※この作品はR-18です。

謝ったら何をしても許される世界で俺は   作:奥野細道

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誤算

 ◆

 

「すみません、セックスさせてもらって良いですか?」

 

 俺はそう尋ねた。

 

 彼女の身体の動きがほんの一瞬止まる。

 

 そして濡れた瞳がきょとんと俺を見上げ、その奥でなにかが弾けるような気配がした。

 

「……え」

 

 ──あれ? 

 

 何か違うぞ……。眉が震え、唇が小刻みに開閉する。瞳孔が一気にひらいていく。

 

「えっ……いや、いやいやいや、なん、なんで……」

 

 待って。

 

「すみません、ですから……」

 

 俺は念を押すようにもう一度言った。最強の呪文だ。何度も効いた。今度だって効くに決まっている。

 

「きゃああああああっ! だ、だれかぁっ!」

 

 彼女は俺の腕を振りほどき、書棚から飛び退いて踵を返した。乱れたブラウスの胸元を片手で押さえながら、小走りに通路を抜けていく。

 

「お客様! どうされましたかッ!?」

 

 通路の奥から店員らしい男の声が飛んできた。

 

 ──やばい

 

 これはやばい。絶対やばい。

 

 俺は全速力で逃げ出した。

 

 書店を飛び出してからの記憶は穴だらけだ。

 

 エスカレーターを駆け下りる。改札に定期を叩きつける。ホームに転がり込む。発車間際の電車に身体ごと滑り込ませる。ドアが閉まる。

 

 心臓がどくんどくんじゃなくて、ガンガンと鳴っている。

 

 あわてて周囲を見回すが──大丈夫だ、俺の方を見ている奴はいない。

 

 家までの道は知らない道に見えた。何度も通ったはずの坂道が、初めて見る他人の街路に見える。

 

 鍵を回す手が、自分のものとは思えないほど震えている。

 

 カチャと音がしてドアが開いた瞬間に、俺は中へ転がり込むようにして倒れ込んだ。

 

 ◆

 

 俺はベッドの縁に腰を落として両手で顔を覆った。指の間から自分の呼吸の音がやけに大きく聞こえる。

 

 思う事は一つだ。

 

 なんでだ? 

 

 なんで──効かなかった? 

 

 頭の中で、一つひとつの場面を巻き戻していく。

 

 電車のOL。それが始まりだった。学食でカレーを浴びせたあのギャル。購買で焼きそばパンを横取りした男子。中庭でスマホを濡らした女子。路上で尻を鷲掴みにしたOL。書店であの文学少女の胸を揉み、舌まで絡めた、ほんの数分前の俺自身。

 

 全部、謝った。全部、許された。

 

 そして書店の最後の瞬間。

 

 俺は、確かに「すみません」と言った。声に出した。間違いない。

 

 なのにあの子は叫んだ。

 

 まあ普通の反応だとは思うよ。街でいきなり知らない奴が「セックスさせてくれ」なんて言ってきたらそら怖い。

 

 でもそれはあくまで普通のルール上での話だ。

 

 この世界は普通じゃない──そのはずだろ? 

 

 まさか──

 

「……ルールが変わった?」

 

 そうかもしれない。一日かそこらの命の法則だったのかもしれない。世界のバグはバグだ。修正される時は来る。アップデートされてしまっただけで──

 

 いや、おかしい。

 

 それなら、ほんの数分前まで彼女の口の中に舌をねじ込んでいた俺が、なぜ咎められなかったのだ? 

 

 ルールがあの時急に変わったのか……? 

 

 ◆

 

 翌日。

 

 俺は「ルール」を試す気にもならず、極々普通に過ごしていた。

 

 ただ、やっぱり気になるのはあの書店の事だ。

 

 ルールもそうだが、俺はちゃんと逃げ切れただろうか? 都内はどこもかしこも監視カメラだらけで最悪後日早朝に──なんてことになったら。

 

 畜生、もっときちんとルールを調べておくべきだった。

 

 そんな事を考えていると──

 

 ばん、と肩をいきなり叩かれる。

 

 見上げれば、幼馴染の鳥山 寧(とりやま ねい)が立っていた。

 

「ちょっと! 何だか具合悪そうにしてるけれど大丈夫なの?」

 

 随分と心配そうな表情だ。

 

 小学生からの腐れ縁だ。お互いに同じ時期に転校してきて、お互い友達もろくにいなくて、それ以来なんとなくって感じで付き合いが続いている。

 

 顔はまあ可愛いほうだとおもう。黒髪ミディアムの、うーん、なんていうか「元気良い系女子枠」みたいなかんじだ。

 

 ほら、よくいるだろ? 漫画でもラノベでもさ、古代の暴力系ヒロインの系譜を継いでる、みたいなかんじの元気一杯女子が。

 

 結構キツめの作品だとヤンキーかなんかにレイプされて酷い目にあっちゃうみたいな。要はそういう感じの子である。

 

 でも別に寧は理不尽になぐってはこないけどね。

 

「具合は……まあ普通、だけど」

 

 俺は流石にそのままいう事も出来ないので、なんとか誤魔化し──が。

 

「普通ってさぁ……」

 

 そういいながら俺の額に手を伸ばす。

 

「熱は、ないかな? 多分」

 

 眉をやや寄せてる寧はやっぱり結構可愛い。

 

 ただ、こいつとどうこうなりたいとは別に思ってないんだよなあ。なんというか、小さい頃から延々と一緒にい過ぎたせいでそういう気にもならんというか……。

 

 いや、まてよ?

 

 寧ならル(・)ー(・)ル(・)確(・)認(・)もしやすいんじゃないか?

 

 俺は内心でにやりと笑った。

 

 「なあ寧、ちょっと今日講義終わったらカラオケでもいかね?最近ちょっと気になるアニメがあってさ、そのオープニングが結構良い曲なんだよね。で、まあ……」

 

 「練習に付き合ってほしいってこと?」

 

 「そうそう。ヒトカラは……ほら、恥ずかしいじゃん」

 

 「変なとこで見栄っ張りだよねぇ、良介って。まあいいや、いいよ。終わったらLINEして」

 

 「助かる!部屋代とフード代は奢るからさ」

 

 そう言って俺は首尾よく寧との約束を取り付けた。

 

 

 

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