「次のゲームの始まりだ」
影山はタブレットを放り投げ、不敵な笑みを浮かべた。
新たな企みが彼の乾ききった心にじわりと活力を与え始めていた。
計画の実行は迅速だった。
彼はまず、鎌倉駅周辺にシャワー室と更衣室を備えたレンタルオフィスを契約した。
観光地の中心にありながら、人の出入りが多く、個々の行動が目立ちにくい絶好のロケーションだ。
次に、誰もが知る大手おむつメーカー「エンジェルソフト」のロゴと社名を精巧に偽造した資料を作成した。
パンフレット、アンケート用紙、そして自身の肩書である「商品開発部・特別モニター担当責任者 佐藤健司」と記された名刺。
準備は万端だった。
募集の名目は「新製品の極秘テストモニター」。
彼はアルバイト情報サイトに破格の報酬を提示した広告を掲載した。
時給三万円、拘束時間は二時間。
その甘い言葉に釣られ、指定した日時にレンタルオフィスを訪れた女性は実に二十人にも上った。
オフィスの一室に集まった女たちの間には期待と少しの緊張が入り混じった空気が流れている。
彼女たちの前に立った影山は柔和な笑みを浮かべ、自信に満ちた口調で語り始めた。
「本日は、エンジェルソフト社の極秘プロジェクトにご参加いただき、誠にありがとうございます。私が担当の佐藤です」
彼は深く一礼し、手元の資料に目を落とした。
その落ち着き払った態度と、説得力のあるたたずまいに、女たちの警戒心はすぐに解けていった。
「皆様に本日テストしていただくのは、我々が数年の歳月をかけて開発した画期的な次世代おむつです」
影山はそう言って、一枚の薄い布のようなものを掲げてみせた。それは厚手の下着と見分けがつかないほどスタイリッシュなデザインだった。
「このおむつは特殊な吸水ポリマーと乾燥凝固技術により、驚異的な吸収力を誇ります。例え失禁してしまっても、水分は瞬時に吸収され、特殊な繊維が臭いを完全にシャットアウトし、排泄物を内部で乾燥、凝固させます。つまり、汚れたという感覚も、臭いも、一切ないのです」
おお、と感嘆の声が漏れる。
影山は満足げに
「ただし、これはまだ世に出ていない最高機密の製品です。よって、モニター期間が終了したおむつは、必ずこのオフィスに持ち帰り、我々の手で処分させていただきます。情報漏洩防止のため、決してご自身で破棄したり、外部に持ち出したりしないでください」
その念押しに、女たちは真剣な表情で
秘密を共有しているという感覚が、彼女たちに奇妙な連帯感と優越感を与えていた。
「テストの内容は至って簡単です。まず、皆様にはこちらで用意した錠剤を服用していただきます。これは軽い利尿作用を促すもので、効果には個人差があります。その後、このおむつを装着し、二時間ほど、このオフィスから半径二キロ圏内を自由に散策していただきます。もし、少しでもおむつに漏れた感覚があった場合は、すぐに私に連絡をください。GPSで皆様の位置は把握しておりますので、スタッフが専用車両で十分以内に駆けつけ、皆様をオフィスまでお連れします」
細かなルールと徹底した管理体制のアピールは、このモニターがいかに重要で信頼できるものであるかを印象付けた。
観光名所である鎌倉を散策しながら高額な報酬がもらえる。
こんなに美味しい話はない。
「二時間後、オフィスに戻っていただき、簡単なアンケートにお答えいただければ、その場で報酬をお支払いします。それでは、このテストに、ご参加いただける方はいらっしゃいますか?」
影山の問いかけが終わるか終わらないかのうちに、ほとんどの女たちが勢いよく手を挙げた。
最終的に十人の女性がモニターへの参加を表明した。
「ありがとうございます。では、参加を決めてくださった方は、こちらのテスト用おむつをお受け取りください」
影山は、実際には、ただの厚手なコットン生地で作られた下着を、一人一人に手渡していく。
それは何の機能も持たない、ただの偽物だった。
「更衣室がございますので、お一人ずつ順番に履き替えてきてください。全員の準備が整い次第、テストを開始します」
女たちが浮き足立った様子で更衣室へと向かう間、影山はデスクの上で薬の準備を始めた。
今回、相手を脅す必要はない。
彼女たちは自らの意思で、何の疑いもなく、この薬を口にするのだ。
その事実に、彼の口元には抑えきれない笑みが浮かんだ。
彼は十人分の小さなピルケースに、一粒ずつの白い錠剤を入れた。
表向きは「軽い利尿作用があるハーブ由来のサプリメント」と説明する。
それは、実際には括約筋の制御を著しく困難にさせる筋弛緩剤だった。
そして本命は、錠剤を飲み干すために用意されたペットボトルのお茶の中に、すでに溶かし込んである。
強力な利尿剤と即効性の下剤。
この二段階の罠が彼女たちを衆人環視の地獄へと突き落とす。
「皆様、準備はよろしいですか?」
全員が偽のおむつに履き替え終わったのを見計らい、影山は薬とお茶を配った。
「では、こちらの錠剤をお飲みください。その後、二時間、鎌倉の街を自由に楽しんできてください。それでは、モニター開始です」
女たちは、その小さな、小さな一錠の薬に何の抵抗も感じることなく、冷たいお茶で喉の奥へと流し込んだ。
そして、仲間たちと楽しげにおしゃべりをしながら、次々とオフィスを出ていく。
