勇者が旅しているうちに。〜勇者の母親。魔法使いの姉。戦士の妹。〜 作:ユリイカ
"玩弄"のトゥイ。魔王軍四天王、炎将ヴレイザール配下の十二大将軍がそのような名前だったはずだ。たしか、その部下であるところの七傑、"偽顔"のマズルカとやらを勇者が討ったという話を聞いた。
噂の出元である同僚の方を見ると、兜越しにも愕然とした様子がありありと分かった。
「魔王の部下の部下なんだよな。それがどうしてこんなところにいるんだ?」
「俺が知るか! 一連のトカゲ共の蜂起にトゥイが関わってるなら、話が変わってくるぞ。今すぐ戻って報告しないと――」
「待て、ちょっと様子を見たい」
今すぐ引き返そうとする同僚の甲冑を掴む。
茂みに隠れた俺たちは、あちらから距離も離れている。見つかることはないはずだ。この絶好の機会であれば、まだ情報を集められる。
ごちゃごちゃと言っていた同僚もやがて隣にしゃがみ込み、息を潜ませる。
燃え盛る巨大な獣に腰掛けた山羊頭の道化師は、迷う事なくリザードマンの集落へと迫った。
「密林の蛮族と繋がってるだけでもヤバいのに、幹部クラスがこんな近くまで来てるなんて一大事だぞ。マズルカは陽動だったってことじゃないか」
「それにしては向こうは随分軽装だぞ。多少の取り巻きはいるが、軍勢というほどじゃない」
俺が更なる情報を求めたのは、そこの違和感があったからだ。
炎獣を率いて仰々しい列を作るトゥイだが、付き従う魔族や魔獣の数自体はさほど多くない。何かしらの魔獣に騎乗した者がほとんどで、進軍速度を重視した小規模な編成であることは明白だった。
おそらく、だからこそ密林に住むリザードマンたちを取り込み、戦力の増強を図ったのだろう。
だが、それにしてはトゥイの動きは激しい。ひっそりと静まり返った集落は、彼の来訪を想定していなかったようにも思える。どういうことかと趨勢を見守っていた、その時だった。
「この、低脳共がァ!」
甲高い怒声が突き上がったかと思えば、凄まじい爆発が集落の壁を木っ端微塵に破壊した。
驚きの声をあげそうになった同僚が、慌てて口を押さえる。俺はじっと様子を見つめる。
トゥイの取り巻きたちが崩れた壁の穴から雪崩込む。どうにもその荒々しい動きは、とても友誼を結んだ陣営のものとは思えない。
やがて、集落の内部で悲鳴があがる。その後には取り巻きたちによって捕縛されたリザードマンが、トゥイの眼前へと引き摺り出された。亜人の年齢は推測が難しいが、枯れ木のような四肢や萎びた尻尾を見るに、老年の者のようだ。
「モ、モウシワケ……ゴザイマセン……!」
長老らしきリザードマンは平身低頭で謝罪する。顎を地面につけ、手足を広げたその姿は、リザードマンの完全降伏を示すものなのだろう。
だがトゥイの怒りは収まる様子がない。縦長の瞳孔をギラつかせ、睨みつけている。
「下等のトカゲでは役に立たぬ。だからこそ貴様らを取り立ててやったというのに……。なんだ、この様は! 死を恐れぬ戦士共が、たった数人の人間に負けるなど!」
「シ、シカシ……」
「五月蝿ァい!」
果敢にも反論を立てようとした長老は、苦痛によって断罪される。森中に響き渡る絶叫と共に、彼は断ち切られた己の尻尾を目の当たりにした。
「この失望は大きいぞ。事前の契約の通り、この村の雌はすべて
「グァ、ア……。オ、オ待チクダサイ……。ソレダケハ……」
どろどろと血を流しながら、長老は縋り付く。炎獣の熱が己を焼き爛れさせようと、必死に懇願する。だがトゥイはとりつく島もなく配下に目を向け、無言に指示を送る。
村の中で再び悲鳴と泣き声があがり、リザードマンたちが引き摺り出される。俺たちと戦った戦士たちと比べて丸みを帯びた体型をしており、おそらく女性であることが分かる。
「つまり、どういうことなんだ?」
隣で同僚の困惑した声がする。
これまでの魔獣の侵攻の裏には、魔王軍幹部の糸引きがあった。しかし、リザードマンたちも進んで蜂起したわけではないらしい。
「おそらく、トゥイが取引という名の脅迫を持ちかけたんだろう。女性――雌を差し出し魔王軍の
「なんて奴だ……」
どちらも無理難題に変わりはない。しかし、彼らにどちらも選ばないという道はなかった。
どちらも地獄であると言うならば、より希望のあるほうを選ぶ他ない。リザードマンたちが選んだのは、男たちが死ぬという道だった。たとえ男が死んでも、女は次の世代を残せる。その可能性さえ潰えなければ、まだ命脈は保たれる。そんな希薄な線に全てを懸けた。
「龍の血脈、か」
勇者の遺した言葉を反芻する。
必死の抵抗も虚しく引きずられていく女たちのなかに、彼の血脈もあるのだろうか。
「レリオ? おい、ちょっと、何をする気だ」
ゆっくりと立ち上がる。それに気づいた同僚が困惑し、手を伸ばしてくる。それを抑え、代わりに言葉を残す。
「すまん。少し、伝言を頼まれてくれるか」
「おい、レリオ! 何か馬鹿なことしようってんじゃないだろうな」
彼女たちは勇者の帰りを待っていたのだ。
彼らを不帰の者としたのは俺だ。――その責任は取らなければ。
同僚に短い言葉を託す。それを持ち帰ることができれば、王都はひとまず守られる。衛士は命をかけて、あの都を守るのだから。
「シア、フィオ、パニー。……ごめんな」
三人の名前を口にして、覚悟を決める。
同僚の制止を振り払い、密林の中を走り出した。