勇者が旅しているうちに。〜勇者の母親。魔法使いの姉。戦士の妹。〜 作:ユリイカ
業火球が風を切り裂くように飛び、堅鱗を砕く。魔獣の甲高い悲鳴が耳朶を叩く。弾ける火花の灼熱を頬に感じながら、それを気にする余裕はなかった。爛々と輝く双眼には未だ、力強い敵意がある。
「うおおおおおおおっ!」
気合いを入れて吠える。繰り出す大鎚が、鱗の剥落した傷を叩く。
銀嶺狼の魔力が宿った大鎚は魔獣の体躯に薄氷を広げ、傷口を突き刺す。急激な凍結は、燃えるような痛みを与えることだろう。傷口に捩じ込まれる冷気に加え、真正面から叩き込んだ打撃が魔獣の体勢を崩した。
「我求めるは食い破る炎牙。疾く駆け抜け、獲物を喰らえ。――『劫火炎槍』ッ!」
怯み、腹を曝け出す大トカゲ目掛け、太く立派な槍が迫る。柔らかな肉を引き裂いて深く食らいつき、劫火の熱を持って焼き尽くす。
天を仰ぎ激しい痙攣をする魔獣に容赦無く火は延焼し、やがてその全身を包み込んだ。鮮やかに踊る火炎のなかで魔獣の鱗は燃え尽き、やがて骨だけが残る。
ボロボロと崩れて灰の山と化す魔獣を見届け、俺はようやく構えを解いた。
「足止めご苦労、レリオ。今回のはなかなか骨のある奴だったな」
「火属性は熱いからやめろって何度言ったら分かるんだ。直撃しなくても掠めたら大火傷だぞ」
「ふはは。俺がそんな不器用な奴に見えるか?」
「もういっぺんシメられたいか?」
悠々とした態度でやってきた同僚を、半分以上本気で睨む。しかし奴もこの程度は慣れたもので、笑う余裕さえあった。
「それにしても、ラーヴァサラマンダーの次はクレイワイバーンか。毎度毎度賑やかなことで」
焼死した魔獣は、その凄まじい火力によってシルエットだけが地面に焦げ付いていた。発達した前肢に翼膜を有した竜の近縁種。亜竜とも呼ばれるワイバーンの一種だが、これは空を飛ぶことを諦めた代わりに重厚な鱗で武装を固め、破壊的な脚力を得た魔獣だった。
並の剣など歯が立たない強敵だが、熱して脆くなったところを叩けば鱗が剥がれる。そこに槍でもなんでも突っ込めば、とりあえず倒せる。
「しかもこれだけの群れとなると、流石に厄介だな」
ともあれ、楽なのは単体の話。
俺は周囲に転がる死屍累々を見渡して、鉛のように重たい身体の疲労を思い出す。
本日の密林から現れたのは、サラマンダー種よりも更に手強いワイバーン種の魔獣の、しかも五十匹以上は確実の群れだった。
到底一人で対峙することのできる物量ではなく同僚にも駆けつけてもらったのはいいのだが、こいつが俺を巻き込むような魔法を次々繰り出してきて冷や汗が止まらなかった。同僚自身は、自分が操作を誤ることなどあり得ないと大言壮語しているのだが、だからと言って頬を掠めるようなギリギリを狙う必要はないはずだ。
「他の奴らも言ってたが、最近は密林からはみ出てくる奴が多いらしいな」
「はみ出てくるのはいいが、この量はちょっと垂れ流し過ぎだろう」
迎撃用に整えられた平原はあちこちで地面が抉れ、凍りついたり焦げついたりと大変な有様だ。首の曲がったワイバーンの隣には灰となったワイバーンがあり、頭の潰れたワイバーンがいたかと思えば、いまだに燃え続けるワイバーンがある。
竜とは違い、群れることも珍しくないワイバーンだが、これほどの群れが密林という居住地を捨てて飛び出してくるのは珍しい。
一応、上に報告しないわけにもいかない。その結果がどうなるのかは分からないが、嫌な予感だけがふつふつと湧いてくる。
「それにしてもレリオ。最近調子良さそうじゃないか」
クレイワイバーンの骸から一切の興味をなくし、同僚がいつもの面倒臭い表情をする。厄介な匂いを感じて踵を返す俺に、そいつはニヤニヤとしながらついて来た。
「相変わらずやる気はなさそうだが、今日も何十匹倒した? 元気が有り余って仕方ないって感じだな」
「そうかもしれんな。誤差かもしれん」
「いーや。絶対に違うね。――やっぱり、例の店だろ?」
この脳筋魔法使いも存外しつこい。俺が〈白羽根〉の詳細をはぐらかし続けているせいで、むしろ好奇心を煽ってしまっているようだ。ことあるごとに飲みにいこうと誘ってきたり、好きな女について尋ねてきたり、五月蝿いことこの上ない。
「なー、いいだろ? 俺にも会わせてくれよ。レリオに相応しい奴か、見極めてやるからさ」
「なんでお前に伺いを立てにゃならんのだ」
「そ、そりゃお前。俺はお前の同僚で、一番身近な――」
「知らんな。俺一人で十分だ」
なぜか嬉しそうに同僚であることを強調する魔法使いに鼻を鳴らし、その脇をすり抜けるようにして門へ向かう。
「今日こそ連れてってくれよ! お願いだから! 俺の奢りでもいいぞ」
「嫌だね」
必死に懇願されれば、逆に頷きたくなくなる。魔法使いのくせに重たい甲冑を着込んでいるこいつは、着替えるのにも時間がかかって仕方がないのだ。だからといって鎧のままの姿では、ガシャンガシャンと歩くたびに音がなってうるさいし、そもそも街中で武装する奴は奇異の視線を集める。とにかく、連れて行くつもりはない。
そもそも、ここのところの〈白羽根〉は苦労も増えているのだ。なにせ、奧の個室での"施術"の頻度が急激に高まっている。
「とりあえず報告書を書くから邪魔するな。例の合同訓練の日程はどうなった?」
