じめついた空気の漂う取調室で、高遠梓は二人の女性と向き合っていた。
どちらも、あの連続陵辱事件の被害者だった。
彼女たちの言葉を梓は一言一句聞き漏らさぬよう神経を集中させていた。
「本当に屈辱的で……。周りにはたくさん人がいたのに、誰も気づいてくれなくて。ただ、波の音と、あの男の笑い声だけが……」
口を開いたのは、先日、海水浴場で被害に遭った相沢沙織だった。
彼女はまだ二十代前半で、日に焼けた肌が痛々しくさえ見える。
その瞳は楽しかったはずの夏の思い出が悪夢に塗り替えられた絶望に翳っていた。
梓は彼女の震える手をそっと握り、静かに
「犯人の顔は覚えてる?」
「それが……帽子とサングラスで……。ただ、声が……すごく落ち着いてて、冷たい声でした。私が漏らしてしまうのを、まるで実験でも観察するように見ていて……」
沙織の言葉が梓の脳内に犯人像の輪郭をぼんやりと描き出す。
衆人環視の中での犯行、被害者の羞恥心を煽る手口。その異常性が際立っていた。
次に話を聞いたのは、花火大会の帰りに拉致されたという森口美夕だ。
彼女は沙織よりも少し年上で、気丈に振る舞おうとしてはいたが、時折言葉を詰まらせ、その端正な顔を苦痛に歪めた。
「暗くて、よく……。ただ、車に乗せられて、どこか知らないマンションの一室に。そこで……体に変なものを……。かゆくて、痛くて……お腹もすごく痛くなって……気づいたら……汚物まみれで……」
美咲はそこまで話すと、嗚咽を堪えきれずに俯いた。
彼女が語ったのは貞操帯、媚薬、下剤、そしてバイブレーション。
それらが組み合わさって、六時間にも及ぶ地獄を生み出したという。
排泄という最も根源的な尊厳を徹底的に破壊し、それを娯楽として消費する。
梓の中で影山晶という名の怪物の姿が、より明確な、おぞましい実体を持って迫ってきた。
二人の証言を繋ぎ合わせると、犯人は周到な計画性と人間性を欠いた冷酷なサディズムを併せ持つことが浮かび上がる。
これは単なる性犯罪ではない。人の心を殺すための儀式だ。
「……M_Queen」
捜査本部に戻る車の中で、梓は唇の端でその名を呟いた。
先日、マッチングアプリで接触した「山田」と名乗る男。
目撃証言にある犯人像──長身でがっしりとした体格──とは、小柄な山田は似ても似つかない。
だが、あのレストランで自分に仕掛けた手口は被害者たちが語る屈辱の強制と奇妙に重なっていた。
あの男は言った。「もっと本格的な体験もある」と。
「見極める必要がある」
梓の胸の中で刑事としての直感と、一人の女としての危惧が火花を散らす。
山田が単独犯ではない可能性。
彼が何らかのコミュニティに属し、その背後に真の主犯がいるのではないか。
梓の思考は一点へと収束していく。
山田の横のつながりを暴く。
そのためには再度、「M_Queen」として彼に接触するしかない。
危険な賭けであることは百も承知だった。
しかし、これ以上被害者を出すわけにはいかなかった。
自宅に戻った梓は、震える指でスマートフォンの画面をタップした。「M_Queen」のアカウントで山田にメッセージを送る。
『先日はありがとうございました。あなたが仕掛けた「おもらし」、とても刺激的でした。もしよろしければ、あなたがおっしゃっていた「もっと本格的な体験」を、私も味わってみたいです』
文面を打ち込みながら、自分の正気を疑いそうになる。
だが、もう引き返せない。
彼女はさらに言葉を続けた。
『あと、あの30万円のことですが、あれはあなたを試すための口実でした。今となっては大変申し訳なく思っています。ぜひ全額お返しさせてください』
これは罠だ。
金銭に釣られるタイプの人間か、あるいは純粋に倒錯的な行為そのものに価値を見出す人間か。
梓は相手の反応を探る餌を撒いた。
そのメッセージは都内の安アパートの一室で、影山晶の目に留まった。
彼は「M_Queen」からの文面を読み、面白そうに口角を上げた。
「へえ、あの女、おねだりしてきたのか」
これまで彼の玩具となった女たちは、恐怖と屈辱に泣き叫ぶだけだった。
自ら次のステージを望んできた者など一人もいない。
これは初めてのケースだった。
金も返すと言っている。
純粋に快楽を、屈辱を求めているのか。
影山の歪んだ支配欲が新たな刺激によって疼き始めた。
「いいだろう。そこまで言うなら、とっておきのもてなしをしてやる」
彼の脳裏には、すでに完璧な舞台装置が組み上がりつつあった。
