「ん…」
まだ眠いのに無視できない感覚を身体のあちこちに感じて、カミュは眉根を寄せ身動ぐ。脇腹から腰、腿にかけて撫で下ろされ、首、鎖骨、胸と温かく柔らかいものが触れていき、乳首の一つが包まれる。
「う…、イ、レブン…?」
カミュが目を開けると栗色の髪が、次いでイレブンが片方の乳首を口に含んでいるのが見えた。
「ん…」
カミュは身動いでイレブンの栗色の髪を掻き回した。イレブンは腹、臍、腰骨にと口づけていく。熱を集めるような官能的なものではなく、ほとんど戯れのような触れ方だった。最後にカミュの唇にキスしてイレブンが身体を起こす。
「おはよ、カミュ。…朝の光の中で見る君はとても綺麗。」
「……はよ。普通に起こせねーの?」
「ふふ…さ、支度しようか?」
「……ああ。」
カミュは内心溜息を吐きながら、楽し気に笑うイレブンの差し出した手を取った。
――また俺はイレブンに厄介な魔術を掛けられちまった。
服を着ながらカミュは昨晩、気を失う前のことを思い出した。昨夜イレブンに与えられた快楽が毎日正午になると自身の身体に起こると思うとゾッとした。
――もう逃げることはできねえ。エリックと入れ替わった原因を調べて元に戻れる方法を探すしかねえな。そのためにできることは、何でもしてみるべきだ。
「…なあ、イレブン、この城にある本、読んでもいいか…?」
「もちろんいいよ?図書室は北東の角にある。好きに使って?」
「ありがとな。」
身支度を終えてともに朝食を済ませ、正午までに戻ってくることをイレブンに約束させると、彼を公務へと見送ってカミュも部屋を出た。
*
城の図書室には誰もいなかった。かなりの蔵書があり、難しそうなタイトルが並んでいる。カミュは少しでも手がかりになりそうな本があれば手あたり次第読んでみたが、役に立ちそうな情報は何も見つからなかった。
――マリーナ女王からオーブをもらって映像が送られてくるのを待ちながら古代図書館で数か月、探したが見つからなかったんだ。そこの蔵書に及ぶべくもない城の図書室で目当ての本が見つかるわけもねえか……
カミュが溜息を吐きながらまた一冊、書棚に戻したとき、後ろから重々しい声がした。
「そなたがカミュじゃな?」
カミュが振り返るとそこには王族然とした佇まいのロウそっくりな老人が立っていた。きっとこの人物がイレブン王子の祖父、ダンドラシルの先王陛下に違いない、とカミュは思った。
「先王陛下、」
「ロバートじゃ。ロブでよい。少し話せるかの?」
「…ああ、もちろん。」
ロバートに図書室のテラスへと導かれ、そこに置かれた白い円テーブルの椅子を勧められてカミュは腰を下ろした。
「…今朝、あの子から婚約者が戻ったと聞かされての。」
ロバートはカミュの向かいの椅子に腰を下ろすと少しの沈黙の後、口を開いた。
「そなた、王子と婚約したにも関わらず姿を消して数か月もの間、何をしておったのかの?」
「…それは…話せば長くなるんだが…」
カミュは元の世界でのこと、この世界のエリックと精神が入れ替わってしまったことをロバートに話した。
「ふむう。俄かには信じ難い話じゃな。」
「…それでこの数か月の間、エリックの行方を捜していたんだ。」
ロバートは白い口ひげを撫でた。
「一つ訊いてもよいかの?そなたの話が真実だとして…エリックを捜し出してどうするつもりだったんじゃ?」
「どう、って…」
「そなた、イレブンと結婚するのじゃろう?」
当然、『俺とエリックが元に戻る方法を見つけるつもりだ。』と続けようとして、一瞬早く口を開いたロバートの言葉にカミュが口を噤む。
「エリックはイレブンが王子だとわかって逃亡した。彼の愛はイレブンのすべてを受け入れられるほど強くはなかったということじゃ。そのときのあの子の取り乱しようといったら、本当に見ていて痛々しかった。」
