるのが現実世界だと教えられるだけだった。
それにしても……最後のオプションは「真衣が俺に告白の返事をすること」なのか。いったいどんな料金を払えば、真衣はそのオプションを叶えてくれるんだろう。好きだと伝えたのに、まだ足りないのかな。
「……」
どうして真衣はこんな真似をするんだろう。俺に「好き」だと言わせるため? そのためだけにあんな手の込んだ「お店ごっこ」を? ……分からない。
「真衣……」
なんとなく名前を呼んで、目を閉じる。本当に何を考えているんだ? 冷静になって考えてみると、夜のお店ごっこなんて正気の沙汰じゃ――
「呼んだ?」
「!?」
予想だにしない声に驚き、慌てて身を起こすと――そこには、よれよれの黄色いTシャツとジーパンを身にまとった真衣がいた。シャワーを浴びたのか、ポニーテールを解いて髪を下ろしている。さっきと似たような恰好だけど、ラフな感じがするな。
「な、なんでいるんだよ!?」
「別に……遊びに来たらいけないの?」
「いやっ、いいけど……」
さっきまでエロいことしてたのに、なんで何食わぬ顔で来られるんだよ!? ……なんて思ったけど、来てしまったものは仕方がない。
「カズの漫画、読んでいい?」
「……好きにどうぞ」
「ん」
真衣は本棚の方に歩み寄っていき、俺が最近買ったばかりの漫画本を手に取っていた。あくまであれは「お店ごっこ」であって、今はただの幼馴染同士ということか。真衣らしい割り切り方、とも言えるな。
「そこ、座る」
「あ、ああ」
俺の隣をじっと見て、自らの行動を予告する真衣。こうしてベッドに二人で座ることも昔からの習慣だけど……あんなことがあった後だと意味合いが違うような気がする。
「んしょっ」
軽く声を漏らして、真衣が隣に座った。シャツ同士が擦れる音がして、思ったよりも距離が近いことを知る。ん、シャンプーの匂いがする。やっぱシャワーを浴びたんだな。
「……」
ぺらり、というページをめくる音だけが聞こえる。真衣は空想の世界に入り込んでしまったようで、まるで俺のことなんか見ていないみたいだ。こっちは気が気でないっての!
俺の心拍数が上がっていることに、隣にいる真衣は気づいているだろうか。金縛りみたいに動けなくなった俺の身体について、何も感じることはないんだろうか。
「……ん」
「ん?」
「カズ、髪は長い方が好き?」
「え、なんで?」
「カズの持ってる漫画に出てくる女の子は、みんな髪が長いから……」
真衣は漫画本に視線を向けたままだった。けれど、その声はいくらか震えていて、俺から見える耳たぶも赤く染まっている。
最初は、真衣の意図が分からなかったけど……ピンと来た時には、自分の勘の悪さを恥じた。真衣がわざとらしく頭を揺らして、髪をなびかせるまで気が付かなかったのだ。
「うん、髪が長い子の方が好きだよ」
「! ……そう」
真衣は漫画の吹き出しに目を向けたままだったけど、その声色にはたしかに安心感が含まれていた。自分の好きな髪型に、真衣は合わせようとしてくれている……なんて思うと、嬉しくてたまらなかった。
「ねえ、カズ」
「ん、何?」
また声の調子が変わった気がした。何か期待感のようなものが含意されているようにも思える。
「次の……さ」
「次?」
「次の『お店ごっこ』のことなんだけど」
「!?」
今は幼馴染同士、のつもりで会話をしていたので、急にその単語を出されると跳ねてしまいそうになる。
「な、なに!?」
「……お、オプション」
「へっ?」
「オプションに『コスプレ』があるの。リクエストがあるなら、先に聞いておこうと思って」
なるほど、服の用意をするから好みを教えろと言いたいのか。真衣に何を着てもらうか……なんて、考えただけでもわくわくしてしまう。
「じゃあ、バニー」
「やだ」
断られてしまった。……リクエスト、聞いてくれるんじゃなかったのかよ!?
「な、なんで駄目なの」
「私が恥ずかしい」
「それがいいんじゃん!」
「……へんたい」
真衣はそっぽを向いて、ぼそりと呟いた。うさちゃん姿で恥じらう真衣の姿が見たかったのに! ……なんて言っても、本人が嫌だって言うなら仕方ないな。
「バニー以外で考えて」
「じゃあ……」
隣に向けていた視線を、ふと机の上に動かした。パソコンのモニターの側に置いてあるのは、いくつかの写真立て。進学や卒業などの節目に撮った写真が多く、その中には高校の入学式で撮ったものがあった。
写真には俺と真衣が二人並んで写っていて、思春期で斜に構えていた俺は(文字通り)斜めを向いており、真衣は無表情のままピースをしている。なんとも変な写真だけど……このブレザーを着た真衣は、なんだか懐かしく見えるな。
「……真衣、高校の制服って捨てちゃった?」
「捨ててないけど――」
その時初めて、真衣が漫画から顔を上げた。みるみるうちに顔を赤くしていき、バシバシと俺の肩を叩く。
「ほ、本気!?」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「せっ、制服着てほしいの!?」
「うん」
「うんじゃない!」
素直に頷いただけなのに糾弾されてしまった、まったく理不尽な幼馴染だなあ。……けど、制服なら「恥ずかしい」なんて言われる筋合いもないしな。
「着てくれないの?」
「……カズがそう言うなら、着るけど」
取り乱したことが恥ずかしいのか、再び漫画に視線を落とす真衣。しかし、やがて俺と一緒にいることすら耐えられなくなったのか――すっと立ち上がった。
「帰るの?」
「……準備するから。帰る」
「そ、そうか」
「明日、また私の家に来て。ちゃんと料金は貰うからね」
真衣は漫画本を持ったまま、すたすたと部屋の扉に向かって歩いていく。借りていくよ、と言いたいのだろう。長年一緒にいれば、それくらいは言われなくとも分かる。
「……じゃ、帰る」
「う、うん」
そうは言ったものの、真衣は扉の前に立ち尽くしたまま、いつまでも出ようとしない。漫画を持っているから扉が開けられないのかな? だったら代わりに――
「せ、せっかく」
「?」
「せっかくこれ着たのにおっぱい見てくれなかった!」
「!?」
よ、よれよれのTシャツ着てたのって……俺に胸チラを見せるためだったの!? そんな回りくどいことを!?
「カズの制服フェチ! じゃあ!」
乱暴に扉を開けて、真衣はすたすたと帰っていった。……こないだまでクールな幼馴染だと思っていたのに、今日だけで随分と印象が変わってしまった。
でも、制服かあ。久しぶりにあの頃の真衣が拝めるんだ。さて、今度の「料金」は何なんだろうな――