彼は「M_Queen」のアカウントに返信を打ち込む。
「喜んで。最高のステージをご用意します。当日は車でお迎えに上がりますので、指定の場所でお待ちください」。
約束の日時と場所が無機質なテキストデータとして梓のスマートフォンに届いた。
そして約束の当日。
影山は以前にも利用した闇バイトの男、山田に電話をかけた。
「例の女をエスコートしてほしい。場所は後で送る。仕事はいつも通り、連れてくるだけでいい」
「わかりやした。報酬はまた、前回と同じで?」
「ああ。抜かりなくやってくれ」
電話を切ると影山は一足先に「舞台」へと向かった。
指定された時刻、梓は「M_Queen」として、人通りの少ない駅前ロータリーに立っていた。
やがて、一台のセダンが滑るように目の前に停車する。
運転席から降りてきたのは、やはりあの小柄な男、山田だった。
「M_Queenさん。山田です。さあ、どうぞ」
山田は愛想よく後部座席のドアを開けた。
梓は一瞬の逡巡の後、覚悟を決めて車に乗り込む。
車は滑らかに走り出し、都心を離れ、次第に建物のまばらな郊外へと向かっていく。
車窓の景色が緑を増していくにつれて、梓の心臓は鉛のように重くなっていった。
一時間ほど走っただろうか。車は錆びついた鉄門の前で停まった。
門には「関東中央総合病院」という、今や風雨に晒されて薄くなった文字が刻まれている。
廃病院。その言葉が梓の全身に冷たい水を浴びせかけた。
山田に促されるまま車を降り、梓は彼の後に続いて崩れかけた建物の中へと足を踏み入れた。
かびと埃の匂いが鼻をつく。
割れた窓から差し込む月明かりが、廊下に散らばったカルテや医療器具の残骸を不気味に照らし出していた。
山田は慣れた様子で懐中電灯をつけ、奥へと進んでいく。
長い廊下の突き当り、一つのドアの前で彼は立ち止まった。
「こちらです」
彼が開けたドアの先は別世界だった。
外の荒廃が嘘のように、その部屋だけは真新しくリフォームされ、壁も床も真っ白に輝いている。
そして、その部屋の中央に、それは鎮座していた。
鈍い銀色の光を放つ、婦人科の検診台。
足を開いて乗るための鐙(あぶみ)が、まるで獲物を待ち構える顎のように静かに佇んでいた。
「……ここが、ステージ?」
「ええ。最高の体験を、ここで」
山田はにこやかに言った。
梓は、もう引き返せない場所まで来てしまったことを悟った。
ここで、あの被害者たちが受けたような、あるいはそれ以上の体験を自分が受けることになる。
恐怖が足元から這い上がってくる。
だが、ここで怯むわけにはいかない。
梓は自らに言い聞かせた。覚悟して受けよう。この山田とつながることで、彼の背後にいる「同類」の情報を引き出すのだ。
浣腸マニア、排泄嗜好者たちのコミュニティに、この身を投じて潜り込んでみせる。
「わかりました。どうすればいいですか?」
梓の覚悟のこもった声に山田は満足げに
「では、スカートと下着を脱いで、そちらの台にお座りください」
指示は事務的で感情がなかった。
梓はゆっくりと、震える手でスカートのホックを外し、ストッキングと下着を脱いだ。
ひやりとした空気が無防備になった下半身に触れる。
彼女は言われるがまま、冷たい検診台の上に腰を下ろした。
次の瞬間、山田は素早い手つきで、梓の手首と足首を台に備え付けられた革のベルトで固定した。
カチャリ、という金属音が響き、梓は完全に抵抗の術を失う。
そして、柔らかな布が彼女の目に当てられ、世界は完全な闇に閉ざされた。
「それでは先生、お願いします」
山田の声が響き、彼が部屋から出ていく足音が遠ざかっていく。
入れ替わるように別の誰かが部屋に入ってきた。
先ほどの山田とは違う、重く、引きずるような、それでいて確信に満ちた足音。
その足音は検診台の傍らでぴたりと止まった。
視界を奪われ、手足を拘束され、仰向けに固定された梓は、まな板の上の鯉そのものだった。恐怖で心臓が張り裂けそうだった。
不意に冷たい指が梓の鼻を強くつまんだ。
息ができず、苦し紛れに口を開けた瞬間、生ぬるい液体が喉の奥へと流し込まれてきた。
ごぷっ、と音を立てて、大量の水。
逆らうこともできず、梓はそれを必死に飲み込むしかなかった。
後味に、かすかな薬品の苦みを感じる。
「……うっ、げほっ、ごほっ……!」
むせかえる梓を意にも介さず、男は無言で検診台を操作し始めた。
ウィーン、という機械音と共に梓の体がゆっくりと水平に倒されていく。
