勇者が旅しているうちに。〜勇者の母親。魔法使いの姉。戦士の妹。〜 作:ユリイカ
今日も外壁で魔獣と戯れるだけの仕事を終えて、気怠い足を引き摺るようにして町を歩く。衛士という仕事は安定していて給料も悪くないが、とにかく息苦しい。何もなければ退屈で、何かあれば面倒だ。まったく、あんな密林焼き払ってしまえばいいものを。
とはいえ悪態をついても状況は変わらない。見方を変えれば魔獣が襲ってくるおかげで飯を食えているとも言えるのだから、感謝しよう。するわけないだろ。
などと疲労から妙な考えに取り憑かれていると、やがて一軒の店が見えてくる。貴族街に程近い閑静な街並みの中に並ぶ、小ぢんまりとした酒場だ。夕暮れ、すでに明かりが窓から漏れ出し、開店中の札も掲げられている。
すっかり馴染みの店となった〈白羽根〉の扉を開けると、中から硬く力んだ声が響いた。
「い、いらっしゃいませぇ」
「どうも。――やっと制服も用意できたんだな」
「あぅ。あ、あんまり見ないでください……」
奥から小走りでやってきたのは、フリルのついたロングスカートを揺らすフィオリーネだった。シックで落ち着いた色合いの制服は真新しく、まだ皺もない。着せられている様子が初々しい。
彼女は銀髪にヘッドドレスも装着し、まるでメイドのような格好だった。その美貌はともかく、服装からはとても上級貴族のご令嬢には見えない。
「いらっしゃいませ、レリオさん」
カウンターに立つシアに促され、いつもの席に腰を落ち着ける。すぐにフィオリーネがビールを持ってきてくれた。
彼女を助け、この店に駆け込んだのは一週間ほど前のことだ。それから俺はカイシュタリア家の当主、つまりフィオリーネの父親と話をした。上級貴族が衛士とはいえ一介の都民にすぎない俺の話をまともに取り合ってくれるかは半ば賭けではあったものの、彼女の父親は事前の評判に違わぬ人格者だった。
俺を快く出迎えてくれたばかりか、フィオリーネの一件を知ると頭を下げて感謝の言葉さえ伝えてきたのだ。
「今日は屋敷を抜け出して来たわけじゃないよな?」
「も、もうそんなことしませんっ!」
少しからかってやると、フィオリーネはトレーを胸の前で抱えて唇を尖らせる。
彼女の父親と話して明らかになったのだが、フィオリーネはあの日、密かに屋敷を抜け出し、誰にも言わずに密林へ入ったらしい。そこで死にかけて治癒術師の世話になったという話を聞いて、一家は上を下への大騒ぎだった。通りで家紋の一つも身につけていないわけである。
家令たちもまさか病弱なお嬢様がそんな大胆なことをしでかすとは、夢にも思わなかったのだろう。
そんなこともあり、俺がシアの代わりに提案した話は、ずいぶんと呆気なく許された。フィオリーネの体力作りと社会勉強を兼ねて、〈白羽根〉で働く許可が降りたのだ。
カイシュタリア家の当主ともなれば、公にはされていないシアの素性についても当然のように把握していた。経験豊富な元傭兵の治癒術師で、勇者の母親ともなれば、一人娘を預けるだけの信頼もあると判断したようだった。
そんなわけで、フィオリーネは早速〈白羽根〉で働き始め、今日はようやく手配していた制服が届いたというわけである。
「似合ってるじゃないか、その制服」
「ふぇっ!? あ、ありがとうございます……」
頬を膨らませて拗ねるフィオリーネに苦笑し、彼女の新たな服装に率直な感想を伝える。
いくら〈白羽根〉が貴族街に近く、客層もそれに寄ったものであるとはいえ、上級貴族の令嬢が普段着ている豪奢なドレスで働けるわけがない。そこで、カイシュタリア家による全面的な支援を受けて、貴族令嬢としての品格を保ちつつ仕事もしやすい制服が作られたのである。
流石は上級貴族御用達の仕立て屋が手掛けただけあって、素材はシンプルでも品質がいい。フィオリーネのすっきりとした身体のラインにも沿うように縫われ、動きも全く阻害しない。
「レリオさん、私はどうですか?」
「うぉっ!?」
フィオリーネの姿をまじまじと見ていると、カウンターから迫力の巨乳が飛び出してくる。思わず仰け反って振り返れば、ニコニコと目を細めたシアが両腕を広げて立っていた。
従業員が新たな制服を用意したということで、店主であるシアも共に制服を用意してもらったらしい。おそらく、娘を助けた謝礼も兼ねているのだろう。
シアの服装はフィオリーネのそれとデザインは共通しているが、サイズが随分と違う。特に胸のあたりは大きく迫り出していて、動くたびタプンッと盛大に揺れていた。
「んふふっ♡ レリオさんの表情も少しずつ分かるようになってきました。この制服もなかなか受けが良いみたいですね♡」
頬に手を当てて唇を弓形に曲げるシア。内心が見透かされたような気がして、思わず顔が熱くなる。どうやら俺も、ずいぶんと彼女と親しくなったらしい。
実のところ、フィオリーネを助けて以来、シアとは一度も身体を重ねていない。というのもこの一週間はフィオリーネの研修に専念していて、シアもそんな余裕がなかったのだ。
わざわざ花街に赴くような趣味もなく、疲れと共に色々と溜まっている。そこにシアの、胸を大きく強調するような服装を見ると、どうしても意識してしまう。
「フィオちゃん、ちょっとだけお店を任せてもいいかしら」
「えっ? それは、構いませんけど……」
突然に頼まれたフィオリーネは驚きながらも頷く。この一週間みっちり仕込まれたおかげで、基本的な業務は彼女も行えるようになっていた。料理はまだ練習中らしいが、作り置きを盛り付けて出したり、酒を注いだりは問題ない。
それよりも、振り返ったシアの表情である。彼女はフィオリーネに見えないようにぺろりと艶かしく唇を舐め、視線で奧の個室を示した。
「レリオさんがお疲れのようだから、少しだけマッサージをしてあげようと思って」
「ちょっ、シア――」
「肩も腰も、全身ガチガチですもんね♡ レリオさん♡」
「うぐぅっ」
驚いて腰を浮かすも、シアがカウンター越しに手を伸ばして肩に手を置く。色めいた瞳と舐めるような粘ついた視線だった。
「衛士のお仕事は大変ですもんね。分かりました、お店は任せてください」
純粋なフィオリーネは、そう言って張り切っている。
ここでようやく、シアが言っていた『人手が足りない』という言葉の理由を知る。俺とシアが個室に入るには、店を早仕舞いしなければならない。だがそれでは他の客に迷惑だ。それならば、と彼女は考えたのだろう。
「シア、ちょっと待――」
「さあ、行きましょうかレリオさん。じっくりしっぽり♡ 癒して差し上げますからね♡」
ねっとりとした声が耳の奥に絡みつく。いつの間にか回り込んできたシアは、俺の腕に抱きつき、ふにょんと柔らかい胸が包み込んできた。疲れきっていた身体が否応なく起き上がる。出番が来たと血流が加速する。
俺は笑顔で見送るフィオリーネに何も言うことができず、手を引かれるまま奥の完全防音の個室へと連れ込まれた。