※この作品はR-18です。

浣腸鬼と呼ばれた男   作:たちばなさとし

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08犯人像 ひかれあう犯人と女刑事

 取調室の空気は、ここ数日でさらに粘度を増していた。

 高遠梓(あずさ)の前に座る女たちは、みな一様に衆人環視の白昼夢から未だ抜け出せずにいるようだった。

 彼女たちは大手おむつメーカー「エンジェルソフト」の極秘テストモニターという甘い言葉に誘われ、古都・鎌倉で筆舌に尽くしがたい屈辱を味わった被害者たちだった。

 

「信じられませんでした……。まさか、あんな……。周りにはたくさん人がいて、みんな笑ってて……。私だけが地獄にいるみたいで……」

 

 最初に口を開いたのは鶴岡八幡宮の大石段で惨劇に見舞われた女性だった。

 彼女の瞳は虚ろで、楽しかったはずの観光地の思い出が、悪臭を放つ汚物で塗りたくられている。

 

「『すぐにスタッフが駆けつけますから』って、あの佐藤って男は言いました。だから、私は彼を信じて……。でも、お腹が痛くなって、もう我慢できなくなって……。彼、私のこと、ずっと見てたんです。私が漏らすのを、まるで面白い見世物みたいに……!」

 

 その言葉は梓(あずさ)の脳裏にあの廃病院での記憶を焼き付けた。

 目隠しをされ、内臓を弄ばれたあの時間。

 絶望的な状況下で、自分を観察する冷たい視線の気配。

 被害者の語る「佐藤」という男の像は、梓(あずさ)が知る「先生」の姿と不気味に重なり合っていく。

 

「安心してください。あなたが見た男の顔、どんな些細なことでもいい、教えてもらえますか?」

 

 梓(あずさ)は努めて冷静に問いかける。

 しかしその声とは裏腹に、彼女の体の奥深くでは、共感とは似て非なる、どろりとした熱が生まれ始めていた。

 被害者の屈辱が、まるで自分のことのように生々しく感じられ、それが奇妙な興奮を呼び覚ます。

 

 次に話を聞いたのは、先日、東北の山中で保護されたカフェの女店主だった。

 彼女は初老に差し掛かろうという年齢で、その顔には深い疲労と、まだ拭いきれない恐怖が刻み込まれていた。

 

「気がついたら、知らない古民家の庭にいて……。木でできた、あんな……あんな物で体を……」

 

 女店主は言葉を詰まらせ、震える手で顔を覆った。

 彼女が語ったのは、手作りの木製枷、ローター、洗濯バサミ、そして下剤の坐剤。

 それらが織りなす、数時間にも及ぶ悪夢の饗宴だった。

 

「犯人は私が意識を失うまで……。汚物まみれになって気絶した私を布団に運んで……。そのまま、どこかへ行ってしまったんです。目が覚めたら、もう誰もいなくて……」

 

 その言葉を聞きながら、梓(あずさ)は自らの体験と重ね合わせていた。

 廃病院の検診台で意識を失い、気づけば解放されていたあの時。

 犯人は目的を達すると、まるで壊れた玩具を捨てるかのように被害者を放置して姿を消す。

 その手口は完全に一致していた。

 

「もう……何も考えられなくて……。でも、あの男、最後に言ったんです。『手作りの道具は味わいがある』って……。まるで、自分の作品を自慢するように……」

 

 その一言が梓(あずさ)の中で燻っていた炎に油を注いだ。

 手作りの道具。

 それは他者の追随を許さない、彼の倒錯した美学の現れだった。

 被害者の苦痛を聞けば聞くほど、その歪んだ芸術性に惹かれていく自分がいる。

 そのどうしようもない矛盾に梓(あずさ)はもはや抗うことをやめていた。

 

 被害者の話を聞き、その体験を追体験することで得られる背徳的な興奮。

 それは、いつしか梓(あずさ)にとって、なくてはならないものになっていた。

 彼女はこの感情を否定しない。

 むしろ、もっと深く、もっと濃密に味わいたいとさえ願っていた。

 

 その日の夜も、梓(あずさ)は自室のバスルームで、冷たいタイルに四つん這いになっていた。

 彼女が毎晩行うようになった浣腸を使った自慰の儀式は、日を追うごとに激しさと倒錯の度合いを増していた。

 

 最初は、ただ市販の浣腸を使い、あの日の穏やかな便意をなぞるだけだった。

 だが、すぐにそれでは物足りなくなった。

 彼女は被害者たちが語った地獄を自らの体で忠実に再現し始めたのだ。

 

 まず、彼女はネット通販で購入したアナルプラグを潤滑剤をたっぷりと塗りたくって、自らの後孔へとゆっくりと挿入した。

 異物が内壁を押し広げる圧迫感と微かな痛みが、あの廃病院で「ワーム」を入れられた時の記憶を呼び覚ます。

 プラグを挿入したまま、彼女は浣腸のノズルをその隙間にねじ込み、液体を注ぎ込んだ。

 腸内に異物がある状態で排泄を強いられるという、被害者の一人が語った苦痛。

 腹の中で液体と固形物が混じり合う不快な感覚が彼女に屈辱的な快感をもたらした。

 

「んんっ……! あ、ぁ……っ」

 

 次に彼女が試したのは電気の刺激だった。

 被害者の一人が「体に電気を流された」と怯えながら語っていたのを思い出し、彼女はクリップ状の電極がついた低周波治療器を手に入れていた。

 その小さなクリップを自らのクリトリスと、アナルプラグの金属部分に接続する。

 ダイヤルを少しずつ回していくと、ぴりぴりとした微弱な電流が最も敏感な二つの場所を同時に走り抜けた。

 痛みと快感の境界線が曖昧になる奇妙な感覚。

 彼女はダイヤルをさらに回し、痛みが絶叫に変わる寸前の、最も興奮が高まるポイントを探り当て、その刺激に身をよじった。

 

