勇者が旅しているうちに。〜勇者の母親。魔法使いの姉。戦士の妹。〜 作:ユリイカ
今日も今日とて王都防衛のお仕事である。
密林から飛び出す魔獣や蛮族を迎え撃つため、門の前方は木々が切り倒され平坦に均された見通しの良い平原になっている。つまりは見ていて何も面白味もない風景ということで、それもまた精神を苛んでくる。
「よっ、レリオ。今日も退屈で死にそうだな」
「おう。そういうお前は今日も楽しそうだな」
あくびを噛み殺しながら遠くに見える密林の影を眺めていると、同僚が交代を知らせにやってきた。こいつは衛士の中でも珍しいお喋りで、こうして顔を合わせるたびに声をかけてくる。
何がそんなに楽しいのか、同じ仕事をしているはずなのに何がそんなに違うのか。
「そういやレリオ、聞いたか? 勇者一行の話」
「勇者がどうかしたのか?」
噂好きで耳聡い同僚は、とっておきのネタを仕込んできたらしい。周囲に誰もいないというのにわざとらしく声を潜め、耳元に口を近づけてきた。硬い甲冑が腕に当たって痛い。シアの柔らかい感触とは大違いだ。
勇者といえばシアだが、昨夜の彼女は特に何か話題に上げることもなかった。魔導具を用いた迅速連絡はできるはずだが、あえて何も言わなかったのだろうか。そう考えて嫌な予感が脳裏を過ぎる。彼女が話題にしたくないこととは。
「実は、勇者たちが四天王のひとり、炎将ヴレイザール配下の十二大将軍"玩弄"のトゥイ配下の七傑"偽顔"のマズルカを倒したらしい」
「何一つ分からんな。……とにかく、武功を挙げたってことか?」
炎将も玩弄も偽顔も知らん。とりあえず、魔王軍の偉いやつの配下の配下を倒したということだろう。そんな雑な理解をしていると、同僚は面白くなさそうに口を曲げる。
「まあ、それで合ってるけどよ。ディアレから先は、もうちょくちょく魔王軍の先遣隊が到着してるみたいでな、戦闘も始まってるらしい。前線のひとつでもあるコロ要塞に勇者も向かったらしいんだが、そこの指揮官がなんとマズルカに成り代わっていたんだとよ」
人類軍の前哨基地は密かに頭目が殺され、敵の幹部が乗っ取っていた。"偽顔"のマズルカは変化魔法の使い手らしく、要塞の者もまるでその事実に気付かなかったという。しかし、怜悧なオーウィルが違和感を抱き、アレックスに忠言した。それから間も無く、宿で眠っていたアレックスを殺そうと魔族が忍び込んできた。警戒を怠らなかった勇者一行はそれを返り討ちにして、更にその指揮官であるマズルカをも討ち取ったのだ。
「重要な要塞が知らねえ間に乗っ取られたって話で、他の要塞もてんやわんやらしい。しかし、勇者のおかげで首の皮一枚繋がったってところだな」
「なるほどね。魔族を返り討ちにする勇者も勇者だが、オーウィルもよくやってるじゃないか」
てっきり勇者一行の誰かが怪我でもしたのかと思ったが、聞いてみれば朗報である。――おそらく、シアとしては息子が戦ったという話だけでも、あまり話したくはならなかったのだろう。
ともかく勇者一行は順調に旅を進め、敵も撃破した。この成果はきっと華々しく報じられることになるだろう。
「しかしお前はよく知ってるな」
「レリオが知らなさすぎるだけだろ。今朝の新聞に載ってたぜ」
「……」
どうやら、既に華々しく報じられた後だったらしい。
それはそうか。勇者一行の大戦果ともあれば、迅速通信で各地に最高速度で知れ渡るに違いない。
「毎日毎日飲み歩いてばっかりだから、世間を知らねえんだよ」
「最近は飲み歩いてないさ」
「そうなのか? 珍しいな」
俺が王都の店をあてもなく彷徨っているのは、同僚も知るところである。とはいえ最近はもっぱら〈白羽根〉に入り浸り、新規開拓はしていない。一日でも間を空けると、シアが料理に媚薬を混ぜ込んでくるのだ。おかげで肌艶だけはいいが、しこりのような疲れが取れない。
「ついにお前にも馴染みの店でもできたのか。俺も連れてってくれよ」
「いや、やめとけ。静かすぎてお前には辛いだろ」
馴れ馴れしく肩を組んで突いてくる同僚だが、こいつは〈白羽根〉の雰囲気に合わないだろう。メインの客層は年配の中流階級で、ゆっくりと静かに、誰にも邪魔されることなく食事と酒を楽しんでいる。四六時中喋り続けるオウムのような奴を招いても、誰も幸せになれない。
「なんだよ。――まさか、可愛い女でもいるのか?」
「ごほっ!? な、突然なにを言い出すんだ」
急に予期せぬところを追及され、思わず取り乱す。図星といえば、たしかにそうだ。シアは肉付きがよく艶かしい美女だし、フィオリーネも儚げで幻想的な可憐さがある。
「ほーん。レリオ、そういうのは興味ないって顔してるくせに。しっかり見てやがるんだな」
「べ、別にそうと決まったわけじゃないだろ。料理も美味くて酒も良い。だから気に入ってるんだ」
「ふーん」
慌てて取り繕うも、同僚の疑念の目は続く。しかしまさか、店の女将と個室でセックスに明け暮れているなどと言えるはずもない。
「やっぱり、俺も一回その店に――」
「そうだ。今度の合同訓練の話はどうなってるんだ?」
余計なことを言われる前に、強引に話題を変える。露骨すぎた言動に同僚はむっとするが、ひとまず応じてくれた。
自分で言うのもなんだが、衛士というのは基本的に武芸に秀でている。そうでなければ王都防衛という大役を任せられるはずもない。それもあり、たまに合同訓練の誘いがあるのだ。
「ヴェリグス流の訓練場を使うことになった。なんでも、師範が勇者に着いていったから、稽古を付けられる者がいないって話だ」
話題が多少ずれたところで、勇者の影はちらつく。
ヴェリグス流といえば王都でも屈指の名門で、剣や槍だけでなく素手でも戦う実践的な戦闘術を教えている場所だ。勇者一行に加わり旅立った戦士ゴルドールは、若くしてその師範となった実力者である。
「ゴルドールが不在でも他の師範がいるんじゃないのか」
「それが、ゴルドールが圧倒的すぎたんだ。おかげで代役では心許ないと不満の声が出てるらしい。今回の合同訓練も、師範代じゃなくて門下生の方から声が上がったみたいだぞ」
優秀な戦士が優秀な教師と決まったわけではないものの、ゴルドールに関していえば両方の素質を十分に併せ持っていたらしい。突然旅に出ることとなった彼の後任を務める者にとっては、不幸な話だろう。
「それでだな、レリオ。その合同訓練の打ち合わせも兼ねて今度呑みにでも――」
「その辺は全部お前に任せるよ。得意だろ?」
「あっ!? ちょ、待て――なんでこの高さを飛び降りて平然としてんだよ、この岩石男!」
ちょうどよく密林からデカい双頭の蛇が飛び出してきた。これ幸いと防壁から飛び降りて駆け出すと、上の方から同僚の罵る声が飛んできた。