M_Queenと再会する約束を前に、影山晶は意識の深淵を漂っていた。
俺に正体を明かしたいと思わせた女。
彼女は単なる被造物ではなく、創造主である自分と対等な地平に立つ可能性を秘めた、唯一無二の存在かもしれない。
次に会う時、自分は彼女にどう接するべきか。
影山は自室の暗がりで、静かに自問自答を繰り返していた。
最近の自分は、あまりに複雑な手順や倒錯的な仕掛けに凝りすぎていたのではないか。
手作りの道具、電気ショック、特殊な媚薬。それらは確かに彼の「作品」に深みを与えたが、同時に、何か本質的なものを見失わせているような気もした。
失禁させるという結果そのものに固執するあまり、その過程にある最も美しい瞬間、つまり、人間の尊厳が内なる衝動の前に崩れ落ちていく、あの抗いがたい葛藤のドラマを見過ごしてはいないだろうか。
彼は原点に立ち返ってみることにした。
全ての装飾を剥ぎ取り、最も純粋な形で人の意志を試す。
そのために必要なものは何か。答えは驚くほど単純だった。
「浣腸を、ひとつ入れる。それだけだ」
外部からの強制力は最小限に。
あとは対象自身の肉体と、そしてほんの少しの「運」という名のスパイス。
その不確定要素が、どのような化学反応を生むのか。
それを、この目で見届ける必要があった。
M_Queenという特別な女と対峙する前に、自らの芸術の核を再確認するための、ささやかな実験。
影山の探求は、まだ終わらない。
実験の舞台として彼が選んだのは、夜の帳が下りたホテル街の最寄り駅だった。
ネオンの光が湿ったアスファルトをまだらに照らし、甘ったるい香水の匂いと欲望の残り香が入り混じる場所。
ホームのベンチにはマッチングアプリで客を待つ若い女たちが、短いスカートから伸びる足を投げ出してスマホの画面を睨んでいる。
影山はそんな女たちを値踏みするように眺めながら、ひと気のまばらなホームのベンチに深く腰掛け、静かに獲物を待った。
彼の目に特別な条件はない。
ただ、どこにでもいる、少し軽薄で、危機感の薄そうな若い女。
それだけで十分だった。
なぜなら今回の主役は女ではなく、彼女の体内で繰り広げられるドラマと、それを演出する「運命」なのだから。
獲物は意外なほどすぐに現れた。
ホームに滑り込んできた電車がドアを開き、吐き出された数人の乗客の中に、まさに影山が思い描いていた通りの女がいた。
安っぽい光沢のあるブラウスに、流行りの短いプリーツスカート。
足元は厚底のサンダル。
長い髪を揺らし、スマホの画面に夢中で周囲への注意は完全に散漫になっている。
完璧な獲物だった。
影山は音もなく立ち上がると、スマホに視線を落としたまま歩いてくる女の進路に、まるで引き寄せられるかのように体を滑り込ませた。
計算されたタイミングで、彼の肩が女の肩に鈍い音を立ててぶつかる。
「あっ……!」
女の手からスマホが滑り落ちそうになり、慌ててそれを掴み直す。
その手首を影山は逃さなかった。
「おい、どこ見て歩いてんだ、てめぇ」
わざと柄の悪い口調で凄むと、女はびくりと体を震わせ、ようやく影山の顔を見上げた。
その瞳には予期せぬトラブルに巻き込まれたことへの驚きと、明らかな恐怖の色が浮かんでいる。
「ご、ごめんなさい……」
か細い声で謝罪する女。
影山は周囲に他の乗客がいないことを素早く確認すると、すぐさま行動に移した。
女の背後に回り込み、抵抗する間も与えずにその小さな口を手で覆い塞ぐ。
「怪我したくなかったら、黙ってこっちに来い」
耳元で低く囁かれた声には逆らうことを許さない絶対的な圧があった。
女は小さく頷き、その体は恐怖で硬直している。
影山は彼女を半ば引きずるようにして、自動販売機の列と壁が作る物陰へと連れ込んだ。
そこは駅の照明が届きにくい、絶好の死角だった。
「下着を下ろせ」
命令は短く、冷徹だった。
女は一瞬ためらったが、背中に感じる男の体温と、口を塞ぐ手の力強さに抗うことはできなかった。
震える手でスカートの裾をたくし上げ、ストッキングの上から下着を太ももまで下ろす。
露わになった尻が自販機の明かりに白く浮かび上がった。
影山はポケットに忍ばせていた、いちじく浣腸を取り出した。
プラスチックの柔らかな感触。
彼はそのノズルを抵抗する間もなく女の尻の穴に突き立てると、躊躇なく薬液の全てをその体内に注入した。
「んっ……!」
女の体が一瞬、大きく跳ねる。
冷たい液体が腸壁を刺激する不快な感覚に彼女は声にならない悲鳴を上げた。
影山は空になった容器を無造作にポケットに突っ込むと、冷たく言い放った。
「下着を戻せ」
女は言われるがままに、慌てて下着とスカートを元に戻す。
