※この作品はR-18です。

Fate/afterglow renew–uplift   作:神谷萌

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Opening
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 JR赤塚駅、10時51分。

 キンコーン・キンコーン

 ガララララッ……

 1番線に到着した、E531系電車の扉が開く。

「ふぅ……外は暑いなぁ……」

 季節の頃は夏の盛り。冷房の効いている電車から降りると、蒸せかえるような熱気と湿度を肌に感じる。

 セーラー服風の衣装を着た美少女────よ(・)く(・)見(・)る(・)と(・)そ(・)う(・)で(・)は(・)な(・)い(・)こ(・)と(・)が(・)解(・)る(・)、男の娘(オトコノコ)、鷺ノ宮(さぎのみや)琉希(ルキ)。所謂MtFではなく、あくまで性自認は男性だが、女性的な身体的特徴と、会話の上では “彼女(She/Her)” とされたいという事情を抱えている。なので以降こう表現するが、彼(・)女(・)は、大きめのキャスター付きトランクケースを引いて、ホームの北東寄り、水戸・仙台方の方へ向かう。

 水戸、そして終着の勝田へ向かって発車していく常磐線電車を余所に、橋上駅舎の下をくぐったあたりで、現在の1番線の向かい側を見る。

 現在は柵が設けられ、一見は元々、片面ホームだったようにも見えるそこ。赤塚駅旧1番線、茨城交通茨城線ホーム。

 だが、琉希が行こうとしている場所はその先にある。今は痕跡がほとんど消されたその先に、目的地に繋がる軌道があることは知っている。

 すっ、と、一歩、歩み出た。

 ────────今度の御前山・東瑞苑方面行は1番線から、11時ちょうど発、軌道線直通、谷地(やち)行きです。まもなく発車となりますので、御乗車になってお待ち下さい』

 

 地図には載らないが、どこにあるか知られている町。

 行き方は知られていないが、誰でもそこへ行ける町。

 

 視界の中で、まるで最初からそうだったかのように、北豊田(とよだ)電気軌道茨城線の1番線、そして増設された0番線への通路が現れた。

 『北豊田電車 乗換改札』と書かれた看板と、国鉄スタイルの0番線、1番線の番号表示、先発電車が停まっている時に点灯する『先発』が書かれた表示灯、昭和時代の遺物という感じを放っていたが、逆に言うとそれだけだ。

 改札は当然のように自動改札機になっている。駅を共用しているJR東日本の子会社であるJR東日本メカトロニクスではなく、磁気・ICカード両用簡易改札機SG50が欲しいという理由で、JR西日本テクシア製AG70が設置されていたりするが。

 発車標は、LEDをスッ飛ばしてLCDが採用されている。これは、同じ京成電鉄傘下の関東鉄道と同じ物だった。

 0番線の駅舎側に立ち食いそば屋があるが、これも食券が自動券売機の、平成以降の現代のスタイルだ。

 昭和の面影のある『先発』灯も、明らかに中身がLEDに変更されている、白い光を放っている。

 振り返って見回しても、最初からそうだったかのように、現代の赤塚駅の常磐線ホームが存在している。ただ、 “外の世界の赤塚駅” では「1」と表示されていた向かい側のホームの番号表示が、 “閉鎖世界の赤塚駅” のエリアから見ると「2」になっている。

 一番時代がかっているのは、車両だ。ワンマン運用時を考慮して、片開き3扉の車両が欲しいとして、現状の筆頭株主である京成の、3000番代の旧形式が流れてきている。ただし、京成と北豊田とは軌間が違うため、台車と主電動機は相鉄6000系のものになっている。

 もっともその車両にしても、表示器の類はLED表示器化されている。

 単行のクモハ3050形のオデコの表示器には、『谷地 Yachi』と表示されている。貫通路扉の種別表示器には、固定で『 KER 』(Kitatoyoda Electric Railway)のロゴが表示されている。

