※この作品はR-18です。

無口な幼馴染の「お店ごっこ」で身も心も搾り取られる話   作:松木ユキ

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オプション:コスプレ

 朝、きっかり八時に目が覚めた。夏休み中だし、普段ならお昼まで呑気に惰眠を貪っているところだが、今日は違う。なんといっても……真衣との「お店ごっこ」があるのだ。

 

「よしっ」

 

 すっかり眠気なんか吹き飛んで、頭もしっかり冴えている。我ながら現金だとは思うが、実際楽しみなんだから仕方がない。

 

「……」

 

 ここで考え込んでしまう。起きたはいいものの、何時に行けばいいのか分からない。昨日みたいに真衣から呼び出されるのを待つか? いや、俺はあくまで「お客さん」。こっちから「予約」の電話をかけても全く問題はないはずだ。

 

「ええっと……」

 

 枕元に置いておいたスマホを手に取り、暗証番号を入力してロックを解除した。メッセンジャーアプリを開いて真衣の連絡先を探し、電話のマークにタッチしてから、スマホを耳に当てた。

 

「真衣だけど」

「うおっ!?」

 

 プルルル、という発信音すら聞こえる間もなく電話に出たので、つい驚いてしまった。

 

「なに? 大声出して」

「えっと、その……予約したいんだけど」

「予約?」

「お、お店ごっこするんだろ? 何時ならいいかなって」

「ああ……」

 

 何やら考え込んでいるようだ。昨日はあれだけ呼び出してきたのに、今日はどうしたんだろう。

 

「今日ね、お母さんのお仕事が休みになっちゃったの」

「えっ?」

「だから、カズが家に来るのは難しいかなって……」

 

 ……マジか。せっかく制服姿の真衣を拝む良い機会だったのに、ここにきてお預けかよ――

 

「ちょっとー、和彦ー?」

「!?」

 

 急に部屋の外から母親の声がして、ビビッてしまった。

 

「ごめん真衣、ちょっと待ってて!」

 

 慌てて電話を保留にして、大急ぎでベッドから下りて部屋の扉へと向かう。それとタイミングを同じくして、母親が部屋に入ってきた。

 

「あら、起きてたのね。てっきり今日もお昼まで寝るんだと思ってたわ」

「別にいいだろ、起きてたって。それより何か用?」

「お母さんね、今日親戚の法事だってこと忘れてたの」

「えっ?」

「今から急いで行ってくるんだけど、帰りは夜になるからご飯とか適当に食べてて」

「父さんは?」

「あら、気づいてなかった? お父さんは昨日から二泊三日で福岡に出張よ」

 

 どおりでゆうべ父親を見かけなかったわけだな。……ってことは?

 

「じゃあ、今日は俺しか家にいないの?」

「そうよ。お風呂掃除とかやっといてね、じゃ」

 

 母親は忙しなく部屋から出て行った。……こんなことになるとは、俺の日ごろの行いがいいんだろうな! 右手に持っていたスマホを目の前に持ってきて、保留を解除し、再び耳に当てる。

 

「ごめんごめん、急に母さんが部屋に来てさ」

「あ、うん。だからカズ、『お店ごっこ』はまた明日――」

「真衣の店、出張してないの?」

「えっ?」

 

 電話越しに戸惑っているのが分かる。そうだよな、こういう店には「出張」って概念があるんだ。

 

「俺の家、今日は両親いないからさ。……九時から、家に来てくれよ」

「!」

 

 スマホのスピーカーからは何も聞こえてこない。迷っているのか、それとも。

 

「……分かった。オプションは『コスプレ』ね」

「うん、それで」

「じゃあ、後で行くから」

 

 そこで電話が切れた。俺は再びベッドに寝ころんで、天井を見上げる。高校の頃、よく真衣が学校帰りに制服姿で家に来てたなあ。……あの頃の再現、だな。

 

***

 

 少しうたたねをしていたら、ピンポーンという呼び鈴の音で目が覚めた。いつの間にか九時になっていて、真衣が家の前に来たらしいな。俺は慌てて部屋を飛び出し、一階に降りて玄関まで迎えに行く。

 

「はいはい、今開けるよー」

 

 この扉を開ければ、制服を着た真衣がいる。高校時代、ずっと孤高の存在であり続けて、隠れ美少女として人気を集めていた真衣が――俺だけのために、制服を着てくれている!

 

「おはよう、真衣――」

「おはよ」

「……あれ?」

 

 目の前にいる真衣は、昨日と同じような白シャツとジーパンを身にまとっている。あれ? 俺の青春は? どこ行った?