だが、安堵する暇はなかった。
影山は彼女を壁に押し付けるようにして、背後から強く抱きしめた。
「このまま動くんじゃねえぞ」
耳元で再び囁かれる脅し文句。
女の体は恐怖で小刻みに震えている。
ホテル街近くの駅のホームの、薄暗い物陰で抱き合う男女。
もし誰かが見たとしても、それは客と娼婦がもつれている痴態にしか見えなかっただろう。完璧な擬態だった。
女は自分が何をされたのかを正確に理解していた。
いちじく浣腸。
便秘の解消にドラッグストアで何度も買ったことがある。
だから、この後何が起きるのかも知っていた。
最初は下腹部の微かな違和感。
それが次第に抗いがたい便意の波へと変わり、最終的には全てを洗い流す奔流となる。
このままでは限界が訪れる。
その確信に近い不安が恐怖と共に彼女の心を蝕んでいた。
しかし、背後から体を拘束する男の存在が、彼女から助けを求める声を奪っていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。
女の腹の奥で、きゅる、と小さな音が鳴り始めた。
第一波の到来だ。
彼女は必死に肛門に力を込める。
その体の微かな変化を影山は背後から抱きしめたまま、愉しむように感じ取っていた。
不意に影山はぱっと彼女から体を離した。
「行っていいぞ」
あまりに突然の解放だった。
女は一瞬何が起きたか分からなかったが、すぐに自由になったことを理解すると、悲鳴を上げるよりもトイレへ向かうことを選んだ。
彼女は振り返りもせず、速足で、しかし内股気味の不自然な歩き方で、駅の改札近くにあるトイレの標識を目指して歩き出した。
その背中を影山は冷たい目で見送った。
(ここからトイレまでは、そう遠くない。せいぜい一分か二分。今、浣腸が効き始めたとしても、女は駆け込んで、もらさずに済むだろう)
それが影山の計算だった。
今回は女に「希望」を与えた。
自らの足でトイレにたどり着き、尊厳を守るという希望を。
だが、その希望が「運命」という名の気まぐれな壁に阻まれた時、人はどのような顔で絶望するのか。
それが見たかった。
少し距離を置き、影山は女の後を追った。
物陰に身を隠し、まるでドキュメンタリー映画でも見るかのように彼女の行動を観察する。
女は小走りでトイレの前にたどり着いた。しかし、その顔はすぐに絶望の色に染まった。
影山の計算では間に合うはずだった。
だが、そこには彼の計算を超えた「不運」が待ち構えていた。
女性用トイレの前には運悪く数人の女が列をなしていたのだ。
おそらく、一つしかない個室が何らかの理由で長時間使われているのだろう。
女は舌打ちしそうな顔で、その列の最後に絶望的な表情で並んだ。
その間にも腹の中では薬液が容赦なく蠕動運動を促している。
彼女は落ち着きなく腹をさすったり、貧乏ゆすりのように足を小刻みに揺すったりし始めた。
顔は青ざめ、額には脂汗が浮かんでいる。
(まだか、まだ耐えるか。大したものだ)
影山は感心したように、その姿を観察した。
人間の意志というものは、時に物理法則さえ捻じ曲げるのではないかと思わせるほどの力を見せる。
だが、その意志にも限界はある。
列は一向に進む気配を見せない。
やがて、女の足の震えが大きくなり、ついに立っていることさえ困難になったのか、彼女はその場にゆっくりと、しかし抗いがたい力に引かれるように、ずるずるとしゃがみ込んでしまった。
そして、その瞬間が訪れた。
びりぃ、という布を裂くような決定的な音が、物陰にいる影山の耳にも届いた。
それは彼女の最後の理性が、肉体の本能的な要求の前に敗北した音だった。
女はしゃがみ込んだまま、両手で顔を覆った。
そのプリーツスカートの下から、じわりと茶色い染みが広がり始め、やがて、床に小さな水たまりを作った。
周囲の人間が気の毒そうに彼女を見つめる。
彼女は自分が公衆の面前で最も隠しておきたかったものを漏らしてしまったという事実を全身で受け止めていた。
その屈辱的な結末を静かに見届けた影山は、満足とも違う、奇妙に冷静な気持ちでその場を立ち去った。
(間に合うように計算したつもりだったが、存外、難しいものだな)
彼は考察する。
人の意志、そして偶然という名の変数。
それらが複雑に絡み合って生まれる予測不可能なドラマ。
それこそが彼の芸術の真髄なのかもしれない。
M_Queenとの再会が、ますます楽しみになってきた。
彼女という最高の被験体なら、一体どれほど美しい崩壊を見せてくれるのだろうか。
影山の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。