勇者が旅しているうちに。〜勇者の母親。魔法使いの姉。戦士の妹。〜 作:ユリイカ
昼は衛士の仕事に加えて遠征の用意を着々と進め、夜はシアとフィオに絞られる日々を送る。パニーも時折どころではなくしょっちゅう店にやってきた。三人の仲が深まるのは結構だが、こちらの負担は三倍どころではない。
しかし忙しい日々というのは素早く過ぎ去り、あっという間に遠征出発の日を迎えることとなった。
「レリオ、準備できたか?」
「なんとかな。そっちこそ大丈夫だろうな」
遠征と言っても、ちょっと密林の様子を見に行くだけである。勇者一行のように華々しい出立のパレードなどあるはずもなく、それどころかここに残る同僚すら見送りに来なかった。
相変わらず暑苦しい甲冑を着込んだ奴が更に荷物を背負うと、ずんぐりとした熊のような見た目になる。それで歩けるのかと尋ねると、甲冑が胸を叩いた。
「軽量化の魔法をかけてるからな。お前よりも体重は軽いぞ」
「見た目に似合わず器用なことを」
魔法というのは、ずいぶんと便利な代物だ。もちろん、才覚だけでなく相応の努力も要するのだろうが。
前職は宮仕えであった同僚は、今回が初めての遠征だという。まるで遠足にでも行くかのような浮かれ具合で、出発前から不安になる。俺も傭兵時代は方々を旅していたとはいえ、今ではすっかりこの町に根を張っている。久々の遠出で何かヘマをしないかと心配は尽きない。
「さて、それじゃあ行くとするか」
「ったく。寂しい門出だなぁ」
南門の先には魔の巣窟たる密林が広がっているだけということもあり、通行人すらいない。素っ気ない旅の始まりに、同僚は落胆を隠そうともしない。
「まあそんなもんさ」
フルフェイスの兜の下の不満顔を想像しながら一歩踏み出す。
聞き覚えのある声が背後に届いたのは、その時だった。
「レリオさん!」
驚いて振り返る。
門の内側、ぎりぎり町の中に入る場所に、長い黒髪の女性が立っていた。ゆったりとした服装でも分かる立派な胸に、凹凸に富んだ肉体。憂いを帯びた、睫毛の長い目。
「シア!? フィオに、パニーまで……。揃いも揃ってどうしたんだ」
ずらりと並んでいたのは顔馴染みの三人だ。しかし、彼女たちがここに現れることは全くもって知らなかった。
昨日、ベッドの上で一時の別れを告げたのだ。それで終わりのはずだった。
「心配になって、やっぱり見送ろうということになったんです」
「えへへ。また道場抜け出しちゃったよ」
シアを支えるように並ぶフィオとパニー。二人とも、笑顔がどこか硬い。
「レリオさん。やっぱり、止めるわけには……」
「すまんな、シア。こればかりは中断するわけにはいかないんだ」
門の方へ引き返すと、シアが今にも泣きそうな顔で身を寄せてくる。柔らかな身体を抱き止め、語りかける。
彼女は昨日も、最後まで何か言いたげなままだった。その思いが、いよいよ堪えきれなくなったのだろう。
しかし密林の様子がおかしいのは事実で、それを調べるのも俺たち衛士の役割だ。
「安心してくれ。何もなければ三日で戻るし、何かあっても一週間で必ず戻る」
「本当ですか? ……本当に、お店に来てくれますか?」
「もちろんさ。――アレックスだって、そう言ったんじゃないか?」
ここで彼の名前を出すのは卑怯だろうか。
シアはあの日、パレードを見にいかなかった。息子を見送る最後の機会を逸したことを、悔いてるのかもしれない。だからこうして、見送りに来てくれたのではないか。そう考えるのは、自惚れだろうか。
勇者の名前に、シアは肩を跳ね上げる。フィオもパニーも、思うところはあるはずだ。
「彼らが旅してる間、俺が支えになる。その約束は違えるつもりはない。だから数日だけ、待っててくれ」
俺は彼女たちの不安につけ込むように関係を持った。その責任は取るつもりだ。
アレックスたちが旅している間、彼女たちを支える。それが俺の役目だろう。
「……わかりました。信じて、待ってますから」
「ああ。ちゃちゃっと終わらせて帰ってくるさ」
あえて軽い調子で笑い飛ばす。
シアもすっかり吹っ切れた、というわけではないにせよ、少しは気が楽になったようだった。
「フィオ、店の手伝いを頼む。パニーもな」
「お任せください。いざとなったらお父様に相談します」
大貴族の娘が働く酒場など聞いたことがないが、これ以上ないほどの後ろ盾だ。フィオも大々的にその家名を掲げているわけではないとはいえ、万が一の場合には躊躇なく切り出すだけの胆力がある。
パニーも昼間は道場のことがあるが、夕方以降は店に来てくれることになっていた。手伝いもそうだが、シアの話し相手が大事な仕事だ。彼女の陽気に救われることもあるだろう。
「それじゃあな、シア。――行ってくる」
「行ってらっしゃい。お気をつけて!」
別れの挨拶などはいらない。大々的な壮行も不要だ。
俺たちのことを待ってくれている人がいる。それだけで、力はみなぎってくるものだ。
アレックスたちはきっと不安はあれど恐怖はなかった。彼女たちが待っていてくれることを知っていたのだから。勇者たちの決意を、ほんのわずかに垣間見る。
門の側で見送ってくれるシアたちに背を向けて歩き出す。
「おい、レリオ。あの女はなんだ? この前、弁当届けに来た子と、道場の子も揃ってるし、どういうことだよ?」
「ま、色々とな」
「色々ってなんだ!? 例の店の人か? あんな美人だなんて聞いてないぞ!」
グイグイと追及してくる同僚の言葉をのらりくらりと躱しながら、俺は密林へと踏み込んで行くのだった。