※この作品はR-18です。

毒親に虐げられた青年は宝籤で大金を手に入れたので母親に復讐する話   作:葛轍偲刳

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C-4. 過去の影と現在の屈辱 - 美和子視点

 ガツガツと豚が餌に喰らい付く。それは宗一郎のために作ったものだ。

 断じて、こんな豚のためではない。

 内心の侮蔑とは別に静かに給仕する。昔からそうだった。自分が物心ついた時から、この姉は既に暴君だった。

 

 そこそこ裕福な家に生まれて、長女で、見た目にも恵まれた。

 両親に可愛がられて、我が儘いっぱいに育てられた。

 

 6つ違いの自分が物心ついた時、既に姉は10に近かった。

 妹である自分に与えられたものは全て奪われた。

 玩具、菓子、服。全てをだ。

 別に自分が欲しいのではない。姉を差し置いて妹に与えられるというのが我慢ならなかったのだ。

 

 逆に、姉に与えられたものは全て独占した。

 何もかも独り占めした。

 それが当たり前だった。

 

 妹が小学校に入学した時、姉は既に最高学年だった。

 力も頭も敵わなかった。敵うわけがなかった。

 子供にとって、6年という年月の差は絶望的だ。

 全てにおいて姉が勝っていた。

 だから、どうしようもなかった。

 

「美和子、それを寄越しなさい」

「はい、姉さん」

 

 豚が新たなトーストに齧りつく。

 べったりと分厚くバターを塗り付けて。

 見ているだけで胸焼けがしそうだ。

 

「ハムが薄いわね。やり直し」

「はい、姉さん」

 

 喰らい付いたハムエッグの破片を口から吐き散らかしながら傲慢に命令される。

 大人しく頷いて作り直す。

 この豚には何も言い返すことはしない。

 どんな我が儘であっても聞いてもらえるのが当然なのだ、この姉にとっては。

 

(馬鹿みたい)

 

 美和子は内心で毒づきながら再び厨房へ向かう。

 宗一郎に命じられたことだから従っているだけだ。

 そうでなければ誰がこんな女のために料理など作るものか。

 

 だが反抗すればどんな罰が待っているかわからない。

 かつて姉に逆らって痛い目を見たことは数知れず。

 恐怖心が未だに根深く残っているのだ。

 

(怖くない)

 

 そう自分に言い聞かせる。

 今は違う。この家には宗一郎がいる。

 あの頃とは違う。

 

(宗ちゃんなら……)

 

 頭の中で宗一郎の姿を思い浮かべる。

 かつて自分を闇金の手から救い出してくれた時の彼の冷徹な眼差しと落ち着いた声が心を落ち着かせる。

 そして彼に抱かれた時の幸福感と快楽を思い出して、過去の忌まわしい記憶を塗り替える。彼の精液を子宮に注いでもらったあの瞬間、この体を穢していた全てが浄化されたように感じられた。

 

 台所で新たな食材を取り出す。

 卵を割り、フライパンに溶き流す。

 ジュウウッという音と共に注文通り分厚く切ったハムも並べる。

 肉が焼ける匂いが立ち上る。

 適当に焦げ目をつけて皿に盛る。

 バターをたっぷり塗ったトーストと共にテーブルへ運ぶ。

 豚はまた貪るように口に運んだ。

 

(気持ち悪い)

 

 美和子は内心で吐き気を覚える。

 かつての姉の姿など跡形もなくなっている。

 ただ食欲だけが支配する醜い生物と化している。

 

(宗ちゃん……)

 

 心の中で名前を呟く。

 彼の存在が今の自分を支えている。

 この女への復讐も、彼と共にするのだ。

 

「あー、食ったわ。久しぶりに満足するまで食ったわ」

 

 突き出た腹を手で撫でながら、豚が下品にゲップを漏らす。

 

「部屋までご案内します。ベッドがあるので、そこでお休みいただければ」

「ふん、気が利くじゃない。なら、寝酒も用意しなさい。この家で一番高いヤツよ」

「わかりました」

 

 どうせ酒の味もわかるまいに。値札の数字でしか物の価値を計れないくせに、偉そうに。

 内心の声を外には漏らさず、豚を部屋に案内する。ほとんど使われていない客間には、ベッドの他に最低限の調度品があるだけ。味も素っ気もない簡素な空間が気に入らないのか、豚は苛立ちも露わに部屋の中を見渡し―――そして、つまらなさげに鼻息を吹いた。

 

「何よ、これ。何にもないじゃない」

「すみません」

「すみませんじゃないわよ。さっさと家具を買ってきなさいよ。私に相応しい最高の家具をね」

「わかりました。宗一郎に伝えます」

 

 しかし、その返事は生憎と豚には気に入らなかったらしい。

 