「ああッ! もっと……もっと痛く……!」

 

 さらに彼女は別の被害者が証言した「かゆみ」を再現しようとした。

 目隠しをして視界を奪い、手首をベッドのフレームに軽く縛り付ける。

 そして、通販で手に入れた、塗ると強烈な痒みを引き起こすという触れ込みの媚薬クリームを自らの秘裂や肛門の周りに塗りたくった。

 最初は心地よい温かさだったものが、次第に耐えがたい痒みへと変わっていく。

 掻きたくても掻けない、じりじりとした焦燥感。

 それは、廃病院で感じた、なすすべもない無力感に酷似していた。

 痒みと闘いながら、彼女は自慰に耽り、苦痛と快楽が入り混じった歪んだオーガズムに達した。

 

 だが、どれだけ工夫を凝らし、被害者たちの地獄をなぞってみても、あの日の興奮には遠く及ばなかった。

 婦人科の検診台の上で、目隠しをされ、体を完全に拘束され、見知らぬ男に内臓の隅々まで弄ばれた、あの絶望的なまでの無力感と、そこから生まれた究極の背徳的な興奮。

 あれを超えるものは、どこにもなかった。

 

 もう一度、あの男に会いたい。

 そして、あれと同じ、いや、あれ以上の体験を、この身に刻みつけてほしい。

 その思いは、もはや熱病のように梓(あずさ)の心を支配していた。

 彼女は震える指でスマートフォンを手に取り、「M_Queen」として男にメッセージを送った。

 それは刑事、高遠梓(あずさ)としてではなく、一人の女、M_Queenとしての、心の底からの叫びだった。

 

『先生へ。先日の廃病院での診察、ありがとうございました。先生が私にしてくださったこと……睡眠薬でのおもらしも、イルリガートルでの洗浄も、ワームでの腸内探索も……すべてが、私の体の奥深くに忘れられない記憶として刻み込まれています。あの屈辱と快感を、私はもう一度味わいたい。いいえ、今度はもっと酷い目にあわせてほしいのです。どうか、この願いを叶えてください』

 

 その熱烈なメッセージは、東北の古民家で、自らが作り上げた芸術品の余韻に浸っていた影山晶の元に届いた。

 彼は手枷首枷拘束具に嵌めた女が、自らの手で意識を失うまで弄ばれた光景を反芻していた。

 それは、これまでのどの犯行とも違う、圧倒的な達成感を彼にもたらしていた。

 創造主として、被造物を完璧に支配するという絶対的な愉悦。

 その感覚は彼の心に微かな変化をもたらし始めていた。

 

 そんな時に届いた、「M_Queen」からのメッセージ。

 その文面を読んだ影山の目に、これまで獲物には決して向けたことのない、強い好奇の光が宿った。

 

(この女……)

 

 他の女たちは恐怖に泣き叫ぶか、絶望に打ちひしがれるだけだった。

 自ら「もっと酷い目に」と懇願してきた者など、一人もいない。

 しかも、彼女は自分が施した施術の数々を、専門用語まで使って正確に記憶している。

 これは、ただの倒錯者ではない。

 自分の「芸術」を理解し、その深淵を共に覗き込むことのできる、稀有な存在なのではないか。

 

(面白い……)

 

 影山は初めて自分と同等の地平に立つ可能性のある人間に遭遇した、という直感を覚えていた。

 この女なら、自分の隣に置き、助手として、あるいは共犯者として、自らの芸術を共に探求できるかもしれない。

 彼の心に新たな可能性が芽生え始めていた。

 

 影山は、この特別な女に対し、初めて自らの素性を明かすことを決意した。

 それは、彼女を試すためのテストであり、同時に、彼女を新たなステージへと引き上げるための招待状でもあった。

 彼は「M_Queen」のアカウントに慎重に言葉を選びながら返信を打ち込んだ。

 

『メッセージ、拝見しました。あなたが私の施術を深く理解し、記憶してくれていることに深い感銘を受けました。一つ、あなたに告白しなければならないことがあります。これまであなたに会っていた「山田」と名乗る男は、私の助手の一人に過ぎません。真に苦痛と快楽の芸術を追求し、あの廃病院で、目隠しをされた君に直接施術を施したのは、この私です』

 

 彼は一旦そこで指を止め、彼女の反応を想像した。

 そして、最後の切り札を切るように言葉を続けた。

 

『これまであなたを欺き、山田という偽りの姿を見せていたことについて、もし君が許せるというのであれば、改めて、私と君が直接会う機会を用意したいと思います。どうでしょうか?』

 

 メッセージを受け取った梓(あずさ)の心臓は激しく高鳴った。

 山田は助手。

 あの日の「先生」は別にいる。

 そして、その本人から、今、直接の誘いが来ている。

 恐怖と期待が入り混じり、全身が粟立つ。

 彼女はもはや、刑事としての理性をかなぐり捨てていた。

 

『お会いしたいです。先生の正体を知り、ますますあなたに惹かれています。次に会う時は偽りの名前や姿ではなく、お互いの本当を見せ合いませんか?』

 

 その返信を見た影山は満足げに笑みを浮かべた。彼女はテストに合格したのだ。

 

『承知しました。では、スケジュールの調整がつき次第、こちらから連絡します。楽しみにしていてください、私のM_Queen』

 

 影山はそう返すと、スマートフォンの画面を閉じた。

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