※この作品はR-18です。

勇者が旅しているうちに。〜勇者の母親。魔法使いの姉。戦士の妹。〜   作:ユリイカ

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第4話「おいしい料理」

 衛士というのは、王都防衛を担う守護者の役名である。そう表現すれば聞こえはいいが、実際のところは日がな一日門の側に突っ立って、時折森から飛び出してくる魔獣をぶちのめすだけの退屈な仕事だ。

 これで安定した給料を貰えているのだから強い不満があるわけではないが。それでも無味乾燥の時間は精神を蝕む。そこで俺は仕事上がりに酒場で一杯ひっかけるのを趣味にしていた。

 

「あっ、こんばんは、レリオさん。いらっしゃい」

 

 今まではずっと馴染みの店というものを持たず、王都にごまんとある玉石混交の酒場を転々としていたのだが、ここ数日はずっと同じ店に通い続けていた。貴族街にも程近く、あまり目立たない路地の奥まったところにある小さな店、〈白羽根〉だ。

 今日も仕事帰りに訪れると、カウンターの向こうから淑やかな女店主が微笑みで迎えてくれる。

 

「今日はもう来ないのかと」

「すまん。厄介な奴が出てきたせいで、後片付けに時間がかかったんだ」

 

 カウンターの一角が、すっかり定位置となってしまった。椅子に腰を降ろせば、すぐに小さな器に盛られた突き出しが出てくる。

 店主――シアは白いエプロンを立派な胸で膨らませ、ほのかに頬を赤くして俺の正面に立っていた。店内には他にも数人の客がいるが、皆この店の静かな雰囲気を好む者ばかりだ。穏やかな時間が、俺にとっても心地いい。

 

「お酒は飲まれますか? お料理もありますよ」

「いつもどおり、適当に見繕ってくれ。シアの料理はどれも美味い」

「うふふっ。ありがとうございます」

 

 この店で取り扱うのは、ごく普通のメニューばかり。いわゆる家庭料理と呼ばれるような、素朴なものが多い。かといって適当に作られているわけではなく、シアが下拵えから丹精込めて行った、上品な味わいが売りだ。

 メニューも用意されているものの、俺はいつもシアのおすすめに任せていた。

 注文を受けてカウンターの内側で用意を始める黒髪の美女を眺める。身体を動かすたび、ゆさゆさと大きな胸が揺れていた。長い黒髪を邪魔にならないように一房にまとめた姿も合わせて、母性を感じさせる風貌だ。

 その姿を見ていると、自然と脳裏に数日前の記憶が浮かび上がる。二人きりの店内で、身体を交えたあの夜のことを。実のところ、あの日以来、肌を重ねるようなことはしていない。俺は客として店を訪れ、シアも店主としてそれに応じてくれた。やはりあれは、一夜の過ちだったのだ。

 

「今日は暴れ猪の肝揚げと、赤ニンニクのスタミナ炒めです」

「お、おお……。美味そうだな」

 

 ぼんやりとしていると、料理が置かれる。酒とツマミだけかと思ったら、ずいぶんとがっつりした食事だ。匂いも強いし、色も濃い。全体的に、若さを感じさせる彩りだった。

 

「今日はお疲れのようですし、体力が付くようなものがいいかと思いまして」

「そうか。助かるよ」

 

 シアの気遣いに感謝しつつ、早速食べる。スパイスの効いた濃いめの味付けは、酷使した肉体によく染みる。食べるだけで全身の血管が開き、動悸も激しくなっていきそうだ。

 そこに酒を入れると、更に速度は上がっていく。脂を酒で流し、そしてまた脂を取る。無限に続く回廊だ。

 

「ん、んんっ」

 

 バクバクと夢中になって食べていると、シアが軽く咳き込んだ。体調でも悪いのかと顔を上げると、彼女は真っ直ぐ俺を見つめていた。黒い瞳が、何かを待つように、期待するように力んでいる。

 

「どうかしたか?」

「いえ……。なんでもないです」

 

