勇者が旅しているうちに。〜勇者の母親。魔法使いの姉。戦士の妹。〜 作:ユリイカ
大通りへと飛び込み、南門が目に入る。王都の盾たる大壁の向こうでは、もうもうと黒煙が立ち上がっていた。明らかに異常をきたしている。すでに周辺の住民は避難し、平時は賑わう街並みが閑散としていた。その中を突っ切りながら耳を澄ませると、激しい剣戟の響きが聞こえてきた。
「何事だ!」
「レリオ、やっと来たかこの寝坊助!」
詰所を素通りして門の外に出ると、魔力を噴出して汗を滲ませる同僚からの叱責が飛んできた。
「密林から蛮族共が仕掛けて来やがった!蜥蜴野郎が500は下らん。まだまだ際限なく出てくるぞ!」
業火球を次々と飛ばしながら、簡潔に状況を伝えてくる俺は詰所に置いていた得物を手に、防具を手早く着込みながら南方を睨む。開けた平野の向こうに鬱蒼と茂る密林。そこから、背丈が二メートルはあろうかという蜥蜴頭の亜人が次々と飛び出してくる。
密林には蛮族と呼ばれる亜人が住んでいる。大抵は言語を解する知能もなく、魔獣よりも多少は知恵が回るという程度のものだ。しかし大抵の蛮族は群れ、社会を作り、組織立って行動してくる。それが厄介なのだ。
「リザードマンか。相変わらずトカゲばっかり出て来やがって」
ここのところの襲撃はトカゲばかりで辟易とする。そこにトカゲの亜人まで出てきて、まるで呪われているかのようだ。
「無駄口叩いてる暇があったら頭の一つでも潰してくれ。詠唱する暇もないんだ!」
「言われなくとも!」
同僚の声を背中に受けながら走る。
蛮族共は武器を扱う。俺のような大柄な男が飛び出せば、良い的とばかりに矢が降り注ぐ。だが品質の悪い曲がった矢の精度は怖れるほどではない。
「うおおおおおおおおおっ!」
「ギャゲロ! ギュゲゲッ!」
矢の雨を掻い潜り、先頭に立つリザードマンに鎚を振り下ろす。愚かにも片腕に備えた小楯で凌ごうとしたリザードマンは、その木板ごと頭を砕いて倒れた。
同胞が殺され、周囲のリザードマンたちは怖気付くどころか殺気立つ。槍や棍棒を振り翳し、こちらへ。
「お前らの攻撃には、技がないんだよっ!」
無造作に振り下ろされる武器は、その軌道があからさまだ。避けようと思わずとも避けられる。
リザードマンは硬い鱗と凄まじい膂力を備え、ある面では人間を凌駕する能力すら持ち合わせる。だが、少々頭が悪い。
横薙ぎに振った鎚がリザードマンをまとめて吹き飛ばし、周囲に空白地帯が出来上がった。
「グォオオ、グォオオッ!」
「ギュギギギッ!」
独自の言語らしき鳴き声をあげるリザードマンたち。
個々はそれほど手強いものでもないが、束になるとそれだけで厄介だ。この辺りで引いてくれれば助かるのだが、そうもいかない。リザードマンたちはギャイギャイと鳴き喚き、やがて後方に視線を向けた。まるで、何かを心待ちにするかのように――。
「グルゥル……。ニンゲン、邪魔ヲスルナ……」
「……ちょっとは骨のありそうな奴が出てきたな」
リザードマンの群れが左右に割れ、その奥から一回り大きな一匹が悠然とあゆみ出てくる。ぎこちないながらも、こちらが理解できる言語を扱う、筋骨隆々のリザードマンである。
その瞳には知性の光が宿り、手には磨がれた大型のサーベルが握られている。
明らかに凡百の存在ではない。
「これより先は王都の領地だ。許しなく侵入すれば武力をもって退ける。今すぐに帰るというのなら、追いかけることはない」
