勇者が旅しているうちに。〜勇者の母親。魔法使いの姉。戦士の妹。〜 作:ユリイカ
厳めしい面構えの門をくぐると、王都の真ん中とは思えないほど広大な鍛錬場が現れた。そこに、道着姿の屈強な男たちがずらりと並び立っている。数百人もの門下生たちは沈黙を保ち、呼吸さえも聞こえない。異様な緊張感に満ちていた。
「ひぇっ」
隣を歩く同僚が、喉の奥から声を漏らす。目付きの鋭い凶悪な人相の男たちが一斉に視線を向けてきたのだ。たとえ彼らに悪意がないと分かっていても、動揺してしまう気持ちは分からなくもない。
「堂々としてろよ。取って食われる訳じゃない」
「そりゃあそうかもしれないけどよ。俺はただの魔法使いだぜ?」
場違いな所に来てしまった、と奴は怯える。いつものウザいほどの笑顔も消え失せ、完全に場の雰囲気に飲まれていた。
「ようこそおいでくださいました。南門の衛士の手ほどきを受けられるとは、恐悦至極です。本日は、よろしくお願いします」
門をくぐった先、整然と並ぶ門下生を代表して迎えてくれたのは、巌のように屈強な大男だった。袖が破れた道着を着て、分厚い筋肉が凄まじい熱気と圧力を放っている。つるりとした禿頭も、彼の人相とあいまって威圧感を醸す。
彼は王都屈指の名門武道、ヴェリグス流の門下生。名をビゴルといった。
本日は、前々から計画されていたヴェリグス流との合同訓練である。突き抜けるような晴天と暖かな気温は、まさしく訓練日和。こちらに話を持ってきた発起人の一人でもあるビゴルも凶悪な笑みを浮かべている。
「しかし……、失礼ですがお二人だけ、ですか?」
にこやかに(おそらくは)出迎えてくれたビゴルだが、門をくぐってきた俺たちを見て困惑する。その表情には、隠そうとしているものの明確に落胆が見える。
合同訓練の事前の打ち合わせでは、衛士側からも五人ほど戦士タイプの人員を連れてくる予定だった。しかし、ここにいるのは俺と同僚のふたり。しかも片方は重そうな鎧を着込んでいるとはいえ、魔法を主体とする後衛だ。
「すまないな。実は、ここのところ密林が騒がしく、そちらの警戒に人員を割かざるを得なくなったんだ。二人ほど重傷者も出てしまって、連絡する余裕もなかった」
「そうですか。それは……」
隠すこともない。事実を口にするも、ビゴルは眉を揺らす。
密林はこの一週間ほど、平時と比べても強力な魔獣が次々と出てくるようになった。それを迎撃する衛士にも怪我人が出始め、門は警戒を余儀なくされていた。それでも前々から話が始まっていた合同訓練を中止するわけにもいかず、こうして俺と同僚が菓子折りを持ってやって来たのだ。
「まあそんな心配しないでくれ。ウチのレリオは強いぞ!」
「お前な……」
同僚は俺の影に隠れて言いたい放題である。後衛ってそういうことじゃないと思うぞ。
しかし、ビゴルは明らかに失望している。ともすれば、侮られたと思っている可能性もあった。素直に謝罪したとして、それが通じるかどうか。
「天下無双のヴェリグス流。その名はこちらも存じている。こちらも今日を楽しみにしていた。聞けば、師範はあの勇者一行に加わったゴルドール殿だとか」
「ええ。師範が勇者と共に魔王討伐の旅に出たことは我らの誇りです。必ずやかの怪物を討ち倒してくれるでしょう」
ゴルドールの名を出せば、筋肉ダルマのような偉丈夫も多少は態度がやわらいだ。門下生たちも口を結んでいるものの、瞳に力が宿っている。彼らにとって、ゴルドールは目指すべき師であり、誇れる先達なのだろう。
「とはいえ、師範が不在の今、我らは鍛錬こそ続けているものの、停滞していると言わざるを得ません。ぜひ、お手合わせいただき、新たな境地を開いていただきたく」
「新たな境地……。しかし、ここにはゴルドール殿の実妹がいらっしゃるのでは」
「……」
気になっていたことを軽々に尋ね、後悔する。勇者一行に加わるほどの実力者であるゴルドールには妹がいる。彼女もまた、ヴェリグス流の鍛錬を積んだ実力者であるはずだ。
「男と女では体格も力も異なる。確かに歴で言えばアイツの方が長いですが、もはや切磋琢磨できるほどのものでは」
「そうか」
平然と言い放つビゴルに、思わず眉が動きそうになる。ともあれ、ここで何か言い返したところで、何になるというものでもない。表面上、それに軽く頷くに留める。
「では、僭越ながら俺がビゴル殿の相手を。挨拶がわりの試合でもどうだ」
「我らヴェリグス流は常在戦場。いつでも構いませんが、大丈夫ですか?」
ビゴルは背後を見やる。数百の門下生たちが、活力を漲らせて待ち構えている。対してこちらは二人。というか実質俺だけだ。
これだけの人数を相手取る余裕があるのか、と言外に追及されている。
しかしまあ、今の時点でもある程度のことは推し量れる。ヴェリグス流も門下生が多いだけに、玉石混交といったところか。
「では、親交の握手から」
手を差し出す。
ビゴルという男も、釣られて手を出してきた。
背後で同僚が目を眇めているのが気配で分かった。おおかた、先ほどビゴル本人が言っていた常在戦場の意味を疑っているのだろう。
「――ふっ」
節だった手を握る。瞬間、相手が強く握りしめてきた。ここで力を知らしめようという魂胆か。あまりにも明け透けでため息が漏れる。とりあえず、威圧はともかく腹芸ができるタイプではないのだろう。
魔物相手ならば別に必要ないが、武道を極めるならばこの程度は難なくこなせなければ話にならないだろうに。
「ぐっ!? うわああっ!?」
巌のような大男が、風に舞い上げられた羽根のように浮き上がる。俺を睨んでいた門下生たちの顔が驚愕に染まる。なによりビゴル自身が信じられていない。
「受身を取らないと、腰を痛めるぞ」
「っ!? ぐああっ!」
落ちると同時に地面へ叩きつける。この程度で再起不能になるほど柔ではないだろうが、自重も相まってそれなりに痛そうだ。苦悶の表情を浮かべるビゴルは、存外素早い動きでこちらへ拳を。
「直線的すぎる」
真っ直ぐな動きは弾きやすい。流れを逸らせば勢いはあらぬ方向へと向かい、身体は崩れる。いかに分厚い肉の鎧を纏おうとも、人体の弱点はそう変わるものではない。
「ごっ!? は、ァ――っ!?」
軽く膝を入れてやれば、ビゴルは面白いように吹き飛んだ。慌てて左右に避けた門下生たちは、戦慄の顔をこちらに向ける。
もちろん、俺は呼吸のひとつも乱れていない。
「うおっしゃ! さすがレリオだぜ! その調子でやっちまえ!」
水を打ったように静まり返る鍛錬場に、場違いな同僚の声だけが空虚に響く。
思わず額を抑えると同時に、向こうも煽られた。
「まずは、力の流し方から――」
「掛かり稽古だ。やれっ!」
穏便な提案はあっけなく掻き消され、殺気立った男たちが拳を掲げて殺到してきた。