 

「せ、制服は?」

「……お母さんが家にいるのに、高校の制服なんか着てたら怪しまれる」

 

 そりゃそうか。納得したわ。

 

 しかしよく見てみると、真衣は旅行に持って行くようなスーツケースを横に携えていた。もしかして制服を入れているのかな? これはこれで怪しまれそうな気がするけど、いいのかな……。

 

「中、入れてよ。暑いから」

「はいよ、荷物代わりに持とうか?」

「いい。着替えるから、お風呂のとこ借りていい?」

「ああ、うん」

 

 スーツケースを持ち上げ、家の中に入ってくる真衣。入れてよも何も、普段から勝手に入ってきていると思うのだけど……まあいいか。お風呂のとこ、ってのは風呂場の脱衣所のことだろうな。

 

「……」

「ん?」

 

 まだ何か言いたげに、こちらをじっと見る真衣。そういや、今日は髪を下ろしているんだな。高校生の頃はそういうときが多かったからだろうか。

 

「どうしたの、真衣?」

「いや、なんでもない。先にお部屋で待ってて」

「ん、分かった」

 

 俺は言われるがまま、階段に向かって歩いていく。真衣は風呂場の場所も把握しているはずだし、大丈夫だろう。

 

***

 

「……」

 

 さて、言われた通りに自分の部屋に戻ってきたわけだけど――なんだかモヤモヤする。下の階で、真衣が着替えをしているかと思うと心臓が速くなる気がする。いや、昨日下着姿を見ちゃったんだけどさ。それとこれとは別だよな。

 

「カズ、いい?」

 

 その時、ドアがノックされる音がした。……緊張するな。今度こそ、制服を着た真衣がいるはずなんだ。

 

「うん、開けるから待ってて」

 

 別に鍵なんかかけていないのだが、なんとなく迎えに行ってしまう。いちおう床に掃除機もかけたし、邪魔なものは脇によせておいた。真衣が来ることなんて日常だから、本当はいちいち掃除することはないけど、今日はなんだか特別な気分だったのだ。

 

 扉の前に着いた。こほんと咳ばらいをして、緊張をほぐしてからドアノブに手をかける。

 

「よろしく、真衣――」

 

 ……一瞬、時が止まったような気がした。

 

 純白のシャツの上に、紺色のブレザーがよく映える。胸元には赤色のリボンがあって、視線が惹かれる。膝くらいまであるチェック柄のスカートも可愛らしく、綺麗な足がいっそう美しく見えた。肝心の真衣本人はと言うと、あの頃のように凛とした表情を見せていた。

 

「か」

「か?」

「可愛い……」

「!」

 

 目に見えて顔を赤くして、表情を崩す真衣。口をついて出てしまった、可愛いという言葉。高校三年間、毎日のように見ていたはずなのに……いま改めて見ると、とても輝いているように映る。

 

「こ、高校の時はそんなこと言ってくれなかった」

「だ、だってそれは……」

 

 部屋の入り口でお互いに照れたまま動けなくなる俺たち。高校生の時なんか、とても言えるわけがない。恥ずかしいし、そんなことを言って嫌われたらと思うと余計に無理だった。

 

「か、カズだって!」

「えっ?」

「カズだって、制服着てたのカッコよかった!」

「!」

 

 自分がそんな風に見られていたなんて露ほども知らず、驚いてしまう。……そしてすぐに、嬉しい気持ちで胸がいっぱいになる。

 

「だからっ、その……カズにも、制服着てほしかった」

「えっ?」

「『カズも制服着て』って言いたかったけど……は、恥ずかしかったから……」

 

 俯いて、ぼそぼそとつぶやく真衣。そうか、さっき玄関で何かを言いかけていたのはそれだったのか。なんて健気で、愛おしい幼馴染なんだろう。今まで好きだと言わなかったことを後悔するくらいに、真衣に対する好意が胸に降り積もっていく。

 

「でもごめん、高校の制服はもう持ってないんだ」

「……そっか」

 

 真衣の表情は本当に残念そうで、さっきの言葉が嘘偽りでないことを物語っていた。親戚の子で、俺と入れ替わりで同じ高校に進学する子がいたから、お下がりとしてあげちゃったんだよな。こればかりは仕方ない。

 

「その……さ、立ち話もなんだし部屋に入ったら?」

「……カズ、早くえっちなことしたいだけでしょ」

「ち、違うって!」

「あーあ、カズは高校の頃から私をいやらしい目で見てたんだ。ひどいなー」

「もー、いちいち言うなって」

 

 頬を膨らませて不満を露わにしながらも、真衣は部屋に入っていく。右手にトートバッグを持っているけど、ローションなり何なりが入っているんだろうな。

 

「あっ、そうだ」

「なに?」

「『コスプレ』の料金は何なの?」

「!」

 

 ドキッとしたかのように、体を跳ねさせる真衣。こちらに背中を向けたまま、静かに呟く。

 

「も、もう貰った」

「へっ?」

「さっき、カズから貰った。だからいいの」

 

 え? 俺なんかあげたっけ?

 

「ちょっ、何が料金なんだよ!?」

「いいの! いちいち言わないで!」

 

 真衣はぷんぷんと怒りつつ、器用にスカートを抑えながら床に座り込んだ。きっと「お店ごっこ」の準備をするのだろう。

 

「分かったよ、今日はよろしく」

 

 ごそごそとバッグを漁る真衣を横目に、ベッドに腰かける。高校時代、真衣が自分の鞄から宿題のノートを取り出していた姿を思い出す。

 

「……さっきの、料金の話」

「えっ?」

 

 小さく呟いた真衣の声。首をかしげていると、真衣は照れ臭そうに、そっと話を続ける。

 

「高校時代に、先(・)払(・)い(・)してほしかったの」

 

 その声は透き通っていて、何より綺麗で――何よりも愛おしかった。

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