「俺一人で十分だとか言いながら、そっちは人任せじゃないか。……来週に決まったよ。休んだら燃やすからな」
「へいへい」
口を開けばうるさい同僚だが、やることはちゃんと卒なく熟すあたり真面目だ。来週には勇者一行の戦士ゴルドールの道場を訪れることになるというのは、一応心に留めておく。門下生から不満が出ている師範代についても、少し気になってはいるしな。
衛士の詰所に戻り、窮屈な机に向かってペンを握る。デスクワークなどするような性質ではないが、これも仕事のうちだ。密林から飛び出してきたクレイワイバーンの数や周囲の状況などを、分かる限り書き連ねていく。
「ふぁあ……」
シアの治癒術で夜の"施術"の疲労は綺麗さっぱり消えているが、流石にワイバーンの群れと戦った直後はぐったりとしてしまう。思わず漏れた欠伸を噛み殺しながら、つらつらとペンを走らせていた――その時だった。
「ごめんください。レリオさんはいらっしゃいませんか?」
詰所のドアが叩かれ、戸板越しにくぐもった少女の声がする。どうやら俺の名前を呼んでいる様子だ。なにか嫌な予感がして、急いでドアを開けようとした矢先、
「レリオは今、作業中だが。何か用、です、か……?」
俺よりもドアに近い位置にいた同僚が声に応じてしまう。面倒くさそうに対応しようとした奴の声が尻すぼみに小さくなり、取ってつけたような敬語も挟まった。
開いたドアの向こうに立っていたのは、仕立てのよい服で着飾った少女だ。流れるような銀髪を風に靡かせ、すらりと美しい立ち姿でこちらを向いている。青い瞳は俺を見つけて、すっと細くなった。
「レリオさん! すみません、突然押しかけてしまって」
「フィオ、リーネ……?」
「もう、レリオさんたら。フィオと呼んでくださって構わないんですよ、いつものように♡」
正午近くの詰所を訪れたのは、フィオであった。唖然とする俺に、彼女はくねくねと身を捩って頬を赤らめる。その手に蔓を編んだ手提げ鞄を持っていた。
「れ、レリオ? この子、この前助けた……。どういう? は?」
「ごほんっ! ちょっと失礼」
「あっ!? ちょ、レリオ!? 俺にも詳しく――」
当惑する同僚を押し除けて外に飛び出し、ドアを閉める。ドンドンと向こう側から叩かれるが、決して開けるわけにはいかない。
ドアを背中で押さえながら、あらためて白昼堂々と現れたフィオを見下ろす。
「何しに来たんだ、突然」
「レリオさんの働いている姿を見たくて♡」
「……」
白々しい言葉を聞き流して見つめると、フィオは唇を尖らせながらカゴを持ち上げる。
「じ、実はシアさんに料理を習っていまして。その、お昼に食べていただければ、と思って……」
さっきとは打って変わって緊張した様子のフィオ。驚いて籠を受け取ると、中には綺麗に切り揃えられたサンドウィッチが並んでいた。
「き、切っただけとか言わないでくださいね。まだ、火は使わせてもらえなくて」
「いや、美味そうだ。――ありがたく頂こう」
「ほ、本当ですか!」
フィオは前々から料理にも興味を示していたし、シアが教えたのなら酷い結果にはなっていないだろう。何より、彼女が手ずから作ってくれたということに感銘を受ける。
ぱぁっと花が開くように表情を明るくするフィオを微笑ましく思いながら、あらためてサンドウィッチの具材を眺め……。
「こいつはダメだ。これもだな」
「あぅっ!? ちょ、ちょっと待ってください。これは――」
毒々しい赤黒い色のキノコの挟まれたサンドウィッチを抜き出す。露骨に慌てるフィオに、感激していた心を返してほしくなる。
シアにどんな入れ知恵をされたのか。当たり前の顔をして催淫効果のある毒物が混入していやがる。
「おいっ! レリオ、これはどういうことなんだ! なんでこの前助けた貴族のお嬢さんがお前に弁当届けに来てるんだよ! 俺にも詳しく教えろ!」
検閲を進めていると、詰所の窓が開いて同僚が顔を出す。フィオがカイシュタリア家の令嬢であることは伏せているが、貴族の娘であるということは奴も知っている。だからこそ、余計に激昂しているのだ。
「初にお目に……、ではありませんね。先日は助けていただき、ありがとうございました」
淑然として挨拶をするフィオは、やはり上級貴族の風格と気品を備えている。堂々としたその態度に、同僚も気圧されているようだった。
「実はあれから、レリオさんとは縁がありまして。――今は個人的に、"体力作り"に付き合って頂いているのです♡」
「……」
体力作りとは、モノは言いようである。"施術"と称して個室に連れ込むシアの悪い部分まで、しっかり学んでしまったらしい。
同僚はワナワナと震え、目を丸くしている。
「れ、レリオ! この、俺というものがありながら――!」
「お前がなんなんだよ。全く。――とりあえずサンドウィッチはありがたく受け取るよ。しかし、来るなら言ってくれればよかったんだが」
「うふふっ♡ レリオさんの驚く顔が見たかったんです」
窓から手を出してギャイギャイと叫ぶ同僚は全く蚊帳の外となり、フィオは陽光の下で輝くような笑みを見せる。
「これを食べて、今夜の"体力作り"もよろしくお願いしますね♡」
こそりと耳元に近づいて囁くフィオ。初めて会った頃には想像もしなかった、彼女の妖艶な女の表情に、思わずどきりとした。