知性ある者には、相応の接遇を。
問答無用に襲いかかってもいいが、ひとまずは勧告をする。
しかし巨躯のリザードマンは俺を見下ろし、鼻を鳴らす。
「弱キ者、従ウ理由ナシ。龍ノ血脈ハ此処ニアル。貴様等ガ死ヌノダ!」
「龍の血脈……? うぉおっと! 不意打ちとは卑怯じゃないか」
気になる言葉が耳に引っかかった直後、リザードマンがサーベルを振り下ろしてきた。避けた先にも次々と連撃が繰り出される。明らかに、戦略性を感じさせる動きだ。
ともあれ、気を張っていれば避けることも難しくはない。お返しに、こちらからも鎚を叩きつける。
「グフゥルウゥヴヴ! 死ネ、ニンゲン!」
苛立ちをあらわにしながら、猛攻を繰り出すリザードマン。俺もそれに合わせて動く。しかし、その体格は伊達ではないのか、岩を叩くような手応えのなさが返ってきた。
リザードマンの猛者。その鱗は厚く、双腕に怪力を宿している。一筋縄ではいかない相手だ。
「我求めるは食い破る炎牙。疾く駆け抜け、獲物を喰らえ。――『劫火炎槍』ッ!」
その時、俺の頬を掠めるようにして業火の槍が飛ぶ。
リザードマンはそれをサーベルで切り飛ばそうとするが、実体のない魔法の槍はそのまま直進する。咄嗟に回避したリザードマンのこめかみを僅かに削いだ。
「ググルゥウ! 不意打チトハ卑怯ナ!」
「なんとでも言うがいい。先に仕掛けて来たのはお前たちの方だからな!」
直撃を免れたリザードマンが非難の声をあげ、俺の後ろにやってきた魔法使いがきっぱりと一蹴する。
再び魔力を練り始める魔法使いに、リザードマンも危険を感じたようだった。先にそちらから潰そうとサーベルを振り上げる。だが、その前には俺がいる。
「おとなしく森で暮らしていればいいものを!」
「グルゥウウウ!」
サーベルと鎚が衝突する。激しい音と火花が散り、柄に電流のような衝撃が走った。だが気合いで握りしめ、離さない。武器を離せば、次の瞬間に胸を切り裂かれていることだろう。
お互いに激しく打ち合い、攻め立てる。後方から魔法も飛ぶが、それでもリザードマンの鱗を貫くには至らない。
「レリオ! 少し離れろ!」
「無茶言うなよ!」
大規模な魔法を当ててやると気炎をあげる同僚に言い返す。
戦いながら肌で感じるのは、目の前の敵の技量の高さだ。その目に宿した光からも分かるとおり、こいつはただのリザードマンではない。
「グルゥウ!」
「はぁああっ!」
一進一退の攻防。お互いに譲らない。
魔法は周囲のリザードマンを散らす方に注力し始め、再び俺と相手の一騎打ちの形を取り戻した。
「お前、名前はなんと言う」
サーベルを叩き返しながら、思わず尋ねていた。
リザードマンは僅かに驚いたように眉を動かし、ちろりと細長い舌を動かす。
「ドルゥルノ勇者、ゴニ・ブリガ。オ前ヲ殺ス者ノ名ダ!」
「そうか。――俺はレリオ。この王都を護る者の名前だよ」
渾身の力を込めて繰り出されるサーベル。俺もまた、真っ直ぐに鎚を振り下ろす。どちらの力がより強いか、純然たる勝負だ。
「グルゥウオオオ!!!」
「うおおおおおおおっ!」
お互い、気迫では負けていない。
体躯では凌駕され、力は伯仲している。
「――ガプッ」
巨躯の蜥蜴が膝を突く。吹き飛んだサーベルが地面に突き刺さり、どさりと大きな音を立てて勇者は斃れた。
技量だけが、明暗を分けた。
ゆっくりと光を失っていく目を見下ろしながら、俺は弔いの気持ちに従って俯いた。