勇者が旅しているうちに。〜勇者の母親。魔法使いの姉。戦士の妹。〜 作:ユリイカ
その日、〈白羽根〉は臨時休業となっていた。閉店の札がドアにかけられ、鍵もしっかりと閉められている。外部の者が入ってこられないように万全の態勢が整えられた上で、俺たちは完全防音の個室の床に座っていた。
「――それで、もう一度伺ってもいいですか?」
目の前に仁王立ちするのは、微笑を浮かべたフィオ。可憐な表情だが、そこからは強い威圧を感じる。背後に猛吹雪の凍てつく荒野が見えるようだ。
「ち、違うのよ、フィオちゃん」
「シアさんは少し黙っていてください。レリオさんに聞いているんです」
俺の隣で同じく正座しているシアが口を開くも、フィオはぴしゃりと突っぱねる。
また他方の隣には、パニーも座している。彼女は不貞腐れたような顔で、いかにも不満げだ。しかし、フィオの圧力を受けて逃げ出すこともできない。
俺と、シアとパニー。俺たちは服装も乱れたまま鬼神の如き風格を醸し出す少女の前に並んでいた。
「昨日の夜、何があったんですか? この子は誰で、なぜ三人で仲良く眠っていたんですか?」
「それは……だな……」
昨夜、俺たちは酒場で力尽き果てるまで交わった。それは文字通りの意味で、俺たちは意識も飛ばし、気絶するように眠ってしまったのだ。朝が来て、昼が過ぎ、仕込みの手伝いのためにフィオがやってくるまで。
彼女が見たのは酒場の床で折り重なるようにして倒れる俺たちだ。驚愕した彼女は慌てて介抱しようと近づき、そこで妙な匂いに気がついた。しかも俺は半裸で、シアとパニーは全裸だ。ここで何があったのか分からないはずがない。
目を覚ました俺たちはにこやかなフィオに迎えられ、そのまま奧の個室へと促され、ここで尋問を受けているのであった。
「パニーさん。……ゴルドールさんの妹様ですか。まったく、レリオさんは」
額に手を当て呆れ果てるフィオは、俺にどのような思いを抱いているのだろうか。
隠し通すこともできず、赤裸々に全てを曝け出した俺は、もはや何も言うことができなかった。
「この際ですので、ここではっきりとさせておきましょう。レリオさんは、誰が一番なのですか?」
「だ、誰が、と言われてもな」
ずい、と迫るフィオの言葉に窮する。
シアとパニーからも強い視線を感じた。
「ねえ、レリオさん。この人はいったい誰なの?」
ずっと正座で我慢していたパニーが尋ねてくる。彼女はフィオと出会うのも初めてだ。
俺が答える前に、フィオは胸に手を当てて口を開いた。
「私はフィオリーネ・レフィオ・ヴォーデル・カイシュタリア。縁あってこのお店でお手伝いをしています。家名の通り、勇者一行の魔法使いオーウィルの姉です。――そして、レリオさんに愛してもらっている女です」
「ごほぉっ!? ふぃ、フィオ、ちょっとその言い方は……」
あまりにも明け透けな言い方に思わず咽せる。"体力作り"という建前すら吹き飛んだ直接的な表現だ。その言葉に、パニーも目を丸くして唖然としている。
「間違いではないでしょう? ここ最近は、シアさんよりもたくさん愛してもらっていますし」
「そ、そのせいで昨日は大変だったんだぞ……」
「うぅ……」
勝ち誇るようなフィオに、シアがまた拗ね始めている。
「ま、待ってよ! レリオさん、そんなこの人以外にも恋人がいるの?」
「いや、その、これは成り行きというか」
パニーに詰められ、自分でも情けないほどしどろもどろになる。しかし、外から見れば、三人の女性に手を出した軟派な男でしかない。
「……そうだな。パニー、俺はこういう男なんだ。だから」
腹を括り、誠心誠意の謝罪をしようとした矢先。
「やっぱり、すごいねレリオさん。こんなに沢山の人を愛せるなんて!」
「うん?」
何やらパニーの反応が思っていたものと違う。彼女は目を輝かせ、俺に熱い視線を送ってきた。
「男の中の男だもんね。悔しいけど、他に女の人がいるのは納得だよ」
「もちろん、私が一番目ですけどね」
シアまで便乗して、何やら鼻の穴を膨らませている。
妙な話の流れに困惑してフィオに助けを求めると、彼女もまたさもありなんといった顔だった。
「レリオさんの絶倫は、私もこの身で思い知っています。他の女の子を連れ込むことに文句を言うつもりはありません」
「いや、絶倫というかシアの治癒術のせいじゃ――」
「その代わり、連れ込む前に一言言ってください。お店に入ったのが私だったからいいものの。他の人が見たら事件に発展しますよ」
「そっちだったのか!?」
フィオが怒っていた理由が判明し、力が抜ける。
彼女は俺がパニーと関係を持ったことには何も思っていないらしい。
「シアさんも妙な嫉妬はやめてください。レリオさんはみんなを平等に愛してくれるんですから」
「それは、昨日のことでよく分かったけど……」
「パニーさんも、これからはよろしくお願いします。ただし、一人で抜け駆けするような真似はやめてくださいね」
「うぅ。でも、レリオさんなら仕方ないか」
貴族というのは、淑女でも帝王学を学ぶのだろうか。
フィオはあっという間に二人を丸め込み、納得させてしまった。置いて行かれたのは俺だけである。
「私たちも無関係の三人というわけではありません。ここで出会ったのも、何かの縁でしょう。同じ男性の下に集まったのです。仲良くしましょう」
「そうね。私、ちょっと余裕がなかったみたい」
「分かった。フィオの言う通りにするよ」
昨日はあれほど乱れて対立していたシアとパニーが、あっという間に和解している。両者の手を取り持つフィオは今度こそ柔らかな微笑みを浮かべていた。
「そういうわけですので、レリオさん。これからは三人共々よろしくお願いしますね♡」
「お、おお……」
げに恐ろしきは貴族の統率力ということか。俺は何も口を挟むことができないまま、こくりと頷くしかなかった。
「それじゃあ、早速仕込みを始めましょう。パニーも手伝ってくださいね」
「はーい!」
これで全て解決したとばかりに手を叩き、フィオが個室のドアを開ける。あっという間にパニーも彼女に懐いてしまい、指示を受けて飛び出した。
「その、レリオさん。昨日はすみませんでした」
「いいさ。シアも不安なんだろう?」
二人を追いかけて歩きながら、シアに声をかける。一人息子が危険な旅に身を投じ、その様子を知り得るのも彼からの手紙だけが頼りなのだ。いつ連絡が途絶えるかも分からず、その負担は俺にも分からない。
しゅんと肩を落とすシアの背中を叩き、励ます。俺にできることなら、何でもやってやりたい。
「ありがとうございま――」
シアが少しだけ表情をやわらげたその時だった。
防音室から出たことで、外で響く甲高い鐘の音が聞こえた。それは何度も繰り返され、王都中に広がっているようだった。
「レリオさん?」
「すまん、シア。緊急の仕事みたいだ」
その鐘の音は、緊急事態を示すもの。鳴らし方から、南門で異常が発生したことが分かる。意識が衛士のそれへと変わり、気が付けば走り出していた。
「シア、フィオとパニーを頼む。何か起きる前に、安全なところへ!」
「レリオさん!? あ、待っ――気を付けて!」
彼女の声を背中に受けながらドアを蹴破る勢いで外に飛び出す。
カンカンと鳴り響く鐘の音。
人々は北の方へと走っている。
俺はその流れに逆らって、門へと駆けた。