毒親に虐げられた青年は宝籤で大金を手に入れたので母親に復讐する話 作:葛轍偲刳
B-1. 真由視点:ミルクセーキとお風呂
「誠ちゃん」
停車したタクシーの中で、支払いを済ませる。と言っても、宗一郎君がプレゼントしてくれたモバイルタクシーチケットを提示するだけ。
「着いたよ。降りよ、誠ちゃん?」
「お、おう」
どこか心ここにあらずな返事。やっぱりまだ車は少し苦手なのかな。
誠ちゃんの両親と妹さんは家族みんなでドライブに出かけた際に事故で亡くなった。夜の山道で、道路工事用の大型ダンプと衝突して。誠ちゃんも片足切断の重傷。一命を取り留めたのはほとんど奇跡だった。
まだ私も子供だったから詳しいことは知らないが、軽傷で済んだダンプのドライバーは賠償金の支払いを免れようとして、事故の原因はハンドルを握ってた誠ちゃんの父親が対向車線にはみ出してきたからだと主張して、かなりゴネたらしい。
警察が調べようにも周辺に防犯カメラは無く、事故の目撃者もおらず、反論しようにも誠ちゃんは病院で生死の境を彷徨っていた。おかげで賠償金はほとんど支払われず、ご両親が遺したお金も大半は治療費に消えた。住んでいた家もいつの間にか断りも無く勝手に親戚が居座っていて、誠ちゃんは僅かな家族の形見だけを手に追い出された。
あの頃の誠ちゃんは本当に見ていられなかった。不良というよりも、死にたがっていたとしか思えない。不自由な体で誰彼構わず喧嘩を売って、でも誰にも相手にすらされなくて。
当たり前だ。まだリハビリもロクにしていなかったから、走るどころか歩くことすら不自由だった。殴りかかっても相手に手さえ届かず無様に転ぶ始末。嘲笑されて憐れまれて、後ろ指をさされて馬鹿にされた。
『こんなんになってまで生きていたくねえよ。なんで俺だけが生きてんだよ。あそこで一緒に死んじまっていれば良かったのに』
そう嘆くのを何度聞いたことか。
「真由。ぼうっとしてると危ねえぞ」
「あ、うん、ゴメン」
ふと気付くと、誠ちゃんの部屋の前まで来ていた。さりげなく私の肩を抱きながら周囲を警戒している。
宗一郎君が望まぬ大金を手にしてしまってから、誠ちゃんも明らかに周囲への警戒が強くなった。詳しいことは聞いていないけど、実際に宗一郎君が強盗に襲われたこともあったらしい。手持ちを財布ごと放り出して事なきを得たらしいけど。
一体どこから聞きつけたのか、誠ちゃんと宗一郎君が親しいからって大学の私のところにまで宗一郎君に紹介してくれないかと声をかけてきた人もいたから、その警戒も杞憂とは言えない。
「どうする? 帰るか?」
確かに以前は誠ちゃんの部屋には入らず、ここでバイバイして帰ることもあった。タクシーを気軽に使えるようになったのも最近のことで、誠ちゃんの歩く速さに合わせて駅から歩くと30分以上はかかったから、お母さんが騒ぐ前に帰ろうと思ったら、ここから急いで駅に向かわないと間に合わないこともあった。
「ううん、もうちょっと誠ちゃんと一緒にいたい」
「そっか。じゃあ、入れよ。何か飲むか?」
「んー、じゃあ、ミルクセーキ」
「あいよ。あ、でも、まだ生卵ってあったっけか……」
誠ちゃんと一緒に部屋に入る。部屋の中は男の一人暮らしにしては小綺麗で片付いている。施設暮らしだった頃の影響で、今でも私物が少ないからだ。尤も、家電以外はほとんど何もない宗一郎君ほどになってしまうと、それはそれで極端だけど。
「ちょっとミキサー回すぞ」
「うん」
台所でモーターが回る甲高い音と共に牛乳と砂糖と生卵が攪拌される。私は上着を脱いでハンガーにかけると、お気に入りのクッションの上に座って寛ぐ。
