毒親に虐げられた青年は宝籤で大金を手に入れたので母親に復讐する話 作:葛轍偲刳
自分は『特別』な人間だと思い込んでいる人間にとって最も耐え難いことは何か。
それは、無関心だ。誰からも注目されないこと。路傍の石のように無視されること。自分の存在を無価値だと見做されること。
それは恐怖であり、絶望であり、何よりも苦痛だった。
「ふぐううぅっ! うぐううぅぅっ!」
こっちを向け。私を見ろ。無視をするな。私は、私は特別な存在なのに。
「宗ちゃん……ふふっ、可愛い。もっと甘えていいのよ」
目の前では、息子と妹が裸で乳繰り合っている。拘束されている自分とは違って、わざわざ座り心地の良さそうなソファをどこからか運んできて、そこに宗一郎が座って。宗一郎の膝の上に美和子が跨がって。美和子の胸に宗一郎が吸い付いて。
二人は、二人だけの世界で愛し合っている。
憎悪すら向けられない。好意や尊敬はもちろん、嫌悪や軽蔑すらも与えられない。ただ、無視されている。無視されて、放置されている。
目の前に、実の妹と息子という最も近しい血縁者がいるにも関わらず。亜紀は自分が世界でたった一人で取り残されたような孤独感に苛まれる。
「母さん」
――……っっ!?
宗一郎が囁く。それは。その言葉は。
自分に向けられたものではない。
「ああ……宗ちゃん。私の、私だけの宗ちゃん……!」
美和子が啼く。嬉しそうに、心の底からの歓喜と愛情を込めて熱く囁き返す。
「うぐううぅっ!!」
奪うのか。また、奪うのか。
自由を奪われた。尊厳を奪われた。ここまで自分から奪っておいて、まだ奪うのか。
自分が宗一郎の母親であるという事実すら奪うのか。宗一郎との繋がりを奪うのか。
――こうして、また一本。天野亜紀という一個の存在と、社会との繋がりが断たれる。
(私を見て。私を見てよ!)
いくら心の中で叫んでも届かない。
轡を噛まされたままの口から洩れるのは獣のような唸り声だけ。目の前で繰り広げられている濃厚な情事はまるで芝居の一幕のようで、自分は舞台裏に閉じ込められた観客のようだった。
美和子が宗一郎の髪を撫でる。優しく、愛おしそうに。宗一郎はそれを甘受して、もっととねだるように美和子の乳房に顔を埋める。その光景を見ているしかない。
(私は宗一郎の母親なのに!)
その思いも届かない。声にならない。
目の前の二人は完全に二人だけの世界を作り上げている。
宗一郎が美和子の尻を淫靡に撫で回す。美和子がそれを受け入れる。
二人の吐息が絡み合う。それを見ているしかない。
(なんで私がこんな目に遭わなくてはならないの?)
答えはどこにもない。ただ無力感だけが募る。
自分がしてきたことの報いだと理解することもできない。
自分が悪いなんて微塵も思っていない。だからこそ理解できない。
亜紀はただ絶望的な思いで目の前の光景を眺めていた。
自分の存在を無視し続ける宗一郎と美和子の姿を。そして自分自身の惨めさを。
親からも絶縁された。それでいいと思っていた。娘を捨てるような親など要らないと。
妹からも見捨てられた。それでいいと思った。姉に従わないような妹など要らないと。
そして息子を捨てた。邪魔だったから。お荷物だったから。だから放り投げるように施設に叩き込んだ。
自分は悪くない。悪いのは他人だ。自分は何も悪いことをしていない。なのに、何故か周りからは誰もいなくなっていく。
一人だ。自分は独りだ。独りなのは自分が特別な証拠なのだと自分を慰めていた。
心の中の虚しさを埋めようと過食に走った。酒を呑んだ。体は醜く肥え太るばかりで、しかし心にぽっかりと開いた穴は埋められない。
何故だ。どうして自分は独りなのだ。今になって寂しさが募る。
「うぐうううっ! み゛わ゛ごぉおおぉぉっ! ぞうい゛ぢろ゛おぅっ!!」
叫ぶ。濁った声で妹と息子の名前を呼ぶ。だが、二人に無視される。振り向きもしない。見向きもされない。
視界が滲む。私はここにいる。私を見ろ。私を見てくれ。私を独りにしないでくれ。
「宗ちゃん」
「美和子」
二人は互いだけを見ている。愛し合っている。二人の間にある強固な絆が目に見えるようだった。
羨ましい。妬ましい。どうしてだ。どうして自分は愛されない。憎い。悔しい。私も愛されるべきだ。私は愛されるべきなのに!