 首を傾げると、なぜか彼女は肩を落とす。そんな矢先に他の客に呼ばれ、去っていった。

 料理が上手く、美人な女将。だがそれだけではない。彼女の息子は勇者に選ばれ、魔王討伐に向けて旅立った。今頃は、村々を越えて隣の町に辿り着いた頃だろうか。きっとその道中も楽なものではないだろう。その身を案じる母の心配も推し量ることができる。

 

「レリオさん、さあ、もう一杯」

「おっと。あ、ありがとう」

 

 いつの間にかシアが戻ってきて、残り少なくなっていた酒杯に追加が注がれる。

 他の客の応対はしなくていいのかと思わないでもないが、なぜか彼女は俺の前にずっと立っていた。

 

「そういえば勇――アレックスの様子はどうだ?」

 

 彼女は息子が勇者であることを公言していない。それを直前で思い出し、言葉を選びながら尋ねる。

 

「……今朝、手紙が届きました。ひとまずディアレには着いたようです」

 

 ディアレは王都とも近く、そこそこの規模を誇る都市だ。そこには魔導具による通信設備もあり、勇者の特権として彼もそれを利用したのだろう。片道一週間はかかる距離も一瞬で飛び越えて、シアの元に手紙が届いたらしい。

 勇者とその仲間たちは、無事に道中を越えたようだった。初めての魔物との戦闘もあったものの、聖剣の力もあって難なく撃退したという。

 

「ひとまずは安心じゃないか」

「それは、そうですが……」

 

 朗報に安堵したものの、母親としては素直に喜ぶばかりではないようだ。たとえ撃退できたとはいえ、魔獣と戦ったのは事実だ。怪我などはしていないか、食事は取れているか、心配の種は尽きない。

 

「シアも昔は傭兵として旅してたんだろ。なら、心配することないだろ」

「だからこそ、余計に心配なんですよ」

 

 少し気楽が過ぎたか、シアはむっと眉間を寄せて睨んでくる。そんな姿も愛嬌があるのだから、美人は得だ。

 

「息子なんてのは勝手に親から離れて成長するもんだ。あんまり気にし過ぎてたらキリがないぞ」

「うぅ」

 

 勇者は王命を受けて魔王を目指している。その身に与えられた権限は強力で、かなりの便宜が図られているはずだ。きっと、シアが心配するほどのことはない。

 酒を飲みつつ食事を楽しんでいると、カウンター越しのシアがこちらへ身を寄せてきた。

 

「……そ、それなら」

「うん?」

 

 彼女は頬を赤くして、声を抑えて囁く。

 

「も、もう一度、忘れさせてください」

「ぶふっ!? し、シア、あれは一夜の過ちだったんじゃ――」

「またお願いしますって、言いました。なのに、いつもご飯だけ食べて帰ってしまって……。私がどんな思いでいたと……」

 

 美人の口から飛び出す衝撃の言葉に、思わず瞠目してしまう。他の客に聞こえやしないかと、こちらが冷や汗を掻きそうだった。

 つまり、今日のこの精がつきそうな料理も、連日頻繁に酒を勧めてくるのも、彼女はそういうつもりだったということか。

 

「それとも、だ、ダメでしたか……?」

 

 一転。シアは不安げな表情になる。それを見て揺らいでしまったのは、酒が入っているせいだろうか。

 

「そんなことはない」

 

 俺だって、彼女のことを憎からず思っている。そうでなければ、毎日通い詰めることもない。ここだけははっきりと言い切ると、シアはぱっと花の咲くように表情を明るくした。

 そうして彼女はカウンターから身を乗り出し、耳元で囁く。

 

「実は奧に個室があるんです。普段はお客さんも通さないんですけど……。そちらへ、案内しますね♡」

 

 妖しい光を宿した瞳が俺を舐め回す。ぞくりと背筋が冷えるような感触を覚えながらも、首を横に振ることはできなかった。シアが、ぺろりと唇を舐めた。

 

「あら、お客さん。ちょっと酔いすぎですよ。――奥で少し休んでください♡」

 

 そんな建前を口にして、カウンターからまわり込んでくる。俺の腕をぎゅっと抱きしめ、エプロン越しの柔らかな胸で包み込んだ。抵抗するという発想すらないまま、俺は店の奥へと引き摺り込まれるのだった。

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