毒親に虐げられた青年は宝籤で大金を手に入れたので母親に復讐する話 作:葛轍偲刳
「お帰り」
『お帰りなさい、誠ちゃん』
美和子さんと一緒に買ってきた食材を台所にまで運び込み、冷蔵庫やら棚やらに仕舞い込んで一息つく。部屋に戻ると、宗一郎と真由が労ってくれる。
「おう。宗一郎、美和子さんがなんか飲み物を持ってきてくれるってさ」
「わかった」
宗一郎は言葉少なに頷くだけで、具体的に二人で何を話したのかは教えてくれそうにない。仕方ないので真由に目を向ける。スマホの画面に表示された真由は、少なくとも見た感じは笑顔だったし、無理をしているようにも見えなかった。
『誠ちゃん、温泉行かない?』
「え?」
『別に温泉じゃなくてもいいけど、ちょっと遠くに。海でも、山でも』
「金は俺が出す。しばらく真由さんをお袋さんの手の届かない場所に置いておく。そのまま駆け落ちするか、こっちに戻ってくるかは二人で話し合って決めろ」
宗一郎が口を挟む。何事もなく当然のように言う。
『その間にお母さんも頭が冷えて、考えを変えてくれるかもしれないし。私と誠ちゃんで、何か良い考えが浮かぶかもしれないし』
真由が続ける。なるほど、と、頷く。
『お父さんには、これから電話する。しばらく家出するって』
「だな」
真由の親父さんは、ここ何年かはずっと家にも寄り付いていないらしい。元々、そんなに仲の良い夫婦ってわけでもないらしいのは知っていた。小さい頃から真由の親父さんを見た覚えはほとんどない。どっか外資系の大きな会社に勤めてるらしいけど、お袋さんの方から金目当てで近づいて結構強引にデキ婚したらしくて、海外赴任を口実にしてお袋さんとは距離を置いているとか。事実上の家庭内別居みたいなもんらしい。
「親父さんはそういうの聞いても、知らんぷりしそうだな」
『いいよ、別に。お父さんは昔っからそんな感じだから。私のことも、お母さんのことも』
哀しそうというより、もう完全に諦めてるといった風に真由は肩を竦めた。俺としては親が死んじまってから後悔することになるより、もうちょっと何とか話してどうにか出来ねえかと思っちまうけど、あんまりしつこく言うのもどうかと思うから何も言えねえ。
「お話は終わった?」
ちょうど良いタイミングで、というか、そういうタイミングを見計らって、美和子さんが飲み物を持ってきてくれた。スポーツドリンクを注いだグラスには氷も入れられていて、よく冷えて美味そうだった。
「はい、誠二君。お疲れ様。喉が渇いているでしょう?」
「あ、どうも。いただきます」
「宗一郎も。いっぱい話した後だから」
「ありがとう」
「そちらが真由さんね。改めて、宗一郎の叔母の天野美和子です」
『はい、水城真由です。誠ちゃんの幼馴染で、恋人で、今は婚約者です』
スマホ越しに女同士で和気あいあいと笑顔を見せあう。
「真由さんは甘いものは好きかしら? もし時間があればクッキーでも焼いて、誠二君に持って行ってもらうところなのだけど」
『ありがとうございます。でも、お気持ちだけで十分です』
「誠二君にもお願いしたのだけど、これからも宗一郎のことをよろしくね」
『もちろんです。私でよければ喜んで』
俺はグラスを傾けながら宗一郎に目を向ける。やっぱり、いつもより肩の力が抜けている気がする。これが美和子さんが一緒にいるおかげだと良いんだが。
「どうした、誠二」
「いや、何でもねえ。また世話になっちまうな」
「気にするな。こんなのは大したことじゃない。たまたま拾っただけの金なぞ、幾ら使おうがどうということもないからな」
宗一郎はそう言うが、普通はもうちょっと、こう……――いや、今更か。宗一郎は昔からこういうヤツだった。
「もしお前が同じように宝くじで大金を当てたとしても、それで何か俺に対する態度を変えることはしないだろう。お前がそういうヤツだから、俺も安心して付き合っていられる」
「買いかぶりだよ。俺はお前みたいにそこまで何にも執着せずにいられるほど高潔じゃねえし」
真由やこれから生まれてくる子供のためなら、俺だって金にもっと意地汚くなるかもしれねえ。
「よく言う。俺が高潔だとか、笑える冗談だ」
フンッと鼻で笑った宗一郎は飲み物で唇を湿らせると、小さく囁くように言った。
「誠二」
「なんだよ」
「真由さんのお袋さんのことは、俺に任せておけ」
「……」
「だが、お前も真由さんも、これについては何も知らないままでいい。俺は何も言わない。お前も何も訊くな。それが一番、真由さんのためになる」
他のことはともかく、真由のためと言われると俺は弱い。宗一郎もそれを承知で言ってやがる。
「お前に危険が及ぶことはねえのか」
「危険がどういう意味かにもよるが、少なくとも身の危険はない。俺の身を案じる暇があるなら、真由さんをちゃんと守ってやれ」
「俺は、真由もお前も大事なんだよ。誤魔化すな。わかってんだろ?」
少し語気を強める。宗一郎は眩しいものでも見るように目を細めて、だが真正面から言い返してきた。
「お前の手は二つだけだ。真由さんと、この先に生まれてくるであろうお前と真由さんの子供。それだけで精一杯だろう?」
「……いや、だけど、」
「欲張るな、誠二。優先順位を間違えるな。俺よりも真由さんを、真由さんが産んでくれる自分の子供を大切にしろ。もし俺のせいでお前の家族に何かあったら、俺はそちらの方が自分を許せなくなる」
そう言って、また飲み物を一口飲んで、宗一郎はグラスをテーブルに戻す。
「真由さん」
『どうしたの?』
「俺と誠二の話は終わったよ。誠二は真由さんに返すから、あとのことは二人で決めてくれるかな」
『ありがとう、宗一郎君。そうするね』
俺は何も言えなかった。宗一郎が本当に何をするつもりなのかを問いただしても、多分はぐらかされるだけだろう。
「……じゃあな。またな」
「ああ。また」
俺と宗一郎は拳を合わせる。これだけは俺が教えたことだ。宗一郎なりの友情の証。