「よいしょっ……と……」

 ガタッ、ガタッ

 ほぼツライチとは言え、凸凹の発生するホームと扉の間を、トランクのキャスターを乗り越えさせるときには、少し力を込める必要があった。

「ふーっ……」

 冷房の効いている車内に入って、変則的に搭載されている冷房機の補助をするために設置されている扇風機の真下で、琉希は、立ったまま、それなりの重さの荷物を引いてきたこともあって、短時間の間にも汗ばんだ身体を冷やし、癒やす。シャツの中からも熱気を取り除こうと、その胸元をつまんで、パタパタとやってしまうが……────

『琉希クン、琉希クン』

 琉希にだけ聞こえるその声が、慌てて嗜めるように告げてきた。

「え?」

『周り、周り』

 そう言われて、琉希が周囲を見る。

 ウィークディのオフピーク帯とは言え、全室ロングシートの車内にはそこそこの数の乗客が乗っていた。

 中年女性同士のグループは、チラチラと琉希の方を見ながら、なにかヒソヒソと話をしている。男性や、若い女性は、気まずそうな表情をして、あからさまに視線を琉希から逸らしていた。

「…………」

 琉希は、自身の方がこっ恥ずかしくなり、扉脇の座席の端に深く座り込み、視線を伏せるようにした。

『もう……琉希クンは服着てれば女の子にしか見えないんだから、その格好に相応しいエチケットも身に着けないと』

 自分の中にだけ聞こえる声に、琉希もまた、心の中でだけ答える。

『ごめん、ありがとう、さつき』

 ペーゥェーェェー

 車内設置の扉扱いブザーではなく、ホーム側の、 …………なしてそんなものがついているのか解らないが、帝都高速度交通営団時代の地下鉄で使われていたものと同じブザーが鳴る。

『1番線、発車いたします。ドアが閉まります、ご注意ください』

 プシューッ……ガララララ、バタン

 ヴォオォォォ…………

 単行の電車はホームを滑り出す。直線上には留置線の、大学生輸送用の大型車のクモハ1400形・クハ600形が一息ついているのが見えていて、そのさらに奥に茨城線から常磐線への転線に使う小型の交直流電気機関車ED90形1が、屋根付きの車庫から背中を見せている。本線の軌道の方が左へ向かって逸れていく。

 

 北豊田電気軌道は、茨城鉄道(後の茨城交通)の建設計画に便乗する形で、その途中で接続して現在の瑞苑街区が存在する場所までを軌道線として建設した。この最中、茨城鉄道の御前山以遠の建設が危うくなったため、接続点の野口までの鉄道線免許を引き取った。この結果、開業当初から茨城鉄道と、当時の北豊田電軌は実質的に1本の路線だった。

 当時は、鉄軌分界点は野口駅に置かれていたが、現在の瑞苑街区が形成されていくに従って、そこまでのアクセス線として、大半が専用軌道の東瑞苑の手前300mの位置までを地方鉄道線に切り替えて北豊田線とし、軌道線を瑞苑街線とした。

 その後、茨城交通の水戸市内鉄軌道線撤収に伴い茨城線を移管。

 この経緯から、物理的には1本の路線でありながら、法律上は赤塚~御前山が茨城線、御前山~東瑞苑鉄軌分界点が北豊田線と、「2つの路線」になっている。

 

 

 豊田(とよだ)郡瑞苑町、街区。

 北川端地区、ニュー北川端ハイツ。

「多少は人の住む場所になってきたかねぇ……」

 一見、金髪、やや童顔の美女が、Tシャツ・ショートパンツに白いエプロンを着けた姿で、ゴミ袋の口を縛りながら、そう言った。

「うう……エラの意地悪……」

 掃除機をかけながら、悲しいのか情けないのかと言った表情で、藤丸立香は言う。

「こんな暑い日にやらせなくたっていいじゃない」

「涼しい日を狙ってやろうと言っても、結局片付けなかったのは立香でしょーが……」

 エラ、と呼ばれた女性────そう、自己を生殖器が男性の女性(シーメール)と定義する、先日の、瑞苑の聖杯戦争でランサーとして召喚された、真名・ローマ皇帝ヘリオガバルス。

 “マスターに対しての願望器としての機能はありますが、「(本来の願い)と、ついでに(自身のサーヴァント)を受肉させる」という願いしか叶えてくれません。” という、瑞苑の聖杯戦争のローカルルールから、立香が勝者となった事で、この時代に受肉し、立香の生涯に付き合うことになった。

