毒親に虐げられた青年は宝籤で大金を手に入れたので母親に復讐する話 作:葛轍偲刳
C-1. 天野宗一郎視点:復讐劇の幕開け + C-2. 美和子視点:罪と快楽の境界線
「久しぶりね、宗一郎」
その女の顔を見た時、俺の胸に去来したのは何だったろうか。
なんで生きてやがったんだ、死んでいれば良かったのに───という憎悪?
いいや、違う。
むしろ、よくぞ生きていてくれたと心から感謝した。
よくぞ俺の前に顔を出せたな───という激怒?
いやいや、それも違う。
むしろ、よく会いに来てくれたと俺は幸運を噛みしめた。
よくぞ生きていてくれた。
よくぞ会いに来てくれた。
俺は歓喜した。
生きていてくれなければ復讐できない。
会いに来てくれなければ復讐できない。
こちらから探し出すことも不可能ではないが、そこまでの手間と金と時間をかけるほどの価値がある存在ではない。だから、復讐を果たせぬままで俺の人生が終わる可能性も当然あった。むしろそうなる可能性の方が高いとさえ思っていた。
だが、そうはならなかった。
そのことに感謝する。もし天上に神とやらがおわしますならば、祈りを捧げても良いとさえ思った。
「……ああ、本当に。本当に、久しぶりだね、『母さん』」
天野宗一郎は歓喜した。
この瞬間だけは、宗一郎は普段の人間不信も厭世観も全て忘れた。
この千載一遇の好機を与えてくれた全てに感謝した。
天野亜紀というアバズレを生かしておいてくれたことに。
そして自分の前に再び現れてくれたことに。
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それは甘く蕩けるような夢だった。
夢の中では宗一郎が彼女の胸に吸い付いていた。
乳首を舌で転がされ、甘噛みされ、赤子のように必死に吸われている。
痺れるような快感。全身が溶けてしまいそうな幸福感。
そして不可思議な感覚。
胸の奥から何かが湧き上がってくる。
熱い奔流が乳腺を駆け上がり、乳管を通って乳首から滲み出てくる。
白くトロリとした何かが宗一郎の口の中に流れ込む。
「母さん」
彼の呼び声が耳に届く。夢の中の彼はまるで赤子のように幼く頼りなく、ひたすらに甘えている。
胸から流れ出るものを貪り尽くそうと吸い付くその姿は、愛おしくてたまらない。
(母乳?)
疑問が脳裏をよぎる。自分は妊娠したことすらない。出産の経験もない。
生理学的にも生物学的にもあり得ないことだ。
だが夢の中では現実の論理など通用しない。
(夢なのね)
その考えが浮かんだ瞬間、奇妙な安心感が広がった。
夢ならば何でも許される。どんな願望も叶う。
現実では決して許されない禁断の親密さも、夢の中では美しい愛の形として成り立つのだ。
「宗ちゃん……」
無意識に呟く声が震える。涙が滲みそうになるほど切なくて苦しい。
宗一郎は彼女の呼びかけに応えるようにさらに強く吸い上げる。
乳房全体が熱を持ち、芯から震えるような快感が迸る。
「母さん、母さん、母さん」
繰り返される呼び掛けが心地よい旋律となって耳に響く。
美和子は陶然としながら彼の頭を撫でた。
さらさらとした髪の感触。小さな頭蓋骨の形。
その全てが愛おしくて堪らない。
(これが母性というものなのね)
彼女は生まれて初めて実感した。母親として子を慈しむ感情。
同時に女として男を求める原始的な欲望。
両者が奇跡的に融合した極上の官能に酔いしれる。
「宗ちゃん。私の宗ちゃん。愛しているわ。私がずっと傍にいるわ」
愛人として契約した。雌として悦びを知った。女として求められた。幸せだった。しかし今、さらなる幸せを知った。幸福を教えてもらった。そして幸福を教える喜びを知った。
宗一郎の髪を掻き撫でながら美和子は自覚する。これが本当の愛なのだと。
禁忌であるはずの近親相姦がここまで崇高で美しい感情を生み出せるなど想像もしていなかった。この至福を知ってしまったら、もう二度と普通の恋愛には戻れないだろう。それでいい。普通の恋愛とやらにはうんざりだ。もう懲り懲りだ。夫が私に何をしてくれた? 酒に煙草、女にギャンブル。そして暴力。
――…悍ましい。今では思い出したくもない忌まわしい記憶。
夫に殴られた。殴られて犯された。骨盤が軋む音。血の味。涙も涸れ果てた無力感と虚しさ。ああ、あんな男に翻弄される日々などもう御免だ。
今の関係こそが救済だった。福音だった。今のこの生活以外に望むものなど何もない。夫への未練など欠片もない。
そう思った刹那、唐突に意識が覚醒した。夢から現実へ引き戻される感覚に美和子は驚愕する。
(……!)
目を開ければ視界に飛び込むのは見慣れた宗一郎の寝顔。
昨晩の情事を終え、そのまま寝入った状態だ。
夢の中で胸を吸っていた彼が現実でも同じ姿勢でいることに一瞬混乱する。
慌てて胸元を見れば何も出ていない。当たり前だ。だが確かに夢では──
「起きたのか」
宗一郎が薄目を開けてこちらを見る。
その視線には僅かな揶揄いの色が含まれていた。まるで先程までの寝言を聞いていたかのように。
美和子は急に恥ずかしさがこみ上げてきて言葉を詰まらせる。
「ええ……。――……とても幸せな夢を見ていたの」
夢の内容は具体的には伝えられなかった。
自分が母親のように振る舞いながら官能に溺れていたなど恥ずかしくて言えない。
「どんな夢だ?」
尋ねられても正直に答える気にはなれなかった。
「……秘密」
そう告げて微笑むと、宗一郎も同じように微かな笑みを浮かべた。追及せずそのままにしておいてくれる彼の気遣いがありがたかった。
朝の目覚めのキスを交わす。甘く温かい感触。
互いの体温と鼓動が溶け合うような親密さに身も心も満たされる。
美和子は心底から幸せを感じていた。これ以上は他に何も要らないと思えるほどに。
(いいえ、それだけじゃない)
美和子は密かに決意を固める。この幸せな生活を守るためならば何でもしよう。
どんな手段を使ってでもこの安寧を維持する覚悟が芽生えていた。
そして同時に理解していた。自分はすでに宗一郎なしでは生きられない存在になってしまっていることを。
「すぐに朝ご飯にするわね」
「急がなくてもいい」
「私が宗ちゃんに食べて欲しいの」
起き上がり、服を身に着ける。
――…その時だ。玄関の方から、ノックするというよりは扉を殴りつけるような乱暴な音が響くのが聞こえてきた。それが、美和子の平穏と幸福を乱す闖入者の訪れだった。彼女は一瞬、息を呑む。そして本能的に直感した。あの女が来たのだと。