※この作品はR-18です。

毒親に虐げられた青年は宝籤で大金を手に入れたので母親に復讐する話   作:葛轍偲刳

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C-7. 破滅への序章 – 三人称視点

『起きろ』

 

 画面の中で頭から水をぶっかけられ、男の腹に蹴りが入れられる。苦痛に呻きながら目を覚ます。

 

『う、ぐ、あ……』

 

 低い呻き声。顔を上げる。しかし、暴力の専門家の手で洗礼を受けたのか、青痣だらけの顔は痛々しく腫れ上がり、今や見る影もない。

 まだ、亜紀の方は直接的な暴力と言えるのは軽く鞭で叩かれるだけ。肌が赤く腫れる程度で、それも少し時間が経てば自然に治る程度のもの。垂れ流しの排泄物も毎日定期的に水で洗い流され、汗で汚れた体も拭かれ、最低限の衛生状態は確保されている。だが、画面の中で呻く男には、そんな手加減すら与えられてはいなかった。

 腫れ上がった瞼で視界が半ば塞がっているのか、周囲を何度も見回して、ようやくこちらの様子を映した画面に気付いたようだ。

 

『お、お前……亜紀、か……?』

「ふぐっ、ふぐぅっ!」

 

 感動の再会、のわけがなかった。元はと言えば、この男がギャンブルで作った借金がケチのつき始めだった。それまでは上手くいっていたはずなのだ。この男のせいだ。こんな風に捕まっているのも、虐待を受けているのも、全てはこの男のせいなのだ。

 もし今の亜紀に口が利けるのであれば、あらん限りの罵倒を尽くして男を責め立てていたところだろうが、口にボロ布を詰め込まれている状況では、せいぜい必死に睨み付けるぐらいのことしか出来ない。

 

「あなた」

『み、美和子』

 

 亜紀に代わって、美和子が目の前に立つ。正確には、カメラの前に立った。画面の中の男は妻の顔に何を見たのか、明らかに怯んだようだった。

 しかし、やがて気を取り直したのか、殴られて端が切れた唇を舌で舐めながら下卑た愛想笑いで口元を歪めてみせた。

 

『美和子、すまなかったな。いきなりいなくなって、お前にも心配をかけてしまった。こんな形でお前に会うことになるなんて、本当に合わせる顔もない。謝るよ、この通りだ』

 

 本人は深々と頭を下げるつもりだったのかもしれないが、頭上で縛られた腕が動かないせいで、首を微かに曲げることしか出来ない。これでは誠心誠意の謝罪からは程遠い。

 

『なあ、美和子。助けてくれ。こんなことになってしまって、本当に申し訳なく思ってる。これからは心を入れ替える。真面目に働く。酒も煙草も賭け事も、二度とやらない。誓うよ。約束する。二人で働いて、借金を返して、そしてまた仲良く暮らそうじゃないか』

「……」

『私はお前を愛している。本当だ。お前も私を愛してくれているだろう? 私たちは夫婦なんだから、助け合うのが当然じゃないか。困った時はお互い様。こんなにも夫が困っているのだから、お前も助けてくれるだろう? な?』

 

 男は情に訴えかけるように、必死に舌を回転させる。これが先途と思えばなりふり構わないのも当然か。

 

「ねえ、あなた」

『何だ?』

「借金を返すと仰いますけど、今、一体どれくらいの金額になっているかはご存じでしょう?」

『……』

「二人で働いて? 私が働いて、あなたが働いて、それでどうにかなるのですか? 毎月の利息を返すことすら無理だと、おわかりにならないわけではないでしょう?」

 

 静かに指摘する妻の声に男は黙り込み、そして口元を吊り上げた。

 

『いや、いや、そんなことはない。大丈夫だ。何とかなる。お前は美しい。とても綺麗だ。これは夫の欲目ではないよ。今こうして見ても、お前は以前よりもずっと綺麗になった。本当だ。だから――』

 

 男は咳き込むように嗤った。

 

『きっと、高く買ってくれる人がいるとも。お前は少しだけ我慢してくれればいい。ほんの少しだ。ちょっとだけ耐えてくれれば、大金が手に入る。借金だってすぐに返せる。ほら、問題ないだろう?』

「金のために妻を売るのが、あなたの愛だと仰るの?」

『私だって本意ではない。愛する妻を他人の手に委ねるのは身を切られるように辛いとも。しかし、他に手はないんだ。どうしようもない。だったら仕方ないじゃないか。なあ、頼むよ。どうか「うん」と言ってくれ。お前さえ頷いてくれればいいんだ。それで全てがうまくいく』

 

 美和子は微かに肩を震わせた。まるで嗚咽を漏らすように喉を鳴らす。

 

「ねえ、あなた。あなたって本当に。本当の本当に――」

 

 そこで、とうとう堪えきれなくなったように噴き出した。腫れ上がった瞼で精一杯に目を丸くする夫に構わず、腹を抱えて笑い出す。

 