影山はその背中を見送りながら、一人の女性に声をかけた。
ショートカットが似合う、活発そうな印象の女だ。
彼は彼女を今回の「主役」に選んだ。
「もしよろしければ、私が同行して、散策中のリアルタイムな感想をアンケート形式でお伺いさせていただけませんか? もちろん、追加で特別な報酬をお支払いします」
高額なプラスアルファの提示に女は一も二もなく
「はい!喜んで!」
こうして、影山は獲物の一人を伴い、陽光あふれる鎌倉の街へと足を踏み入れた。
向かう先は、観光客でごった返す小町通りを抜け、その先にある鶴岡八幡宮だ。
彼の頭の中では、すでに完璧な舞台設定が完成していた。
汗ばむ陽気の中、二人は人波をかき分けるようにして小町通りを進む。
女は影山の質問に快活に答えながらも、名物の団子やソフトクリームに目を輝かせ、すっかり観光気分を楽しんでいるようだった。
影山はそんな彼女の様子を、あくまで優しい開発担当者を演じながら、冷徹な目で見つめていた。
やがて二人は鶴岡八幡宮の広大な境内へとたどり着いた。
本宮への参拝を終え、いよいよ舞台のクライマックス、大石段へと差し掛かる。
六十一段ある急な石段は、下から見上げると天に続いているかのようだ。
モニター開始から、およそ三十分が経過していた。
「わあ、結構高いですね!」
女はそう言って、軽快な足取りで一段、また一段と階段を下り始めた。
影山は少し遅れて、彼女の数段後ろをゆっくりとついていく。
薬が効き始める、絶妙なタイミングを計っていた。
そして、彼女がちょうど階段の中腹あたりに差し掛かったその時、それは起こった。
「え……?」
女の足が、ぴたりと止まる。
彼女の表情から、一瞬にして血の気が引いていくのが分かった。
じゃあ、という生々しい水音と共に、彼女の股の間から温かい液体が堰を切ったように溢れ出したのだ。
強力な利尿剤によって限界まで溜め込まれていた尿が、筋弛緩剤で緩みきった膀胱から、何の抵抗も許さずに一気に流れ出す。
薄い水色のズボンが股間を中心にみるみる濃い色へと変わっていく。
驚異の吸収力も、臭いを閉じ込める特殊技術も、そこには存在しない。
あるのは、ただの濡れた布が肌に張り付く、不快で絶望的な感触だけだった。
「あ……あ……」
女は自分が今、大勢の観光客が行き交う神社の石段の真っただ中で、みっともなく失禁してしまったという事実を、まだ完全には受け入れられずにいた。
羞恥と混乱で全身が震え、その場に立ちすくむことしかできない。
「どうしましたか?」
影山が心配そうな顔を作って駆け寄った。
「すぐにスタッフを呼びますから、大丈夫です。とりあえず、少し人目につかない場所へ移動しましょう」
その言葉に、女は我に返ったようにこくこくと
しかし、天下の観光名所である鶴岡八幡宮に、人目につかない場所などあろうはずもなかった。
彼女は濡れて重くなったズボンを引きずるようにして、なんとか道路脇にある街路樹の陰へと身を寄せた。
通り過ぎる人々の好奇の視線が針のように突き刺さる。
「もしもし、佐藤ですが。トラブルです。モニターの方が……はい、大石段の下の……ええ、至急車両をお願いします」
影山は携帯電話を片手に、スタッフと話しているかのような真に迫った演技を繰り返す。
その間も彼の頭の中では冷徹な計算が働いていた。
下剤が効き始めるまで、あと少し。
この屈辱の時間を、一秒でも長く味あわせてやらなければ。
スタッフの到着を待つこと、およそ二十分。
女の顔はもはや蒼白で、脂汗が額に滲んでいた。
「あの……まだ、でしょうか……お腹が……」
彼女が不安げにそう呟いた、まさにその瞬間だった。
ぐ、と腹の底から突き上げてくる、強烈な圧迫感。
それは便意などという生易しいものではなかった。
内臓を直接掴まれるような激痛と共に、彼女の意思とは全く無関係に肛門がこじ開けられる。
「あっ……!」
ブリブリッ、ブリュリュッ!
水っぽい音を立てて、熱い塊が下着の中へと溢れ返った。
一度決壊したダムのように排泄の波は止まらない。
おしっこまでもが再びじょろじょろと流れ出し、もはや彼女の体は排泄物を垂れ流すだけの肉の袋と化していた。
むわりと立ち上る強烈な糞尿の悪臭。
その臭いに女は完全に理性の箍が外れた。
「いやああああああっ!」
金切り声を上げて、その場に泣き崩れる。
周囲の視線が、もはや好奇から侮蔑と嫌悪へと変わっていくのが分かった。
人々は鼻をつまみ、眉をひそめ、汚物でも見るかのような目で彼女を遠巻きにしている。
完璧だ。
影山は心の中で喝采を送った。
これこそが、彼が求めていた芸術作品の完成形だった。
「すぐにスタッフを呼んできます。ここで待っていてください」
彼はそう言い残すと、背を向けてその場を足早に立ち去った。
もちろん、彼が戻ってくることは、二度となかった。
そして、その頃。
鎌倉の他の場所でも、同じ地獄が繰り広げられていた。
小町通りの人混みの中で、土産物屋の店先で、カフェのテラス席で、そして由比ヶ浜の砂浜で。
残りの四人の女たちもまた、時を同じくして排泄の制御を失い、美しい古都の観光地で、生きながらの晒しものとなっていた。
彼女たちの絶望的な悲鳴は喧騒の中に虚しく吸い込まれていった。