※この作品はR-18です。

謝ったら何をしても許される世界で俺は   作:奥野細道

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噛み合わせ

 ◆

 

 

「歌わないなら私が代わりに歌っちゃうよー」

 

 そういって寧がマイクを取る。俺が適当に選んだ曲は寧も知っているものだったみたいだ。

 

 俺はそのあいだ、ソファの端っこで石化していた。

 

 そして──。

 

「あー、楽しかった!」

 

 精算を済ませて店を出ると、寧はぐーっと両手を上げて伸びをした。夕方になりかけの空はまだ充分に明るくて、ターミナル駅の方からは帰宅ラッシュ前のざわめきが聞こえてくる。

 

 駅までの道を、俺たちは並んで歩いていった。

 

「それにしてもさ、まさか両想いだとは思わなかったなぁ」

 

「え?」

 

「良介ってば前から結構モテてたからさ、気が気じゃなかったんだよ?」

 

 モテてた? 

 

 そんな馬鹿な事あるか。自慢じゃないが年齢=彼女いない歴だぞ。

 

 いや、待てよ……。

 

「え、じゃあつまりあれか? 俺の事好きな子がいたってこと?」

 

「ん〜……なんでそんな事聞くの?」

 

「なんでって……気になるじゃん」

 

「だからなんで? 今更じゃない?」

 

 何か変だな、と俺はいぶかしんだ。

 

 俺の中にはボブという黒人男性がいる。このボブは引っかかりを覚えると訝しむのだ。何が変だ、とはっきり明言は出来ないのだが、ボブが訝しむ時はだいたい、何かがおかしい。ちなみにボブは身長百九十三センチで職業は元プロボクサー。設定が完全に決まっているわけだが、そんな事はこの際どうでもいい。

 

 いや、まてよ。

 

 今さっき寧は何て言った? 

 

 両想い、っていってなかったか? 

 

「な、なあ──」

 

「なあに?」

 

「さっき両想いっていってたけど……どういう事?」

 

 俺は別に寧を責めるとか詰めるとか、そういう意味で言ったわけじゃない。言葉の意味を正しく理解したかっただけだ。

 

 だが、寧は──。

 

「は? どういう事ってなに? 私が聞きたいんだけど、どういう事ってどういう事なの? 良介は私が好きでわざわざカラオケの個室につれてきて、それで脚を触ってきたよね。私はそれを振りほどいたりはしなかったよ。だって私も良介が好きだから。でも順序ってあるよね。あるじゃん……あるだろ!? ねえ!」

 

 鬼気という言葉がある。

 

 辞書には『亡霊や妖怪が引き起こすような、ぞっとするほど気味が悪く恐ろしい雰囲気や気配のこと』とあるが、まさにそれだ。

 

 今の寧からは鬼気を感じてしまう。

 

「う……あ……」

 

 俺は完全にブルってしまって一歩後退った。

 

 だがそれは悪手だった。

 

「もしかして──私をからかってたの?」

 

 寧は俯き、震えている。

 

 泣いているのだろうか。だがそれにしては、なんというかその、気配が凄惨というかなんというか。ただ泣かせてしまうだけじゃあ済まない気がする。根拠はないがそう思う。

 

 ──このまま放っておいたらヤバい気がする。

 

 そう思った俺は──。

 

「ご、ごめん! 本当にごめん!」

 

 もうルールとかそんな事を考えている余裕はなかった。

 

 俺は誠心誠意、頭を下げた。

 

 俺が勘違いさせたのが悪いんだ。それにしてもよくよく考えれば俺はかなりタチが悪いな……。セクハラして勘違いさせて、それで謝罪一つで済むわけがない。殴られたり、絶縁だったり、もしかしたら賠償金沙汰? とかになるかも……。

 

 そう内心で戦々恐々としていると。

 

「それって私の勘違いだったってこと?」

 

「あ、ああ。そうだ」

 

「……だよね! 良介がそんな事するわけないもんね♡」

 

「え……? あ、ああ! うん、するわけないだろ、そんな事……」

 

 これなんか変だな、いぶかしい。

 

 いぶかしいぞ。

 

 話が噛み合っているようでいて、噛み合っていない……そんな気がする。

 

「よかったぁ……もし、もし良介がそんな酷いやつだったら──」

 

「だったら……?」

 

 俺はごくりと息をのんだ。

 

「──殺しちゃってたかも」

 

 ガン開きってのはこういうのを言うんだろうな。

 

 寧の両目が普段よりずっと大きく見える。

 

 俺は──俺は何をやらかしたんだ……? 

 

 ・

 ・

 ・

 

「じゃ、また明日ねー」

 

 駅の改札の前で、寧はさっきまでの一切を蒸発させたみたいな顔で手を振った。さっきの「殺しちゃってたかも」が幻だったんじゃないかと思うくらいいつもの寧だった。

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