ロバートは暫し瞑目した。そして目を開け、真っすぐカミュを見る。
「じゃがイレブンはそなたに求愛し、そなたはそれに応えて婚約した。エリックを探す必要なんぞ、これっぽっちもないわい。」
「……」
カミュは二の句が継げなかった。責め苛まれたとは言え、油断させて逃げるつもりで王子の想いに応えた。そして今も彼を捨てて元の世界に帰ろうと考えている自分が、ひどく冷たい人間に思えた。
「…さて、儂はそろそろ公務に戻らねばならぬ。」
ロバートは大儀そうに腰を上げた。
「この数か月、あの子はそなたの帰りを心待ちにしておった。結婚式は三か月後じゃ。楽しみにしておるよ。」
にっこりと笑って言うと、先王は去って行った。
『結婚式は三か月後』
ロバートの言葉に事の重大さに気づかされたカミュは図書室の中を、カツカツと靴音を立てながら忙しなく行ったり来たりした。
――王子との結婚を回避しねえと。
エリックと元に戻る方法が見つからない今、それはカミュにとって喫緊の課題だった。愛していないのに、生涯愛すると誓うことはできない。だが王子の体面に疵をつけないために、カミュの方から婚約を破棄することはできなかった。
――イレブンの方から俺との結婚を諦めるよう仕向けるしかない。
カミュはそう結論を出すと、図書室を後にした。
*
正午近くになって、イレブンが自室に戻ってきた。カミュはお茶を用意し、並んでソファに座る。そっと腰を引き寄せられたが、結婚を回避することで頭がいっぱいのカミュは気にしている余裕がなかった。
――いつ切り出すか。
「カミュ」
名前を呼ばれてイレブンの方を見ると、ごく自然にキスされる。唇を食まれ、それが深くなる前にカミュはやんわりとイレブンを押し戻した。
「…さっき図書室で、お前のじーさんに会った。」
「お祖父様に?」
「ああ。結婚式が三か月後だと聞かされた。」
「そう。…ふふ、楽しみだね。」
「……」
少しの沈黙の後、カミュは意を決して切り出した。
「…なあ。結婚しても、俺は男でお前の子を産むことができないぜ?」
「? わかってるよ?」
「お前は王子で、跡継ぎを設けなければならない立場じゃねえか。」
「跡継ぎが必ず僕の子である必要はないでしょ?弟の子でもいいんだし。」
「弟だって!?」
カミュは驚いて訊き返した。
「今アングリラに修行に行っていて城にはいないけど…。何をそんなに驚いているの?僕に兄弟がいるのがそんなに以外?」
「あ、いや…」
カミュはてっきりこの世界のイレブンも一人っ子だと思い込んでいた。
――そうか、ここはロトゼタシアの平行世界らしいが、この世界のイレブンの両親は生きているものな。兄弟がいても不思議じゃねえ。
「…け、けどお前、自分の子供が欲しくないのかよ!?」
カミュの言葉にイレブンがポカンとする。
「…もしかしてカミュ、子供が欲しいの?」
「……へ?」
「それならミアに話してみるよ。」
「は、話す、って…」
「代理母出産。彼女、『兄貴が迷惑かけたお詫びにオレにできることなら何でもする。』って言ってたから。」
「……」
今度はカミュがポカンとする番だった。
――何だよそれ。それじゃあイレブンに俺との結婚を思い止まらせる最も有効だと思っていた手が使えねえじゃねえか。
「カミュ。僕たち結婚するんだから、不安や希望があれば今みたいに僕に言ってね?」
イレブンが微笑み、カミュを引き寄せて口づける。すぐに舌が侵入して来て口腔を探り始めた。
「ん…んん……」
巧みなその動きにカミュは思わず流されそうになるが――
――んなことしている場合じゃねえんだよ!
