勇者が旅しているうちに。〜勇者の母親。魔法使いの姉。戦士の妹。〜 作:ユリイカ
死屍累々という表現は正しいだろうか。
正確に言えば、屍はない。ただ屈強な道着姿の男たちが折り重なるようにして倒れ、立ち上がる余力すらなく荒い呼吸を繰り返しているのである。
「あっはっはっ! 流石はレリオだな。ヴェリグス流の門下生相手に、くははっ!」
「あんまり笑うんじゃない。失礼だろ」
ゲラゲラと笑う同僚を諌めつつ、若干の後悔と肩透かしを感じながら目の前に転がる偉丈夫を見下ろす。
「もうしわけない、ビゴル殿。流石にこれだけの人数となると手加減をしている余裕もなかった」
「う、ぐぅ……」
ビゴルは俺を見上げ、低く唸る。その声が悔しさなのか怒りなのか、俺には図りかねた。
彼を投げ飛ばしたのを皮切りに、雪崩のように襲いかかってきた門下生たちをいなしているうちに、気がつけばこうなっていた。俺の本来の得物は大鎚だが、傭兵時代から一通りの対人格闘術も嗜んできた。ヴェリグス流にどれほど通用するかは未知数だったが、どうやら杞憂だったらしい。
当初の予定からはかなり狂ってしまったが、そもそもビゴルたちが襲いかかってきたのが発端だ。こちらに責任はない、ということにしよう。
「しかし、ヴェリグス流ってのも噂に聞くよりずいぶん呆気ないな。レリオなんて息も上がってないじゃないか」
「側から見てただけの奴が言うなよ。ヴェリグス流はもともと対魔獣戦闘に特化した武術の一門だ。対人戦は専門外だろ」
「そうは言ってもよう」
何がおかしいのか、同僚はニコニコと楽しげだ。
「それより、ずっと野晒しってわけにもいかないだろ。どこかに運んだほうがいいんじゃないか」
「そうか? 別に放っておいても死にゃ――」
「ほら、運ぶぞ」
「ちぇっ」
あからさまに口をへの字に曲げてみせる同僚をつつき、図体のでかいビゴルを持ち上げる。とりあえず敷地内にある道場の中にでも放り込んでおけばいいだろうか。
「あー、めんどくせ」
そう言いつつも、同僚は杖を振るって魔法を発動する。ぐぐぐ、と地面が隆起して巨大な人の手の形となり、屈強な男たちを何人も纏めて運びはじめた。いくら俺が鍛えているとはいえ、気を失った人を運べるのは二、三人が限界だ。その点、魔法使いなら一気に十人ほどは運べるのだから心強い。
「レリオ、このあとはどうするんだ? 門下生が全員伸びちまったら、合同訓練どころじゃないだろ」
「そうだなぁ」
たしかに、本来なら型やら立ち位置やらの技術に関して交流しながら、お互いの理解を深めるつもりでいたのだ。それが突発的な掛かり稽古に変わったかと思えば、相手が全員潰れてしまっている。これでは、何もできない。
「そ、それなら、俺とどっかで呑まないか? ちょうどいい店を見つけて――」
「うわああああっ!?」
同僚が何かを言いかけたその時、道場の裏手から耳をつんざく悲鳴が響いた。驚いて振り返れば、そこには明るいオレンジ色の髪の少女が、目を丸くして立ち尽くしている。
「うん? あの子は――」
「こ、この……! 道場破りなら、わ、わわ、わたしが相手を――!」
その小柄なシルエットに既視感を抱いた矢先、彼女は勢いよく飛び出してくる。しかし、かなり離れた位置で動きも止まり、両手で拳を作りながらもプルプルと震えている。
着古した道着に、日に焼けた肌。しなやかながらも筋肉を感じさせる四肢。涙目ではあるが、門下生たちを守ろうという強い意志が宿っている。
「君、もしかして剣横丁の奧で……」
「ひゃっ!?」
そのあどけない丸顔に見覚えがあった。剣横丁の路地裏、ひとけのない空き地で泣いていた少女だ。脳内でその記憶が急激に鮮明になり、彼女の言葉や泣き顔が去来する。
ヴェリグス流の道場だったのか。いや、しかし彼女はなんと言っていた?
