成人式から数日経ち、祖母の生家を訪れた僕は出迎えたエリックをしっかりと抱き締めた。
「会いたかった…」
「おいおい、大げさだな。」
エリックが笑う。成人式の前後は準備やら儀式やらでひと月ほど会えずにいた僕は愛しさが募り、抱擁を解くと彼に深いキスをした。
「……ふ…っ…ん…。…今日はゆっくりできるんだろ?メシ作ったんだ。温かいうちに食べようぜ?」
エリックも僕の髪や首、肩を撫でながら口づけに応えた後、言った。
「うん、ありがとう。」
夕陽の残光が僅かに窓に映るダイニングで、食卓に置かれたランタンの優しい灯の中、二人で食卓に着く。香ばしいパンに瑞々しいサラダ、肉と野菜がごろごろ入ったスープ。エリックの作る料理はいつもとても美味しい。
「…と、そうだ。酒があったんだ。お前は養子で自分の誕生日がわからない、ってことだけど、お前と同じ名前の王子様が数日前に成人したんだ。この際だからお前も成人したことにしようぜ?」
エリックが棚からワインとグラスを二つ取り出して優雅な手つきで注ぐ。うち一つを手に持つと僕の方へと掲げた。
「お前の成人に、乾杯!」
僕もグラスを持ち、彼のとカチンと合わせた後、一口飲んだ。
「…どうよ?人生初めての酒の味は?」
エリックが微笑みながら僕を見ている。僕は既に成人式のパーティーでお酒を飲んでいたが笑って、
「思ったより苦い、けど…美味しい。」
と答えた。実際、僕にはエリックが居るだけで今、手にもっているグラスワインが最高の美酒のように感じられた。美味しいお酒に目の前には美しい恋人。僕は夢見心地で食事を摂りながらエリックとグラスを重ねた。
料理も粗方食べ終え何杯か過ごした後、僕はふいにジェイドとの会話を思い出した。そう、結婚。やはり話すのは成人してからと思い今まで訊かずにいたけれど、成人したのだから訊くべきだ。
「…ねぇエリック。将来…いや、君が望むならすぐにでもいいんだけど、」
「ん?」
「…その、僕と…結婚してくれる?」
「……」
伝説の勇者一行にばったり出会ってしまった魔物みたいに、エリックは驚き戸惑っているようだった。…ちょっと唐突過ぎたかな?
「…酔ったのか?今日は早めに寝るか?」
エリックは優しく微笑み、僕を気遣う。明確な返事をもらえず僕は内心気落ちしたが、ここで食い下がって彼を追い詰めるのは得策ではない気がした。
「そうだね。少し酔ったみたいだ。」
「ふは、しょーがねえなあ。片付けとくから早く寝ろよ。」
「ありがと。」
エリックはグラスの底に残っていた酒をグイと飲み干すと席を立ち、空の食器を持って流しへと持って行き、洗い始めた。襟足から覗く、彼の白い項。僕は立ち上がり、引き寄せられるように彼の元へ行き、後ろから抱き締めた。
「寝るんじゃないのか?」
エリックは僕の抱擁も気にせず、慣れたように洗い物を続ける。僕は彼の上衣の裾から手を忍ばせて脇腹を撫で上げ、柔らかい乳首を指先で愛撫した。
「んっ…や、めろ。洗えないだろ。…あっ…」
腋をスリスリと撫でるとエリックがビクッとして身を竦める。
「…先にベッドで待ってるから。」
金色のピアスが輝く彼の耳に直接吹き込むように囁く。そして彼の赤くなった耳の後ろにキスをした。
*
ベッドサイドテーブルに置かれたランプの柔らかい灯りの中、エリックがベッドに上がり、ベッドヘッドに寄りかかっていた僕の首に腕を廻す。僕は口づけて彼のバスローブの前を開き、素肌を愛撫しながら彼を優しく押し倒す。僕も寝間着を脱ぎ裸になると、それからはもう夢中だった。愛を囁き縺れ、触れ合う。
そして身体を繋げ、互いの欲を吐き出したとき。僕とエリックは間近で見つめ合った。彼の蒼天のような双眸が僕を映している。そこには僕への確かな“愛”があって、僕の心に再び期待が頭を擡げた。今なら良い返事をもらえるかもしれない。
「エリック…いつか僕と、結婚してくれる?」