「本当に! どうしようもないほど笑えるクズのままなのね! もしかしたら少しくらいは心を入れ替えているかも、なんて心配したのが馬鹿みたいだわ!!」

『……美和子?』

「ええ、そうね。あなたの言う通りよ。私を高く買ってくれた人は、もうここにいるの。紹介するわ」

 

 そうして、妻に寄り添うように顔を見せた血の繋がらない義理の甥の笑顔に、男は低く呻いた。

 

『お、お前……宗一郎……なのか?』

「お久しぶりです、おじさん。その節はお世話になりました」

「あなたがいなくなってから、私、そちらにいるスーツの闇金の男に詰め寄られたの。あなたが消えたから、あなたが作った借金を私が代わりに返すように、って。でも、手持ちのお金なんて無かったし、両親は姉さんの尻拭いで財産のほとんどを無くしていたし、頼れる人も他にいなかったの。でも、その闇金の人は『他に親類はいないのか』って言うものだから、もうどうしようもなくなって、宗一郎に電話したのよ」

 

 妻が義理の甥の首に腕を回すのを、男は呆然として見つめた。

 

「そうしたら、宗一郎は私の代わりに借金を全部肩代わりしてくれたわ。もちろんタダじゃ無いけれど。今の私は宗一郎の愛人で、家政婦で、奴隷なの。もう私はあなたのものじゃないのよ。全部、宗一郎のものなの」

『なんだと!?』

「だから、もう私とあなたは夫婦でも何でも無いわ。そこで指を咥えて――って、ああ、咥えたくても手が動かないわね。だったら、そこで黙って見ていなさいな。私と宗一郎が愛し合うところを」

 

 そう言い捨てて、美和子は宗一郎と熱烈な口付けを交わす。ねっとりと舌を絡め合う仕草はすっかり慣れたもので、この二人が数え切れないほど同じようにキスを交わしてきたのは誰の目にも明らかだった。

 

「ほら、宗ちゃん。私の胸が今は誰のものなのかを、そこのクズに教えてやって?」

 

 美和子がブラウスのボタンを外し、若い頃の張りも弾力も失って下向きに垂れてしまった姉とは異なり、今なお形良く膨らんでいる豊満な乳房を見せつける。甥の手がそれを我が物顔で掴み、揉みしだくのを目にして、男の顔が青ざめ、そして赤くなる。

 

『このっ……この、売女が!!!』

 

 手足もロクに動かせない身で、それでも精一杯に声を張り上げた男の悪罵は、しかし妻だった女には何ら変化をもたらさなかった。

 甥の手に乳房を委ねながら、自らスカートの裾を捲り上げる。

 

「ねえ、宗ちゃん、このクズの手で汚されてないケツマンコを穿って? いつ宗ちゃんの手で触ってもらってもいいように、ちゃんと綺麗に洗っているのよ?」

 

 男が今にもこぼれ落ちそうなほど目を見開く。甥の手に肛門を弄らせて悦に入る、かつては妻だった女の姿が信じられないのだろう。

 

『……何があった? 美和子、一体どうしてお前が、そんな……』

「もちろん俺のせいだよ、おじさん」

 

 呆然とする義理の叔父に向かって、宗一郎は傲然と言ってのけた。

 

「叔母さんの体も心も、全部俺のものだ。俺のものをどうしようが、俺の勝手だろう?」

『お前……!』

 

 男はこめかみに血管を太く浮き上がらせた。

 

『確かにお前は亜紀の息子だな! その傲慢、その口ぶり! どれをとっても母親そっくりだ!!』

「それは罵倒のつもりかい? 認めるのは実に不本意だが、そこのアバズレの股の間から俺が産み落とされたのは事実だし、何より、そのアバズレと不倫してた男が言っても説得力は皆無だよ」

『黙れ!』

「妻を放っておいて義姉と不倫して、借金の山だけを残して消えた。そんな旦那に義理立てしなきゃならない理由がどこにある? 俺も美和子も同じさ。そこのアバズレに人生を台無しにされた被害者同士で傷を舐め合っているだけ。その結果がこれだ」

 

 そう告げながら宗一郎の指が美和子の菊穴を穿り回す。その度に美和子は嬌声を上げる。かつて愛し合っていた頃の妻の顔など見る影もない。男は蒼白になった。

 

『美和子……お前は騙されているだけだ。目を覚ませ。今ならまだ間に合う。そうしたら――』

「いいのよ、もう。あなたのことは忘れたわ。私の全ては宗ちゃんのもの。オマンコもケツマンコも口も胸も何もかも宗ちゃんのものよ。ねえ、宗ちゃん」

「美和子はいい女だよ。最高の女だ。俺のものにすることが出来てよかった」

 

 宗一郎の言葉に応じるように美和子が腰を揺らす。これ見よがしに、牡に甘える牝としての痴態を晒し続ける。

 

「まあ、ここまでしておいてこう言うのも何だけど、俺は別におじさんを恨んじゃいない。血も繋がってないガキをわざわざ引き取って育ててやるような義理は、おじさんには無かった。それは当然のことだし、俺も理解してるさ。恨む理由も無い。だけど――」