 そんなヘリオガバルスだが、皇帝の座に着く前、太陽神エーラーガバールの祭司だった彼女は、皇帝名もそれに由来していて、エラガバルスと呼ばれる場合もある。

 それにちなんで、聖杯戦争後は、彼女は立香や他の親(ちか)しい人間に、 “エラ” と呼ばせていた。

「それに、外にいかなきゃならない用事は、全部アタイがやってあげてるでしょーが」

 1DKの間取りのニュー北川端ハイツ。畳敷きの部屋との引き戸を開け放して、冷房の空気がダイニングスペース側にも入ってくるようにしていた。

 なにせ、エラが喚(よ)ばれた時の立香の部屋ときたら、洗面・脱衣所から部屋にいたるまで、脱ぎ散らかした下着、コンビニやパン屋の袋、お菓子の箱やら袋で、足(・)の(・)踏(・)み(・)場(・)は(・)あ(・)る(・)程(・)度(・)、という有り様だった。

 また、洗濯は一応やっていたものの、取り込んで畳んで片付けるのが面倒くさいものだから、ダイニング部分に室内用物干しスタンドを立てっぱなしにして、洗い上がった洗濯物は部屋干しにして、畳んで片付けもせず吊るしっぱなしにしていた。

 エラは、

「部屋を片付けたらどうだい」

 と、何度か言ったものの、

「んー……今度やるよ」

「次のフリーの日にやる」

「そのうち、そのうち絶対」

 と、立香はそう言ってのらりくらりと実行に移さない。

 とうとう業を煮やしたエラは、今日、目の前の街路の併用軌道を始発電車が通過していったのを合図に、

「これは皇帝であり、エーラーガバール祭司長としての勅命である!」

 と、在位時代の激情家の一面をむき出しにして、寝ぼけ眼の立香の尻を蹴飛ばし、なんとか外気温が35℃に達しないうちにざっとした作業を完了させようとしているところだった。

