毒親に虐げられた青年は宝籤で大金を手に入れたので母親に復讐する話 作:葛轍偲刳
呼び出された喫茶店に入る。そこいらのOLやサラリーマン、学生が使うようなチェーン店ではなく、高級ホテルの中にテナントとして入っている店だ。一番安い珈琲でも一杯で軽く2千円や3千円は飛んでいく。もちろん、それ相応の銘柄の豆を挽いているからだが。
「わざわざお呼び立てしてしまってすみません。どうぞ、お好きなものを頼んでいただければ」
店内に入ると宗一郎君が既に席についていた。彼は私に会釈し、メニューを差し出してくれる。
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
値段も一流なら客層も一流。そんな店で待ち合わせというのが気に入った。遠慮なく高めのコーヒーを頼む。
「ああ、ここは甘味も美味しいらしいですよ。よろしければピーチタルトなどもご一緒に」
「いいの?」
「もちろん」
そしてウェイターの手でケーキまで運ばれてくる。全く、こんなにも気が利く青年を、どうして娘は選ぼうとしないのか。改めて、自分の男を見る目は確かだと確信する。若い頃から手入れを欠かさない体の線を強調するようなタイトドレスの裾から伸びる脚をこれ見よがしに組む。周囲の男はもちろん、目の前の青年も目を向けてくる。
「こうしてお会いするのは初めてですが、真由さんくらいの娘を持つ母親とは思えないくらい、お綺麗な方だったんですね」
「あら、ありがとう」
世辞かもしれないが、女として称賛されるのは心地よい。気分よく香り高いコーヒーを口に運び、気を落ち着かせる。
「真由さんからもお話だけは色々とお伺いしていました」
「あら、どんな話を聞いていたのか気になるわね」
まずは様子見の軽いジャブ。テーブルの上に両肘をついて、自慢の胸の谷間を強調するように肘で寄せて上げる。彼はコーヒーに砂糖を入れる手を止め、一瞬こちらに視線を向けた。私はニヤリと微笑んでやる。
「色々と真由さんの相談に乗っておられたと。娘さん思いの良い母親だと伺っています」
上手に逃げた。河原家の息子は、こういう時はしどろもどろになるか、娘が助け舟を出さないとまともに答えることも出来なかったが。やはり相当に頭がいいのだろう。
金もある。頭もいい。こうして面と向かって見てみれば顔もなかなかに整っている。自分があと10も若ければ、娘になど渡さず自分で食べていたかもしれない。いや、今からでも遅くはないか? 娘があまりに聞き分けがないのであれば、いっそ――
「それで、真由さんのことですが」
「ああ、そうだったわね」
思わず別のことを考えてしまっていた。彼の顔に向けていた目をコーヒーに戻し、一口啜ってから続きを促す。
「真由は今、どこに?」
「とある貸別荘に隠れてもらっています。一人だと心細いと言うので、今は誠二と一緒に。まあ、誠二にも仕事があるので、明日には交代するつもりでしたが」
「一応訊くけど、身の危険はないのよね?」
「もちろんです。誠二は正直なヤツですから。結婚までは、初夜までは真由さんの純潔はそのままだと誓っていました。今もそれを律儀に守っているはずですよ」
それを聞いて安堵する。先だっての娘の剣幕を見るに、もしかすると思い余って体を許したのではないかと心配もしていたが。杞憂だったようだ。
「それなら良かったわ。あの子はまだ未婚ですもの。処女を失うのはまだ早いわ」
「そうですね」
宗一郎君は鷹揚に頷く。
「真由は……その、あの子はまだ幼いところがあるわよね。きっと家出も勢いだけでしてしまったことでしょうし。まだ21という年齢からすればそうなのかしら? 私も真由が生まれた時には16だったものだから。その頃から見れば真由も随分と大人になったけれど」
コーヒーカップをソーサーに戻し、私は少し溜め息をつくように言う。
「誠二君とも話をしてみたのだけれど。こう言ってはなんだけど、あの子には、その、少し頭が足りないところがあるでしょう? お世辞にも優秀とは言えないわ。真由にはもっといい縁談があるはずだと思うの。私の娘ですもの」
「ほう?」
宗一郎君はコーヒーカップを置いて眉を僅かに寄せた。
「では香織さんは真由さんには、どんな方と結婚してほしいと?」
「そうね……。例えば……」
私は宗一郎君の顔をジッと見つめた。彼は表情を変えず、ただ私の視線を受け止める。
「例えば、宗一郎君のような方。頭が良くて、仕事が出来て、お金も十分に持っている。そんな方が理想かしら」
宗一郎君は目を細めた。まるで獲物を見つけた猛禽のような眼光。ぞくりと背筋が粟立つ。
「僕ですか?」
「あら、嫌?」
「いいえ、まったく」
彼は笑った。だがその笑みには底知れぬ深さがあった。