でも。僕が訊いた途端、エリックの瞳の中の蒼天に吹いていた“愛情”とも言うべき風が急に凪いだ気がした。
「…別に。恋人のままでもいいじゃねえか。俺は今の生活に何の不満もないぜ?」
「……」
これでは埒が明かない。僕が身分を明かすためにはエリックが(将来的にでも)結婚を決意してくれないといけないのに。そのとき、僕の頭にある考えが閃いた。
――限界まで追い詰めれば或いは結婚を承諾してくれるかもしれない。
「…今度はバックでシよっか?」
「え…ちょ、もう、無理…」
僕は彼を俯せにして細い腰を掴み引き寄せた。
「おい、イレブ…あっ、ぐ…!」
すぐに上体を起こし僕を振り向こうとした彼を後ろから再び貫く。ナカのしこりを狙って衝きながら滑らかな背、胸から腹、脇のラインを間断なく愛撫し、乳首を弄るとエリックが身体を震わせて喘いだ。可愛い。
「あっ…やっ…」
臍を指先で掻いて悪戯し、急所と双球をそれぞれの手に掴む。
「あっ…」
エリックがビク、と身体を揺らす。エリック自身を掌で扱いて先端を親指で愛撫し、もう片方の手で双球をやわやわと揉むと、エリックは肘を突っ張っていられなくなり、ベッドへ肘を落とした。四つん這いの格好から尻だけを掲げる体勢になる。
「あ…ああ…ああ…あ…あ…」
急所を責め立てて再び彼自身が硬くなり、双球が張って絶頂が近いのを感じると、僕はそれらから手を放した。
「あ…あ、何、で…イレブ…」
エリックが抗議の声を上げるが、僕は彼の声を無視して再び彼の身体を愛撫しだす。
「あ…ん、も、しつこ…あ…っ!」
苛立って上体を起こし、後ろを振り向こうとしたエリックの硬くなった乳首を引っ掻くと彼の身体がビク、と撥ねた。間髪入れずに彼の腰を掴みナカのしこりを狙って僕自身を打ち付ける。
「ああ、ああ、ああ、…っ!」
暫くエリックを啼かせてから彼を背中から抱き締め、彼自身をやんわりと掴むと、耳元に甘く囁いた。
「…エリック、愛してる。僕と、結婚してくれる?」
「ん…ぅ…、…今、言う、こと、か、よ…あっ…!」
彼のモノを掴む手にきゅっ、と力を籠め、圧し掛かったまま彼を一突きした。
「ああ!」
エリックが背を反らせて喘ぐ。僕は彼自身をきつく掴んだまま、ナカのしこりを僕自身で擦る。
「ああ…っ…イ…レブン、いい加減に…あっん!あん!や…あ、…」
僕は構わずエリックを激しく衝き始めた。僕の手に堰き止められ、イくにイけずにエリックが悶える。僕は激しく衝き続けて彼がイきそうになるとまた動きを止め、もう一度彼に訊いた。
「僕と結婚して?」
「は…早く、イかせてくれ…」
苦し気に強請る彼はイくことしか頭にないようだった。僕は諦めて抽挿を再開し、イく直前に彼の体内から僕自身を引き抜くと、掴んでいた彼自身から手を放した。二人のモノが同時に弾け、白濁がベッドとエリックの背に散る。エリックは脱力してベッドへと頽れ、気を失ってしまったようだった。
「…結婚すると、言わせられなかったな。」
僕はぐったりと横たわる恋人を見下ろしながら、乱れて顔に落ち掛かった髪を掻き揚げ溜息を吐いた。
*
それから僕はエリックと会う度にプレゼントをしたり愛を囁いたりと地道なアプローチを続けたものの、色よい返事がもらえないまま数か月が過ぎた。
そんなある日。僕は城の地下で隠し部屋を見つけた。机に椅子、ベッド、テーブル、用途不明の材料や器材が並べられた棚、そして壁の一面を覆う、本のぎっしり詰まった書棚。書棚を調べてみると、魔術や呪術の本が多くあった。どうやらここは公の存在ではない宮廷魔術師の部屋だったらしい。中には希少な古代魔術の本もあり、それらは古代語で書かれていたが教養として学んでいた僕には読むことができた。僕は椅子に座り、『召喚魔法』と書かれたタイトルの本をランタンの灯りで読み始めた。