「ほれ」
「ありがと」
誠ちゃんの手からグラスを受け取り、一口飲む。程良い甘さが口に広がる。
「美味しい」
「良かった」
私が笑うと、誠ちゃんも笑う。胸が温かくなる。私の隣に誠ちゃんが座ってくれたので、肩にもたれかかる。
「今日のウナギも美味かったな」
「そうだね。いつもだと飽きちゃうけど、たまには美味しいよね。あまり食べ過ぎると太っちゃうけど」
「真由はもう少し肉をつけてもいいぞ。今でも可愛いけど」
「むうっ」
私は誠ちゃんを横目で見る。思った通り明るく笑っている。それがいい。それでいい。以前の荒れてた頃より、今の誠ちゃんの方がずっといい。
「胸とか、お尻とか、もっと大きい方がいいの?」
「どうだろうなぁ? 俺は大きいの小さいのとかより、真由だから好き、だからなぁ」
「ふぅん、そうなんだ」
変に気取ることもなく、何の衒いもなく言ってくれる誠ちゃんが好き。
何の遠慮もなく私の頭に手を置いて、わしゃわしゃ撫でてくれる誠ちゃんが好き。
誠ちゃんの温かい手が好き。明るい笑顔が好き。でも、弱っていた時に私に縋って泣いていた誠ちゃんも好き。ずっと好き。全部好き。
「好きだよ、誠ちゃん」
「俺も好きだよ。真由の全部」
さらりと言うと、そのまま返ってくる。
「ふふ」
「へへ」
私は誠ちゃんに甘える。肩に頬を押しつける。誠ちゃんの手が私の肩を抱いた。
「あのさ、真由」
「ん?」
私の肩を抱く誠ちゃんの手に少しだけ力が入る。
「俺、お前が好きだ」
「うん」
「だけど、……違う。だから、お前の処女は大切にしたい」
「うん」
はっきり言ってくれる。嬉しい。口先だけの愛を盾にして闇雲にセックスしたがる男の人より、ずっと誠ちゃんの方が信じられる。愛しているからこそ、本当に私を大事にしてくれているってわかる。
「でも、やっぱり、俺も男だから。お前が欲しくなる」
「うん」
それもわかる。誠ちゃんが私を見る目がそういう時もある。隠そうとしても、女はそういう目に敏感な生き物だから。
「だから、俺はお前にキスしたい。お前の体に触りたい。もちろん、最後まではしない。それは絶対にしない。約束する」
「……うん」
私だって、そうだ。誠ちゃんとキスしたい。誠ちゃんの体に触りたい。もっと誠ちゃんを感じたい。そういう時もある。
「だから、今夜。お前の体を見たい。全部、見たい。いいか?」
すっっっごくストレートに、言われた。ズルい。そんな風に言われたら、絶対に断れない。
「誠ちゃん、また宗一郎君に何か言われた?」
私が指摘すると、露骨に目を逸らされた。ああ、やっぱり。誠ちゃんがいつもと違うことを言ったり、急に何かする時は、大抵が宗一郎君の入れ知恵だったりする。
別に悪だくみをしているわけじゃないんだろうけど。私の体に触れる時とか、手つきとか、指とか。急に誠ちゃんが女性の感じやすいところを妙に知っているような動きをするようになったのは、絶対に宗一郎君からおかしな知識を仕込まれたせいだろう。
「もう、私の誠ちゃんがどんどん汚されちゃってる」
「いや、そういうわけじゃ……いや、少しはあるかもしれねえけど」
そこは否定しようよ。そこで変に誤魔化さないのは誠ちゃんらしいけど。
「仕方ないなぁ、そんな風に汚れちゃった誠ちゃんは、私が綺麗にしてあげないと」
私は誠ちゃんの首に手を回す。
「誠ちゃん、お風呂に入ろ? まだ小っちゃかった頃みたいに、一緒に洗いっこしよ?」
誠ちゃんは赤くなった。こういうところは可愛いんだから、もう。