「ご主人様、お時間よろしいでしょうか」
夕食を終え、食堂でお茶を飲んでいると、セリーが紙の束を抱えてやってきた。
結構な量だ。
領地関係の書類だろうか。
最近は俺も領主として書類仕事が増えた。
できれば見なかったことにしたい。
「何?」
「以前お話しした本の原稿が、ひととおり完成しました。ご主人様にも一度読んでいただきたいのですが」
「ああ、あれか」
そういえばそんな話があった。
俺たちの迷宮探索を、子供向けの物語にしてみたいとかなんとか。
セリーは帝国解放会に出入りするようになってから、研究だの論文だのと、やたら文章を書くようになった。
俺たちの迷宮探索についても昔からいろいろ記録していたらしい。
いつ記録していたのだろう。
全然気づかなかった。
「読めばいい?」
「お願いします」
紙束を受け取る。
表紙らしき一枚に、大きな文字で題名が書かれていた。
『英雄ミチオの迷宮討伐物語』
……。
英雄?
「セリー」
「はい」
「これ、誰の話?」
「ご主人様です」
やっぱり俺か。
ミチオなんて名前、この辺りには俺以外ほとんどいないだろう。
いや、そういう問題ではない。
「英雄って」
「ご主人様は英雄でしょう?」
横からロクサーヌが当然のように口を挟んだ。
「そうかな」
「もちろんです」
ロクサーヌが断言する。
聞く相手を間違えた。
「ご主人様は幾つもの迷宮を討伐され、陛下の御親征にも加わられたのです。十分に英雄と呼ばれるお方です」
セリーまで言う。
そういうものなのだろうか。
俺としては迷宮に入っていただけなのだが。
まあいい。
とりあえず読む。
最初の頁をめくった。
――遠い遠い山奥で、少年ミチオは偉大な剣の師匠とともに暮らしていました。
ちょっと待て。
「セリー」
「はい」
「いきなり違うんだけど」
「どこがでしょう?」
「偉大な剣の師匠って誰?」
「ご主人様は幼少のころから山奥で剣の修行をしていた、と以前おっしゃっていました」
言った。
確かに言った。
俺が異世界から来たなんて説明できないから、そういう設定にした。
まさか本になるとは思わなかった。
自分でついた嘘に自分が苦しめられている。
因果応報か。
「それに、子供向けの物語ですので、師匠がいた方が分かりやすいかと思いまして」
「そういうもの?」
「そういうものです」
セリーが自信満々に答えた。
仕方がないので続きを読む。
少年ミチオは師匠から剣を学び、成長して山を下りた。
長い旅の途中、とある村を訪れる。
盗賊団が村を襲う。
ミチオは村人を守るため、単身盗賊団に立ち向かう。
……。
「ちょっと待って」
「今度は何でしょう?」
「俺、村人を守るために戦ったことになってるけど」
「違うのですか?」
ロクサーヌが不思議そうに俺を見る。
違う。
いや。
結果としては守った。
守ったけど、最初からそんな立派なことを考えていたわけではない。
あのときは、まだゲームのイベントだと思っていた。
ここは言えない。
「いや、まあ、大体合ってる」
「では問題ありません」
問題ないらしい。
さらに読み進める。
盗賊を討ち果たした英雄ミチオは村人から感謝され、村を救った報酬を手に町へ向かった。
そして奴隷商館で、一人の美しい狼人族の少女と運命的な出会いを果たす。
挿絵まである。
ロクサーヌだ。
かなり美化されている。
いや、本人の方が美人か。
絵がロクサーヌを美化しているのではなく、ロクサーヌを絵にすることに失敗しているのかもしれない。
「ご主人様?」
「何?」
「先ほどから、その絵ばかり見ていらっしゃいますが」
ロクサーヌが嬉しそうに俺の横から覗き込んだ。
「似てるなと思って」
「私よりずっと綺麗です」
「ロクサーヌの方が綺麗だよ」
「ご主人様……」
ロクサーヌが頬を染める。
なんだかいい雰囲気になった。
「まだ初めの方ですから、最後まで読んでください」
セリーに怒られた。
仕方がない。
読み進める。
俺はロクサーヌを仲間にして迷宮へ挑む。
二人で力を合わせて魔物を倒す。
新しい町へ行く。
迷宮へ入る。
また魔物を倒す。
セリーと出会う。
「おっ、セリーが出てきた」
「はい」
挿絵を見る。
小さい。
ちゃんと小さい。
「なんだか私だけ小さすぎませんか?」
本人も不満らしい。
「実際小さいだろ」