多種多様な異世界の住人の召喚方法が書かれている。パラパラと見ていくと、無数の触手を持つ、暗緑色の魔物の挿絵に目が留まった。“触手スライム”と題されている。記事には『召喚者の意のままに動かせる。』『対象を傷つけることなく快楽により拷問することが可能。』とある。
「へぇ…」
他には美しい人間の女性の姿をしたペアの使い魔の挿絵に興味を引かれた。『怪力』『手だけの召喚も可能。』とあった。僕はその本を自室でゆっくり読むことに決め、再度書棚を物色して『恋愛に関する魔法』というタイトルの本を手に取る。そこには到底手に入りそうにない材料を使った惚れ薬や媚薬のレシピ、恋愛関係の呪術などが載っていたが、僕はその中の一つ、『刻印の魔術』と題されたものに興味を持った。それは術者が自身の手と口に術を掛け、術が掛かっている間に触れた対象にその感覚を刻み込み、毎日正午になるとそれが再現される、というものだった。『施術対象に感覚を刻む時間は術者の魔力が高いほど長時間可能となる。』『正午に術者が施術対象の傍にいるときは再現されない。』とも書かれていた。遠く離れる恋人の存在を日々感じられるようにキスや抱擁の感触を対象に記憶するという趣旨の魔術らしい。
「ふうん…」
いつか役に立つかも。僕はその本も借りていくことにした。『召喚魔術』の本とともに小脇に抱え外に出て隠し部屋を元通り閉じた。
*
今日は久しぶりのオフ。昨夜から僕はお祖母さまの生家でエリックと過ごしていた。今朝の食事当番は僕で、温かいスープを二人分よそい、食卓に並べる。パンにサラダ、ベーコンエッグも既に用意してある。僕はまだ寝ているエリックを起こそうと寝室に行き、彼の蟀谷にキスをした。
「起きて?エリック。」
「んん…」
エリックの睫毛が震え、彼の綺麗な蒼い瞳が僕を見上げる。
「…はよ。」
「おはよ。」
こんな風に恋人と平和な朝を迎えられることがすごく幸せ。二人でダイニングに移動して食卓に着く。
「さ、食べよ?」
「ああ…」
食べ始めて少しすると、エリックが口を開いた。
「…なぁ、イレブン。結婚、のことだけどよ…」
「うん?」
エリックから結婚の話題を振るのは初めてで、僕は思わず期待に満ちた目で彼を見た。
「あ…その、俺も商人としてはまだまだ駆け出しで販路を開拓しなくちゃいけねえし、お前も造った物がどれだけ売れてんのかわかんねえけど、軌道に乗るまではやっぱがむしゃらに働かなきゃいけねえだろ?だから今は…お互い仕事を頑張んねえか?」
「……」
僕はエリックに成人して鍛冶職人になったということにしていた。
「お前のこと好きだし、お前の気持ちも嬉しいんだぜ?けど結婚は、今は考えられねえ、って言うか…」
これ以上彼を圧すことはできないと悟り、僕は仕方なく頷いた。
「わかった…」
「おいおい、そんな暗いカオすんなよ。今は、ってだけの話だぜ?」
エリックが明るい声で言う。
「それなら、将来的には、その、僕と結婚してくれるの?」
約束だけでも、欲しかった。成人してからというもの、毎日のように縁談話が持ち込まれて決断を催促されていた僕には、周囲を納得させるために明確な将来の約束が必要だった。けれどエリックは。
「…お前まだ成人していくらも経ってねえじゃねえか。もっとよく考えてからでも遅くないと思うぜ?」
「……」
――今の時点でも既に周囲が焦れているんだけど。
そのときふと、パブ‘the Beaty Queens’のオーナーらしき女性が僕を誘惑すると言い出してエリックが苦し気な顔をしたことを思い出した。もしかして…僕が結婚を迫られているという現状を知ればエリックも僕との結婚を前向きに考えてくれるだろうか?そう思って僕は彼に事情を話すことにした。
「…実は、縁談話が来てるんだ。」
「縁談?」
「うん。家同士のしがらみとかいろいろあって…その、断りづらくて。決まった相手がいると言えればいいんだけど…」
実際、誰かを選ばなければ先方の体面もあって誰をも断れない。すべての縁談が保留のままになっていた。