「――?」
その時。どこかでカチリとスイッチが入るような音がした。
「ぶごお゛お゛お゛お゛お゛ぉぉっっ!?」
膣孔に挿入されていたバイブが振動を開始する。
忘れていた。すっかり忘れていた。入れられたのはいつだったか。鞭で叩かれている時か。体に電気を流されている時か。溶けた蝋を浴びせられている時か。わからない。覚えていない。
体と意識は絶え間ない苦痛を処理するだけで精一杯で、それに比べれば膣孔を少しばかり圧迫するだけでそれ以外は何もされないバイブなどに注意を向けている余裕など無かった。
「お゛っ、お゛っお゛っお゛、お゛ぉっ!?」
しかし、それが忘却の彼方に消えるのを見計らっていたように、今になって突然バイブが振動する。いきなりだ。いきなり、最大出力で振動し、膣孔を刺激し始める。
ここに監禁されて以来、まともな食事は与えられていない。ずっと手足を拘束されていて、眠りも浅い。与えられる刺激と言えば苦痛や暴言、嘲笑と軽蔑。
体と意識の自己防衛反応で苦痛を快感に無理やり変換してみたところで、何ら慰めにもならない。
――それゆえに。亜紀の体は『快感』と呼べるものに餓えきっていたのだ。
「お゛っ、お゛っお゛ぉっ!!」
野太い鳴き声が響く。肥満体型の中年女が膣孔を刺激するバイブに溺れている。
瞼の裏で眼球が裏返る。久方ぶりに得た性的快楽を貪婪に貪り尽くす。周りから嘲笑と呆れの目が注がれていることにすら気付かず、亜紀は本能のままに登り詰めた。
「お゛あ゛あぁーっ!!!」
全身を無様に痙攣させながら亜紀は絶頂した。もちろん、その一度だけでは終わらなかった。
バイブは動き続けている。止まらない。電池が切れるか、モーターが故障するまでは延々と動き続けるのだ。
「あ゛~~~っっ!!」
だから、立て続けに登り詰める。今までの分も取り返そうとするように、卑しく浅ましい豚のように快楽を貪り尽くす。
涙を流し、鼻水を垂らし、唇の端に泡まで噴きながら亜紀は繰り返し絶頂に達した。
「しばらくはあのままだな」
「いいの?」
「ここで止めたところで、どうせ頭の中身は粥も同然にドロドロになっている。まともに口を利くどころか人間らしい思考も出来まい。今日のところは放置しておこう。水も食料も十分に与えている。半日ほど放っておいたところで、少しばかり弱りはしても死にはしない」
鼓膜を震わせるそれらの会話も、聞こえてはいても亜紀の意識にまでは届かない。
「もうすぐ仕上げだ。それまではせいぜい脳味噌を煮溶かさせておく。――香織、よくやった」
「私の時もあんな感じだったんですね。外から見ていると無様さがよくわかります」
立ち上がった宗一郎の隣に美和子が寄り添い、そこに部屋の隅で息を潜めていた香織が合流する。亜紀の視界には決して入ることなく、しかしその様子を見守り、精神的に最も弱り切ったところでバイブのリモコンのスイッチを入れる。宗一郎や美和子がそれをするのは難しかった。亜紀を徹底的に無視することで、逆に亜紀の注意を引きつけるのが二人の役目だったからだ。
「最後は三人がかりで『壊す』ぞ」
「はい、宗ちゃん」
「はい、御主人様」
宗一郎は肩越しに背後を顧みた。亜紀はまだ全身を震わせ続けていた。
時折全身を大きく痙攣させては絶頂を極めているようだった。
目は虚ろに見開かれている。焦点が合っているかどうかも怪しい。
あれだけ苦痛を経験させても心が完全に折れない。それが人間という生き物の強さであり脆さなのだろう。
だからこそ宗一郎は確信する。これはまだ終わっていない。まだ壊しきっていない。
まだ『余地』がある。残されている。つまり壊し甲斐がある。まだ楽しめる。
「ふふっ……」
宗一郎の顔に嗤みが浮かぶ。
天野亜紀はこれからどうなるのだろう。
かつては美しかった。それは認めよう。確かに天野亜紀という女は容貌に恵まれていた。だが内面はそれに反比例するように醜悪だった。
その女が、今や内面に相応しく外面も無様に肥え太った中年女の体を晒し、獣のように吠えながら喘いでいる。
それは何という滑稽な姿だろう。
いや、違う。滑稽ではない。これは傑作だ。芸術だ。
あの女の辿ってきた軌跡。その全てを踏み躙り破壊し尽くすことで完成する究極の復讐劇。
「楽しみだ」
「私もよ」
「私もです」
三つの影が闇に溶けていく。扉が開き、閉まる。
後に残されたのは狂ったように快楽に溺れるかつての女だけだった。
――そして、天野亜紀の『人間』としての最期が始まる。