「ご主人様より小さいだけです」
いや、ロクサーヌよりもミリアよりもベスタよりも小さい。
後から仲間になったルティナよりも小さい。
「でも可愛く描けてるよ」
「そ、そうでしょうか」
セリーが黙った。
耳が赤い。
効いたらしい。
続きを読む。
鍛冶師にも巫女にもなれず、夢破れて奴隷商館にいた少女セリーは、良き主人に買われることを願い、懸命にブラヒム語を学んでいました。
そんなセリーと出会った英雄ミチオは、彼女が鍛冶師になる可能性を見いだします――。
「ここも違うな」
「どこでしょう?」
「可能性を見いだした、ってところ」
「ジョブの獲得条件のことでしょうか? それは子供向けの物語には――」
「いや、そうじゃなくて」
違うわけではない。
セリーが鍛冶師になれなかったのは、才能がなかったからではない。必要な条件を満たしていなかっただけだ。
それに気づいて、実際に鍛冶師になれることを確かめたのは俺だ。
そう考えると、「可能性を見いだした」というのも間違いではない。
「……いや、そこは合ってる」
「では、このままで」
また何も直せなかった。
読み進める。
ミリアが仲間になる。
ベスタが仲間になる。
ルティナが仲間になる。
いつの間にか、本人たちも俺の周りに集まっていた。
「お姉ちゃんです!」
ミリアが自分の登場場面を指差す。
「ここ、私がお姉ちゃんって言ってないよ」
「物語の本筋には関係ないので省きました」
「大事だよ」
「そうですか?」
「大事だよ」
ミリアが譲らない。
セリーが紙の端に何かを書き込んだ。
直すのか。
「私のところはもっと少なくても構いません」
ベスタが遠慮がちに言った。
「駄目だよ。ベスタは妹だから」
「ありがとうございます、ミリアさん」
「お姉ちゃん」
いつものやり取りだ。
「ちょっと待ってくださいませ」
今度はルティナが口を挟んだ。
「わたくしがご主人様のお仲間になるまでが短すぎませんこと?」
「ルティナは最後ですから」
「だからといって、わたくしとご主人様との運命的な出会いを僅かこれだけで済ませるのはいかがなものかと思いますわ」
運命的だっただろうか。
かなり面倒な出会いだった気がする。
「それにハルツ公爵家との関係についても、もう少し詳しく書くべきです。後々ご主人様が貴族として大成なさるうえで非常に重要な――」
「子供向けです」
セリーが切った。
強い。
ルティナが黙った。
続きを読む。
迷宮探索はどんどん華々しくなっていく。
俺が剣を振るえば魔物が倒れる。強敵を前にしても怯むことなく仲間を率い、次々と迷宮の階層を突破していく。
間違ってはいない。
間違ってはいないのだが。
なんか違う。
「俺ばっかり戦ってない?」
「主人公ですから」
「ロクサーヌたちは?」
「もちろん書いてあります」
書いてはある。
ロクサーヌは俺を助ける美しい狼人族の獣戦士。
セリーは知恵で俺を支える鍛冶師。
ミリアは素早い猫人族の戦士。
ベスタは怪力を誇る竜騎士。
ルティナは魔法を操る、高貴な生まれのエルフ。
間違ってはいない。
でも違う。
俺一人で迷宮を攻略したように見える。
「セリー」
「はい」
「ここ、もう少しみんなのことを書こうよ」
「書いていますが」
「そうじゃなくてさ」
紙束をぱらぱらと戻す。
「俺が魔物を倒した、俺が迷宮を攻略した、俺がみんなを助けた、ばっかりだろ」
「ご主人様の物語ですから」
「でも、俺一人じゃ無理だったよ」
少なくともロクサーヌがいなければ、ここまで来られたとは思えない。
セリーがいなければ分からなかったことも多い。
ミリアも、ベスタも、ルティナも。
みんながいたから迷宮を進めた。
「ロクサーヌが魔物を引きつけてくれただろ。セリーは魔物のことを教えてくれた。ミリアもベスタも戦ったし、ルティナだってちゃんと頑張った」
「当然です」
「だったら、それを書かないと」
セリーが少し考えた。
「ですが、それでは『英雄ミチオの迷宮討伐物語』ではなく、『ミチオ一行の迷宮討伐物語』になってしまいます」
「それでいいんじゃない?」
「よくありません」
ロクサーヌだった。
「ご主人様は英雄です」
何故そこまで英雄にしたがる。
「私たちはご主人様の奴隷です。ご主人様にお仕えし、ご主人様のために戦うのは当然のことです」
「いや、でも」