カミュはイレブンの肩を押し戻して強引に口づけを解き、真剣な貌でイレブンに向き直る。
「イレブン。お前と婚約しちまったが…俺は違う世界から来た人間で、端から結婚なんて無理だ。今からでも遅くない。考え直せよ。」
「……」
カミュの言葉にイレブンの碧い双眸が冬の湖面のように冷えて――
――しまった。怒らせたか?
カミュが内心焦るが、イレブンは次の瞬間、微笑んだ。
「…もし僕が君との結婚を考え直したとして…この先、愛のある結婚ができるかわからない。だから…悔いのないように恋人にしてあげたかったことを今、君にしたいんだけど…いいかな?」
――って。結婚を考え直してくれるってことか?
遠慮がちに切り出したイレブンに、まさか自身の提案を素直に聞いてくれるとは思っていなかったカミュは目を瞠った。
「あ、ああ。何がしたいんだ?」
「膝枕。僕、恋人に膝枕してあげるの、夢だったんだ。」
「膝枕?もちろん、いいぜ。お前の膝に頭をのっければいいのか?」
「あ、ううん。横向きじゃなくて…」
イレブンの気が変わらないうちに、とカミュは急いで言い、横になって彼の腿に頭を載せようとしたが、イレブンは彼を押し止めた。そしてブーツを脱いでソファの上に上がり、脚を外側に折り畳んでカミュの方を向き、ぺたんと座った。彼の意図を理解し、カミュも靴を脱ぐとソファに上がり、イレブンの正面から膝を枕に仰向けに寝そべった。
「これでいいか?」
逆さまに見えるイレブンの顔を見上げてカミュが尋ねると。
「もう少し上がいいかな。」
イレブンはカミュの腕に自身の腕を引っ掛けて膝の上、より近くへと彼を引き上げた――と同時にイレブンが何かを呟く。聞き返そうとしたカミュは、腕を引っ掛けているイレブンの手とは別の手に手首を掴まれる感触にぎょっとした。
「!?」
驚いて目を遣ると、使い魔の一対の”手”がカミュの手首を掴んでいた。”手”はカミュの腕をイレブンの後方へと引っ張り、彼の腰の後ろでがっちりと固定した。無表情で見下ろす逆さまのイレブンをカミュが戸惑いつつ見上げる。
「おい、何を…」
イレブンは無言でカミュのシャツに手をかけ、引き裂くように勢いよく左右に開いた。午の明るい光が部屋を満たす中、カミュの白い半身が露わになる。背がイレブンの膝に載っているため反らされた素肌の胸に、小さな二つの粒がつんと突き出ていた。
「綺麗。」
イレブンがカミュの半裸を見て呟き、指先で小さな粒に触れると、カミュはピク、と身体を震わせた。
「ん…っ、おい、イレブ…ひゃ!」
「昨夜は君、途中で寝ちゃったものね?」
イレブンが微笑んでそこを擽る。
「あっ…ん、やっ、やめ、…あっ!」
カミュは逃れようとしたがイレブンの腿の上に上体を載せていて、彼の腰に腕を廻した状態で拘束されているため、ほとんど動くことができなかった。
「あ…ん、んっ…あ…っん、ああ…ん!」
イレブンの指先が、まるで差し出されているかのような可愛い乳首をこちょこちょと擽り続ける。
「おま…!何の、…んっ…つも、り…あっ…」
「お仕置き。」
「こ…の!考え、…ぁ…直し、て…ん…っ…くれる、んじゃ、ない、のかよ…!」
カミュが与えられる快楽に耐えながら必死に訴えるが。
「考え直すなんて言ってない。」
イレブンがあっさりと答え、彼の指先が本能的に逃れようと動くカミュの乳首を追いかける。
「あ…ん!も、バカ、やめろ!」
「『考え直せ』なんて言う君が悪い。」
「あんっ!」
