毒親に虐げられた青年は宝籤で大金を手に入れたので母親に復讐する話 作:葛轍偲刳
「なあ、宗一郎。食費を全部お前が払うって言うなら、せめてやっぱり食器の後片付けぐらいは……」
「いいから、さっさと帰れ。お前がここでグズグズしていると、それだけ真由さんの帰りが遅くなる。お袋さんに叱られるのはお前じゃ無くて、真由さんなんだぞ」
玄関口でまだグチグチ言っている誠二の背中を宗一郎が叩き、外で待っているタクシーへと親友を押しやる。先に外で待っている彼女は口元に手を添えてクスクス笑っている。
「誠ちゃん、そうしているとホントに世話焼きのお母さんみたい」
「こんなむさ苦しい母親は俺にはいないよ」
「こんな可愛げのない息子は俺にはいねえって」
宗一郎と誠二の二人が異口同音に答えると、ますます真由が笑い転げる。
「ほら、誠ちゃん。あまり宗一郎君を困らせないの。大切な友達の世話を焼くのもいいけど、私の帰りが遅くなるのを心配してくれてもいいじゃない」
「いや、わかってるって」
いつものように左足を少しだけ引き摺りながらタクシーへと向かう誠二の肩に手を置くと、宗一郎は耳元で低く囁いた。
「俺が言ったことを忘れるなよ。彼女が大切なら、ちゃんと誠意を見せろ」
「……」
誠二は顔を朱くしながらも、黙って小さく頷いた。
二人がタクシーの窓から手を振ってくるのを、宗一郎は軽く手を振り返しながら見送る。タクシーのテールランプが視界から消えるのを待ってから、すぐに踵を返して玄関の扉を閉めた。三重の鍵をきっちりとかけ、台所に戻って夕食に使った三人分の食器を洗い始める。
二人がいる間は、宗一郎もごく普通の青年のように振る舞えていた。しかし、その二人が去った後の空気は既に普段と変わらぬ虚無へと変じている。静寂の中、ただ蛇口から流れ出る水音だけが響いていた。
洗い終えた食器を乾燥機の中に入れ、スイッチを入れる。どうせなら新たに食器洗浄機を買うのもいいかもしれないと、今さらのように考えた。
その時だった。携帯の着信が鳴った。宗一郎は眉をひそめた。この番号を知っているのは、この世でたった三人だけ。そのうちの二人は、つい先ほど帰って行ったばかりだ。よほどの急用でもない限り、可能性は残りの一人。
携帯の液晶画面に表示されている名前に、宗一郎は数秒ほど考え、それから指を伸ばして回線を繋いだ。
「もしもし?」
『……宗一郎?』
聞き覚えのある声ではあった。もうだいぶ昔の記憶なので、うろ覚えではあったが。
「叔母さん?」
『……宗一郎』
それは、確かに叔母の声だった。――ただし、啜り泣くように力なく震え、涙に濡れたか細い声ではあったが。
「叔母さん、どうしたの?」
宗一郎は再び尋ねた。しかし、その声に応えたのは別の声だった。
『もしもし、失礼いたします。そちら、天野宗一郎さんでお間違いございませんか』
「誰だ?」
『これは失礼。私、闇金業者の者ですが。このたび、天野美和子様が連帯保証人となられている弊社の多重債務の返済についてお話しをさせていただけないかと存じまして。大変申し訳ないのですが、少々お時間をいただけないでしょうか』
流暢に語る慇懃無礼な男の声に、宗一郎の眉に深い皺が刻まれた。