 

 その美和子を抱き寄せながら、宗一郎はマイクに口を寄せた。低い声で義理の叔父を呼ぶ。

 

「お前は美和子を『売女』と呼んだな?」

『……』

「俺のことはいい。だが、俺のものをお前が侮辱するのは看過できない。だから――」

 

 画面に黒スーツの闇金の男が再び現れる。

 

『はい、そこで御商談と参りましょう』

「俺からの注文は二つ。殺すな、そして苦しめ続けろ。これだけだ」

『なかなかに難易度の高いご注文です。お高くつきますよ?』

「それはわかっている」

 

 宗一郎は美和子の尻孔に入れたままの指を抜くと、べったりと腸液にまみれたそれを、何の躊躇いもなく口に含んだ。

 

「その男を、死なせない程度に働かせ続ければいい。そして、その男が生きている限りにおいて、生かし続けるのに必要な経費は俺が負担しよう」

『なるほど、こちらは実質タダで債権を回収させ続けることができるというわけですな。……タコ部屋にでも放り込みますか』

「ただし、死んだらそれまでだ。生きていることを証明するため、年に二度は美和子と対面させろ」

『その費用もそちらでご負担いただけるのでしたら』

「もちろん。その代わり、生かし続けろ。死んで楽になるなど許さん。老衰で死ぬまで苦しめられるのなら、それが一番だ」

 

 薄ら笑いで頷くスーツ姿の男の後方で悲痛な悲鳴が上がった。

 

『っと、失礼。――…おい、さっさと猿轡を噛ませておけ。舌を噛んで死なれては一円にもならん』

 

 闇金の男が冷酷な声で命令すると、やがて悲鳴は聞こえなくなった。物理的に口を塞がれたのだろう。

 

『かしこまりました。ご注文ありがとうございます。請求書は後日にお届けさせていただきます。今後ともごひいきに』

 

 にこやかな笑顔で口上を述べるとスーツ姿の男は退出し、画面が暗くなった。

 

「さて」

 

 カメラの画面がブラックアウトした後も呆然とそれを見詰め続ける亜紀に、宗一郎の冷たい声がかかる。

 

「残るはお前だけだ」

 

 ビクッと大きく震えて亜紀は画面から目を逸らす。宗一郎を、自分が捨てた息子を見上げる。

 

「心配しなくていい。あの男は生かしておいて、お前を殺すわけがないだろう? あの男と同じか、それ以上に気を遣って生かし続けてやるさ。……そんな簡単に楽にさせてたまるものかよ」

「ふぐうううぅぅっ!」

 

 涙の混じった悲鳴がボロ布を通して聞こえた。

 

「殺しはしない。死んだ方が遥かにマシだと思うような悲惨な生を、死ぬまで送らせてやろう。美和子を傷つけた償いは、その一生をかけて払ってもらう」

「ふぐっ、ふぐぅっ……!」

「香織。豚の口を開けろ」

「はい、御主人様」

 

 ボロ布が引きずり出される。しかし、その代わりに水が流し込まれる。

 

「げぶぉっ! げぼぉっ!」

「そろそろ塩気が足りなくなってくる頃だろう。もともと高血圧気味だったろうから香織よりは長持ちしたようだが、これからは少しずつ塩気もくれてやらんとな」

 

 喉から気管に入り込んだ水に噎せ返り、咳き込んで胃液混じりの水を吐き散らす。だが、それでも宗一郎は冷淡だった。

 

「俺の尿でもいいが、それだと香織が拗ねる。美和子の尿で我慢しろ」

「――っ!?」

 

 苦悶する亜紀の顔が恐怖に引き攣った。

 

「一日三回の水のうち、一回を尿に変える。食事もエナジーゼリーが二回、豚の飼料が一回だ。そのうちゼリーもオートミールに変えてやるか。尿を混ぜて、粥状にしてから口の中に流し込んでやる」

 

 淡々と、ただ淡々と宗一郎は告げる。実験動物の観察記録を読み上げるように、感情の一切を廃した冷徹な声音で。

 

「いずれお前は自分が人間だったことも忘れる。人間ではなく豚として生きる。そうなるまで躾け続けてやる。人間として生まれて、豚として死ぬがいい。お前が老衰死するまで飼い殺しにしてやる」

 

 それは実質的な死刑宣告だった。いや、殺しはしないと宣告しているのだから終身刑というのが正しいだろうか。

 亜紀は何も言い返せなかった。例え轡で口を封じられていなかったとしても同じだったろう。

 これほどまでに恨まれるようなことを自分はしてきたのだろうか。そんな自覚は微塵も無かった。この期に及んでさえも、なお。

 

「せいぜい哀れっぽく泣き叫べ。豚のように」

 

 宗一郎が皮肉っぽく呟いた。今はまだ、豚ではないのだと認める最後の慈悲なのだろうか。

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