「うー、暴君!」

「アタイに恨み言を言って、身体が動くんならどれだけでも言いなさいな」

 ぐだぐだと言いながら、のたくたと掃除機をかける立香に対し、エラは、自身は一段落したと、腰に手をあてながら、軽くため息を吐(つ)きつつ苦笑した。

 そんな事を言っていると、

 ピンポーン

 と、ドアホンの音がした。

「あ、はいはい!」

「あ、立香!」

 立香は、これ幸いと、掃除機を放りだして、エラの制止も振り切り、玄関に向かう。

「まったく……しょうがないね」

 そう言いながら、電源を切っていかなかった掃除機のハンドルを持ち上げ、電源を切ってモーターを止めた。

「はいはーい、どちら様?」

 立香は、救いの神、とばかりに、にこやかに玄関を開け────

「ちゃっス」

 右手の人差し指と中指を揃えて、自身の前頭部を叩くようにして挨拶する、来訪者の顔を見て、大口を開けたまま表情を曇らせた。

「なんだよその顔は」

 背格好だけ見ると、小学生にも間違えられる、言動だけ見るとどう考えてもネアカ日本人のエジプシャン。ま、国籍は日本らしいが。

 何故か身体に着いているネコ耳と尻尾、それに黒と金色のオッドアイの光る金眼。特徴として捉えることはできるのだが、異常としては認識できない。

「あ、パトラさん」

 何故か凄まじく嫌そーな顔で凝視している立香の背中越しに、エラがその名前を呼んだ。

 かの女王(ファラオ)の末裔、クレオパトラ49世。今エラがそうしたように、親(ちか)しい者はパトラと呼ぶ。

「この立香のツラ、どういうこと?」

 パトラは、自分も立香の文字通りの頭越しに、エラに訊ねる。

「いやー、いい加減部屋の中が大変だったんでね、掃除を強行させたのさ」

「────!?」

 エラの答えを聞いて、パトラは、目と口を大きく開いて、驚愕の表情をした。

「うっそだろ、立香が掃除!? マジで!? ちっと見せてくれ」

 信じられない、とばかりに、パトラは、家主の立香を押し退けて、室内に入っていった。

「うぉーっ、スゲーッ、立香の部屋の床の7割以上が見えるようになってるの初めて見た!!」

「ちょっと!」

 驚愕の声を上げるパトラに、再起動した立香は、追いかけるように部屋に入っていって、抗議の声を上げる。

「いくらなんでも言いすぎなんじゃないの! それ!」

「でも事実だろうがよ……」

 パトラは、逆に困ったような表情でそう言った。

「それでもいくらなんでも初めて、は言い過ぎ!」

 立香が憤りながらそう言うと、

「あーあーあったな、確かに」

 と、パトラが、呆れたような、自身も憤ったかのような表情と口調で返す。

「お風呂比べ動画の時のやつな! お前 “ちょっと飲み物買ってくる” とか言って途中でデパートまで逃げっちまって、結局アタシと桜ちゃんでほとんど片付けた時」

「うっ……」

 パトラに “立香の部屋の床がよく見えている時” の実態を口にされて、立香は、悔しそうにしつつも言葉を詰まらせた。

「あれ?」

 パトラは、それに気がついた。

「立香、こんな立派な掃除機もってたっけ?」

 パトラはそう言って、掃除機を観察する。

「パナのサイクロン……キレイだけどちょっと前の型だな……」

 そう呟いて、パトラは立香に視線を向ける。

「マリーのところからパチってきたか?」

「失礼な!!」

 パトラの冗談交じりの言い分に、立香は流石に怒気をあらわにする。

「桜ちゃんに貸してもらったの。まぁ、そう言う意味じゃ確かに佐藤デンキが出どころなんだけど」

 別の機会にまた詳しく説明することになると思うが、佐藤デンキは、家電修理・リユースの店だ。ジャンクショップと言ってもいい。

「いやなんせ、本格的に掃除するとなるとこいつじゃ吸引力がねぇ」

 エラが、苦笑しながら、普段使っているアイリスオーヤマのスティック掃除機を見せるように持ち上げつつ、そう言った。

「マスター。そろそろ時間が」

 玄関口に控えていた、クレオパトラ49世のパートナー────セイバーが、自身の腕に嵌めている、ゴツい見た目のスマートウォッチで現在時刻を確認すると、立香との会話に割って入る形で、パトラにそう言った。

 彼女の真名はい(・)ろ(・)い(・)ろ(・)複雑なため、聖杯戦争が終わった後もクラス名を名乗っていた。また、彼女の方からも、契約主であるパトラの事をマスターと呼んでいた。

「あ、そうか」

 パトラが、そう言って立ち上がる。

「ん? 何かあるの?」

 立香が問いかける。

「琉希が瑞苑に戻ってくるから、迎えに行こうかなって。ひょっとしたら着いてくるかもと思って、生存確認も兼ねて寄ったの」

 パトラは、そう説明した。

「琉希クンが!?」

 知り合って長くはないが、縁は深いと思っている相手が、再びこの瑞苑を訪れると聞いて、立香も色めき立つと、視線をパトラからエラに移す。

「まぁ……だいたい片付けも終わってるし、いいんじゃないかね」

 嗜める意味での苦笑を見せつつも、エラはそう言った。

「じゃあ、行く行く行く!」

 そう言って、立香は準備を始めた。

「もう、今度からはこんな何時間も片付けなきゃならないようにするんじゃないよ?」

「解ってるって!!」

 部屋の奥の方でバタバタとする立香に、エラが嗜めるように言うと、立香は解っているのかいないのか、エラの方を向きもせずに答えた。

 パトラとセイバーが、玄関口に立って、笑顔を見せ合いつつ、立香達の準備を待っている間にも、マンション前の街路の併用軌道を、電車が通過していく。

 ヴォオォォォ……

 バタンバタンバタンバタン……

 路面電車と言うと、小柄な低床車が思い浮かべやすいかと思うが、瑞苑町街区のそれ、北豊田電軌瑞苑街線は、鉄道線の北豊田線・茨城線と一体で運行されていて、鉄道線の車両が併用軌道区間に乗り入れてくる。

 大柄な鉄道線車両、元京成のクモハ3150形が、けたたましい音を立てながら通過していった。

 





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