勇者が旅しているうちに。〜勇者の母親。魔法使いの姉。戦士の妹。〜 作:ユリイカ
勇者たちは順調に旅路を進み、次々と快勝を続けているらしい。王都への伝令だけでなく、シアたち勇者パーティの親類がやり取りしたなかでも確かな情報だった。魔王軍の四天王だか十二大将軍だかは知らないが、かなり上位の魔族も打ち破り、まさに破竹の勢いというやつだ。
「それでも心配か?」
王都場末の酒場〈白羽根〉。貴族街にも程近く、客層も良い穏やかな店内でエールを飲む。仕事の後の一杯を楽しみなが女主人から勇者たちの活躍を聞くのが、すっかり習慣になってしまった。
カウンターの向こうで酒の肴を用意してくれていた美女、シアは垂れ目を細くして頷く。
「あの子は昔から、上手くいっている時に油断しちゃうんです。だから、何か足元を掬われないかと思って……」
酒場を切り盛りする美人の主人は、勇者アレックスの実母だ。その昔は優秀な治癒術師として冒険者ギルドに籍を置いていた。引退してなお、彼女は俺を癒してくれている。
夫を失い、一人息子も危険な旅へと出ていった。その胸中は俺ごときに推し量れるようなものではない。いつもアレックスの身を案じ、その無事を祈っている。
「大丈夫ですよ。オーウィルも付いていますから。あの子は細かなことによく気が回ります」
物憂げな表情で頬に手を当てるシアを勇気付けるのは、エプロンを着けて店内を回っていたフィオリーネだ。貴族の令嬢ながら体力作りの名目でこの店で働く彼女もまた、弟が勇者パーティに加わっている。
自慢の弟に全幅の信頼を寄せている彼女ははっきりと断言し、それを聞いたシアも少し表情を和らげる。
「そうそう。兄貴もいるしね」
俺の隣でガツガツと料理を食べていた小柄な褐色少女が同調する。その年齢と体格に不釣り合いな立派な胸を、重たげにカウンターの上に載せた道着姿の武人。パニーの兄は勇者パーティの盾だ。
優秀な魔法使いに、頼れる格闘家。そんな仲間を引き連れて、勇者アレックスは旅をしている。魔王軍を押し返し、悪の首魁を打ち滅ぼすために。
「そういえば、パーティに新しいメンバーが入ったようですね」
「ええ? 私は何も聞いてないけど……」
給仕仕事もひと段落付いたのか、フィオが口を開く。新聞でも読んだ覚えのない情報で、シアも興味を向ける。
なんでも公に知られたものではなく、フィオも弟との通話で知ったものだという。
「隣国のお姫様のようですよ。聖なる奇跡の使い手だとか」
天啓により選ばれた勇者アレックスは、俺たちの知らない間に紆余曲折を経て聖女とも呼ばれる姫と出会った。彼女の力は勇者の加護と聖剣の力を何倍にも増幅させるという。
なんでも、アレックスたちは裏で魔族が糸を引く王国貴族の反乱を未然に防ぎ、その過程で賊に襲われていた姫を助けたのだとか。なんとも勇者らしい逸話である。
「あの子、全然そんな話しなかったわ」
ぷくりと頬を膨らませて拗ねる母親。まあ、アレックス青年の気持ちも分かる。年頃の青年が、可愛いお姫様と出会ったことを赤裸々に語れるはずもない。何はともあれ彼らは順調に歩みを進め、新たな仲間の加入でさらに力も付けているということだ。
「ほら、シアも少し飲むか?」
「――ありがとうございますっ」
ちょっとした自棄酒のようなものも、たまには良いだろう。ワインのボトルを掲げてみせると、シアはすぐにグラスを持ち上げた。
「レリオーーーーッ!」
「うぉおっ!?」
その時、突然店のドアが勢いよく開かれ、思わずボトルを取り落としそうになる。慌てて掴んで音の方へ目を向けると、重厚な金属鎧を着込んだ大柄な騎士がズカズカと踏み入ってくる。
「やっと見つけたぞ! こんな辺鄙な店にいたんだな!」
「辺鄙って、失礼だぞ」
「むぅ。すまない……。って、やっぱりあの時の治癒術師じゃないか!」
鎧と兜でくぐもった声で、奴はカウンター越しのシアにぺこりと頭を下げる。密林での一件で、同僚もシアたちと会っている。とはいえ、その後はリザードマンとのやり取りもあり、衛士として多忙な日々が続き有耶無耶になっていたと思っていたのだが。