今度は大きく開かれた無防備な腋をイレブンが擽り、カミュの身体がビクン、と撥ねた。
「あぁ…ん!やぁっ…ふふ、あ…ん、ふふ…」
「だから、二度とそんな考えを持たないようにわからせないと。」
イレブンの声は身悶え、必死で身を捩るカミュには聞こえていなかった。イレブンが腋を擽り続けると、快楽に反応してカミュの乳首が硬く色づき始める。彼の動きとともに左右に動く乳首を目で追っていたイレブンはそれが十分に濃くなり尖り勃った頃、再びそこに手を伸ばした。
「あっ…ん!」
暫く放っておかれた乳首をまた擽られ、不意打ちの刺激にカミュの身体が撥ねる。
「あ…っ…?さっき、よ…り、あ…ん!」
しかも今度は擽ったいだけでなく快楽の波がそこから広がって、下腹にジン、と熱が伝わるのがわかった。
「イレブン、もう、やめ…!」
ほとんど叫ぶようにカミュは懇願したが、イレブンの悪戯な指先が止まることはなかった。
「あの子ったら、公務の合間の時間さえ目一杯、ともに過ごしたいと思うほど彼が好きなのね。」
昼休み。執務室でイレブンの帰りを待ちながら、彼の母エレノアが言った。祖父のロバートも穏やかに微笑みながら頷く。
「儂はもう彼に会ったぞい。いい子じゃった。」
「まあ。お父様、ったらずるいわ。私もアーウィンも早く彼に会いたいのに。」
イレブンはカミュの心の準備ができるまで、とまだ両親に彼を会わせてはいなかった。
「もうすぐ会えるじゃろうて。楽しみにしているがよい。」
「そうね、お父様。…ああ!二人は今どんなに仲睦まじい時間を過ごしているのかしら?」
エレノアが夢見るような顔でホゥ、と溜息を吐く。
「ほっ、ほっ、きっとおとぎ話に出て来る王子と姫君のように甘い時間を過ごしているに違いないわい。」
先王は片手で口ひげを撫でつけながら楽し気に微笑んだ。
「あ…ん、ああ…ん、あ……ん…」
「…ああ。もうそろそろ戻らなきゃ…」
壁掛け時計を見たイレブンは彼の指先にすっかり溶かされて、下腹に溜まった熱をどうすることもできずにもどかし気に細い腰を蠢かしながら、目を閉じて切なげに眉根を寄せ甘い声を洩らすカミュを見下ろして呟いた。
「あっ…ん!」
イレブンが間断なく擽っていたピンと勃った乳首を最後にカリ、と掻くと、カミュは仰け反って悲鳴を上げ、ぐったりとする。今の強すぎる刺激でどうやら軽くイってしまい、その反動で気を失ったらしかった。
「…また後でね?愛しい人。」
イレブンはカミュを使い魔の拘束から解き、ソファから立ち上がると彼の服を整え、乱れた青い髪を一撫でして部屋を出て行った。
*
午後の遅い時間の柔らかな光が部屋を満たす中、ソファの上でカミュは目を覚ました。起き上がると服に擦れて乳首がジン、と疼き、思わず息を詰める。カミュはそれにより昼間の自身の痴態を思い出し、その記憶を振り払うように乱暴に髪を掻き揚げた。
「くそっ…」
苦々し気に毒づくが…それでもまだ、イレブンの指先の感触が乳首や腋に残っている気がした。
「イレブンの奴、好き勝手しやがって…」
――だがこれからどうするよ?イレブンの方から結婚を諦めさせることに失敗しちまった。逃げるには、アイツが俺に掛けた魔術を解かせるしかねえが…どうやって…?
数か月も彼を放って居なかった身としては、正面から頼んで到底聞いてもらえるとは思えなかった。
――やっぱりこの手しか、ねえのか。
頭に閃いた考えに、カミュは昏い貌で溜息を吐いた。
――イレブンを愛しているフリをし、俺を信用させて術を解かせ、逃げるしか-…