毒親に虐げられた青年は宝籤で大金を手に入れたので母親に復讐する話 作:葛轍偲刳
夢を見ていた。
金だ。有り余る金だ。札束がある。宝石がある。金の延べ棒もだ。欲しいものは何でも買える。美酒に美食。身を飾る服に靴に宝飾品。
当然だ。自分はそうであるべきだ。世の中の有象無象とは違う特別な人間だ。生まれつき特別であれと決められていた。
親が自分の我が儘を叶えるのは当然だ。だって自分は娘なのだから。親は娘を可愛がるものだ。なのに、親は自分を見捨てた。だったら要らない。死ねば良い。さっさと死んで遺産を自分に寄越せばいい。親の金は自分のものだ。
息子が自分の言うことを聞くのは当然だ。妹が自分の言うことに従うのは当然だ。自分は母親で姉なのだから。従順に従っていれば良い。命令通りに自分の望みを叶えてさえいればいい。何もかもが全ては自分のものだ。自分のものであるべきだ。
肉を喰らう。酒を呑む。実に良い気分だった。あとは――そう、見目の良い男でも隣にいれば、
「おい、豚」
誰だ? せっかく今は良い気分だったのに。
「起きろ、豚。良いものを見せてやる」
誰かが自分を覗き込んでいる。ひどく冷たい目をした、息子の顔をしたバケモノが。思わず小さな悲鳴を上げた。
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「ぎゃぁっ!?」
緩んだ腹に鞭を喰らって目が覚めた。違う。こちらが夢だ。これは悪夢だ。こんなものが現実であるはずがない。自分は今頃、金と宝石に囲まれて安楽に暮らしているはずなのだ。早く目を覚まさなければ。
「起きた? 全く、手のかかる豚ね」
妹の顔をしたバケモノがいる。こんなのは妹ではない。自分の妹は頭を下げて小さくなって、自分の言うことに従ってさえいればいい。自分に逆らうのは妹ではない。妹であってたまるものか。
「ぎぃぃあぁっ!」
鞭が振るわれる。腹に、胸に、平べったい革が当たる。派手な音はする。音はするが、痛みはさほどでもない。だが、問題はそこではない。自分が殴られている。鞭で殴られている。その事実が問題だ。どうして自分が殴られなければならない? 自分は愛されるべき人間だ。自分は尊敬され、賛美され、服従されるべき人間なのだ。なのにどうして?
「その辺にしておけ、美和子。せっかく叩き起こしてやったのに、こっちの話が豚の頭の中に入らないのでは意味がない」
「はい、宗ちゃん」
「香織、豚が臭い。せめて、少しは綺麗にしてやれ」
「わかりました、御主人様」
頭から水をぶっかけられる。それで頭が少しは冷えた。
ボロ布で乱暴に頭と顔を拭かれる。いかにも面倒くさそうに、ひどくぞんざいな手つきだった。
「ふぐっ。ふぐうううぅぅっ!」
轡を噛まされた口から声を上げる。そこにいるのは、妹と息子とは別の、今まで見たことのない女だ。自分と同じくらいか、あるいは少し下ぐらいだろうか。
赤い口紅に濃いめのアイライン。肌を見せるための、男の目を引くための服。わかる。これは昔の自分と同類だ。自分と同じタイプの女だ。
「ふぐうっ! うああぁっ!」
早く目を覚ませ。お前もこうなるぞ。自分達は特別だ。特別な存在だ。他の有象無象どもとは違う。こんなバケモノどもに従ってどうする。必死に目で訴えかける。
――しかし。
「ああ、わかるわよ。何を言いたいかはわかるわ。ええ、こんなのは悪い夢だと思っているんでしょう?」
香織と呼ばれた女は憐憫と共感と、そして侮蔑と嘲笑を交えた目で見下ろしてくる。そして囁いてくる。
「昔の自分を見せられているみたいで見るに堪えないわ。だから、せめてもの忠告をしてあげる。早く諦めてしまいなさいな。そうすれば楽になれるわよ?」
「ふぐぅっ!?」
心の底からゾッとした。女の目には光が無かった。どんよりと濁っていた。ヘドロのような澱んだ目をしていた。
「私のように全てを諦めてしまえば楽になれるわ。御主人様の尿も精液も喜んで飲めるようになる。そうすれば幸せになれるわよ?」
この女は何を言っている?