この同僚は事あるごとに〈白羽根〉の場所を探ろうとしてきた。美人店主のシアを目当てに入り浸ることは目に見えていたから、のらりくらりと躱し続けてきたのだが、ついに見つかってしまった。
「うぅ。わ、俺というものがありながら……」
「お前がいたらなんなんだよ。シアにもフィオにもちょっかい掛けるなよ」
「掛けるわけないだろっ!」
元は宮廷魔術師であるはずだが、そうは見えない騒がしさだ。悪い奴ではないし、衛士をやっているだけあって実力も申し分ないのだが、べたべたと距離感が近いのだけが玉に瑕である。
「というかお姉さん、町中でもそんな鎧着込んでるの?」
「んなっ!? ちょ、まっ」
「……お姉さん?」
騒ぎを見ていたパニーが、何気なく言い放つ。ガシャガシャと金属鎧が音を立てて騒ぐが、俺は違和感を逃さなかった。
「――うぅ、ば、バレたなら仕方ない……ッ!」
悔しげな声と共に、重たげな兜が外される。中から現れたのは野生的な野郎顔――ではなく、
「お前……女だったのか……!?」
鼻筋の通った色白の美女。意志の強さを感じさせる切長の目が潤んでいるが、その容姿はあまりにも俺の想像から乖離していた。
驚きすぎて椅子から転げ落ちそうになる俺を、シアたちが呆れた目で見る。
「今まで一緒にいて気付かなかったんですか?」
「私たちでも分かったのに……」
「というかこの鎧は女物でしょ?」
二メートルに迫るようなゴツくて分厚い全身鎧に、男女の区別があるとか思うはずもない。というか、シアたちは既に知っていたのか。
「なんで言わなかったんだよ……」
「い、言ったら逃げるだろ! というか、普通はすぐに気付くだろうが!」
顔を真っ赤にして反論され、さらにシアたちまで後ろでそうだそうだと頷いている。俺が劣勢なのか、これは。
「それなのに飲みに誘っても断るし、その割にこんな美人ばっかりの酒場で一人で飲んでるし……」
ぶつぶつと何かつぶやく同僚。そんな彼――いや、彼女をフィオが慰めている。
「分かりますよ。レリオさんっていつもは鋭いのに、こういうことになると鈍くなりますもんね」
「妙なところで真面目なんだよねぇ」
「さ、とりあえず一杯どうぞ」
パニーもうんうんと腕を組んで、シアに至っては早速酒を飲ませようとしている。
「――私も」
「うん?」
ごくごくと杯を煽った直後、同僚が何か言う。聞き取れずに首を傾げると、顔を赤くして胡乱な目をした彼女がこちらを睨みつけてきた。
まさか、一杯飲んだだけで酔ったのか? 夜までの飲み明かして店の樽を全部空にする酒豪と言っていたはずだが……。
「わ、私もレリオとシたいっ!」
「うわああっ!?」
躊躇なく叫んだその口を慌てて塞ぐ。他に客もいるというのに、何を言い出すんだこの衛士は。というか、なぜ知っている?
「レリオの様子見てたら分かる。どうせ、この美人の店主と良い仲なんだろ。わ、私の方が付き合いは長いんだぞ!」
「ええ……」
ずびし、とシアを指差して呂律の怪しい言葉を連ねる同僚。俺も同性だと油断して、勤務中に喋りすぎたのかもしれない。そして、フィオとパニーが気まずそうに目を逸らしている。
「うぅっ、わ、わたしのレリオなのにぃいいっ」
遂にはおいおいと泣き始める始末。どんだけ下戸なんだ、こいつは。
「ふふっ。レリオさん、奥の部屋に寝かせてあげましょうか?」
カウンターに突っ伏してしまった同僚を、シアが微笑ましそうに見る。奥の部屋といえば、防音設備がしっかりと整えられ結界まで掛けられた休憩室だ。まさかそれが、本当に休憩室として使われる日がくるとは。
パニーが慣れた手つきで鎧の留め具を外していく。あらわになったのはほっそりとスレンダーな女性の身体だった。鎧を着込むため身体のラインのよく見えるインナーで、目のやり場に困る。
俺は促されるまま、同僚を抱き上げて奥の部屋へと向かうのだった。
『勇者が旅しているうちに。〜勇者の母親。魔法使いの姉。戦士の妹。〜』これにて完結です。お付き合いいただきありがとうございました。
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