「も、もしかして、君は……」
そんなことがあるのだろうか。しかし、事実はそこに向かっている。
思わず生唾を飲み込む俺を前にして、彼女は名乗りをあげた。
「ヴェリグス流師範、ゴルドールの妹。パニーと、申します……」
怯えながらも警戒を露わにしていた少女もまた、俺の顔を思い出したようだ。肩の力が抜けて、覇気を萎ませながら名前を述べた。
「そうか、ゴルドールの」
勇者一行に加わった、ヴェリグス流の師範ゴルドール。彼に妹がいるという話も聞いたことはあるが、まさかこんなに可愛らしい子だったとは。
思わず脱力する俺を見て、パニーも困惑しながら納得していた。
「そっか。今日の合同訓練、南門の衛士さんって……」
「おいおいレリオ。この子、知り合いなのか?」
声を抑えて脇腹を肘で突いてくる同僚。しかし、どう説明したものか。
「あ、おじさん! サンドウィッチ、ありがとうございました。籠を返そうと思ってたんですけど、なかなか時間が合わなくて……」
「おじ……。よければレリオと呼んでくれ。籠はまあ、適当に置いててくれてもよかったんだが」
どうやら彼女は、サンドウィッチの籠を直接渡そうとしてくれていたらしい。詰所にも何度も来てくれたようだが、タイミングが合わず出会うことがなかった。それがまさか、ここで再会を果たすことになるとは。
「おい、レリオ。サンドウィッチって――」
「まあまあまあ。それよりも、パニーは合同訓練に参加しなくてよかったのか?」
またしつこい雰囲気を醸しはじめた同僚を抑えて、パニーを見る。彼女も道着を着ているものの、合同訓練に参加しようという様子ではない。むしろ、別の場所で一人で体を動かしていたような汗の滲み具合である。
思わず疑問を口にすると、急に彼女の表情が翳る。
「う。す、すみません……。この合同訓練は、わたしが企画したものではなくて……」
それを聞いてハッとする。
合同訓練の発起人はビゴルたち門下生だ。彼らはなんと言っていた? ゴルドールが不在の今、指導者がいないと愚痴をこぼしていなかったか。
パニーはゴルドールの実妹で、鍛錬も積んできている。それは彼女の体つきや身のこなしを見れば一目瞭然だろう。しかし、ビゴルたちは、彼女を師範代として認めていない。
「あ、あははっ。すみません、レリオさん。わたし、自主練してますから。えっと、ごゆっくり――」
「ちょっと待ってくれ」
逃げるように後ずさるパニー。身を翻し小さな背中を向けたその瞬間、俺は咄嗟に彼女の肩を掴んでいた。
「ひゃうっ!? な、なんですか?」
「もしよければ、手合わせ願いたい」
「え、ええっ!? わ、わたし、なんか……」
「相手がいなくて困っていたんだ。ぜひ、ヴェリグス流の使い手と一戦交えたく」
直感が囁いていた。彼女はきっと、只者ではない。ビゴルたちの侮る顔が浮かぶが、あれは彼らが未熟なだけだろう。
その証拠に、彼女は倒れていない。俺が思い切り肩を引いたというのに、体勢を保っている。無意識にまで染みついた体幹と足捌きが、彼女をビゴル以上に屈強な存在にさせていた。
「ちょ、ちょっとレリオ。これから呑みに行くんじゃ」
「まあ待て。まだ合同訓練は終わってない」
唇を尖らせる同僚の言葉を遮り、構えを取る。
「……わ、分かりました。若輩者ですが、よろしくお願いします」
パニーはびくびくと肩を縮めながらこくりと頷く。
だが次の瞬間。顔をあげた彼女は一流の武芸者となっていた。刃のように鋭い眼光が俺を射抜く。戦いの前の高揚感に思わず口角が上がるのを感じながら、俺は前に踏み込んだ。