「ロクサーヌさんの言うとおりです」
セリーまで同意した。
「ご主人様がいなければ、私たちはここにはいません」
「そうだよ」
ミリアもうなずく。
「私はご主人様に買っていただかなければ、今もどうなっていたか分かりません」
ベスタまで。
ルティナを見る。
「当然ですわ」
全滅した。
俺の味方はいないらしい。
「それで、ご主人様」
セリーが原稿を受け取る。
「これは子供向けに書いている物語です」
「うん」
「難しい迷宮攻略の記録を書くつもりはありません。ご主人様が仲間を増やしながら迷宮を進み、最後には大きな迷宮を討伐する。そういう分かりやすいお話にしたいのです」
「なるほど」
それなら分からなくもない。
「だったら、いいか」
「ありがとうございます」
セリーが嬉しそうに原稿を抱えた。
「ただし」
「はい?」
「みんなのこと、もうちょっと増やして」
セリーが困った顔をする。
「特にロクサーヌ」
「私ですか?」
「最初から一緒にいるんだから」
「私はご主人様のお側にいられれば、それで十分です」
そういう話ではない。
「ミリアの『お姉ちゃん』もちゃんと入れてあげて」
「お姉ちゃんです!」
「分かりました」
「ベスタも減らさない」
「はい」
「ルティナは……」
「もちろん増やしますわよね?」
増やさないと後が面倒そうだ。
「少し増やして」
「少し、ですの?」
やっぱり面倒だ。
「それから、ご主人様」
セリーが紙束を開いた。
「何?」
「最後に、ご主人様から、この物語を読む子供たちへの言葉を入れたいのですが」
「俺から?」
聞いてない。
「英雄ミチオから、子供たちへの言葉です」
そんなもの急に言われても困る。
俺は英雄ではない。
子供に偉そうなことを言えるような人間でもない。
迷宮に潜って、金を稼いで、ロクサーヌたちと暮らしてきただけだ。
「何を書けばいい?」
「何でも構いません」
何でもが一番困る。
考える。
迷宮は危ない。
魔物は怖い。
でも迷宮に入らなければ得られないものもある。
俺の場合は、かなりたくさんあった。
ロクサーヌを見る。
セリーを見る。
ミリア、ベスタ、ルティナ。
俺がこの世界に来たとき、一人だった。
今は六人だ。
だったら。
「仲間を大事にしろ、とか?」
「はい」
セリーが微笑んだ。
「それがよいと思います」
「ご主人様らしいお言葉です」
ロクサーヌも嬉しそうだ。
そうだろうか。
まあいい。
英雄ミチオが何者なのかは、最後までよく分からなかった。
少なくとも俺とは少し違う。
俺より立派で、俺より勇敢で、俺より格好いい。
子供向けの本なのだから、それくらいでいいのかもしれない。
「セリー」
「はい」
「これ、完成したらどうするの?」
「どうしましょう」
セリーは少し考えてから、首を傾げた。
「書いてみたかったので書いただけですから、その先のことまでは考えていませんでした」
そういうものなのだろうか。
「完成したら、また読ませてよ」
「もちろんです」
「私も読ませていただきます」
ロクサーヌが言った。
「私も読みたい」
「私もお願いします」
「当然わたくしも読みますわ」
みんな読むらしい。
俺について書いた物語を、俺と一緒に暮らしているみんなで読む。
何のために書いているのだろう。
まあ、セリーが楽しそうだからいいか。
「では、修正して清書します」
セリーが紙束を抱えて立ち上がった。
「大変だろうけど頑張って」
「はい。とても楽しいですから」
そう言って笑うセリーは、本当に楽しそうだった。
鍛冶師になりたいと言っていたセリーが、今は本まで書いている。
人生というのは分からないものだ。
俺だって、あの日、あの部屋にいたときには、こんな人生になるなんて思ってもいなかった。
まあ、いい。
セリーが書きたいというなら、好きに書けばいい。
ただ一つだけ気になる。
完成したこの本を、いつか誰かが読むことはあるのだろうか。
……。
読んだ人が、ミチオ・カガというのはずいぶん立派な人だったんだな、なんて思わないだろうか。
そのうち、子供たちが英雄ミチオの真似をして遊んだりして。
いや、さすがにそれはないか。
芝居になって、俺の役を誰かが演じたりしたら、もっと恥ずかしい。
いや、さすがにそこまではないか。
もしそうなったら、セリーのせいにしよう。