「伝えます? 伝えますって何よ!? 私はね、買ってきなさいって言ったのよ。だったら今すぐ買ってきなさいよ!!」

「姉さん。私には家具を買うお金は――」

「口答えするんじゃないわよ!!」

 

 豚の醜く不格好な腕が振り上げられ、平手が美和子の頬を打った。痛い。だが、その痛みが何だと言うのか。この程度の痛み、これまでにも何度も味わってきた。むしろ、これまでの人生で味わってきた苦痛の中ではずいぶんと軽い方だ。

 

「すみません、姉さん。すみません」

「わかればいいのよ。わかれば。わかったのなら、さっさと行って買ってきなさいよ」

 

 深々と頭を下げた。それに気を良くした豚は鼻息を吹いてベッドに上がる。よっこらしょとばかりの鈍重な動きで。

 

「なに見てんのよ。さっさと行きなさいよ」

 

 美和子は命令に従い、部屋を出た。

 豚に食い散らかされた後のテーブルと食器を片付けていると、玄関の方から気配がする。

 

「叔母さん、あのアバズレは?」

 

 外に出て現金を下ろしてくるついでに必要なものを買い揃えに行っていた宗一郎が戻ってきた。

 

「今は、客間に――」

「美和子」

 

 そう言いかけた美和子の顔を見た宗一郎の顔色が変わる。

 

「その顔は?」

「……」

「いや、いい。わかっている」

 

 宗一郎の手が美和子の体を引き寄せる。その顔を、その頬を、宗一郎の手が、指が、優しく撫でる。

 

「……宗ちゃん」

 

 愛しい男の手で赤みを帯びた頬を撫でられて、美和子は思わず目を潤ませる。痛みにでも恐怖にでもなく、ただひたすらに歓喜と快楽に身も心も蕩けそうなほどの甘美な感覚に打ち震える。

 

「美和子。いい。わかっている。わかっているからな」

 

 美和子は黙って頷いた。そして――頬を撫でる指先が愛おしくて、舐めた。その指先が頬を撫でた瞬間から感じていたのだ。もっと触れたい。もっと舐めたい。もっと愛してほしいと。それは最早理性では抑えきれない衝動だった。

 この瞬間だけは、過去の怨嗟も姉への憎悪も消えていた。

 

「お前は俺のものだ。そういう契約だ。俺のものだ。絶対に離さない」

 

 耳元で囁かれる声が心地いい。

 美和子は蕩けた表情で頷きながら宗一郎の手を握り締める。

 

「ええ。私はあなたのものです」

 

 それは誓いであり祈りでもあった。美和子は宗一郎に全てを捧げていた。過去の自分も未来の自分も全て委ねていた。彼だけが自分を救ってくれる存在だと信じていた。

 

(宗ちゃん。私だけを見ていて。私だけを愛して)

 

 美和子は心の中で願った。この願いだけは絶対に叶えてほしいと強く思った。

 

(姉さんなんかどうでもいい。あなたさえいれば、他に何も要らない)

 

 美和子は微笑んだ。宗一郎の腕の中で幸せを感じていた。この瞬間が永遠に続けばいいとさえ思った。

 

「美和子」

 

 愛しい男の舌が頬を優しく舐める。殴られた痛みを拭い取ろうとするように。何度も、何度も、繰り返し舐める。

 

「宗ちゃん」

 

 とうとう堪え切れずに美和子の目尻から涙の雫が零れる。すぐに宗一郎の舌が涙を舐め取る。美奈子の涙が目尻に溜まる。その涙を宗一郎の唇が優しく吸い取る。舌先で涙を舐め取りながら口角から耳朶までをゆっくりと辿る。

 

「んっ……んぅ……」

 

 美和子は喉奥から甘い声を漏らした。快感が背筋を走り抜ける。

 宗一郎の指が美和子の後頭部に回される。優しく撫でられるだけで全身が痺れるような快感に襲われる。

 

「はぁ……」

 

 深く長い吐息とともに全身の力が抜け落ちてゆくのを感じた。もはや立っていることもできなくなり膝が折れそうになる。宗一郎の腕が背中を支えてくれる。全てを委ねて構わないと無言のメッセージを送ってくれている。

 だから、そうすることにした。美和子は全てを宗一郎に預けた。彼の腕に身を委ね、そして、目を閉じた。

 二人の体が重なり、一つに溶け合う。それが究極の幸福だった。

 

(宗ちゃん……)

 

 心の中で名前を呼ぶだけで胸が満たされる。

 美和子は涙を流しながら微笑んだ。この幸福こそが自分にとって最も大切な宝物だと感じた。

 この瞬間だけは過去も未来も関係なかった。ただ今この瞬間だけを生きる。それがすべてであった。

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