毒親に虐げられた青年は宝籤で大金を手に入れたので母親に復讐する話 作:葛轍偲刳
翌日。宗一郎が呼び出されたのはチェーン店ではなく、個人経営の古びた喫茶店だった。他に客の姿は無く、事実上の貸し切り状態。
テーブル席に向かい合って座るのは、宗一郎と闇金の男だ。叔母は男の隣に座らされ、事実上の人質となっているようなものだ。
「まずは契約書を見せてもらおうか」
「契約書ですか。しかし、私どもは闇金でございますので。お客様とは口約束のみでお金をお貸しする場合も多々ございまして」
開口一番、宗一郎は先手を打った。しかし、敵も然る者。さらりと流す。
「笑わせるな。それで連帯保証人だと?」
「左様です。天野美和子様の旦那様が私どもの顧客でして。既に返済期限は一年以上も前に切れているのですが、度重なる督促にも関わらず、全く返済していただける気配がなく。先だってからはこちらからの連絡にも応じていただけない始末。私どもも大変困り果てている次第でして。やむなく、連帯保証人として指定されておりました美和子様にご返済をお願いを申し上げるしか手立てが無いのが現状です」
いちいち回りくどい言い回しに宗一郎は乗らなかった。
「なら、こっちは弁護士を立てて債務整理なり自己破産なりをするだけのことだ。行こう、叔母さん」
「いやいやいや、まあまあ、そう話を急がないでいただけませんか」
さっさと席を立とうとする宗一郎に男は流れてもいない顔の汗をハンカチで大袈裟に拭う振りをして、
「実は弊社の債務者は美和子様の御夫君だけでなく、宗一郎様の母親である亜紀様もでして」
「ほう?」
椅子に座り直した宗一郎が低く唸る。
「まさか、俺も母親から連帯保証人に指定されているのか?」
「いえ、それはありません」
「だろうな。俺を捨てたアバズレに保証人などと言われても俺が了承するわけがないからな」
冷ややかに笑う宗一郎の目は、憎悪に煮え滾っていた。男はますます恐縮する素振りを見せる。
「ですが、こちらの美和子様は別でございましょう?」
「そうだな。昔、世話になったのは事実だ。で? その恩を盾に取って叔母さんの代わりに金を用立てろと?」
「そうしていただければ私どもといたしましても話が早いのですが」
男がチラチラと叔母と宗一郎を見比べる。叔母はずっと俯いたまま動かず、口も開かない。
「俺が断った場合は?」
「まあ、その場合は致し方ございません。こちらの叔母様に『可能な限りの手段をご用意させていただき』、『お支払いの可能な範囲で』ご返済をお願いする形になろうかと」
宗一郎は目を閉ざし、ポツリと言った。
「幾らだ」
「お支払いいただけるので?」
「法定利率以上の暴利なぞ知らん。が、最初の元本だけなら肩代わりしてやってもいい。どうせそっちも、利息に利息がついて雪だるま式に膨れ上がった借金の全額を叔母さんと俺から毟り取れるとまでは思っていないだろう。少しでも赤字を埋めたいというのが本音だろうが」
「そう言われてしまうと身も蓋もございませんな」
男はポケットから取り出した名刺大の紙片をテーブルの上に置き、宗一郎の前に滑らせた。記された金額を一瞥すると、男を見つめる。
「――これで全部か?」
「と、仰いますと?」
「お前のような闇金を利用する時点で、まともなところから借り入れできないくらい追い詰められてるような債務者が、他のところからも借りてないとは考えにくいんだがな。お前のところ以外にも、他の業者のところからも借りてるんじゃないかって話だ」
「その可能性は否定できませんな。ですが私どもといたしましては、まず弊社の債務を真っ先にご返済いただくのが最優せ――」
慇懃無礼な男の声が途中で切れた。宗一郎がテーブルの上に無造作に置いた、帯付きの紙幣がそうさせた。
「幾らだ?」
「…ええと」
一つ。二つ。三つ。四つ。紙幣の束がゆっくりと増えていく。これ見よがしに、無造作に、紙幣の束が嵩を増していく。
「幾らだ?」
「し、少々お待ち頂けますか。ただいま知り合いの業者に連絡して、すぐに正確な金額をお出しいたしますので」
男は慌てて席を立ち、店を出て行った。ドアベルが鳴り、どこかしらに電話をかけ始めているようだ。
「……叔母さん」
「……」
「叔母さん。俺は別に怒ってない。迷惑だとも思ってない。叔母さんに世話になったのは本当だし、このぐらいの金でどうこう言うつもりもない」
その静かな声に、ようやく叔母は顔を上げて甥を見た。
「宗一郎……」
「でも、こうなった以上は叔母さんをこのままにはしておけないから。ああいう奴らは、一度でも隙を見せれば必ず食いついてくる。叔母さんをダシにすれば俺から金を搾り取れると知ったら、次から次に寄ってくる。だから、これから叔母さんには俺のところにいてもらう。少なくとも、逃げた叔母さんの旦那と、あのアバズレのクソ女が片付くまでは」
「……」
「だから、この件について叔母さんに拒否権はないよ。……でも、詳しいことは後で話そう。あの男と話が済んでから」
叔母は再び俯いた。再びドアベルが鳴った。満面に笑みを浮かべた男が、ハンカチで拭うのも忘れた汗を額に浮かべながら小走りに戻ってきた。
「お待たせして申し訳ございません。こちらが借金元本の合計額になります。弊社のみならず、同業者一同、宗一郎様には心からの感謝を――」
「御託はいい。叔母さんには金輪際近付くな。俺にも二度と顔を見せるな。その代わり、今この場で全額即金で払ってやる」
「本当でございますか? いやはや、実に太っ腹でいらっしゃる」
「ああ。……ついでだ。もし万が一あのアバズレを見つけたら、俺の目の前でその手足を生かしたまま切り落とすショーを特等席で見物させてくれるのなら、手足の一本ごとに金を払ってやってもいいぞ」
冗談だと受け取った男は笑おうとした。しかし、その口から声は出なかった。むしろその口元は引き攣っていた。宗一郎の目は、その顔は、全くの本気そのものだったからだ。
思わず助けるように横を向いた男は、しかし俯いたままの叔母が甥に全力で同意するように膝の上で握り締めたままの拳を震わせているのを見て、これは関わり合いになるべきではないと悟ったようだった。
「そ、そうですか。そういうことでしたら、今後も捜索をさせていただきますとも。もし首尾良く発見が叶いましたら、改めてお知らせをさせていただこうかと」
「そうだな。もちろん、俺が肩代わりした元本以外の利息については見つけ次第、毟れるだけ毟り取って構わないぞ。生きてさえいれば、内臓の一つや二つ抉り取って売り飛ばしても一切構わん。ついでに首に値札もつけておけ。俺がそいつを捻り切る前に、忘れずに金を支払えるようにな」
宗一郎は無造作にテーブルの上に札束を積み上げ続けた。
その金額は男が提示した債務合計額を遥かに超えていた。だが男は敢えて何も言わなかった。言えなかった。この青年の気分を損ねてはならないと本能が告げていたからだ。