そして両足が鐙に固定されたまま、意志とは無関係に、大きく、大きく左右に開かれていった。
それは人間としての尊厳を奪い去る屈辱的な角度だった。
男は次に、イルリガートルと呼ばれる器具を準備し始めた。
金属が触れ合う冷たい音、液体が注がれる音。
そして、ぬるりとした潤滑剤の感触の後、硬いノズルが肛門に宛がわれた。
梓は身を固くするが、男は容赦なくそれをねじ込んでくる。
やがて、冷たい液体が強い水圧で腸内へと注ぎ込まれ始めた。
洗浄剤だ。
腹の内部が無理やり膨張させられる感覚。
すぐに、内臓を雑巾のように絞り上げるような激しい腹痛と強烈な便意が襲ってきた。
「んんっ……! う、あああっ……!」
梓は身を捩って苦痛に耐えようとするが、拘束された体はびくともしない。
そして、ついに堪えきれなくなった括約筋が、その機能を放棄した。
ぶじゅるるる、と液状になった便が流れ出る屈辱的な水音。
ぶ、ぶす、とガスが漏れ出す恥ずかしい音。
それらが静かな部屋に響き渡った。
男は無言でその行為を五回も繰り返した。梓の腹の中が完全に空になるまで。
度重なる排泄で梓は体力を根こそぎ奪われ、ぐったりと検診台の上で喘ぐことしかできなかった。
だが、試練はまだ終わらない。
空っぽになったはずの腸に今度は別の異物が侵入してくるのが分かった。
細長く、ぬるぬるとした、まるで生き物のような感触。
「ワーム」と呼ばれるアダルトグッズだ。
それが腸壁を押し広げ、奥へ奥へと侵入してくる。
その頃、先ほど飲まされた薬の正体が分かりかけてきた。利尿剤だ。
膀胱が張り裂けそうなほどの強烈な尿意。
目隠しをされた暗闇の中で、梓は二つの異なる責め苦に同時に苛まれた。
下からは得体の知れないものが内臓を這い回り、前からは今にも溢れ出しそうな尿意が意識を支配する。
「や……やめて……っ、おねが……!」
懇願は無視された。
ワームを体内に入れていく作業は異常なほど丁寧で執拗だった。
それは何度も出し入れを繰り返され、腸の最も敏感な場所を探り当てるように角度を変え、速度を変え、梓の体内を蹂躙した。
その作業は、一時間にも及んだ。
その間、尿意の限界と闘い続けていた梓の意思は、ついに途切れた。
じょわああ……。
熱い液体が自分の意思とは関係なく溢れ出す感覚。
一度決壊してしまえば、もう止めることはできなかった。
利尿剤の効果で膀胱はすぐに満たされ、何度も、何度も、梓は失禁を繰り返した。
検診台の下には水たまりができていた。
その時、梓の脳裏に信じられない感覚が芽生えていた。
腸の奥深くを刺激され続ける奇妙な圧迫感と、繰り返される失禁の温かい解放感。
それは屈辱のはずだった。羞恥のはずだった。
だが、極限まで追い詰められた彼女の体は意図せずその刺激に反応し始めていた。
自分の排泄器官が見ず知らずの男の玩具にされている。
その事実が恐怖と羞恥を通り越して、背徳的な興奮を呼び起こしていることに梓は気づいてしまった。
混乱と戸惑いが彼女の思考を麻痺させていく。
そして、ワームが全て腹の中に収まった、と感じた次の瞬間。
「ああああああああああああああッ!!」
それは何の予告もなく、一気に引き抜かれた。内臓が根こそぎ裏返されるような、想像を絶する激痛。
梓の口からは、もはや言葉にならない絶叫が迸った。
その叫びを最後に彼女の意識はぷつりと途切れた。
どれくらいの時間が経ったのか。
影山が部屋から出ていく足音と、入れ替わりに山田が戻ってくる気配で、梓はかすかに意識を取り戻した。
「今日のプレイは終了です。お疲れ様でした。最寄りの場所までお送りしますよ」
山田の能天気な声が聞こえ、そっと目隠しが外された。
蛍光灯の白い光が目に痛い。
手足の拘束が解かれ、検診台から降ろされたが、梓は腰が抜けてしまい、その場にへたり込んだ。
しばらく自分の足で立つことすらできなかった。
車で送ってもらう道すがら、山田から色々と聞き出すつもりだった。
この男の素性、コミュニティのこと、そして「先生」のこと。
しかし、自分の身に起こった出来事が何度もフラッシュバックのように脳裏をよぎり、全く考えがまとまらない。
内臓をかき回された感触。止まらない失禁の屈辱。そして、最後に感じた、あの背徳的な興奮。
「気持ちよかったですか、M_Queenさん?」
隣で運転しながら、山田が屈託のない声で尋ねてきた。
その問いに梓はただ、壊れた人形のようにかろうじて言葉を返すのが精一杯だった。
「ええ、とっても」