いや、そうではない。問題はそこではなく――
「香織、終わったか?」
「はい、御主人様。ただいま終わるところです」
垂れ流しの排泄物で汚れた股間を乱暴に拭われる。拭き残しが尻にこびりついたままというのが不快だった。そんな風に扱われて当然だと思われるのが不愉快だった。自分はもっと大切に扱われるべきだ。自分はもっと丁寧に扱われるべきだ。宝物のように、女王のように。そうされるのが当然のはずなのに。
「よし。なら、こっちも繋げるか」
宗一郎が何やらテレビのような画面に線を繋いでいた。その横にはノートパソコンとカメラ付きのマイクスピーカー。
「美和子、スイッチを入れろ」
「はい」
電源が入れられる。画面に光が灯る。ここと同じか、さほど変わらないような場所。どこかの薄暗い部屋。
それらを背景として無個性なスーツ姿の男が立っている。まるで能面のような温度の感じられない薄い笑みを口元に貼り付けている。
『これはこれは、ご無沙汰しております。天野宗一郎様に美和子様。このたびは私どものご連絡に快く応じて下さり感謝を申し上げます』
「わざわざ礼を言われるまでもない。捜し物が見つかったと言われれば返事ぐらいはする」
『それは道理ではありますが、私どものような闇金業者というのは世間様からひどく嫌われておりまして。せっかくご連絡をさせていただいても、顔を見るのも口を利くのも嫌だと仰せになる方々の多いこと多いこと』
嘆かわしげに頭を振りながら大きく肩を竦めるオーバーな身振り手振りは明らかに演技が見え透いている。どうにも胡散臭い男だった。
「そんなことはどうでもいい。見つかったんだな?」
『はい、左様で。とはいえ、まさか亜紀様がそちらに逃げ込んでおられるとは意外でしたが。普通なら、自分がどれだけ恨まれているかを思えば近付こうともしないでしょうに』
「このアバズレの思考回路は独特だからな」
こちらをチラリと見て宗一郎が冷笑する。
「都合の悪いことは全て他人のせい。自分が悪いとは全く思わない。反省も後悔もしない。俺が金を出してまで自分を探しているということも、自分にはわざわざ金を出してまで探してもらえるほどの価値があるのだと都合良く思い込む。あるいは、俺に恨まれているとさえ考えもしなかったんじゃないか?」
「ふぎいいいいぃぃっ!!」
ふざけるな。出来損ないのくせに。お荷物のくせに。私が産んだのだから私がどうしようと私の勝手だ。それを恨むなど筋違いの逆恨みだ。産んでもらった恩を忘れ、産んでくれた母親の言うことに文句を言わずに従うことすら出来ない役立たずの身の程知らずが。
「香織。煩いから黙らせろ」
「はい、御主人様」
ボロ布を、しかもよりにもよって、つい先ほど自分の排泄物を拭ったばかりのボロ布を口の中に突っ込まれる。便の臭いが鼻を刺す。口の中に不快な苦みが広がる。
「あら、気持ち悪いの? ごめんなさいね。でも大丈夫よ、人の口から出るものも尻から出るものにも大差は無いわ」
相変わらず気味の悪い澱んだ目で見下ろしてくる女から目を逸らす。
「それで、アレはどうなっている? まだ生きているんだろう?」
『はい、それはもちろん』
スーツ姿の男が画面から横に避ける。部屋の奥にいる、何やら鎖で繋がれている人影が画面に映る。
だいぶ頭頂部が薄くなってきている頭髪には白いものが混じっている。頬から顎には乱雑に伸びた無精髭。腹回りには弛んだ肉がついている。陰毛にも白いものが混じっている。股間には萎びた男性器。そしてハエがたかっている。自分と同じ、垂れ流しのまま放置された排泄物で股間が黒ずんでいる。いや、あれはたかっているハエで黒く見えているだけなのか。
「――…ひぐっ!?」
思わず口をついて出た小さな悲鳴が、喉と口に詰め込まれたボロ布を震わせた。
自分の義弟。そして不倫相手であり、一緒に闇金融の追っ手から逃げていた、天野美和子の夫だった男がそこにいた。