エリックがそれを聞いて少しの間考え込む。
――それで何度も俺に結婚を迫ってきたのか。縁談を断れなくて困って…
「…俺がお前と婚約すれば、その縁談、断れるのか?」
「もちろん。」
――婚約したからといってすぐに結婚するわけじゃねえ。…なら、いいか。こいつが困っているなら…。結婚するまでによく考えさせればいい。
エリックは顔を上げ僕を真っすぐに見た。
「…あー…、お前のことは好きだし、今まで気も合って楽しくやってきた。お前とならこれから先も人生楽しくやっていけそうだよな。…いいぜ、婚約しても。」
「ホント!?嬉しいよ、エリック!」
僕は思わず立ち上がり、身を乗り出してテーブル越しにエリックにキスをした。
「…エリック。朝食を終えたら、僕と一緒に来て欲しい処があるんだけど…」
「どこへだよ?」
「僕の家。」
「お前の家?別に構わねえけど…そういやお前ん家に行くの初めてだよな?」
エリックが興味を引かれたようにイレブンを見返した。
*
朝食後。僕はエリックとともに祖母の生家を出て、城の正門の前に位置する、周囲に水路が流れる円形の街の中心部までやってきた。その片隅にある井戸へと導き、中へと垂れる紐に手をかける。
「お、おい、この井戸の中にお前の家があるのかよ?」
「黙って僕についてきて。」
僕がひらりと井戸の中に身を投じると、エリックは躊躇いながらも続いた。
「井戸の地下にこんな通路があったなんて…」
エリックは辺りを見回しながら呟いた。僕は黙々と彼の前を歩く。
「…なあ、イレブン。一体どこへ行くつもりなんだ?」
「ダンドラシル城だよ。」
「は?ダンドラシル城、って…。衛兵に見つかりでもしたら…」
「大丈夫、僕に任せて?」
「任せて、って…。つーか、何でお前、こんな場所を知ってんだよ?」
「着いたら話すよ。」
歩みを止めない僕にエリックは嘆息しながらもついてくる。やがて上部から明るい光が差し込むやや開けた場所に出た。そこには一本の紐が垂れ下がっていて、僕はその紐に手を掛け、上へと登る。そこは城内の井戸だった。井戸の外に降り立ってから下にいるエリックに合図をする。エリックも登ってきて、僕の隣りへと着地した。
「ここは…」
「ダンドラシル城の中だよ。」
「な、もう城の中かよ!?おい、いくら何でもまずいだろ、勝手に城に侵入したりしたら…!」
「大丈夫。だって僕は…」
「王子!」
向こうから衛兵が二人の方へと向かって来て、すぐ近くまで来ると恭しく敬礼した。
「お戻りでしたか、イレブン王子。母君が探されています。」
「わかった、すぐに行くよ。」
「そちらは…」
「彼は僕の――」
僕が言い終える前にエリックは井戸の中へひらりと身を翻した。
「エリック!?エリック!!」
僕は井戸に駆け寄り覗き込んだが、彼は元来た道を駆け出してすぐに見えなくなった。思わず後を追おうと井戸の縁に足を掛けた僕を、衛兵が押し止める。
「母君の許へお急ぎ下さい。」
「……わかった。」
――後でエリックの家を訪ねよう。
イレブンは逸る心を何とか鎮め、母の許へ向かうべく足を踏み出した。
*
エリックは駆け続け、井戸から街の中心部へ戻ると、人混みに紛れた。
――イレブンが、王子?ずっと俺、騙されてたのか?
エリックは足早に仕事のパートナーであるダークの店を目指した。
――追ってくるかもしれねえ。ダークのことはイレブンも知らねえはずだからとりあえず奴の処に行って国を出る手はずを整えよう。
城下町の一等地にあるダークの店に行き、エリックが『国を出たい。』と言うと、彼は何も聞かずに旅支度を整えてくれた。
――ミアには落ち着いたら手紙を書けばいい。関所があるから公道から国外には出られねえな。山を越えていくしかねえか。
エリックはダークの店を出ると、港のある隣国ズワールスラスト王国を目指すために郊外から山岳地帯へと入って行った。
だが。その途上で足を滑らせ、峡谷へと落下した――