「光栄ですね。香織さんのような素晴らしい女性からそんな風に言われるなんて」
「ふふ。お世辞でも嬉しいわ」
私は微笑み返す。だが内心では焦燥感が湧き上がっていた。この男は危険だ。だが同時にチャンスでもある。この男を取り込めば娘も自分も一生安泰だ。
「明日には娘のところに行くのよね?」
「はい。もう車も、隠れ家に補充するための水や食料なども用意してあります。最初はいつまで隠れていればいいかの見当がつかなかったので……」
「私も一緒に行ってもいいのかしら?」
「真由さんと親子で話し合っていただいて、それで話が丸く収まるのであればそれが一番だと思っています」
その答えに満足する。
「娘には、ぜひ宗一郎君の素晴らしさをわかってもらいたいと思っているわ。どうせなら、その別荘にいるうちに娘の処女をもらってくれないかしら?」
「構いませんが」
あっさりとした返事に拍子抜けする。もっと狼狽えたり、断ったりするかと思ったが。
「そうですね。明日すぐにとはいかないかもしれませんが。誠二にも話を通しておく必要があるでしょうし」
「誠二君には何て?」
「真由さんの相手は自分がすると。お前では真由さんだけならともかく、真由さんの子供まで養うのは難しいだろうと」
我が意を得たりとばかりに大きく頷く。全くその通りだ。他の誰もわかってくれなかったことを、彼はわかってくれる。ますます嬉しくなる。本当に最高だ。こんな男は他にいない。
「嬉しいわ。そんな風に言ってくれたのは宗一郎君だけよ」
「そうですか?」
「ええ。……ねえ、その別荘って、他に誰かいるの?」
「『今は』いませんね」
含むような言い方だ。しかし、私は彼の意を読み切ったと思った。
「そうね。明日には私と宗一郎君が行くのだものね」
「そうですね」
じっと彼を見つめる。若い。若くて金のある男。私の考えを理解してくれる男。思わず唇を舌先で舐める。
「ねえ、さっき私を魅力的だと言ってくれたわよね?」
「ええ。嘘偽りのない気持ちですよ」
「実は私も宗一郎君みたいな男が好みなのよ」
さらに上体を前に倒す。胸の谷間を見せつける。ドレスの襟元に指を入れ、少しだけ下げる。宗一郎君の目が一瞬そこに吸い寄せられる。
「どうせなら、今夜にでも二人きりで色々と話をしたいわ。宗一郎君の家に招いてくれない? それとも私の家に来てくれる?」
「……魅力的な提案ですが」
彼はコーヒーを啜る。
「今はその提案を受け入れるのは無理だと思います。少なくとも真由さんと香織さんの件がまとまるまでは。僕としては、真由さんには内緒にしておきたいですし。誠二にも」
なるほど。真由に知られるのは困る。誠二にも邪魔されたくない。確かにその通りだ。彼の考えも的を得ている。
「わかったわ。でも、その分は別荘に着いたらお願いね?」
「もちろんです。楽しみにしています」
「ふふ。そう言ってくれるだけで嬉しいわ」
私は残りのコーヒーを一気に飲み干した。
「さて。それでは明日の朝にでも迎えに来てもらえる?」
「そうですね。10時頃でよろしいですか?」
「ええ。それでは明日」
席を立とうとすると、彼は伝票をスッと掴んで会計に向かった。
「ありがとう」
支払いが済むと私たちは店を出た。
「じゃあ、明日ね」
「ええ」
ホテルを出ると私は軽く手を振って別れた。
その日、私は高揚していた。宗一郎君は思った以上の逸材だ。これなら娘の相手としては申し分ない。しかも今夜彼の家に行けないのは残念だが、逆に言えば明日には必ず別荘に行けるということだ。あの別荘で二人きりになれば、彼も私に夢中になるだろう。娘の処女を彼に売りつけ、私の体も提供する。これで彼は完全に私のものになる。彼の持つ金も、全て私のもの。最高だ。こんなに嬉しい日は久しぶりだ。
私は家に戻るとシャワーを浴び、お気に入りの香水を体に振りかけた。鏡を見ながら髪を梳かし、明日の服を選びながら鏡に映る自分の体をじっくりと見る。胸は大きく、腰は括れ、尻も上向きで引き締まっている。まだまだ男を喜ばせるだけの魅力はある。宗一郎君のような若い男ならなおさらだ。
ふと、宗一郎君の冷ややかな目を思い出す。あの目には底知れぬ深さがあった。しかし同時に、獲物を見つけた獣のような鋭さもあった。ゾクゾクする。あの目に見つめられながら体を捧げたら、どんな快感を味わえるだろう。きっと獣のように激しく、しかし技巧的に責め立てられるに違いない。そう思うと自然と股間が疼いてしまう。
明日が待ち遠しい。私はベッドに潜り込みながら何度も明日のシミュレーションをする。彼をどう誘惑しよう。娘にどう言い聞かせよう。娘が破瓜の痛みに泣き叫ぶようなら私が叱ってやろうか。女として男を喜ばせる手本を私が見せてやろうか。そんな妄想に耽りながら私はいつしか深い眠りについた。